魔族領 6
子供たちを七人ずつに分け、私とヴェーダ。ダレンとマリアンヌの二班に別れ、先に服を調達する組みと、宿屋でベットを移動させる組みとに分けて行動するようにした。
ヴェーダとマリアンヌを分けたのは、私とダレンには、何が何やら分からないからだ。
特に、女の子の服は。
服を数着ずつと下着も同じだけ購入し、時間差で風呂に入る。
大きな風呂に男女の別なく入る形の風呂だ。
しかし、人と風呂に入るなんて、こちらの世界では初めてだし、男女同じなんて向こうの世界でもなかった。
ヴェーダは恥ずかしげもなく、浴場を歩くが、私は少し気恥ずかしい。
だが、取り敢えず洗わねば。
子供たちを頭の先から、つま先まで洗っていく。
年長組はさっさと洗って、風呂に浸かっているが、年少組は、はしゃいでしまって、それどころではない。
泡を流さないまま、浴場を駆け回る。
「そんなにしてると、コケるぞ!」
年少組の一人を追う。
すると、ガタイの大きな男に当たり、尻もちをついてしまった。
「あぁん。どこの小僧だ?」
振り返ると、鬼の形相……基、鬼族の大男だ。
しかし、怒っていたのも一瞬で、小僧を見て、驚きの顔に変わる。
「ガオジュンじゃねぇか!お前、こんなとこにいたのかよ」
小僧を抱き上げると、小僧の方も驚いた顔になった。
「チアンおじさんっ!」
「小僧の知り合いか?」
私の問いかけに、小僧が振り返る。
「リケ。チアンおじさん。ととのお兄さん」
「おい。本当か!?」
あまりの出来事に、裸なのを忘れて小僧の手を握った。
「お前さん。ガオジュンをどこで?」
チアンが私を睨みつける。
まぁ、そうなるだろうな。
「済まない。私はハイデル王国子爵のフリーデリケ・トリーアだ。こぞ…ガオジュンは、カメリアに連れ去られていたところを見つけ、こちらに送り届けている途中なんだ」
「本当なんだな」
「どら猫亭に行けば、ここの領主殿宛の手紙もある」
「そうか。そりゃ、ご苦労だったな」
「この子たちの受けた仕打ちに比べりゃ、何ともないさ」
「リケはね。すごく強いんだよ」
「ほぅ……確かに、やれるみたいだな」
ジロジロと私の体を値踏みする。
……身体を?!
「わっ、わっ……そんな、ジロジロ見るな!」
慌てて前を隠すが、既に時遅し。
「あんだけ出してりゃ、見たくなくても見えちまうだろ。だが、しっかり鍛えた身体だな」
「ふふん。リケはスゴいんだ」
小僧。お前が胸を張るんじゃない。
「そうだ!ゴアジュン。泡を流さんと」
「俺がやっといたるよ。他の子を見てやんな」
振り返ると、ヴェーダが一人で大苦戦中だった。
「済まないな。頼みついでに、何人か見てもらえんだろうか?」
「うあっはっはっ。図太い姉ちゃんだな。分かった、任せな」
私と共にチアンも参戦し、やんちゃ小僧たちも次々に洗われていったのだが、私とヴェーダは、旅よりも疲弊した顔で、自分を洗ったのだった。
◆
新しい下着に、新しい服。
何ともさっぱりとして、気持ちがいい。
汗に、泥や煙。それにに草の汁を吸った臭い鎧下は、明日洗うことにして、どら猫亭で夕飯とした。
食べ盛りの子どもたちに、飢えた大人。
総勢十八名が怒涛の如く食べた。
パンに肉に野菜にと、とにかく、口にするもの全てが美味かったのだ。
唖然とする女将の手に、追加で数枚の金貨を握らせ、部屋へと戻った。
子供たちは、戻ってベットに倒れると、すぐに寝息を立て始める。
私もヴェーダの抱き枕になるのは勘弁だったので、年少組の一部屋に紛れ込んで、眠ってしまった。
それが、魔族領初めての夜のこと。
あくる日は、汚れた装備や荷物。それに、皆の服を宿の井戸端で洗濯して干してと、朝からやって、昼過ぎにようやく終わる。
その頃、領主殿の遣いがどら猫亭に現れた。
「フリーデリケ・フォン・トリーア殿は居られるか?」
「人族の嬢ちゃんなら、裏の井戸端だよ。領主様の遣いだね、ちょっと待ってな」
女将が井戸端に現れ、領主殿の遣いが来たと伝えてくれた。
手拭いで、手や額を拭きつつ、食堂へと顔を出した。
「私がフリーデリケ・フォン・トリーアだ。この様な格好で済まない」
「結構。こちら、領主ヴリード様からの書状である」
キレイな紙に蜜蝋で封をした書簡が手渡される。
「確かに受け取った」
遣いは武官なのだろう、踵を鳴らし、額に片手を添える敬礼をしてみせた。
私も同様に返礼をし、手を降ろす。
「では、これで失礼する」
「ご苦労」
キビキビとした動きで、店を去っていった。
何とも気持ちのいい武官であったと、顔がほころんでしまった。
さて、手渡された手紙の封を開けて、中の便箋を取り出して開く。
《明朝。館へ来られたし。ゼニス・ヴリード》
先触れに対し、丁寧な返答。
この任務も、明日で終わるかもな。
食堂の椅子に腰を下ろし、今日までの数日を感慨深く思い出していた。
◆
翌朝。
どら猫亭で朝食を済ませると、身なりを整え、皆を連れて 領主殿の館を訪れた。
人数も多かったので、子供たちとダレンにマリアンヌを館の食堂に待機させ、私とヴェーダの二人で面会とした。
「ようこそおいでくださった。私が領主を務めるゼニス・ヴリード伯爵だ」
「カメリアから代理として罷り越しました。フリーデリケ・フォン・トリーア子爵でございます」
今日はスカートスタイルなので、カーテシーをとる。
「そしてこちらが……。」
「ヴェーダ・グーデリアンです」
「ん……グーデリアンと言うと……。」
「はい。お考えの通りの家でございます」
「そうか。いや、そなたが健勝ならば、それで良い」
魔族領の中でも、何かあるのだな。
以前に、ヴェーダは帰るところがないと言っていた、それに関することなのだろう。
「さて、本題に入ろう。そちらに掛けてくれ」
応接セットを勧められ、私たちは向かい合せで座る。
「カメリアの外務大臣からの手紙は、読ませてもらった。領民の救出は、ほんとうにありがとう」
そう言って、ヴリード伯爵は頭を下げた。
「頭を上げてください。元は私たちが水際で阻止できなかったことですから」
「それは、こちらにも言えることだがね」
「カメリアの方で、更に組織を追い詰めているところですので、後に何かしらのご報告があるかと存じます」
「それは……。堅苦しくないかね」
「些か」
「だと思ったよ。誰も聞いてはおらんから、安心してくれ」
「それは助かる」
「でだ、十四人はこちらで預かるが、それで良いんだよな」
「それで構わないが、一人は叔父がこの街にいてな。その人に託そうと思う」
「そうか。あと、エルフが一人いるようだが、そちらはどうする?」
「郷が近いなら、送り届けたいが」
「人族が入れるか?」
『私がいるもの。大丈夫よ』
エンヴィが胸を反らした姿で、突然現れた。
目に魔力を流していない状態なのに見える?
「よ、妖精王女様?!」
ヴリード伯爵は、顎が抜けてしまうのではないかと思うほどの驚きを見せた。
見えているのが、私だけではないと分かるが、妖精王女?エンヴィが?
「この子が……エンヴィなのね」
エンヴィを初めて見たヴェーダも、少し唖然としている。
『やっぱりここだと、声も聞こえるみたいね』
「何か違うのか?」
『魔力の素が、たくさんあるのよ』
魔力の素か……良く分からない。
魔力は、自分の内から湧いてくるものじゃないのか?
『それもあるけど、木や土の下からも発散されてるの』
「心の声に答えないでもらえるか?」
『人族は面倒ね。私には、どっちがどっちなのか分かんないわよ!』
妖精王女が怒っていらっしゃる。
「その辺りは、後で詳しくな。それで、エルフの郷のことなのですが」
「あぁ、そうだった。エルフはね私たちと、多少の交流はあるのだが、郷に入れるのは決まった商人、と選ばれたものだけなんだ」
閉鎖的だが、必要ならば受け入れると言ったところか。
「それは面倒だな」
『でも、私がいれば大丈夫』
「妖精王女様がいれば、いきなり矢の雨が降ってくるなんてことはないだろう」
「矢の……雨?!」
『あの子たちは、弓が得意なのよ』
我がことのように胸を張るエンヴィ。
「まぁ、その。頑張れよ」
ヴリード伯爵は他人事のように言ったが、どこか同情されているような気配がした。
伯爵自身、過去に何かあったのだろう。
「生きて帰ってこれるよう。願ってくれ……。」
先が思いやられる。
伯爵との面会を終えると、食堂でささやかながら、お別れ会ともとれる昼食会となった。
伯爵を子供たちに紹介し、私とはここでお別れになることを話した。
短かったのか長かったのか、領事館ではあまり関わることが無かった子供たちとの数ヶ月の生活と、数日の旅路。
それは、この後に何を経験しても忘れることはないだろう。
それに、こんなに子供に囲まれるなんてことも、後にも先にも、経験することはない。
「リケ。元気でね」
「また、来いよな!」
「リケぇ……行っちゃうやだよう」
エルフの郷へ旅立つ前に、伯爵の邸に寄った。
皆が見送りに出てきていて、口々に別れなのか、惜しみなのか、色々と聞こえてきた。
そんな、子供たちの思いを背に、私たちはエルフの郷への旅路についたのだった。




