頭痛の種 1
「トリーア卿。地下牢の魔族ですが……」
ボニファーツが朝から執務室に顔を出した。
「何かあったか?」
「いえ。トリーア卿の張った結界で、食事が渡せてないと……。」
「あっ………。分かった対応しよう」
大使の移送やら、減らしたはずの書類仕事が戻ってきたりとで、バタバタしていたら魔族の対応を忘れていた。
「すぐ行く。ボニファーツ、コレとコレを総務に渡してくれ、数字が間違ってる」
「畏まりました」
承認待ちの書類をボニファーツに渡し、地下へと駆け出した。
「これで、解除っと」
魔族の女を入れた地下牢の結界を解除すると、ぐったりと横たわる女の姿があった。
「まずいかもな。私が入るから、お前達はここで警戒」
「分かりました」
牢屋番の二人を背に、牢の錠を開けて中に足を踏み入れたのだが、予想した不意打ちもなく、ブラフでぐったりとしているわけではなく、本当に倒れていたようだ。
あれから三日。
飲水はなんとかなるが、食事なしは厳しいな。
「おい。しっかりしろ」
上半身を抱きかかえ、声をかける。
すると、薄っすらと瞼が持ち上がり、乾いた唇がヒクヒクと動く。
「しょうがないな。私の寝室に連れて行く、監視も私がやるから、用があるヤツはそちらへ来いと伝えてくれ」
牢の外で槍を構えた二人の牢番に、そう言って立ち上がる。
厄介な問題を起こしてしまったな。
◆
「……。」
誰かが話している声が聞こえた。
久しぶりの人の声。
突然、拘束されて三日。外の音が一切聞こえてこなければ、こちらの声も伝わらない、そんな空間に閉じ込められていた。
魔族だって、そんな魔法が使えるヤツは一握り。
そんな考えにハッとなって目を開ける。
目に入ってきたのは、豪奢な天蓋。
柔らかく軽い掛け布団の感触。
少し硬めのマットが、私の背を支える。
「おい。何度言ったら分かる?ここはカメリアの税を乗せなきゃならんから、こういう式になるな……ん?」
小娘が書類にペンを走らせながら、中年の男に何やら言っていた。
こちらの目が覚めたことに気がついたのか、ペンを持ったまま振り返って、私を見た。
その目は美しく、スパーニャ南部で見た海のように碧く、白金色の髪色もあってか、神々しさすら感じた。
魔族だからといって、神を信仰していないわけではない。
「あっ……。逃げたか、こりゃ、算術と税法を叩き込まんといけないな」
私の方に注意が向いたからか、中年の男は紙を持って部屋から出ていってしまったようだ。
それを嘆く小娘。
「まだ、無理はするなよ」
そう言って、私の背に腕を入れると、上体を抱き起こして、いくつかの枕やクッションを背に入れてくれた。
「少し飲んでおけ」
そう言うと、花のような香りがするお茶だろうか、それが入ったグラスが手渡された。
言われるがまま、口をつける。
「!?」
気がつけば、一息で飲み干してしまった。
「もう一杯、淹れよう。次はゆっくりな」
空いたグラスに同じ物が注がれる。
やはり、良い香りがした。
グラスに口をつけ、ゆっくり傾ける。
口に入れた瞬間に広がる豊潤な花の香から、お茶の甘みが広がっていき、少しの酸味が後味のスッキリ感を演出していた。
美味しい。
こんなお茶を飲んだのは初めてだ。
「もう少し寝ているといい」
空になったカップを渡すと、再び背中に腕を回され、背中のクッション等を抜き取り、身体を横にさせられる。
顔の見た目からは想像できないような、逞しい腕の感触に安心感を覚えた。
布団を肩まで上げてもらうと、私の瞼は再び閉じる。
◆
書類が各部署から上がってくるようになったが、とにかく計算漏れ、計算違いが多い。
あちらの世界とは違い、電卓やパソコンなどの計算機器がないので、手計算になるのだが……。
解消する手段はないものかな?
一つ頭痛の種ができてしまった。
そして、もう一つの頭痛の種は、私のベッドに寝ている魔族の彼女。
魔族という時点でアレなのだが、それが領事館にいたと言うのは、ハイデル王国にとって、西側諸国への体面上よろしくない。
なぜならば、魔族を国家間の中枢と言える領事館に入れ、多くの機密に触れさせてしまっているからだ。
国としての信用どころか、開戦の口実にもなってしまう。
カメリアならば、賠償請求になるだろうがね。
しかし、昼間に一度目を覚ましたのだが、以来、日が暮れた今も目を覚ましていない。
「お嬢様。夕食をお持ちしました」
大きめのトレイに、メインとスープ、それにパンを乗せて、ハンネが私の夕飯を持ってきてくれた。
食事時とは言え、ここを離れるわけにはいかないからな。
「すまないな」
そう言って、サイドテーブルに広げていた書類をまとめ、応接セットのテーブルに置いた。
「目覚めませんね」
「病気ではなさそうなんだがな……気長に待つさ」
ハンネのセットしてくれた夕飯に手をつける。
メインは鳥モモ肉のロースト。
ナイフで切り分け、一口。
表面の香ばしく焼き上がったパリッとした食感から、内側のプリッと肉汁あふれる食感のハーモニー。
味付けは塩のみだろうが、焼く時に添えられた香草の香りが肉の臭みを消し、上品に仕上がっている。
「う……うん?」
ベッドの方から声が聞こえた。
夕飯の匂いに釣られたのだろうな。
「お目覚めのようだね」
「ここは……どこ?」
「ハイデル王国の領事館だ。牢で倒れてたのでね、その処置と回復をここでしていた」
「あぁ……思い出した。解放されたわけじゃないのね」
「重要参考人を、やすやすとは解放しないさ……腹はへってないか?」
魔族の女は腹を擦る。
「しばらく食べてないんだ。まずはスープだな」
そう言うと、夕食に付いていたスープのカップを手渡す。
魔族の女も大人しくそれを受け取ると、一口、二口と飲み込んだ。
「美味しいわね」
「自慢のシェフが、作ってくれたものだからな。大使には食べさせてもらわなかったのか?」
大使という言葉を出すと、まゆを寄せ、あまりよい関係ではなかったことをうかがわせる。
「少し話しを聞きたいのだが、もしかして……すまない。名乗りもしていなかったな」
「いいのよ。私はヴェーダ」
「ヴェーダか……。私はフリーデリケ・フォン・トリーアだ。元は外交武官だったのだが、先日の件で、今は大使も兼任している」
「そう……それで、聞きたいコトって?」
「ヴェーダは、買われてここに来た。違うか?」
もし、自分の意思でここに潜入しているのならば、寝ているふりをして、私を襲うタイミングは幾度となくあったはずだ。
理不尽に拘束され、魔族とバレてもいたのだから、ここから逃げようとするだろう。
しかし、彼女はしなかった。
スープカップを両手で持ち、そこに視線を落としていたが、僅かに頷く。
「そうか……隷属の魔法だな」
「何で?!」
「嫌な感じが、プンプンしているからな」
私は魔力を彼女の全身に沿わせ、その魔法の根源を探す。
背中に陣が描かれ、彼女自身の魔力で、その魔法を展開し続けていた。
何とも趣味が悪い。
しかも、消費魔力もとんでもなく、魔族自身が人に比べて魔力量が多いといっても、この量を消費させられ続けるのは、たまったものではない。
魔法陣を解析するが、それほど難しいものではなかった。
古くから、人身売買組織に受け継がれている邪法なのだろう。
「エントシュペレン(解錠)」
力ある言葉を呟くと、魔法陣が砕ける手応え。
「ハンネ。背中を見てやってくれ」
そう言って、鳥のローストに戻る。
「少し、傷になってますね……うん?」
何か気になったのか、ハンネがベッドで彼女を剥き始めた。
「お嬢様。まずは彼女に回復と、マリアンヌ様も呼びましょう。トリートメントが必要です」
「わかっは」
鳥のもも肉を頬張っていたもので、変な声が出てしまう。
「マリアンヌ様を呼んで参りますので、回復をお願いします」
口の中のジューシな鶏肉を味わう暇なく、飲み込みながら、私は頷いた。
口元をナプキンて拭い、剥かれた彼女を見る。
気が付かなかったが、なかなかひどい仕打ちを受けていたようだ。
複数のやけどの跡……ではなく、焼かれた鉄棒でも押し当てられたのだろう。
それに、アザや切傷。
乳頭のピアス……そこもか。
胸糞悪い。
私は怒りに震えそうになりながら、それらを外し、彼女の内側へ魔力を通す。
「少し痛むかもしれん」
それだけ言うのがやっとだった。
何箇所にも及ぶ、軽度の骨折の跡。
歯も数本抜けている。
口腔内、喉の炎症に裂傷跡。
性器の裂傷跡……肛門の裂傷跡に、腸内の炎症。
アイツは消す。
ハイデルの恥だ!
「レーゲネラツィオーン(リジェネレーション)」
「うぅっ……。」
内臓まで一度に治すのだ。
少しばかりヒリつくような痛みは走るだろう。
しかし、元の状態になるよう、丁寧に魔力を流して行く。
「コレで、元通りだ。痛むところはないか?」
彼女はベッドの上で、腕を振ってみたり、口をパクパクしてみたりと体の調子を見ていた。
「ねぇ、鏡はある?」
「ちょっと待ってな」
サイドテーブルの椅子から立ち上がり、強烈なたちくらみに襲われ、思わず膝に手をついた。
「ちょっと、大丈夫なの?」
ベッドから降り、私を支えようと手を貸してくれる。
「魔力を使いすぎた」
「そこまでして、フリーデリケ、あなたになんの得があるってのよ」
「得?そんなものない。ただ、一人の下らない人間を、消せる口実ができただけだな」
「私は魔族なのよ」
「だからといって、謂れのない暴力に晒していいわけじゃない。もちろん、私に向かってくるなら、その時は、全力でお相手するよ」
などと、カッコをつけてみたが、支えられている姿では締まらないな。
「あんた。バカなのね?」
「リケちゃんは、おバカじゃないわよ。自分の心に忠実なのよ」
ハンネが呼んできたマリアンヌが、代弁してくれた。
「もう、アレだけの魔力を使ったのに、すぐに立ち上がったのですか?」
ハンネも呆れたように声を出す。
「彼女が鏡を見たいそうでね……代わりに頼む。私はちょっとソファを使わせてもらうよ」
ヨロヨロと応接セットのソファまで行き、そこに横たわる。
「後は任せなさいな。ほら、鏡よ」
姿見をマリアンヌが彼女の前に出すと、くるりと回ってみたり、口の中をしきりに見てみたり、ヤギのように白い毛の尻尾を確認したりと、しきりに自分の体を確認していた。
「ほら。そろそろいいでしょ?私が仕上げをしてあげるから、ベッドに横になりなさいっ!」
マリアンヌがそう言ったところで、私の意識は暗く閉じていった。




