魔族領 3
夜が明けて、子供たちを起こして回る。
「眠れたか?」
首を振って応える鬼族のガオジュン。
さもありなん。
屋外で、敵に襲われるかもしれない緊張で、眠れたものではないだろう。
数名は除くようだが……。
火は昨夜から使っていない。
食事はパンと干し肉、それに水だけだ。
過酷ではあるが、頑張ってもらうしかない。
「よし。食べたら出発だエルフの……。」
「アーニャ」
「アーニャに着いて、妖精の小道を抜ける」
子供たちも協力的で、食事を済ませると出発の準備を始めていた。
アーニャの先導で、森の中を進む。
今のところ、妨害の気配は感じられない。
まさか、子連れで森を抜けるとは、思われていないのだろうし、無事に出られるわけがないとも考えていそうだ。
「マリアンヌ」
「任せてちょうだい」
「ヴェーダ、ダレンは子供たちを」
「はい」
「分かった」
オオカミの群れだ。
統率も、攻撃の連係も取れている、良い狩人チームなのだろう。
マリアンヌの突撃に合わせ、その周囲に魔力の針をばら撒くと、横から狙っていたオオカミたちに当たり、一瞬怯む。
マリアンヌには、それだけあれば十分。
振り下ろしの一撃から始まる、ダンスのような連撃に、オオカミたちは翻弄され、隙をうかがうしかない。
そして、注意がマリアンヌに集中しているところを、魔力の針で貫いていく。
最後の一頭をマリアンヌが切り伏せ、オオカミの群れを殲滅した。
「コレが続くとしんどそうだわ」
「次は私が前に出よう」
「あたし、魔法の援護は苦手だわよ」
「それはヴェーダに頼もう」
「へっ!?私?」
自分を指差して驚いた顔をしている。
「当てなくていい。適当に魔力の針をばら撒いてくれれば、なんとかなる」
「それくらいならね」
「良し、進むかね。アーニャ、頼むぞ」
「うん」
しかし、行軍は遅々として進まない。
子供の足に合わせていることもあるが、偵察なしで周囲を警戒しながらなので、どうしても慎重になる。
それに、ハッキリとしない敵影に怯えながらだ。精神的にも消耗させられていた。
森の中を流れる小さな川を見つけた。
今日はここまでだろう。
「マリアンヌ。今日はここまでにするから、周りを少し見てきてくれないか」
「そうね。それがいいわ……木の実でもあるかしら?」
そう言って、森へと消えていった。
「皆。今日はここで休もう」
私の声に、子供たちがその場にへたり込む。
森の小川であったが、石も多く乾いていたので、座っても不快感はない。
「ダレン。手伝ってくれ、かまどを作ろう」
「ここで火を使って、大丈夫ですかね」
「人には見つかるかもしれんな……だが」
「確かに、子供たちには酷ですね」
「何かの時には、私たちが盾になればいい」
「ヴェーダさんさえ残ってくれれば、何とかなりますね」
「貧乏クジを引かせたな」
「何言ってんですか。俺だってハイデルの騎士ですよ」
「頼もしいな」
そんな会話をして、石を積んで竈を拵えていると、子供たちが手頃な石を運んできてくれる。
「すぐに作れてしまったな」
「手伝いが、こんなにいましたからね。それじゃあ、枝でも集めてきますよ」
「頼む」
「私も手伝う!」
一人の少女の頭に手を乗せて、ダレンを見た。
「行けるか?」
胸をたたく仕草で返事をするダレン。
「良し。できるだけ乾いてるのを選んでな」
そう言って二人を送り出した。
子供たちは川岸で水を汲んだり、靴を脱いで脚をつけたりと様々だ。
「皆。いるか?」
ひぃ、ふう、みぃと数えていくと、二人足りない。
一人はダレンに付いて枝拾いだが……エルフのアーニャだ。
「アーニャがいない!」
声を鋭く出すと、皆が辺りを見回すか、私を見る。
「誰か、アーニャを見ていないか?」
ヴェーダを含め皆が首を振る中、額に一本角がある少年が森の中を指さした。
「あっちの方に歩いて行ったよ」
それを聞いて動き出そうとするが、躊躇ってしまう。
マリアンヌもダレンもいない今、私が抜ければヴェーダだけになってしまうからだ。
「皆。近くに集まってくれ」
そう言って、ヴェーダの方に寄っていくと、川に入っていた子供たちも、その周囲に集まってきた。
それを確認して、聖域の結界を張ると、首からネックレスを外してヴェーダに渡す。
「風の魔法が込められている。これで、空気がキレイになるから使っておいてくれ」
「ど、どうするの?」
「アーニャを連れ戻す。聖域の結界で隔離してあるから、攻撃は効かないが、絶対に壁に触れるなよ」
ヴェーダにそう言って、結界の外に出る。
ピリッとする感覚はあったが、外には出られた。
この魔法を使って初めての試みだったが、出られるものなんだな。
少年の指さした方向へと、駆け出す。
子供の足だ、遠くには行っていまい。
そう思うが、柔らかな森の土は、私でも足を取られて思うように進めはしなかった。
「アーニャ」
名前を呼ぶが、返事はない。
遠く……まさか、妖精に誘われたのか?
ハイデル王国のおとぎ話に、妖精に誘われて森を彷徨う少年の話しだ。
しばらく行くと、そこだけ拓けており、日暮れも近いというのに日中のような明るさがあった。
そして、その中心にアーニャの姿がある。
「アーニャ」
呼んでみるが、反応はない。
魅了……。
身体が反応し、全身に魔力を展開して肉体を強化した。
精神系の耐性が上がるとは思えないが、やるだけはやってみよう。
拓けた場所に飛び込み、アーニャに抱きつく。
私には見えないが、何かを掴もうと中空に手を伸ばすアーニャ。
「アーニャ!戻ってくるんだ」
正面に顔を捉え、声をかけるが目は虚ろい、私でないものを見ているようだ。
試してみるか……。
「エントシュペレン(解錠)」
力ある言葉と共に、アーニャの瞳に光が戻った。
「アーニャ!私が分かるか?」
「リケ……どうしたの?」
アーニャをしばし抱きしめる。
肩の力が抜けたところで、アーニャを離した。
「全く、妖精に連れて行かれそうだったんだぞ」
「森の妖精さんが、こっちこっちってしてたの」
辺りを見回すが、私には何も見えなかった。
「ということは、ここが妖精の小道か」
「うん。ここから行けるよ」
「いったん皆のところへ戻ろう」
立ち上がり、アーニャの手を引いて、もと来た道を戻っていく。
川辺りに近づくと、金属同士がぶつかる音が聞こえて来た。
反射的にアーニャを抱き上げ、走り出す。
「はやーい」
アーニャが腕の中で歓声を上げる。
肉体強化の恩恵で、走る速度は常人のそれとは比較にならない。
川辺りではマリアンヌとダレンが、五人を相手に戦っていた。
「あそこ!」
アーニャが森の奥を指さす。
この速さで、よく見えたものだ。
アーニャの指先に魔力を集め、魔力の矢を射出。
「ぐぅっ……。」
かすかに呻く声が聞こえた。
結果を確認する時間はない。
森から飛び出し、小川を飛び越え、ダレンに迫っていた誰かの横っ面に回し蹴りを放つ。
腕の中のアーニャが心配だったが、致し方ない。
ダレンに近づくと、肩を押さえている。
矢を喰らってしまったようだ。
「これは?」
「枝拾いから戻ったら、一発喰らいまして」
「どこかでつけられていたか………。」
ダレンのそばにアーニャを降ろし、腰のロングソードを抜いた。
弓兵はこの際、諦めよう。
とにかく、マリアンヌに迫る四人を崩さなければ。
マリアンヌからも死角になりそうなやつに、と思ったがその場で複数の魔力の針を、四人の輩の背中に向けて展開し射出した。
元々、こういう時のために練習を続けていたのだ、実戦で使わなくてどうする私。
マリアンヌを囲んでいた男たちが、崩れ落ちた。
「おっそーい!リケちゃん、どこ行ってたのよぉ」
二本のショートソードを、腰の鞘に戻し、不平を口にするマリアンヌ。
「アーニャが妖精の小道を見つけてな……。」
右手の森から、風切音。
「伏せろっ!」
反射で叫ぶが、狙いは私だったようで、右の肩に痛みが走る。
「行くわ」
マリアンヌが駆け出した。
しかし、別方向からの追撃もないことから、マリアンヌが追った弓兵が最後だろう。
肩の矢をそのままに、崩れている男たちを、男たち自身のペルトや衣服で拘束し、武器は遠くに放り投げておいた。
「ダレン。大丈夫か?」
「フリーデリケ様こそ」
「ははは。右肩に矢で、お揃いとはなりたくなかったな」
「全くです」
「痛むぞ」
ダレン肩に手を置き、前置きすると一息に引き抜く。
「ぐっ……。」
鏃もしっかり抜けていたので、そのまま癒しの魔法を掛けた。
「私のも頼む」
「はい」
肩に手を置かれ、矢が力ずくで引き抜かれる。
「うぅっ……。」
「鏃も抜けてます」
「そうか……ハイレンデス・リヒト(癒しの光)」
私自身にも癒しを施す。
痛みも引き、多少の突っ張りは残るものの、動くには問題はない。
ダレンも同じように確認が終わったようで、こちらに頷いて返す。
そこで、ヴェーダたちを守っていた聖域を解除した。
「すばしっこくて、めんどくさかったわ〜」
伸びをしながら、ゆったりとした足取りで森から出てくるマリアンヌ。
これで、戦闘は終結だ。




