魔族領 5
エンヴィが開いたゲートのようなものを潜るが、ポータルの魔法とは違い、別の空間に入った感じがした。
「はぐれないように、子供たちは年長者と手をつないで歩けよ」
そう言って、私はアーニャと左手をつなぐ。
そして、右手はエンヴィが両手で、人差し指を抱えている。
私の言ったことを実行しているのだろう。
妖精の小道の中は不思議な感じであった。
森の景色は見えるのだが、どこか蜃気楼のように揺らめいて、水の中から見ているような感じだ。
足元も柔らかくはあったが、森の土のように脚が取られることはなく、ベッドの上を歩いているようなフカフカとした感触であった。
時折、エンヴィと似たような妖精や、良く分からないモノとすれ違いながら歩みを続ける。
子供たちは、指を差してアレはなんだろうとか口にしていたが、大人のダレンもソワソワと未知の生き物(?)に、興味を示していた。
妖精や精霊の出てくる話しが好きだったのかな?
『そろそろよ』
エンヴィがそう言うと、入ってきた時よりも空気がまとわりついてくるような感触がして、突然、消えた。
周囲を見渡せば、揺らめくようなことはなく、いつも見ている景色になっている。
続々と現れる子供たち。
皆一様に、妖精の小道でのことに、興奮しているようだ。
「エンヴィ。ありがとう」
『どういたしまして。甘いのも美味しかったからね』
「私たちは、しばらく魔族領で用事があるのだが、どうしたら、また会える?」
流石に、ついては来ないだろうと、そう思ったから聞いたのだが……。
『一緒に行くわ。そっちのが楽しそうだしね』
予想外の答え。
「エンヴィも一緒ね」
アーニャは嬉しそうに言った。
「ねぇ、エンヴィって誰なの?」
怪訝な顔で、私とアーニャを見るマリアンヌ。
まぁ、信じられないよね。目の前に妖精がいるなんて。
◆
森を出て街道を目指すが、日の高さは妖精の小道に入った時と、そんなに変わっていなかった。
どれくらい時間が経っているのだろうか、その不安はある。
街道へもすんなりと出れて、しばらく歩くと、カメリアの関門が見えてきた。
「なんだか、すごく長く感じたわ」
マリアンヌが凝った肩をほぐすように、片手で肩を揉み、そう言った。
変な力を感じていたのは確かで、私の方は気疲れと、眼精疲労がヒドイ。
「確かに、気疲れがスゴいな」
「関門さえ通っちゃえば、アイツらも簡単には手が出せないでしょ」
「魔族領に、すぐ街があればいいのだがな」
「少し歩くけど、半日もかからないところにあるわよ」
ヴェーダがいつの間にか近くまで来ていた。
「それは助かるな」
関門でバズから貰った命令書や、出国に関する書類を、係の武官に渡すと、すんなりと通してくれた。
そのときに、暦も聞いてみたが、私たちが妖精の小道に入った日と、同じ日付であったことに、安堵を覚える。
しかし、妖精の小道を歩いていた時間は、体感から考えると半日近く。
実際には半刻と経っていない。
何とも不思議な体験をしたものだな。
エンヴィはアーニャの頭の上に場所を移し、キョロキョロとしきりに周りを気にしていた。
私も魔族領は初めて足を踏み入れる地……思えばハイデルとカメリア以外は、行ったことがないな。
しかし、私の想像した風景とは、全く違っている。
そう思ったのも、封印の聖女のお話しに書いてあったような……そう、魔境のイメージ。
瘴気溢れる空気に、毒沼。見たこともない異形の植物ばかりの荒地をイメージしていたのだが、実際はハイデル王国やカメリアとも、そう変わることのない景色が広がっていた。
街道を休み休み歩き、魔族領初めての街に到着した。
城門前で、カメリアからの入国だと告げて、それを証明する書類などを提示し、街への入場が許された。
城壁の中もハイデル王国の街とは変わらない。
通りがあり、商店や宿が並び、人々が行き交っている。
なんの変哲もない街だ。
門番の人から紹介された宿を、通行人や商店の人に聞きながら探すと、すぐに見つかった。
木造三階建ての建物に、猫の看板。どら猫亭という宿だ。
中に入ると、1階は酒場兼の食堂となっており、日暮れ時もあって人も多い。
しかも、子供を十四人も連れているので、ジロジロと見られてしまう。
「女将。女将はいないか?」
私はカウンターから中へと声をかけ、そこに肘をついた。
昨日からの寝不足と、魔力不足で、フラフラするが、何とか支えて立ち続ける。
「はいよ……なんだい?子供が……。」
奥から出てきたのは、頭の両脇に羊のような角を持つ、恰幅のよい女性。
私の後ろに並ぶ子どもたちを見て、訝しげな顔になる。
「十四人だ」
「人攫いじゃないだろうね」
「逆だ。人攫いから取り返したから、届けに来た」
「はぁっ?!人族なのに?」
「人族だからさ」
ここへ来るのは、人攫いか、野蛮な冒険者くらいなのだろうな。
人族以外を見下す、下らないヤツらなのだろう。
「領主様に……。」
「領主殿と話しができるのかか?」
「そりゃ、館に行って時間があったら、お会いしてくださるよ」
何とも気さくな領主殿だろうか。
私は感動すら覚えた。
「素晴らしい領主殿だな」
むしろ、嬉しくなってしまう。
どうやったら会えるか、考えなくても良くなったからだ。
「そうだろう。そうだろう。私ら自慢の領主様だからね」
「女将。流石にこの格好ではお会いできん。そうだな、明日。服を整えて、明後日ではどうだろうか?」
「それは、領主様に聞いておくれよ」
「そうだった。だが、貴族のならいでね。訪問の先触れを出しておくのが、礼儀なのだよ」
「堅苦しいったらないね。分かったよ。後で、使いを出しておくから」
「かたじけない。それで、十八人なのだが、泊まれるかい?」
女将の提案で、子供たちは四人で一部屋として、ベッドをくっつければ、十分に足りると言っていた。
大人は二部屋で、計六部屋を都合してもらう。
「何があるか分からんから、一週間分を先に払っておくよ」
「カメリアの金貨で五枚で良いよ。飯もつけといてあげるから」
「それは助かる。ここ二日は、まともなものを食べてなかったんでね」
「だと思ったよ。風呂は通りを渡ったところに浴場があるから、そこに行っとくれよ」
「服屋も教えてくれると助かるんだが」
「しょうがないね。リリー、案内してやんな」
女将に呼ばれて出てきたのは、黒髪のショートカットが似合う少女であった。
角はないが、耳が少し尖っている。
まだまだ、知らない種族が多いな。




