異国 4
お茶会を終えて数日。
未だ、領事館の経営業務に追われる日々が続いている。
取り敢えずは、目の前の問題を何とかしなくてはと考えたとき、最優先で片付けるのは、やはり、ヤツの動向を押さえることだろう。
通信機のような魔法具があれば良いのだが、それを研究している暇もない。
さて、どうしたらと考える。
「少し煮詰まっていそうですね」
ハンネは部屋の整理をしながら、私の顔を伺い、そう言った。
「なんだか、考えもまとまらなくなってきたよ」
背もたれにもたれ掛かり、天井を見上げる。
「身体を動かされては如何ですか?こちらへ来て、ずっと机仕事ばかりになってますよ」
そう言われると、修練場に顔を出したのも数えるほどだ。
「以前のお嬢様でしたら、道がなければ作っていたではありませんか」
ハンネの言葉にハッとさせられた。
本質を忘れていたな。
上司の顔を伺って、仕事をするなど私のやることではない。
三十路サラリーマン時代の頃の社畜根性が、私をそうさせたのだろうな。
「そろそろやるかな」
「そろそろかと思っておりました」
私は机の上の書類を確認し、警護や軍事関連の書類だけ手元に残すと、その他の書類を持って各部署を回った。
「これは総務がやる書類だ。あらかた調整してあるから、バカでもできるぞ。よろしくな」
まずは消耗品などを管理、手配している総務。
ここも、大使の息がかかっている人間がいる。
何か言いたそうだったが、料理長の件もあり、チラチラとこちらを伺うだけだ。
「それと、今後、書類がこちらに回ってきたら、部署ごと粛清するからそのつもりで」
そう言い置いて、次の部署へと回る。
そして、領事館内でいくつかの問題行動を起こし、最後の部屋に辿り着く。
コンコンコン。
返事を待たずにドアノブを捻る。
小癪にも鍵がかけられていたようだが、私の前では何もなかったのと同じだ。
部屋へ入り、すぐに応接セットの方に顔を向けた。
「な、な、な……。」
「就業中に秘書官と盛るのか、ここの大使は」
私の目には、ソファの上でスカートを捲り上げられ、ブラウスのボタンが外れ乳房が露わになった秘書官と、何故か靴下だけの姿の大使であるビンデバルト伯爵と、ビンデバルトのビンデバルトが立っていた。
「さて、任務放棄の大罪だが、盛るのも大使の仕事なのか?」
いきりたっていたモノも、しおしおと目に見えて萎れていくが、当の本人はアワアワと何もできないでいる。
「確か、伯爵は婿入りでしたな。奥様もこちらにいらっしゃっていたと記憶しているのですが……。」
「わ、私を脅すのか」
ようやく、私を睨めつけるくらいには回復されたようだ。
足元に落ちていたスラックスを手に取り、私から視線を外さないまま、それを履く。
左右が逆だよ。
それに気づき、左右を入れ替え履き直した。
「いえ、粛清です。どうにも、あなたが上だとやり難くてね。それに、西側と通じているヤツに、要職を任せるわけには行かないのだよ」
「何を根拠に、そんなことをっ!」
「ま、確たる証拠はございません。しかし、状況証拠はボロボロと」
「そ、そんなはずは……。」
「さて、時間も惜しい。ここで自白するなら、本国送還で、しないならじっくり聞かせてもらいますよ……私、意外と得意ですのでね」
冷めた視線で微笑む。
その視線と、先に待つモノに恐怖でもしたのか、その場にがっくりと膝をつく。
「アルベドの話しも、しっかり聞かせてくださいね」
少し賭けだったが、アルベドの名を出した途端に、額を床にこすりつけ震え出した。
「そ、それだけは……それだけは」
「良し。二人を押さえろ。しばらく地下の特別室で、もてなしてやれ」
領事館を回りながら連れて来ていた、警護武官にそう命じた。
「秘書官。お前も同罪だぞ?」
私が大使を詰めていた時に、他人事のように見ていた女だったが、職務中の盛りあいで、しかも不貞の現場。
女の方にも非がないわけではなかろう。
「あっ!コイツ」
女を抑えようとした、警護武官の一人が声を上げた。
そちらを見れば、女は頭にヤギのような角を生やし、肌も青みがかっていた。
魔族だ。
枢機卿のアレ以来のご登場。
「離れろっ!フェッセルン(縛る)」
対魔族特攻の拘束魔法を展開した。
今回は領事館の中であったので、武装もしていないことから、こうするしか無かったのだ。
魔法の鎖で手足の自由を奪われ、バランスを崩して床に倒れこむ。
「女は、私が持つ」
倒れた女を肩に担ぎ、警護武官の先導で地下牢へと向かった。
この時間に大使がお盛んになることは、トーマスの身辺調査で事前に分かっていた事だったが、相手が魔族なのは知らなかった。
それに、アルベドとのつながりまでとは……。
早速、バズ爺さんの世話になりそうだよ。
◆
魔族の女の方は、牢に聖域の結界と、ポータルの魔法をヒントに開発した空間断層の魔法を施した。
牢の中に風魔法の魔道具は、入れておいたので、酸欠になることはないだろう。
執務室に戻り、椅子にどっかと腰を下ろした。
「問題は解決されましたか?」
ハンネがお茶を出してくれる。
「更に問題が見つかったよ……。あの時のヴィルヘイム兄様の推測が、当たってそうだ」
「どういった内容ですか?」
「うん。砦攻略での学院生動員の件でな、ヴィルヘイム兄様に意見を求めた事があったのだ……。」
あの時は、西側諸国が魔族領とつながっていて、邪魔な存在である結城結奏を亡き者にしようと、動いているのではないかと推測していた。
その見返りとして、魔鉱石や魔石といった、魔族領で産出されるものの取引を盤石にするのが目的ではないかと、紐付けしていたのだ。
「まぁ、そんなことが……。」
「やはり、頭はキレるな、ヴィルヘイム兄様は……詳しくは口を割らせるしかないがね」
そう言って、ハンネのお茶を一息に飲み干した。
「ふぅっ。ごちそうさま」
「そんなに急いで飲まれなくても」
少し不服そうに言うハンネ。
珍しい顔が見れたな。
「すまないな。これから事後処理をしてくるよ」
机の書類を数枚と、トーマスからの調査結果を私がまとめたものを持つ。
「帰りは遅くなるかもしれん。先に休んでいてくれ……ボニファーツ」
隣の部屋にいるであろう補佐痕を呼ぶ。
「はいっ!トリーア卿」
急いできてくれた。
「だいたいの部署は黙らせた。その事後処理に行ってくるよ」
「はい。大使まで拘束したと聞いていますが?」
「ヤツの移送は明日にするが、その前にハイデル王に会ってくる」
「今からですか?」
「なに、明日までには帰るよ。それまで、よろしく頼む」
「分かりました」
そう言いながらも、頭の中は疑問符だらけといった顔のボニファーツの前で、ポータルの魔法のゲートを開いてみせた。
「王都の土産は何がいい?」
「へ?……あっ!」
「では、な」
そう言って、ボニファーツを置いてゲートをくぐった。
◆
出た先は、ハイデル王宮の執政控室だ。
「お父様は邸か……。」
誰もいない部屋を出て、数部屋先の王の執務室へと向かう。
コンコンコン。
「入れ」
ドアを開け、ニコラウス叔父様の執務室へと入った。
「ご無沙汰しております」
「フリーデリケっ!……よく来た。カメリアはどうだ?」
「その報告です」
「まぁ、立ち話しもなかろう。そこへ掛けてくれ」
応接セットを勧められ、そのソファに腰掛ける。
ニコラウス叔父様……ハイデル王も、執務机から立ち上がり、私の向かいに座った。
「時間も惜しくありますので、本題から失礼」
「何かあったか?」
「先程、カメリア大使のビンデバルト伯爵を拘束しました」
「ビンデバルトか……良い噂は聞かんな」
「でしょうな。まだ、調査中のものもございますが、西側とのつながりは、アルベドという急進派組織を通じてやりとりをしているようです」
「こちらの思惑が筒抜けだったわけか」
ハイデル王は、渡した調査資料に目を通しながら、私の話に耳を傾ける。
「それと、ビンデバルト伯爵の秘書官ですが……。」
「何かあったか?」
「魔族でした」
「それは……えらいことだぞ」
「カメリアにはバレぬよう、特殊な結界で拘束しておりますが、領事館にどのくらいいるのかと思いますと……。」
「失態だな……分かった。早急に対応してくれ」
「はい。それと、代わりの大使をお願いしたく」
「それは、こちらで急ぎ選定して送るが、しぱらくはお前が兼任しろ」
「畏まりました」
「頭の痛いことばかりだ。西側に開戦の理由を与えたくはないな」
「えぇ。ですが、カメリアの外務大臣とのコネクションができましたので、多少の問題でしたら、庇ってもらえると思います」
「スミス伯爵だな……あの、老獪がか?」
「私の大ファンだそうです」
「なんと!利用させてもらおう。とにかく、大使の件は急がせる」
「はい。では、カメリアへ戻ります」
「済まないが、頼む」
「ニコラウス叔父様の頼みですからね。お任せください」
ニッコリと微笑み、ゲートへ脚を進めた。




