異国 1
カメリア国は大陸西側の海沿いから、中央近くまでその面積を占める。西側諸国の中でも広大な国で、面積だけならばハイデル王国よりも広い。
また、海沿いということもあり、海運もさることながら、運河の整備にも力を入れ、大きな商船が川を行き来する光景も見られる。
軍事よりも内政や再現性の高い工業技術。特に街道や先にも述べた運河の整備、それに上下水道と言ったインフラや、国家間貿易など経済活動に力を注いでいる国だ。
カメリア国に赴任から三ヶ月が過ぎて、ようやく一息つけた感じだ。
「トリーア卿。いらっしゃるか?」
ノックが煩わしくなり、余程のことがなければドアを閉めなくなったので、領事館の部下たちもこんな感じで入ってくる。
「どうした、ボニファーツ」
ハンネのお茶を、領事館の執務室で楽しもうとしていた、その矢先のボニファーツ補佐官来襲。
そう。私は今、トリーア卿と呼ばれている。
外交武官として異国に行く者に、爵位がないのはどうかとなり、ニコラウス叔父様の別邸のある領地と、子爵位を賜っていた。
なので、フリーデリケ・フォン・トリーアが、今の私の名前となる。
領地管理はそのまま王室でやってくれるそうで、国へ納める税金もそのまま。
私は別に収入があるので、領地の収入はそのまま王室で管理されているが、特に困ることはない。
「カメリア外務大臣が、また、トリーア卿と会談をと……。」
「私は武官だぞ……と、何度言ったら分かるのだろうな」
「そうですよね」
ボニファーツ補佐官は、三十路を越えたベテランだ。
体格も良く、女性の中では背の高い方の私よりも、頭一つ高く、外交官の制服の下には、鍛え抜かれた鋼の筋肉が隠されている。
見た目穏やかだが、なめていると痛い目どころか、明日の朝日は拝めないだろうな。
「良し。正式な会談であると、大使にも申し訳ない。お茶会と言う名目で、我が領事館にご招待するか」
「それならば、大使にも申し訳が立ちますね」
「マリアンヌとボニファーツが控えておれば、無体もないだろうて」
「分かりました。その旨で大使とカメリアには申し伝えます」
「苦労を掛ける」
「そのための補佐官ですから」
にこやかに言って、部屋を出て行ったボニファーツだが、大使に嫌味を言われ、茶会の手配をし、厨房にも頭を下げてと、本当に苦労をさせてしまうな。
茶会が無事に済んだら、ボニファーツの奥方やご子息を連れて、近場のコテージでゆっくりするのも良さそうだ。
「お嬢様。トーマスよりコレを……。」
いつの間にか下がっていたハンネが、小さな紙切れを渡してきた。
「マリアンヌは?」
西側諸国砦攻略戦以来の相棒である、双剣使いのマリアンヌ。
本名はエーミールと言う男性で、ロアの自領で世話になっていた期間があるようだが、今は私の片腕として、バリキャリウーマンを自称している。
「修練場でございます」
「若手の警護武官と戯れているようだな」
そう言いながら、紙切れを開く。
『今夜、ヒノキ亭にて』
短く、それだけ書いてあった。
カメリアに来てから、トーマスがよく使う労働者向けの食堂だ。
厳めしい顔の店主が、その奥方と切り盛りする、味も良ければ量も良いと評判の店。
楽しむためにも、仕事を片付けてしまおう。
外交武官として赴任してはいるのだが、カメリアのやり方を覚える近道と、大使のビンデバルト伯爵から領事館の経営に関する書類仕事を丸投げされていた。
本来ならば、警護訓練などの指揮を執るはずなのだが、こちらはマリアンヌに任せきりだ。
「お嬢様。そろそろ料理長とのミーティングの時間でございます」
「もう?!はぁっ……増える一方だな」
溜息と共に席を立った。
本来は、ボニファーツが秘書的な業務を受け持つのだが、私に関する調整が多く、コネクションも多い彼に、それを任せ、スケジュール管理をハンネに任せている。
自腹で負担している部分が、少し多いな。
後で、ニコラウス叔父様に請求を回そう。
そう思いつつ、領事館の廊下を厨房へと進む。
「料理長。待たせてしまったな」
厨房に入ると、料理人たちが一斉にこちらに目を向けるが、その視線はどこか排他的だ。
何がそうさせるのか?
「こっちも暇じゃないんだ。時間通り来てくれよな」
一人の若い料理人が、吐き捨てるように言った。
ハンネのタイムマネージメントは完璧で、遅れる事などあり得ない。
先の挨拶を額面通りにしか受け取れない、稚拙な輩か。
ちょっと、躾が必要だな。
若者の背後へと、短距離ゲートで瞬時に移動し、その襟首を掴みむと厨房の外へと連れ出そうとした。
数ヶ月我慢したのだ、そろそろ私が武官であることを思い出してもらおうと思う。
「うちの若いのに何するんだ」
はい。次は料理長ね。
「教育もできない貴様に代わって、しっかり躾をしようと思ってな……こいつは時計も読めないようなのでね」
私の指摘に厨房の時計をチラリと見た料理長の顔が、青ざめる。
そう、五分前だ。
「あ……。」
顔を引きつらせ、口をパクパクとさせるだけで、何も言い返せない料理長。
こいつもか……。
「お前も教育が必要みたいだしな?」
料理長の襟首を掴み、両手に男二人をぶら下げ執務室へと戻った。
執務室で二人に正座をさせる。
こちらの文化には無い座り方だったので、懇切丁寧に教えて差し上げた。
「申し開くことがあれば聞く」
書類仕事の続きをやりながら、正座する二人に声をかけてやる。
私の方から問いかけてあげるなんて、なんと慈悲深い。
「あっ……いえ」
「お前は、理由もなく爵位持ちの上司に、そのような態度をとっていたのか?……数ヶ月も」
「うっ……いえ……。」
「理由いかんでは、許そうとも思ったが……。」
私は書類仕事のペンを置いて、二人にこう続ける。
「理由なく悪意を向けたとなれば、私の敵だ。私は武官であるからな、敵への対応はどうすると思う?」
そう問いかける。
「……分かりません」
料理長がようやく口を開いた。
「どうせ、大使か誰かに、年端も行かない小娘が、王族のコネで派遣されてくるとでも言われたのだろう?」
「え……あ、いや」
言い淀むが、ほぼ合っているはずだ。
トーマスとマリアンヌから、そう報告を受けている。
「自分の目で、その実力を見定めることもなく……お前、自分が料理に使う素材を、何も確認しないで調理するのか?他人の評判だけで、盲目的にそれを使うのか?」
「?!」
私の言葉に、ハッとした驚きの表情をする料理長。
「何を驚いてる?私にやっていたことは、そういう事だ」
「し、しかしっ……。」
「私は今でこそ家名が変わってはいるが、フリーデリケ・アスカニアだ。王都から伝わって来ていないか?」
アスカニア公爵家。
現在の王妃殿下と、私のお母様は姉妹に当たる。
元々、男子のいなかったハイデル王家に、ニコラウス叔父様が婿入りし、その王位を継承したのが現在のハイデル王家だ。
となれば、私はコネ何かではなく、血族であると言っていい存在なのだよ。継承権は放棄したがね。
とは言え、今までの活動のほとんどは白狼としてのコトだから、そう思ったのだが、学院でも相当やらかし、砦攻略でもやらかしていることを思い出す。
悪評の方が、伝播は早い。
「……暴君……。」
料理長は、そう呟くと俯き、青ざめ、ワナワナと震えだした。
しかし、影での呼び名に、私もショックを受ける。
「分かったか?」
そう問いかけると、料理長は壊れた人形のように、何度も頷いた。
「料理長っ!どうしたんですか?」
理由もわかっていない、若手の頭を押さえ込み、必死の形相で私を見た。
「分かったならいい。脚を崩せ。しばらくは立ち上がるなよ」
「いつつ……なんだ?しびれる」
若手が顔をしかめつつ、足を伸ばす。
料理長の方は、殊勝にも直立しようとするが、よろけてしまい、ハンネのその手を借りた。
「良し。来月の式典でのパーティだが……。」
時間も惜しいので、そのまま、ミーティングへと突入した。
貴族ってのは、パーティ好きだよね。




