大問題 2
翌日。
Bクラスを殲滅することなく、授業を終えると、私は王都の東側にある、東町商店街。
その通りに軒を連ねる、口入れ屋のボスに会いに来ていた。
「白狼。マリアンヌはどうだい?」
西側諸国砦攻略で雇い入れた、凄腕の元傭兵で世話好き、男好きのマリアンヌは、本当に良い人材であった。
「このまま、うちで引き取りたいくらいだ」
今は治療院のエステブースで、ラトーラと香油の開発をさせている。
香り付けのセンスが良いと、ラトーラも驚いていた。
「本当かよっ!そりゃ、あいつも喜ぶぜ」
ジーンの反応に、なかなか派遣先が見つからなかったのだろうと感じたが、問題があるのはマリアンヌ本人ではなく、雇った側だろう。
「なぁ、ジーン。組織を誰かに任せるって、どうしたら良いのだろうな」
今、抱えている懸念を、率直に尋ねてみた。
「それは、オレにも分からん。何せ、先代から受け継いで、五年だ」
「そうだったか」
「だがな、先代に言われたのは、『お前の思うようにやれ。』だったな」
「そうか」
思うようにやってきた自負はある。
たが、その先は?
「なんだ?誰かに白狼を譲るのか」
図星。ジーンの観察眼の鋭さには舌を巻く。
「そうなるかもしれんな。少し遠くに行かねばならなそうなんだ」
「お前が現れて、一年と少しか……この街もやりやすくなったよ」
背もたれにもたれ掛かり、頭の後ろで手を組むと、ジーンは少し遠い目となった。
「少し、急ぎすぎたかと思ってたんだがな」
テーブルのお茶に手をつける。
いつもながら、よい香りだ。
「人足屋ってのは、いろんなヤツを相手にするんたが、いちいち、アルツナイがどうとか、ヴーヘラーがどうとか言われなくなってな」
バックにいるから安くしろなんて、そんな理不尽な交渉事も無くなったと言いたいのだろう。
「それは良かった」
「お前のとこの組織。名前がないから、語るやつもいないし、お前を騙るなら、神懸かり的な強さを誇示しなきゃならん」
「組織の名か、考えてなかったな」
言われてみれば、私は白狼としか名乗ってなかった。
「それによ。オレもそうだが、お前についたヤツは、お前の生き様に惚れてんのよ」
照れくさそうに、窓の外に視線をやる。
「お前が遠くに行ったとしても、お前の仲間も、オレたちも変わらん」
ジーンはそう続けた。
「私はこの街の魔王になれたかな?」
お茶に視線を落とし、ボソリと呟く。
「ずいぶんと弱気じゃねぇか。とっくの昔にこの街の一番だよ」
「そうか……うん。決めた」
「聞かせるのが、オレで良かったのかい?」
「アヒムもヨンムもいるがね……やっぱり、ジーンほどの気安さはないよ」
事を構える前に出会い、互いに敬意を持って手を握り合った人だ。
私の傘下とは言っても、助け、助けられる間柄だ。
「嬉しいね」
「ニューイヤーフェスティバル明けくらいに、お披露目をやると思う。その時は招待状を送るから、よろしくな」
「分かったよ。待ってるぜ」
ジーンと話して、気持ちはいくぶんか軽くなった。
それに、覚悟も決まった。
「私は次の道へ……。」
◆
口入屋からの帰り、治療院へと顔を出す。
既に日も傾きはじめており、患者さんも無く、皆は仕事の片付けを始めていた。
「リケじゃないか。どうしたんだい?」
ガラハウが目ざとく、私を見つける。
変わらないな。
「皆に話しがあってね」
「そう……今なら、トーマスもエギーユもいるから、丁度いいね。声をかけてくるから、食堂で待ってな」
促され、食堂へ向かう。
椅子に腰掛け、皆が来るのを待っていれば、続々と現れる。
きっと、ガラハウが尻でも叩いて、寄越してたのだろう。
その場面を想像して、顔が綻ぶ。
食堂に皆が顔を出し、ガラハウがお茶の準備を済ませると、私は皆の顔を見た。
トーマス。
頼れる私の相棒であり、体術の先生でもある。
出会いから六年。少し歳を感じさせるようになってはいるが、未だ一線で働いてくれていた。
エギーユ。
頼れるようになってきた弟分。
歳は私の方が下なのだが、まだまだ、大きい弟だ。
ガラハウ。
姉御肌の世話焼き娘。
何度となく世話になり、助けられた。
心の姉妹だ。
どちらが姉なのかは、私も譲るつもりはない。
アナベル。
鼻垂れ小僧が、今ではエギーユの片腕だ。
荒事よりも算術や、交渉事が得意なようで、足りないエギーユとは良いコンビニなっていた。
ラトーラ。
元はカニアの商家の娘で、薬種、薬草の知識に長け、その調合にも舌を巻く。
仕入れや、在庫管理、会計に明るく、治療院になくてはならない人物となっていた。
「皆。カニアから王都と、付き合いは六年になるな」
カニア組ではない、ラウラにリーザもいるが、気にせず続けた。
「本当に良く働いてくれている」
「なんだよ。なんか、終わりにするみたいじゃないか」
エギーユが意外に鋭い。
「エギーユ。リケにだって、何か考えがあるんだろうさ」
すかさず嗜めるガラハウ。
「この街はこれから、もっと良くなる。それは、ここの皆だけではなく、ジーンやアヒム。それにヨンムもいる」
「回りくどいな」
「黙ってな、エギーユ!」
ガラハウからの叱責が飛ぶ。
エギーユの気持ちもわからないでもないがね。
「私はしばらく、西側諸国のカメリアへ行くことになる」
本題を切り出した。
「それは、治療院もですか?」
ラトーラは少し不安そうに言った。
仕入れから、何から、国内とは違い全てが一からの構築となる。
文化の違いもあるし、それは、不安にもなるだろう。
「いや、治療院と組織の体制は今のままだ。まだ、王国内も盤石とは言えん」
「また、一人でいくのか?」
トーマスはエギーユを抑えながら、聞いてきた。
「一人ではないな、流石に」
私の言葉に、皆の中に緊張が走った。
様々な思いがあることだろう。
「ハンネは私付きのメイドなんでね。マリアンヌも私が個人的に雇っている世話係だ。それに、トーマス。お前の力を貸してくれ」
「『相棒』って言うだけで、いいんだぜ?」
何とも心強い。
しかし、エギーユは少し面白くなさそうだ。俯いてはいるが、悔しそうに歯を噛み締めているのだろう。
再び、置いていかれるのだからな。
だが、今回は少し違う。
「エギーユ。お前が、私の後を継げ」
「はぁっ?!オレが?」
「魔王にはなれんだろうが、二代目の白狼。どうだ?」
「ちょ……ちょっと、待てよ」
「いやいや、オレもエギーユがいいと思うぜ」
トーマスの援護射撃。
「この街の若い連中は、私は恐怖の対象だが、お前には懐いてるじゃないか。私の出る幕すらないよ」
「そんなことねぇって」
慌てて否定するエギーユ。
「それにな。私とトーマス、それにオットーやハンス。マッテオもお前の実力を認めてる。自信を持て」
「それに、お前は一人じゃない」
「ジーンにアヒム、それにヨンム。この街の錚々たる顔が、お前の腕として、目として支えてくれる」
私とトーマスで畳み掛けた。
「まぁ、エギーユが道を外れるなら、アタシが蹴っ飛ばしてでも戻すからね」
ガラハウ。
そう、ガラハウがいれば、トーマスは間違わない。
「分かった。オレが白狼になる」
私は立ち上がり、エギーユへと近寄る。
そして、その肩を抱いた。
「おっ?!おい、リケ」
「受け取ってくれて、ありがとう」
そう言うと、何故か涙が溢れてきた。
信じた仲間。
その温かさと、強さに、荒んでいた心も潤ったのだろう。




