頭痛の種 2
「お嬢様。そろそろお時間ですよ」
ハンネの柔らかな声が心地よい。
身体を揺すられ、目が覚めた。
「あぁ……おは……。」
身体の自由が利かない。
焦って目を開ければ、ヴェーダが私に絡みついているではないか。
しかも、鼻腔をくすぐる良い香りがする。
マリアンヌのトリートメントオイルの香りだ。
「まず、コレをどうにかせんとだな」
「すつかり、懐かれてしまいましたね」
ハンネはそう言って笑うが、私にとっては一大事だ。
とは言え、力ずくで跳ね除ける気にはならず、ゆっくりと腕やら脚やらを解いて、何とか脱出した。
「マリアンヌ様が、ベットに運んで下さりまして……そしたら、彼女が」
「何となく分かる……風呂と着替えだな」
「はい。お風呂の準備は整っております」
ボサボサの髪、目の下のクマと、ヒドイ有様だ。
魔力の方は回復してきてはいるが、全快には程遠い。
ラトーラの魔力ポーションが恋しくなる。
風呂を終えて、ハンネに髪を任せていると、ベッドにのっそりと起き上がる影。
ヴェーダだ。
昼まで寝ているかと思ったのだが、意外にも怠惰ではないのだな。
そう言えば、魔族の生活なんて知らないのだ。
魔族領では、どんな生活がなせれていて、どんな風習があるのか、どんな価値観を持っているのか……私はそのほとんどを知らない。
「ヴェーダ。おはよう」
思考をやめ、挨拶をした。
「フリーデリケ。おはよう。身体は大丈夫?」
「それを聞くのは、私なんだがな。魔力が回復してなくて、少しだるいよ」
「ラトーラ様のポーションか欲しいところですね」
やはり、ハンネもそう思うのだな。
「あれは、カメリアだと認可されていない、違法薬物になってしまうのだよ……法律が違うと、面倒なものだ」
「人族は面倒よね……そうだ、あの男の部屋は、そのまま?」
「あぁ、手がまわらなくてな。そのままになってる」
「私の荷物があるから、ちょっと行ってくるわ」
「歩哨に見つかるなよ」
そう言って送り出す。
朝も早い、そうそう誰かと、鉢合わせをするものでもないだろう。
しばらくすると、薄汚れた背負い袋を持って、ヴェーダが帰ってきた。
床に座り込み、何やら中をゴソゴソとかき回している。
「あった。隠しておいて正解!」
ヴェーダの手には、淡く緑に光る小瓶が握られていた。
「何だい、それは?」
「コレはね。エルフの秘薬よ」
ふと、久しぶりに星屑メモリーズの設定を思い出す。
確かに、オルグのようなドワーフがいて、エルフに魔族と、ファンタジーに出てくる種族の設定はあった。
ちなみに、オルグはカニアの街にある、アスカニア家本邸の庭師だ。
「コレを一雫。少し水で薄めて……はい」
水で薄めたエルフの秘薬が入ったグラスを差し出される。
受け取って、一口。
爽やかなミントのような香りが、鼻腔を駆け抜ける。
飲んだ瞬間から、魔力が内側から湧き出し、身体の不調も吹き飛んでいく。
堪らず、二口、三口と続け、飲み干してしまった。
味も良かった。
ミントの苦味も感じられたが、ベリーのような甘酸っぱさもあり、とても飲みやすい。
「ヴェーダ。貴重な薬をありがとう」
「元気になったみたいね。でも、コレは高いけど、そこまで貴重でもないわ」
「エルフの秘薬というと、一瓶で城が建つイメージなのたが」
「あははははっ。そんなわけないじゃない、せいぜい金貨一枚よ」
「はぁっ?!」
「人族はエルフと交流がないから、知らないのだろうけど、魔族領なら、どこの道具屋でも買えるわ」
「そんなものなのか?」
「材料自体は、魔族領やエルフの郷だと、ありきたりなものだから」
「魔族についても、エルフについても、知らないことばかりだな私は」
「行ってみる?」
「それも一つの手だな」
そう言って、私は少し思案顔になる。
ヴェーダは良く分からないといった顔で、ハンネと顔を見合わせていた。
しかし、ずいぶんと馴染んだものだな。
ハンネや、マリアンヌのおかげもあろう。
◆
ヴェーダを人目に晒すわけにはいかないので、引き続き、私の寝室が執務室を兼務する。
今までと違い、ドアを閉めるようにしたので……。
ドカッ。
「痛てて」
コンコンコン。
「入れ」
「総務からの再提出の書類です」
と、こんな流れになっていた。
「ボニファーツ。慣れるんだ」
「すっかり、開け放しに慣れてしまったもので……ははっ」
「気をつけてくれよ。それと、彼女から調書を取るから、しばらく部屋には近づくなよ」
「分かりましたっ!」
直立で敬礼をする。
それが染み付いているというのは、騎士の鑑だな。
「よろしい。下がるように」
ボニファーツが出ていくと、手元の書類を見るのだが、予想通りに間違った金額が書かれていた。
「はぁっ……。」
大きくため息をつく。
「大変だよね。人族は計算尺を使わないのよね」
向こうの世界の私の記憶が、懐かしいと言う。
パソコンに表計算が主流だったし、外出先ではポケコンを使っていたものだ。
しかし、計算尺は学生の頃には使っていたことがあるので、その有用性は分かっていた。
「使い方を教えなきゃならん。私は使えるがね」
「珍しい。魔族の技術に、否定的ではないのね」
「別に、アーラス様の教えにも、魔族を忌避するようなモノはないからな」
確かに、魔族を忌避する教えはないのだ。
最近感じたのは、あのお方は『お菓子を食べて皆仲良し』を目指していそうだなと。
そこに、種族の壁はない。
ただ、人間としては、魔王復活の懸念がある限り、魔族を畏怖の、そして、嫌悪の対象として見続けるのであろう。
「計算尺は少し難しいからな……算盤か」
「そっちの方が、単純で使いやすいかもね……それも、魔族の技術なんだけど」
「そうなのか……しかし、それを知っている人間が、どれほどいるかだな」
「交流が無くなって……四百年くらいかしら?」
「そんなもんだな。だから、算盤や計算尺を知っている人間は、深く魔族と関わっている……そう考えても良いな」
「確かに」
「魔族の生活や風習がまとめられた資料などは、既に紛失しているだろうし……魔族領に行ったことのある冒険者が、目にするくらいだろう」
「でも、そんな事が分かって、何になるっていうの?」
「魔族に限らす、魔族領から生き物を連れ出すのは、西側諸国やハイデル王国では違法行為なのだよ」
「ふーん。その割には、人攫いが横行してるけど?」
「やはりか……ヴェーダ。少し、嫌な記憶だろうが、その辺りのことを教えてはくれないか?」
◆
ヴェーダから話しを聞いた後は、人間の愚かさに苛立ち、憤り、悔いる気持ちでいっぱいになった。
本当に、下らない。
全ての人間がそうでないことは分かっている。
それは人に限らず、ドワーフ、エルフ、もちろん魔族であったとしても、そうだろう。
「ヴェーダ。聞かせてくれてありがとう」
「いいえ。フリーデリケだから話したのよ。他の人間に話したところで、何も変わらないわ」
「私だと、何か変わるか?」
「分からないけど、そんな気がしたのよね」
「そうか……ご期待に添えるように頑張ろう」
「ふふふ。そういうところよね」
「夕飯は外で食べよう。ヴェーダ、確か、人に化けられたな」
「連れてってくれるの?!」
「うまい店があるんだ。ハンネ!外出の準備だ。ケヤキ亭に行こう」
ガチャリ。
「ずいぶんと急でございますね」
「トーマスはいるかな?」
「行ってみないことには」
「そうだな」
三人はカメリア風の平服に着替え、領事館を後にした。
ボニファーツに、マリアンヌも来るように伝えてもらうよう手配しておいた。
ボニファーツを誘わないのは、家で待っている家族がいるからな。
家族から団欒の時間を奪うのは、気が引けてしまう。
◆
ケヤキ亭は、今日も盛況だ。
「よう、相棒。今日も両手に花とは羨ましいね」
今日の調査は切り上げていたのだろう。
トーマスが何杯目なのか、ジョッキをあおっていた。
「こうやって同じ席に着いたら、お前のハーレムじゃないか」
「違いない。オレっちも、モテるようになったもんだ」
「フリーデリケ。この人は?」
「私の古くからの相棒で、トーマスと言う。普段は外で情報収集をやってもらってる」
「よろしくな。べっぴんさん」
「こちらはヴェーダだ。明日から私の業務サポートをやってもらう」
「そりゃ、イイね!やっと、本腰が入るってもんか」
「そういうわけだ。少し、情報共有をしておこう」
「分かった」
領事館内の粛清騒ぎから、大使の更迭劇。
それに続くヴェーダへの対応と、魔族に対する仕打ちに関しては、符丁を使って簡単に話した。
魔族に関することは、できればこの場では控えておきたい。
どこに耳があるか分からないからだ。
トーマスからは、アルベドと目される組織の動きを知らされた。
まだ、確定ではないものの、カメリアの裏で暗躍していて、各国に接触を図っている。
また、例の場所に人買い特有の檻付きの馬車が、度々停まり、人と思われる影の乗り降りが確認もできたそうだ。
これで、状況的には真っ黒だ。
どこのどいつかは分からんが、カメリアでも奴隷や人身売買は既に違法である。
「それにな、面白い話しも耳にしたよ」
ロースステーキを切り分けつつ、トーマスの話を聞いていた。
「なんだ?実はカメリアの暗部が反乱で起こした組織とか?」
「近いけど、違う。ヤツら元はカメリアの情報部だったらしいが、どうも何かやらかして、カメリアの後ろ盾を無くしたヤツラの集まりだって話しよ」
「ハシゴを外された逆恨みなのか?……下らんな」
ステーキを口に運ぶ。
やはり、美味い。
絶妙の焼き加減の肉に、奥深いソースが良く合う。
先日のバックリブステーキとは、違ったソースに感じたが……肉に合わせて変えているのかな?
「他にネグラは無さそうだ」
「あら、お待たせ」
マリアンヌも来てくれた。
「これ、美味しそうね」
「美味いぞ、一つどうだ?」
切り分けた一切れを、マリアンヌの口に運ぶ。
「まぁっ!これ!これはワインだわよ。おかみさ〜ん」
マリアンヌも気に入ったらしい。
「時期は調整させてくれ、ちょっと巻き込みたい御人がいるんでね」
「分かった。手数は三人か、何とかなるだろ」
「崩れモン相手だ。私の最高の相棒たちじゃ、相手にはならんな」
「嬉しいねぇ……女将さん。もう、一杯だ」
「いつも、こんななの?」
ヴェーダがハンネに聞いた。
「はい。王都でもこの様な感じでございました」
「軽いわねぇ……ほんとに、大丈夫?」
「貴方が信じたフリーデリケ様ですよ?」
「そうだった」
「二人。コソコソ話してないで、食べろ食べろ。領事館のも美味いが、やっぱりこの味だよ」
「分かるわぁ〜。あのシェフ、少し上品すぎるのよね」
その夜は、なんだかはしゃいでしまった。
ヴェーダの話しを聞いて得た、複雑な心境からの反動かもしれないな。
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