異国 2
日暮れ間際。
全ての調整を終えてある承認印を押すだけの書類を、大使の秘書に渡し、私は勤務を終えた。
宿舎は領事館の最上部に用意されているので、家路につくということはない。
何か起きた時に、即応できるようにそうされているのだが、職場と住居が同じというのは、精神的にあまりよろしくないものだな。
ハンネと二人、カメリア風の平服を着てトーマスの指定した、ケヤキ亭を目指して歩く。
中央省庁の集まる地域から、区画二つほど歩いたところにある木造の二階建ての建屋。
敷地も広く、ちょっとした庭もあり、ガーデンパーティもできるようになっているようだ。
言い忘れていたが、カメリアの首都には城壁がないので、人が増えたら街も広がる構造になっている。
そういうこともあり、貴族でなくても住居の敷地が広くとれるようだ。
ケヤキ亭に着き、店内へと入ると、鼻腔をくすぐる香しい匂いに腹の虫が主張を始める。
「お嬢様ったら…ふふふ」
ハンネに笑われてしまった。
「しょうがなかろう。昼もハンネのビスケットだけだったのだ」
「お〜い。立ってないで、こっちこっち」
トーマスが席を立って、こちらに手を振った。
「リケちゃん。お疲れ様ね」
先に来ていたのだろう。マリアンヌは飲物片手に、労いの言葉を言う。
「マリアンヌとトーマスのおかげで、たいぶ楽はさせてもらってるがね。しかし、腹が減った」
「もう。淑女にあるまじき発言ね」
「本当ですよ。マリアンヌ様を見習ってくださいな」
マリアンヌとハンネから、そんな言葉が飛んでくる。
「分かりましたわ。それでは、ディナーメニューを下さらない?」
「違和感あるな」
使えば使ったで、トーマスの居心地悪いと言った顔。
「もうっ!どっちなのだ!!」
カメリアに来てからというもの、凄腕ばかりに囲まれて、イジラレ放題だ。
料理の方は、トーマスが先に頼んでくれていたようで、私の到着に合わせて続々と運ばれてくる。
ここの女将も顔馴染みとなっており、平服のせいもあってか、マリアンヌが呼ぶようにリケちゃんと呼んでいた。
「リケちゃんも若いのに大変そうね」
「皆に助けられてるが、苦労は絶えんな」
「いい人見つけて、お嫁に行っちゃいなさいよ。キレイな顔してるんだし、モテるでしょ?」
「そうできれば、良いのだがね」
「リケは無理だな」
「バリキャリは、婚期逃すわよね」
「言いたい放題だな」
「ふふふ。いい人たちをしっかり頼るのよ。っと、次、持ってくるわね」
こんな、他愛もない会話もするほどだ。
「それで、進展があったんだな」
置かれたばかりの皿から、一口大に切り分けられたフライドチキンをつまみ、本題に入る。
「どうも、奴さん。外で遊んでばかりかと思ってたんだがな。決まった曜日……微妙にズラしてはいるんたが。その日は決まった場所に現れるのよ」
トーマスには、ある人物の身辺調査をやらせていた。
「一週目は月曜日、二週目は火曜日みたいな」
次はバックリブステーキと格闘しながら、当てずっぽうに言ってみた。
「当たり」
トーマスが残念そうな声で答える。
「それで、向こうからの接触が、掴めなかったのか」
単純ではあるが双方向性ではなく、接触数が自然と少なくなることで、バレるリスクは格段に減る。
「面会の日時は、カレンダーを見れば分かるようになっているから、連絡員も必要ない。急な面会も、そこに行けばいいだけみたいだ」
「というと?」
面白い仕組みではあるが、急性的なことには対応し難い方法だと思ったが、それの対応も考えてあるようだ。
しかし、トーマスの報告よりも、目の前のバックリブステーキが美味すぎて、次の骨、次の骨と止められなかった。
「ほれ、こないだギーリス王国で、ゴタゴタがあっただろ?」
トーマスも、ナッツを口に放り込みつつ話を続けた。
「ギーリスの領事館も大変そうだったな」
ギーリス共和国。
領主による合議制の国で、しょっちゅう内乱もどきというのか、クーデターというのか、とにかく慌ただしい国だ。
「その時に、ギーリスの大使が駆け込んできたのよ」
「ギーリスもか……。」
「そう考えとく方が、いいと思うぜ」
「しかし、街のチンピラ潰しとは、わけが違うからな」
バックリブステーキの骨を咥えつつ、腕組みして考える。
「俺たちが、どうこうできるレベルを超えてるぜ?」
トーマスの言いたいこともわかる。
カメリアで私がやりたいことは、西側のチンピラ共を、ハイデルに入れないようにすることだ。
政治的なことをやりたいわけではない。
「放って置くにしろだ……そうだ、大臣の方はどうなんだ?」
最近、会談のお誘いが多い、カメリアの外務大臣についても、調べさせていた。
「大臣はカメリアでも保守的な立ち位置だな。かと言って先進的なことに否定的ではないけど、飛躍しすぎるのはどうかと考えているようだ」
「会談の申し込み……何かありそうだな」
「そんなことが?」
トーマスに、会談の申し入れがあったことを、伝えていなかったな。
「私は武官だからと、断っていたのだよ」
「政治向きじゃないものね。リケちゃんは」
マリアンヌの言は、もっともだ。
「障害は消し飛ばすタイプだもんな」
トーマス……まぁ、真理だな。
ハイデルでは、散々壊してきたので事実てある。
「茶会と言う名目で、招待することにはしたが……。」
「奴さんの尻尾か掴めないうちは、その方がいいな」
「アタシもお呼ばれしていいの?」
「マリアンヌも技術顧問として、同席してくれ。カメリアの事情には詳しいだろうし」
「あら!?ほんとに……ドレス。新調しとこうかしら?」
「マリアンヌ様。私にお任せを」
「あら〜。ハンネ。ありがとう」
こんな感じで、緊張感無く情報交換をしている。
領事館てやらないのは、どこに目と耳があるか分からないからだ。
結界を使っても良いのだが、領事館の中ではそれも不審がられる。
結局。木を隠すなら森の中。雑多な食堂の方が色々と都合が良い。
「ちょっと用足に行ってくるわ」
トーマスが目配せをして、席を立った。
「男はデリカシーってもんがなくて、イヤねぇ〜」
わざとらしく不平を漏らすマリアンヌ。
トーマスの用足しは、用足しなのだが、それは、どこかの監視を尾行することだ。
「さて、我々も御暇するかね」
「そうね。夜更かしはお肌に悪いものね」
マリアンヌの心配は他所に置き、私はカウンターに近づいて女将に声をかける。
「ごちそうさま。今日のも美味かったよ」
「そう言ってもらえると、ウチのも喜ぶわ」
「勘定はこれで……。」
少し多く渡しておく。
この店には、トーマスが世話になっているからだ。
「いつもありがとうね」
「いやいや。ここがなかったら、とっくに仕事で潰されてたよ。ごちそうさま」
別れ際に、女将から紙切れを握らされる。
まぉ、そういう店なのだよ。




