魔族領 4
石の竈で火を焚いて、盾代わりに背負っていた鍋に、水と干し肉、それとマリアンヌが道すがら採取していたキノコ類や野草を、塩と胡椒で味を整えただけの、簡単スープを皆で分けた。
一日とは言え、冷たいものだけで過ごすと、こうした温かいものが、身にしみるものだ。
子供たちと、ヴェーダ、マリアンヌ、ダレンに配り。
なんとか、私の分も確保できた。
具はほとんど無かったが、それでもスープは美味しい。
腹が膨れると眠くなるもので、子供たちは年少組から順に眠りに落ちていく。
虫の声や、夜行性の鳥の鳴き声も聞こえるが、驚異を退けた今では、心地よく聞こえる。
「今日は先に寝かせてもらうわ」
一番動いていたマリアンヌだ。
明日もある。しっかりと回復しておいてもらいたい。
「夜明け前に起こすよ」
「分かった」
そう言うと、マントに包まり寝息をたてはじめた。
流石、元傭兵。
どこでも休める身体になっているのだな。
「ダレンも、火の番は私がしておくから、眠れなくても横になっておけ」
「ふぅ……言っても聞かないでしょうね」
「分かってきたじゃないか」
「では、先に」
そう言って、ダレンもマントに包まった。
予定外の徒歩行軍だが、一日だけでここまで消耗するものなのだな。
焚き火に枝をくべながら、そんな事を考えた。
川の水で湯を沸かし。
それをちびちびと飲む。
ハンネのお茶も馬車には積んであったが、昨日の夜に諦めた。
だが、今は白湯でもありがたい。
「ねぇ、それ。私にもちょうだいよ」
声に顔を上げると、ヴェーダが近づいてきていた。
「白湯だぞ?」
「温かいものが飲みたいの」
私が口をつけていたカップを手渡す。
「ありがと」
そう言うと、ヴェーダは私の隣に腰を下ろした。
「ねぇ……なんで、ここまでしてくれるの?」
前にも聞いたセリフだ。
一つ溜息つく。
「少し、昔の話をしよう……。」
今ではなく、ここでもない場所で、私が受けてきた理不尽なことを話して聞かせた。
人は変わるもの……それは、流れやすい方へと、より、怠惰に生きられる方へと転げ落ちていく。
出会い、付き合い、初めこそ互いを想いやり、共に生きていく感触を得られるが、いつからか、気持ちはすれ違い、愛情は一方通行となっていき、自分がなぜこの人と共にいるのかと分からなくなるが、出会いの頃を思い出すと、今は休む時なのだと言い聞かせ、ダラダラと自分が壊れていくことにも気が付かない。
最後は壊れ、凄惨な最期を遂げた。
「私は、私と同じようになってしまう人を、作りたくないのだよ」
「転生者なのね」
「そうだ」
「今のあなたは、大丈夫なの?」
あの話しを聞いた後だ。心配にもなるな。
「思うようにいかないことも多いが、それでも私の周りに堕落していくようなヤツは、今のところいないな」
「でも、特別な人も作っていないでしょ?」
「お見通しだな……さすがに怖いからな」
「ホントかしら?ふふふ」
「ほんとなんだがなぁ……。」
焚き火に枝を焚べると、パチリと乾いた音が鳴る。
「明日もあるんだ。ヴェーダも寝ておけよ」
「はいはい。ごちそうさま」
カップを置いて、子供たちの方へと歩いていってしまった。
私も聞きたいよ。
こんな私を、どうして信じてついてきてくれるのかをね。
◆
夜番を夜明け前にダレンと交代し、暫しの眠りについた。
「リケちゃん。そろそろ起きてよ。朝ご飯もなくなっちゃうわよ」
大きく厚みのある、マリアンヌの手に揺すられる。
流石に、短い睡眠では、大して回復はしなかったが、それでも多少はマシになったというものだ。
マントから抜け出して、起き上がる。
まだ、ぼうっとする頭を起こすため、小川で顔を洗う。
川の冷えた水の感触で、覚醒していく思考。
昨夜のヴェーダに話したことを思い出すと、顔から火が出そうだ。
「おはよう、皆。体調が悪い者はいないか?」
野営も二日目だ。
誰が体調を崩してもおかしくはない。
たか、子供たちも一様に元気そうだ。
「大丈夫そうですね。マリアンヌさんの見回りでも、警戒することは、なさそうだという話しです」
「そうか」
ダレンからスープの入った金属の椀を受け取り、パンを浸して食べる。
ハンネに見つかると小言を言われるが、私はこの食べ方が好きなのだ。
キャンプ地の偽装も終えて、皆が出発を心待ちにしている。
今日は妖精の小道へ入るからだ。
未知への体験に、恐怖よりも、好奇心が勝っているのだろうことが分かる。
子供たちだけではなく、ダレンもどこか楽しそうだ。
「さて、皆。準備はいいか?」
「「はいっ!」」
「良し。出発だ」
アーニャを先頭に、昨日の拓けた場所に向かう。
足を取られる子供もおり、ロープを張って引き登れるようにしたりと時間は掛かる。
それでも、日が真上に昇る前には広場に着いた。
「少し、休憩しよう」
子供たちは、年長組の指示で、まとまって座るようにしているようだ。
こういう場面で助かるな。
『なにが?』
「子供たちが、自分たちで考えて、動いてくれることにだな」
『ふぅん。ねぇ、甘いの持ってないの?』
「甘いのか……。」
腰のポーチを探ると、隠していたビスケットがあった。
ハンネ作のもので、バターと砂糖が贅沢に使われている一品だ。
それを取り出して、ハッとなる。
誰と話していたのだ?
『私よ私。あなたの前にいるわよ!』
声はすれど、姿は見えず。
『あんた。目よ。目に魔力を流してみなさいな』
何だか分からないが、言う通りにしてみると、目の前に淡く光をまとう、小さな人型の羽を持ったものが顕れた。
「まさかっ……妖精……なのか?」
信じられない。
『信じなさいよ!ちゃんと見えるでしょ?それより、甘いのちょうだいよ』
呆然としながらビスケットを渡すと、それを両手で抱えてかぶりついていた。
「リケちゃん。さっきから、独り言が大きいわよ?」
マリアンヌが心配そうに、私を見ていた。
「ここに妖精がいるのだが……見えないか」
手のひらを妖精の方に出すと、図太いのか、妖精はそこに腰掛けて、ビスケットを食べていた。
迂闊に、手を下ろせなくなってしまった。
「アーニャを呼んできてくれ」
「分かったわ」
マリアンヌがチラチラと振り返りながら、子供たちの方へと歩いていく。
休んでいないのがバレバレなのだな。
世話焼きのマリアンヌだ、相当に心配なのだろう。
アーニャと共に戻ってきたマリアンヌだったが、アーニャの反応に、胸を撫で下ろしたようだった。
「妖精さん!」
アーニャが、私の隣にしゃがみ込んだ。
『昨日の娘ね。連れて行っちゃって悪かったわね』
「何食べてるの?」
『甘いのよ』
どうやら、妖精の声や姿を見聞きできているのは、私とアーニャだけのようだ。
「妖精さん。私はフリーデリケだ。お前さんを何と呼んだらよいかね」
『人族はそれが好きよね……私はエンヴィって、前に会った人族に呼ばれてたわ』
「それを使わせてもらおう。エンヴィ。私たちは妖精の小道を使って、森を抜けたいのだがね。道案内を頼めるかい?」
『甘いのも貰ったし……もっとある?』
「今は少ししかない……だが、街に帰ったらもっとスゴいのがあるぞ」
『何それ!?』
「どうだ。道案内を頼めるか」
『ちょうど、この森も飽きてきてたから、あんたについていくわ』
「そりゃ、ありがたい」
『それなら、さっさと抜けちゃいましょ』
「そうだな……皆。出発しても大丈夫か?」
ダレンやマリアンヌは、とうに準備はできていて、周囲の警戒までしていた。
子供たちも水袋を腰に下げて立ち上がる。
「エンヴィ。頼むよ」
『任せなさいな』




