魔族領 1
二、三日のつもりが、新しい大使の派遣待ちやら、トロスト団長の登場やら、武官引き継ぎやらで、伸びに伸びた子供たちの移送。
カメリア国境を越えるためのパスは、バズから受け取っていたのだが、私の都合がつかずに延期され続けていた。
そのおかげで、領事館は全寮制の学校と化してしまった。
子供たちの為に、武官は領事館の庭で運動させる教官となり、文官たちは交代で話しを聞かせたり、計算を教えたりする教授陣になっていた。
得るものも、なかったわけではない。
なんと、算盤や計算尺を使える年長者が数名おり、領事館員が逆に教わるケースもあったのだ。
これで、いくぶんか計算間違いが、減ることを祈る。
さて、大使としての書類業務は元からやっていたので、問題はなかったが、とにかく顔見せに各国の領事館を巡るのと、スケジュール調整に追われる日々であった。
「良し。これで終わりだっ!」
最後の書類に承認員を押し、承認棚に押し込む。
「お疲れ様でございます」
ハンネがタイミングを見計らったように、淹れたてのお茶を出してくれた。
「これで行けるな」
「ふふふ。だいぶ伸びてしまいましたね」
「子どもたちも、すっかり馴染んでしまったな」
「そうですね。今では、居るのが当たり前になっていますよ」
「ボニファーツなんて、子供もいるから、扱いも上手いのではないかな?」
「厨房組は、下働きができて喜んでおりました」
「野菜の下処理くらいならな……給金の計算は後でしておくか」
「そうですね」
「人数もいることだし、次の休みにガーデンパーティ形式で、送別会をやろう」
「料理長が準備を進めておいでです」
ガチャ。
「リケ。こっちの書類なんだけど?」
開け放しておくと、子供たちが入ってきてしまうので、煩わしいが、ドアを閉めておくようになっていた。
「ヴェーダ。ノックはしてくれ」
「あぁ、忘れてた。でさ、ここなんだけど」
ヴェーダも私の業務サポートとして、その実力をいかんなく発揮してくれている。
もともと、頭の良い娘だったのであろう。
計算の正確さと、速さには、領事館では右に出る者はいないほどだ。
それに、魔法も上手く、闇属性の魔法を使いこなして、人族の社会に溶け込んでいる。
しかし、解せないのは、領事館内に専用の部屋を与えたのだが、未だに私のベッドで寝起きしていた。
おかげで、毎晩、ヴェーダの抱き枕だ。
その週の週末。
休暇でありながらも、当直武官以外の領事館職員が集まってくれた。
それに、バズ爺さんも手土産付きで、参じてくれている。
「皆。グラスは持ったな」
トロスト外交武官が、皆を見て言った。
グラスと飲物が行き渡り、給仕のメイドたちも立ち止まる。
「大使から挨拶を」
恭しく、私に場を譲るトロスト。
「大臣を差し置いて、失礼します」
「なに、今日はただのバズ爺さんじゃ。気にするな」
バズ爺さんに会釈をして、トロストと場を変わる。
「あの日から、だいぶ時間が経ってしまったが、ようやく、皆を家族の下へと帰せる日が迎えられそうだ。ここで、皆と過ごした日は、賑やかで、楽しいものだった。それがなくなってしまうのは、少し寂しいが、皆に元気に、そして家族と共に暮らしてもらえることが、私。それに、ハイデル領事館、皆の願いだ」
「ワシもな」
バズ爺さんの一言に、場が笑いに包まれる。
「プロージット(乾杯)」
私の掛け声で、皆がグラスを掲げ、それを口に運んだ。
パーティの始まりだ。
調理場組やメイドたちが、甲斐甲斐しく皆に料理や飲み物を供する。
その傍らで、子どもたちとの別れを惜しむ者。どこから持ってきたのか、ギター抱えて歌う者。それに合わせて踊る者と、各々の楽しみ方で、このお別れ会を楽しんでいるようだった。
「ヴェーダ。お前はどうする?」
私の隣で、子供たちのそんな様子を、眺めている彼女に声をかけた。
「私は帰っても、行く当てはないから」
「良し。私のサポート係は継続だな」
「居て欲しかった?」
イタズラな笑顔を浮かべ、私の顔を覗く。
「抱き枕は勘弁だがな。ハンネと同じで、手放せんよ……でも、いいヤツ見つけたら、嫁いでかまわんからな」
「何よ、それ……ふふふ」
今日は人に化けていないヴェーダ。
「国交が樹立すれば、問題はないんじゃがな」
バズ爺さんが私たちの会話に加わった。
「ほれ、お前さんにプレゼントじゃ」
そういうと、胸のポケットから一枚の紙と、薄い金属製のカードをヴェーダに手渡した。
「特別滞在許可証じゃ」
「バズ爺ちゃん!」
必殺のハグを繰り出す私。
「えっ!?えぇっ……。」
驚きのあまり、声も出ないヴェーダ。
「何かあったとき、それが有ると無いとじゃ、大違いじゃからの」
抱きつかれたまま、少し苦しそうに説明をするバズ爺だが、特別滞在許可証は、カメリアに入国する留学生等に発行される、カメリアへの滞在が許可されたことを証明するカードだ。
領事館職員に、私も発行されて携帯している。
完全に密入国を止められる国境線ではないが、何らかの問題が発生したときへの対応か違うのだろう。
ちなみにカメリア国民は、国民証明を持っている。
偽装は難しく、カードにちょっとした、非公開魔法の術式が組み込まれているそうだ。
子供たちのはしゃぐ声に、得意そうに話しをする大人や、感慨深くそれを眺める者。
楽しい時間と言うのは、過ぎるのも早く。
日が傾く頃には、年少組の寝息が聞こえ始め、別れを惜しみながらも、会は解散となった。
◆
「全員乗ったか?年長者は確認して、私に伝えてくれ」
領事館のエントランスには、馬車が停められ、周囲を武官の騎乗する騎馬隊が囲む。
私たちは、馬車三台に子供たちと、旅に必要な物資を積み分け、出発の時を待っていた。
玄関前には、領事館の職員も見送りに出ており、未だ別れを惜しんでいる。
私も砦攻略からの相棒となったグリュックの背にのり、馬上の人となっていた。
グリュックを操り、馬車に寄ると、子供たちが全員乗り込んでいるかを確認して回った。
今回の魔族領遠征は、私を筆頭にマリアンヌ、武官を五名と、文官が二名、それに御者三名の体制となる。
案内役として、ヴェーダも馬車だ。
「全員いるようだな。では、トロスト卿。後を頼みます」
「行ってこいよ」
そう言って、軽く手を挙げるトロスト。
「出立!」
号令と共に馬車が進む。
今日は、カメリア首都から半日ほどの街で、宿を取ることになっている。
旅慣れない子供たちに、文官も一緒なので、魔族領まで一週間、移動時間を伸ばしながらの行程を予定していた。
「ねぇ、リケ」
街道をゆったりと進んでいると、馬車から子供の一人が声をかけてきた。
「なんだ、小僧」
名前はガオジュンと言う、頭に二本の小さな角を生やした鬼族。生意気盛りで敬称をつけづに呼ぶので、私も小僧としか呼んでいない。
「リケは子供なのに、何で偉そうなの?」
理由が分かった。
私は子供に見えるらしい。
鬼族の成人女性は、どんな体をしているのだろうと、気になった。
「私は子供ではないし、実際に偉いのだよ」
「トロストより?」
トロスト外交武官も、子供たちの運動の相手をしていた。
学院の生徒よりは楽だと言って、笑っていたよ。
「トロストは男爵という貴族だが、私はその上の子爵という貴族なんだ」
「へぇ。じゃあさ、どっちが強いの?やっぱり、リケ?」
痛いところを突いてくる。
未だに、トロスト外交武官には五本手合わせして、一本取れるかどうかだ。
「それは……トロストの方が強い」
ゴニョゴニョと尻すぼみになってしまった。
「なんだ、トロストのが強いんだ」
子供は正直だ。
勝てるように精進しよう。
そう思ったとき、武官たちに緊張が走る。
馬車がゆっくりと速度を落とし、停車すると、武官たちが警戒のフォーメーションとなった。
マリアンヌがすぐに馬を寄せて来る。
「前方に隊列。今、ダレンが誰何に行ったわ」
今回の遠征で、武官をまとめる騎士のダレン。
見た目は気のいい青年なのだが、その実力はトロスト外交武官の折り紙付きだ。
「分かった」
しかし、その警戒もすぐに解除される。
向かいから近づく隊列は、商会の荷馬車の列だった。
再び進み始めると、私はマリアンヌに馬を寄せる。
「あら。リケちゃん。何かあった?」
「コレだと、最後まで気がもたんな」
「ちょっと緊張し過ぎよね」
「まぁ、大事にはならんのだが」
「トーマスがいれば、先行させるのもあったけど……。」
「何か、良い手はないものかな」
「なぁなぁ、リケ。おいら、遠目の魔法が使えるよ」
子供の一人が、並んで馬を進める私たちに、そんなことを言ってきた。
角などはないが、耳が少し尖っている男の子で、カミルと言ったが、ガオジュン同じ理由で、私は小僧と呼んでいた。
遠目の魔法。
なんだ、それは?
「聞いたことがないのだが?」
「こう、目のところに魔力を集めると、遠くが見えるようになるんだ」
「私も使えるわ」
少女も同意し、他の子供たちも頷いたり、首を振ったりと様々だ。
魔族の中では、知れ渡っているものなのか?
しかし、聞いた感じでは、私の使う魔力そのものを操作する魔法に近いと感じた。
「試してみるか……。」
魔力を目の表面に、レンズを形作るように集めてみる。
「うおっ……できた。が、こりゃ、馬の操作ができんな」
双眼鏡を固定された視界となるので、遠くを見るぶんには良いが、手元は近すぎて見られたものではない。
「ぼく。馬車の上に登って、見ててくれない?」
「任せて」
カミルは、マリアンヌの言葉に元気よく返事をすると、スルスルと幌馬車の上に登って行った。
子どもの体重ならば、屋根の方も問題はなさそうだ。
「何か見えたら、教えてくれよ」
そう声をかけて、元の場所に戻った。
その日から、馬車の上の監視は子供たちの役目となり、交代でやるようになっている。
ヴェーダにも気になって聞いてみたのだが、魔族やエルフ、それにドワーフも、魔力自体を操作することに長けており、生活の中で、属性魔法を使うことはあまり無いと言う。
そこで、一つのピースが、頭の中でハマったような感じがした。
だから、属性はガチャなのだと。
ハイデルは教会の権威を誇示する目的で、十歳になると儀式めいた方法で、属性が決まるのだが、内容は前にも言った通り、スキルポイントで回すガチャだ。
カメリアの文化には、そのようなものはなく。
国民証明の受領時に決まるらしい。
カードの色が、属性で違うと言う。
しかし、魔族やエルフ、ドワーフも属性魔法を使うことはあるが、ほとんどの場面では魔力自体を操作したものを行使するようだ。
実際。属性魔法は、使うシーンが限られてしまうからな。
この世界の魔法の本質とは、魔力を思いのままに操作することで、属性は、それを補強、あるいは味付けする程度のものなのだろう。
それに、行使するときにイメージがしやすい。
あくまでも補助的要素なのだ。
「ねぇ、リケ。前から近づいてくるのと、右と左の畑に隠れてるのがいるよ」
また、カミルが見張り番であったようだ。
馬車の屋根の上から、私に報告する。
「何か持ってないか?」
「う〜ん……。前から来るのは剣と弓。畑のは弓だね……畑の一人が弓を引いてる」
「よく知らせてくれた。馬車のなかに戻るんだ」
「うん」




