異国 3
領事館へと帰り、風呂を済ませると、サイドテーブルの椅子に座って、女将から受け取った紙を開く。
『スパーニャ帝国 接触あり』
それだけ書かれていた。
スパーニャ帝国。
西側諸国の中でもカメリアに次ぐ大国で、こちらも海運を主軸とした貿易が盛んである。
海の向こうの大陸までも商圏に納め、カメリアと一、二を争う経済大国となっていた。
こうして考えると、西側諸国の軍事力は相当なものと思われるだろうが、カメリアもスパーニャも、椅子取りゲームの椅子を、領地拡大から経済活動に移しており、必要最低限の守備力しか持っていない。
その弱点を、他の連盟国への投資や、技術供与などで、賄っているようだ。
もちろんリスクもある。
裏切られたら終わりなのだが、カメリアやスパーニャの商圏は広く、商会の活動と併せて、諜報員も送り込み西側各国での情報戦も盛んに行われているようだ。
軍事介入が必要な場合は、少数ではあるが、とんでもない精鋭部隊の投入により、短期で最小限の作戦活動で結果を得ているという。
ハンネに髪を任せ、その心地よさを感じながら、ハイデル王国も時代の波に合わせられるのかと、考えてしまう。
「今日のリブは格別だったな」
「そうですね。タレに秘密があるのでしょうか?」
「教えてくれると思うか?」
「ハイデルに帰っても食べたいと言ったら、お嬢様には教えてくれるのではないでしょうか?」
「そうだといいな。ニコラウス叔父様の別荘の庭で、焼きながら食べたいな」
「それは良うございますね」
果たして、そんな日が来るのだろうか。
◆
カメリアの外務大臣を迎えてのお茶会当日。
「私までドレスである必要はあるのか?」
「いつもの格好では硬すぎます。それに、カジュアルドレスでございますから、柔らかな印象でございますよ」
「そういうものか」
「トリーア卿。そろそろご到着のお時間になります」
ボニファーツが、執務室に顔を見せる。
「分かった。それでは行こう」
「私は先に談話室の方で、準備を進めます」
「ハンネ。頼んだ」
ボニファーツを連れ、領事館のロビーへ向かう。
大使にも伝えておいたが、重要性のないお茶会ということもあり、同席しないと回答を得ている。
時間通り、カメリアの外務大臣。スミス伯爵がロビーに現れる。
その背後に二人の護衛の武官が付き従っていた。
「ようこそ。スミス大臣」
久々のカーテシー。
上手くできていただろうか?
「お招きいただけて嬉しいよ。トリーア卿」
私に右手を差し出した。
その手を軽く握り、握手を交わす。
「本日は、日頃の激務から少し離れまして、ゆったりと寛いで頂けると嬉しく思います」
「それは嬉しい」
「では、こちらでございます」
そう言って先を歩こうとしたところ、スミス伯爵は右腕の肘を軽く突き出してみせた。
腕を組むのかね?
ご要望に沿うよう、そこに自分の左腕を組みエスコートした。
談話室のドアをボニファーツが開け、中の様子が見えるようになる。
豪奢に飾られた部屋ではなく、落ち着いた壁色の部屋に、嫌味にならない程度の調度品と絵画。
部屋の選定から調度品の配置まで、全てハンネの仕事だ。
「良い部屋だ。これなら、落ち着いて楽しめそうだよ」
「ありがとうございます」
部屋には、ハンネとマリアンヌ。それに、料理長が控えていた。
「こちらは?」
「本日の料理を取り仕切ります。料理長のベルグ」
私の紹介に一歩出て、軽くお辞儀をする。
「戦技顧問のマリアンヌ」
赤のドレスを纏ったマリアンヌは、カーテシーで挨拶。
「本日の給仕を任せます。ハンネでございます」
ハンネはその場でお辞儀をした。
「これは丁寧にどうも」
「では、スミス大臣。こちらへどうぞ」
スミス大臣を部屋の奥がわの席に案内した。
私もその向かいに座ると、ハンネの給仕が始まる。
「スミス大臣」
「堅苦しいのは無しで願いたい。そうだな……バズと呼んで欲しい」
「バズ。では、私もフリーデリケですので、リケとお呼びください」
「美しい名前だ。では、リケ。改めて。お招きありがとう」
「お誘いを何度も断ってしまっておりまして……。」
「いやいや、私の気が回らなかった。食事会にしておけば、大使にも角は立たなかったんだ」
「お気遣い、ありがとうございます。それと、魔法の使用をお許しください」
「なるほど。任せるよ」
「では……。」
私は聖域の魔法を展開し、風属性魔法が封された魔道具を起動させた。
「なんだか、静謐な空気になったような」
「はい。この部屋を聖域の結界で隔離しまして、快適になるよう風の魔法で、空気を循環させております」
「ハイデルの魔法技術はスゴい……我が国も、少しは見習わないとだがな」
「それと、この部屋の外には、声は一切漏れませんので、気軽にどうぞ」
「そうか……それは、ありがたい。保守的なジジイだが、堅苦しいのは苦手なんでね」
「私もです」
「お前さんとはな、赴任される前から話しをしたいと思ってたんだ」
政治的な枷が外れて、だいぶ砕けた感じになった。
「それはまた」
「白狼。お前さんだろ?」
白狼の名に、ドキリとさせられるが、それだけの情報網を持っているのだろう。
「お耳の早いことで」
「彗星のように現れて、一年とちょっと。そんな期間で、ハイデルの裏組織を我が物にした。そんな人物と会ってみたくてな」
「小娘でがっかりされたのでは?」
「いやいや。むしろ、好奇心が抑えられなくなってな。それで、何度も会談を申し入れたんだよ」
「そうでしたか。ですが、今の私は白狼ではありませんよ」
カメリア赴任前に、カニアの街から共に歩んできたエギーユに、その役を譲り渡していた。
「なんと!」
「次代の者に譲りました」
「あの組織は、これからだろうに」
「これからなんです。だから、私は譲りました」
「そういうことか……商売人のなかにも、店の立ち上げばかりやる者もいる。話しを聞けば、そこまでが楽しいと言うのだ」
「それに近しいかもしれません。ただ、私の場合は、最終的な目的のための、その通り道だった。それだけです」
「最終的な目的か……今は聞かないでおこう」
「そうしていただけると助かります」
バズ爺さんは、ハンネの淹れたお茶に口をつけ、少し香りを楽しむと、再び私に視線を向ける。
バケットから、ビスケットを摘んでいたところだったので、少し慌ててしまった。
「先の砦攻略の話しを聞かせてくれんか?」
「分かりました。では、マリアンヌ。足りないところを補足してくれるかな?」
「分かったわ」
「彼女もいたのか?」
「砦を吹き荒らした、二陣の風のの片方ですわ」
そう言って、マリアンヌがウィンクをしてみせた。
マリアンヌと二人で砦攻略の夜のことを、少し脚色してバズ爺さんに話して聞かせる。
私たちの話しを聞くバズ爺さんは。子供のように目を輝かせ、しきりに細かなところを聞いてきた。
軽い食事も進み。
デザートが供される頃には、すっかり私たちの武勇の虜になっていたようだ。
「いや。楽しかった。また、聞かせてくれ」
「それだと、カメリアで暴れることになりますよ?」
私は意味ありげに笑って言った。
「そうだったな」
「本日は、お越しくださいまして、ありがとうございます。良い時間をご一緒できて、私も嬉しく思います」
「そうだ。アルベドに気をつけとけよ」
「アルベド?」
「ウチも手を焼いとる、急進派の連中だ。先の開戦もそやつらに、唆された貴族共が始めおっての」
「貴重な情報をありがとうございます」
「ウチにも白狼がおればな………。」
「国際問題になってしまいますよ」
「何。多少のことなら、握りつぶせる」
「分かりました。その時は、ご相談させてくださいね。バズ爺ちゃん」
お父様やニコラウス叔父様の他に、カメリアの地でも、コレが効く人物を作ってしまった。
「おおぅ。孫が増えたな」
ハンニバル・スミス。
堅物だと思っていたが、清濁併せ呑んできた歴戦の政治家なのだろう。
そのバラン感覚の絶妙さは、独自の情報網から得られる情報の速さと、正確さが助けになっているのだなと感じた。
彼の天秤を傾けてしまわないよう、気をつけなければならないな。




