大問題 3
さて、私にはやらなければならない事が、もう一つある。
邸に帰り、自室に手荷物を置くと、結城結奏の部屋を訪ねた。
「どうぞ」
ドアを開け、中へと入る。
いつも通り机に向かい、何やら書いている結城結奏の姿があった。
「結城結奏。そろそろ約束を果たそうと思う」
私の言葉に、結城結奏が振り返った。
「そんなに急がなくても良いのに……。」
「今帰れば、紅白も観れるのではないかね?」
昨年のニューイヤーフェスティバルで、結城結奏が話をしてくれたことだ。
私も向こうの世界で見ていたから、知っているのだけどね。
「そうね」
思うところがあるのだろう。
エマやロア、ソルと言った学院の友人たち、治療院の皆。それに、お世話になった人たち。
その全員に挨拶してからとか、考えていそうだ。
「辛くなるぞ」
「……うん」
言い淀む。
何か、言いたいことがあるのかもしれない。
「……リケも帰らない?」
「私が?どこに?」
驚きもしたが、何を言われたのか、一瞬分からなくなっていた。
「アーラス様に聞いちゃったの」
お菓子で釣られたのだろうな……おぉ、我が神よ。
「そういうことか……だがな、私は帰れないのだよ」
「どうして?私が帰れるなら、リケも帰れるでしょ」
「私はあちらの世界では、既に死んでいるからね」
「えっ?!」
「しかも、恋人殺しの殺人犯だ」
「……。」
以前、夢のようにフラッシュバックした記憶。
それは事実であり、私は壊れた心を封印されて、この世界で、二度目の生をもらって生きてきた。。
だから、下らない男には容赦はしないし、害することも躊躇うことはない。
「そう、暗くなるな。今は私の意思と欲望のままに生きているのだから、何も言うことはないよ」
「そう……だったんたね」
「私もな、向こうの世界では、結城結奏と言う名前だったんだよ」
「?!」
「なんだ?そんなに驚いて」
「もしかして、〇〇高校から〇大に、初めて進学した?」
恥ずかしい過去の栄光。
「そんなこともあったかもな」
「弟は野球で甲子園?」
弟の高校が、県内の強豪を打ち破っての出場。
街を上げての大騒ぎになったものだ。
「そうそう。家族で応援に行ったよ……懐かしいな」
「名前は結城圭佑」
確かに、弟の名前は圭佑だ。
父が桑田佳祐のファンだったが、少し漢字を変えたと言っていたな。
「もしかして……圭佑の娘なのか?!」
あのバカ弟。
なんで、死んだ姉の名前を付けたんだ。しかも、殺人者だぞ。
「はい。結城圭佑。私のお父さんです。叔母さんは、だいぶ前に亡くなったって聞いてて……。」
「その様子だと、過去の事件も知っているのだろ?」
「はい。お祖父ちゃんもお婆ちゃんも、誰も結奏叔母さんの事を教えてくれなくて……当時の新聞を探しました」
「散々な書かれようだったか?」
「事件そのものよりも、男の人の過去が暴露されてて、そちらが炎上してたみたいです」
そんな男に尽くしていた、大バカ野郎なんたがね。私は。
「父と母は、元気だろうか?」
「昔住んでたところから、引っ越しましたけど、静かでいいところで暮らしてます。畑もやってるんです」
「そうか……。どうだ?帰らないか、私は私の世界で生きていたと、伝えに」
「もうっ!そう言われたら、断れないじゃない」
「明日。夜でいいか?」
「うん。皆とお別れしてくる」
「それがいい。私は邸で待ってるから、声をかけてくれ」
「分かった」
おやすみと挨拶を交わし、部屋を出た。
私が結城結奏であることまで、喋ってしまったのは、なんとなく伝えなければと思ってしまったからだ。
姪に変な負担を残したくはない。
◆
入学試験のときに着ていた、向こうの世界の制服を着た結城結奏が、邸のロビーに立っている。
他にも邸の面々が、その人との別れを惜しんでいた。
一年と少しだったが、ずいぶんと邸に馴染んでいたようだ。
お父様も、お母様も姿を見せて、結城結奏との別れの挨拶をしていた。
さて、私の力だけでつながるだろうか?
恐らく、弟の家は結婚したときに買った場所、そのままであろうから、記憶にある。
『無理するんじゃないよ。任せなさい』
頭の中にアーラス様の声が聞こえた。
『姪に話したのですね』
『出過ぎた真似だったかな?』
『いいえ。話しが早くて助かりました』
『それじゃ、ゲートを開こう。私にその力を預けるように』
『はい』
私は魔力を紡ぎロビーホールと、アーラス様の手の内にそれを展開していく。
『そうそう。上手いね』
イメージした通りに魔力が展開されると、力ある言葉を呟く。
「トゥーア(ゲート)」
ロビーにゲートが開いた。
ロビーホールで使用人たちとの会話に、笑顔が見える結城結奏。
涙を見せないよう、必死なのかもしれない。
「結城結奏。そろそろ」
そんな彼女に声をかけた。
「うん。そうね」
使用人たちに小さく手を振って、私の下へと歩みを進めるてきた彼女。
「この先、ここでの経験は、あまり役には立たないだろうが、たまには思い出してくれ」
私は惜しむでもなければ、何とはない軽い挨拶程度の別れの言葉を、結城結奏に言った。
少し、頬を膨らませ、不満だとでも言いたいようだ。
「何よ。いつも通りなのね」
「昨夜、十分に惜しんだろ?」
十分過ぎる。
向こうの世界での私の話しまでしたのだから。
「そうだった。それじゃ、行くわね」
「あぁ……元気で」
「リケもね」
そう言うと、結城結奏はゲートに足を進めて行った。
これで、私の肩から大きな荷物が、一つ下ろせたな。
◆
結城結奏を見送って、数日。
私はニューイヤーフェスティバルの前日。いわゆる大晦日恒例の迎賓館でのパーティに出席していた。
しかし、ホールではなく、王とその后、お父様が同席している観覧席にいる。
「何もこんな日に話しをせんでも」
お父様から苦言が出た。
珍しい。
しかし、私も引くことはできない。
「陛下。以前、お話しのございました、カメリア国への派遣の件。謹んでお受けいたします」
ドレスではあったが、片膝をつき武官としての礼をした。
「決めてくれたか」
「はい。お待たせしました。それと、一つお願いがございます」
「先の開戦間際の大功労者だ。何でも言ってくれ」
「お父様も……今後、白狼を名乗る者への干渉はしないでいただきたい」
「白狼はフリーデリケ。お前だろう?」
「いいえ。私は魔王です。白狼は既に次代を担う者に渡しました。ですから、不要な干渉をされましたら、西から魔王が襲来いたしますので……お気をつけを」
「警備など、何の役に立たないからな。分かった。だが、法を破るなら目溢しはせんぞ?」
「そのときは、私の手で葬りますよ」
「はははっ!それはそうだな。では、カメリア国の件は、よろしく頼むぞ」
「お任せください」
「それで、いつ出る?」
お父様が寂しそうな顔になる。
結城結奏に続き、私も邸を出ていくのだ。
「明日」
「そうか」
ニューイヤーフェスティバルの後、二代目のお披露目があるが、それはエギーユが一人でやることに意味がある。
会場や、招待状の手配は済んでいるし、ガラハウもいるのだ。
私がいなくても、うまくやることだろう。
◆
邸に早めに帰ると、ハンネが昨年同様に焼き菓子を作って待っていた。
「ハンネ。ただいま」
「お帰りなさいませ。お嬢様」
「今回もアーラス様が、お喜びになりそうだ」
「それと、出立の準備も整っております」
「トーマスも先にカメリアへ入った」
「学院を卒業することはなかったか……ある意味、成功したな」
星屑メモリーズでは、途中退学なんてシナリオはなかったと記憶していた。
卒業式後のセレモニーパーティで、その悪事が暴露され、追放、捕縛と惨憺たる最期を迎えるシナリオだ。
見ようによっては、国外追放とも言えなくはないな。
だが、役職も付いて、ハイデルへは自由に帰れる。
この先、何があるかは分からないが、一旦、良しとしておこうではないかね。
「成功?」
私の言葉に、怪訝な顔をしてハンネ。
「いや、なんてもない……私の未来。まだまだ、血なまぐさそうだがな」
「他国では、大人しくなさってくださいね」
「さて、それを許してくれるのかな……私だって、ハンネのお茶を楽しむ午後を、毎日送りたいものだよ」
「ご冗談を。では、私は下がります」
「私も横になる。明日からも頼むぞ。しかし、ハンネの婚期が、また遠ざかってしまうな」
「私はお嬢様がおりますので……。では、お休みなさいませ」
「お休み」
静かに過ぎ去る旧年。
そして迎える新年。
私の新しい年は、どんなことが待っているのであろうな。
ベッドに倒れ込み、そんな事を考えていると、眠りに落ちていった。
………。
フィッツの事を忘れてた!




