頭痛の種 4
最後の一つの部屋を開けると、そこは豪奢に飾られた応接セット付きの執務室になっていた。
机には男が一人座っており、こちらを伺っている。
なぜ、こういう輩は、この場面で対話ができると思っているのだろうか?
それが、私には不思議でならない。
魔力の針を肩、上腕の計四点に無言で打ち込む。
しかし、それはヤツの着ていた服に弾かれてしまった。
魔力耐性の高いものか……。
「ふっ……。せっかち過ぎると言われないかい?」
男は、不敵に笑って、机の上で手を組んだ。
ゆるいウェーブのかかった髪を短めにまとめ、整った目鼻立ちもあって、女性に人気はありそうだ。
「少し話しをしないか?」
「済まないが、今回の私には、そのロールが割り当たっていないんでね」
男が両手を机に付き、ゆっくりと立ち上がる。
そして顔を上げ、こう言った。
「そいつは残念だよ。ヴィントクリンゲ(風の刃)」
「しまった!!」
油断してしまった。
相手につけ入る隙を見せてしまったのだ。
男の放った風の刃が、私を斬り刻むべく吹き抜けていく。
マントに革鎧、ブーツと言わず、その下の皮膚もきり裂かれた。
痛みはあるが、動かせなくはない。
防御姿勢をとった私に、机を飛び越え、そのまま飛び蹴りを放ってくる男。
狙いは頭部だ。
その蹴りをアームブロックで受けるが、相手もそれなりに実戦を熟して来ているのだろう。
身体強化された蹴りに、堪らず吹き飛ぶ。
「口ほどにもない」
壁に打ち付けられた私を見て、吐き捨てる。
私も油断していたのは認めよう。
全身に魔力を流し、強化した。
ブロックした腕も、吹き飛んだおかけでもあって、軽く痛む程度で済んでいる。
壁に打ち付けた身体も、特に問題はない。
余裕ぶっている男の懐に飛び込むと、最小限のバックステップで躱そうとする。
空中で身体を捻り、飛び込んだ勢いを左足に乗せた、浴びせ蹴りで、バックステップした男を追撃。
男は慌てて腕を上げてブロックするが、その上からでも十分にダメージは入る。
「なかなか、良い蹴りだったよ。そのお返しで足りたか?」
着地して、腕を押さえた男に言った。
「お釣りを渡したいのだがね」
ブロックした腕が、どこまで使えるのかは分からないが、表情と発言から、やめる様子はない。
しかし、ちょっとまずいことがある。
ヤツの方が、部屋の入口に近い。
そう思った刹那。
ヤツは部屋の外に飛び出す。
上にはバズ爺達がいる。
護衛二人が後れを取ることはなさそうだが……。
私も後を追い、通路に出ると狙いなしで、魔力の針を撃ち出した。
「うわっ!?」
通路を走ると、階段に脚を引きずる男の姿があった。
階段を駆け上がり、男の背中に全体重を乗せたタックルを見舞う。
男はそのまま、開いたままの扉から地上階に飛び出し、無様に地面とキスする羽目になっていた。
「機転が効くし、思い切りもいい。なんで、こんな事に手を染めたんだ?」
階段を後から登り、倒れている男に向かって聞いてみた。
「お前には、分からんだろうな。国に裏切られた者の気持ちなんてな」
「復讐……か」
地上階に登り立ったとき、殊勝にも、片膝をついて立ち上がろうとしている男の姿があった。
強化しているとは言え、あのタックルの衝撃で、まだ、立ち上がれるのかと、意外を通り越して敬意を覚える。
「お前。名前は?」
「自分から名乗るもんだろ?」
少しよろけながら、立ち上がる。
「私は妖狐」
カメリアに来て、初めての名乗りだ。
「妖狐ね……化かされた夢なら、どんなに良いか……。ロバート、ロバート・ステイサム」
ダメージが残る身体を推して、構えをとる。
「ロバート。貴方の闘志に敬意を」
私もトーマスにしか見せたことのない、体術時の構えをとった。
徒手空拳は、強襲時の流れのなかでしか使うことがなかったので、この構えをとるのも久しぶりだ。
「ひゅっ!」
短く息を吐き、飛び込んできたのはロバートだ。
鋭い右ストレート。
それを外に向けて受け流すと、左のフックが飛んでくる。
いいコンビネーションだが、痛む腕。突き出すわずかな間に躊躇いがあった。
私はロバートの胸に掌底と、衝撃波を叩き込んだ。
「んぐっふ……。」
フックは打ち切ることなく、胸を押さえて後ずさる。
口から漏れ出る赤いモノ。
ゆっくりと両膝から崩れ、再び、床に倒れたロバート。
私は急ぎロバートのそばにしゃがみ込むと、癒しの魔法を使う。
重要参考人だ。アーラス様の元に届けるには、まだ、早い。
「いや、お見事」
パンパンと手を鳴らしながら近づいてきたのは、言うまでもなくバズだ。
「アルベドの一人だと思われる。身柄はカメリアに」
「良いのか?妖狐よ、お前さんの手柄だぞ」
「カメリアのことはカメリアで、私は情報だけもらえれば満足だよ。バズ」
「そうか……。忙しくなりそうだ」
「それと。下の魔族連中は、私の方で預かっても良いか?」
この目で見てはいないが、地下牢の中は魔族領から攫われた者たちであろう。
「分かった。ただ、ワシにも状況だけ」
「行こう」
バズを連れて地下へと戻る。
牢は部屋と同じく四つあった。
その中で、トーマスとマリアンヌが、囚われていた者たちの介抱をしている。
魔族にエルフ。
皆、若く少年期くらいに見える。
「これは……どれほどの被害者がおったのか」
「アイツは組織の一端だろう、上の檻のことも考えると、相当な稼ぎになったのではないか?」
「ひい、ふう、みい……全員で十四人か」
「身柄は任せて欲しい」
「魔族領に帰すときには言ってくれ、関門があるでな。パスが必要になる」
「ありがとう……。トーマス、漆黒姫。立てないものはいるか?」
「こっちは大丈夫だ」
トーマスからの返事。
少し弱ってわいそうだが、立てなくはなさそうだ。
「こちらは二人ね」
マリアンヌの腕に、ぐったりと目を閉じた少年が抱きかかえられている。
「二人は私が抱いていこう。ハイデル領事館まで連れて行くぞ」
「良し。皆、立てるか?立てるなら、おじさんに付いてきてくれ」
トーマスが一人の男の子の手を取って、立たせると、そのまま牢の外に連れ出した。
戸惑って様子を見ていた者たちも、その後を追って歩き出す。
私はマリアンヌの方の牢へと入り、ぐったりとしている二人を受け取った。
「こちらも行こう」
「分かったわ……。はいはい。みんな、ついてらっしゃい。お姉さんが美味しいものを食べさせてあげるわよ」
皆の顔が少し緩んだ。
マリアンヌにまとわり付きながら、歩き出す。
「では、バズ爺ちゃん。後は頼みました」
「良いものを見せてもらった。後は任せてくれ」
建物を出ると、代わりにカメリアの警察官達が入って行った。
カメリアは軍事力こそ最低限だが、国内の治安維持には、いち早く警察を組織して、その維持に当たらせている。
とは言え、向こうの世界には程遠いがね。
◆
私たちが領事館に帰り着くと、館内は大忙しだ。
私と専属の治療師で、十四人の検査に始まり、男性職員と女性職員に分かれての入浴補助。
ハンネを中心としたメイドたちで、衣服を着させ。
調理場でも料理長が腕を振るう。
重症の二人は私が預かることにし、他の子たちは会議室に布団を敷いて、そこに寝かせることにした。
「皆。遅くに済まなかった。明日も業務はあるが、急ぎの仕事がないものは昼からで良い。今夜の協力に感謝する」
手伝ってくれた職員たちに、そう言って頭を下げた。
「それと……。もしかすると、カメリアから謝礼が出るかもしれん。その時は特別支給だ!」
わっと沸き、悦びを露わにする職員たち。
もらえなかった時は、私が出すかな。
一仕事終えて部屋に戻ると、ヴェーダが重症だった二人をベッドに寝かせ、その様子を見ていた。
「終わったよ」
「十四人だったのね。だいぶ、売られちゃったか」
ヴェーダは少し寂しそうに言った。
「カメリアの調査次第だが、行き先は分かるかもしれん」
「そう……。」
「この子たちも大丈夫だ」
「うん。ありがとう」
「二、三日。ここでゆっくりしてもらったら、魔族領まで送るよ」
「分かった」
「さて、私はまた、魔力切れなのでね。休ませてもらうよ。ベッドは好きにしてくれ」
マントと革鎧、ブーツだけ脱いで、ソファに横になる。
その日、覚えていたのはそこまでだった。
◆
二週間後。
領事館に新たな大使、ではなく、何故か国王からの書簡と共に外交武官が派遣されてきた。
「よっ!久しぶりだな」
私が迎えたのは、爽やかな笑顔で片手を上げるトロスト団長。その人だった。
「トロスト団長!?」
「今は解任されて、外交部官だ」
「いやいや、外交武官は私で……。」
「ほれ、国王からの預かりもの」
「はい……。」
良く分からないまま、それを受け取ると、開けて中身に目を通した。
「な、な……。」
「頼むぜ。フリーデリケ大使殿」
「何でなんだよっ!」
やっと得られた、自由気ままな武官生活と思っていたら、再び激務に逆戻り……とほほだよ。




