探索団 その3
「ミラさん。数日でよろしければなのですが、子供たちの勉強のお手伝いを、させていただけないでしょうか?」
フィッツと外壁区画の飯屋を訪れた翌日、私は一人で孤児院を訪れていた。
「えぇっと、クララ?さんでしたか」
昨日、孤児院内を案内をしてくれたミラが、今回も対応してくれていた。
「はい。昨日はありがとうございました」
一応、礼を言って頭を下げる。
「院長にも聞いてみますね。食堂の方でお待ちいただけますか?」
「分かりました」
昨日案内された食堂兼集会室に向かい、空いている席に腰を下ろした。
子供たちも昨日と同様に、黒板に向かい経典の書き写しをしていたが、どこか必死さが覗える。
この時間がキーとなるのだろう。
食堂はカリカリと書き写す音だけが響く。
経典をめくる音もないので、指定されたページだけを書き写しているのだろう。
意味を理解できているものがいるのかどうか……。
ガラっ。
食堂の引き戸が音を鳴らして開かれた。
その音で、子供たちの空気が緊張に変わる。
ここの大人は、何をやっているのだろうか?
「クララさんですね」
年配の女性が、ミラを引き連れてやってきた。
それに合わせて立ち上がり、出迎える。
「はい。クララと申します」
「この孤児院の院長を務めます、カミラです。どうぞお座りください」
勧められ、元いた席に腰を下ろす。
カミラは向かいの席に着いたのだが、彼女たちの方から仄かに甘い匂いが漂ってきたように感じた。
ラトーラがいれば分るのだろうが、私にはそこまでの薬学的な知識はない。
しかし、その香りは、孤児院で香るようなものでもないことは、私でも分かる。
フィッツの目をつけた通り、ミラは何かありそうだ。
「教師役のお申し出でございますが、数日と言うことですと、やはり期間も短く……。ありがたいお申し出でしたが、今回はお断りさせていただきます」
想定した通りの断りの言葉。
数日であったとしても、無料の教師役などは、喉から手が出るほどに欲しいところであろうに……。
「突然の申し出でしたので、お気になさらないでください」
にこりと微笑み、私はそう答えた。
「そう言っていただけますと、こちらも助かります」
無理に関係を構築するよりは、引き下がった方が良さそうだな。
それに、この程度の建物、侵入することが難しいわけでもない。
◆
その後、孤児院への出入りを監視し易い、アパートの一室を借り、夕方から夜間にかけて監視するようにした。
手が足りず、フィッツとの二交替ではあるが、時間を絞っているのでなんとかなってはいる。
しかし、体を動かせないと言うのは、こんなにも辛いことだったのだと、思い知らされる一週間でもあった。
「フィッツ。なんだかんだと、毎日来ていたな」
教会の上層部の訪問は、週の決まった曜日だったり、数日に一度程度と予想していたのだが、その予想を見事に裏切ってくれていたのだ。
それも、監視を始めたその日の夜から、昨日の夜までの毎晩である。
「教会の馬車な……。」
そう言ったフィッツも呆れてしまっている。
「もう少し、期間を空けたり、日を変えたりと警戒するもんだろうに」
溜息をつきながら、そう続けた。
「その辺をミラなのかは、分からんが、何かの仕掛けでおかしくなってるのかもしれんな」
そういっている間にも、教会の馬車は孤児院の前に停まり、キャビンから男が降りてその内へと入って行った。
それを目にした私の頭に、僅かだが血が上る。
冷静でいなければならないが、ここまで節操のない者を聖職者としていて良いわけがない。
「頃合いだな。今夜行く」
腰のダガーを抜いて、その刃を確かめる。
「オレは?」
フィッツが私の様子を伺っているが、お供が必要ないことは分かっていそうだ。
「目立ちすぎるから、一人で行く。……ハンネ対策に、この金でどこかの飯屋でも行ってくれてると助かる。女の店でも良いぞ」
そう言って、懐から金貨を数枚出してフィッツに渡す。
「オレだけ良いのかよ」
「アリバイ作りも立派な仕事だぞ」
「へいへい。仰せのとおりに」
監視だけで、捕物に参加できないだろうことは予想していたことだろうが、やはり面白くはないのであろう。
フィッツは子供のように口を尖らせ、不平をアピールしてみせる。
「何、私が学院に入学したら、フィッツが頭で動くんだ。程良い手駒も集めておいてくれよ」
最後に、金貨を追加で一枚投げて渡す。
「そういうことね。分かった……無理だけはするなよ」
「分かってるよ。相棒。では、行ってくる」
装備の確認を終えた私は立ち上がり、監視部屋を出た。
◆
夜を待って、件の孤児院へと侵入する。
隠遁と気配察知のスキルは展開済だ。
建物の二階に、人の気配を多数確認したので、そこが子供に割り当てられた部屋なのだろう。
そして、一階に三人。
うち二人は、正面扉から奥まった場所に固まっていた。
どうやら地下への入り口を見張っているようだった。
建物の中の配置が何故分かったのかと言えば、気配察知などのスキルにもレベルというか練度というものが設定されている。そして、練度が上がることで、認識系のスキルであれば、そのスキルで認識できる範囲が広がるだけではなく精度も向上した。
私の展開している気配察知は、全周囲を察知するようになっており、構造物のおおよその間取りも推理できるようになっていた。
さて、建屋への侵入の方だが、貧しさ全開のボロ屋。ドアの鍵も窓の鍵も強固なものではないので、鍵開けなどのスキルを使うまでもなく開けられる。
念のため、飯屋で保護されている娘からも、そう聞いていた。
狙い目は食堂の窓。
鎧戸はなく、二枚の引き戸が重なり合う場所に、一本の目貫を通して動かないようにしているだけの仕掛けだ。
しかも、その目貫に使っているものだって金属製ではなく、木の枝を削っていると言っていた。
なので、二枚の引き戸の合わせ目にナイフを差し入れ、止まったところで力をかけてやれば……。
”パキッ”
この通り。
ここは、秘密を隠す場所ではないな。
窓から食堂に侵入。
気配感知で何もないことは分かっているが、念のため周囲を見回す。
ご丁寧に丸い座面の椅子まで、テーブルに上げられているのて、足元の心配も、とっさに隠れる場所を探す手間も必要なくなった。
「これは……誘ってるのか?」
一人呟いた。
一階で感知した三人のうち、一人は全く動く様子がない。
眠っていると判断してよさそうだ。
食堂の扉から廊下を伺うと、奥に小さな灯りが見える。
しかし、それだけでは明るさが足りず、周囲の様子までは分からなかった。
展開し忘れていた暗視のスキルを使う。
薄暗かった視界が、日中の日陰くらいの明るさになり、廊下の奥もはっきりと見えるようになった。
ターゲットは二人。
白くて目立つ教会のローブをまとった二人だが、体つきや立ち居を見るに、教会騎士のような戦闘経験のあるような人物ではなさそうだ。
単なるお付きなのかもしれない。
地下への入り口の番をしている二人だが、油断しているのだろうか、警戒などそっちのけで、同僚同士の会話を楽しんでいる様子が伺える。
食堂から抜け出し、廊下でも影の濃い場所に身を潜め、様子を見ながらそちらの方へと進んで行くが、私に気付く素振りもない。
これは、簡単なミッションとなりそうだ。
見張り役の二人へ音もなく近づくと、通路の手前側に立つ男の背を取り、その頚椎へと刃を飲み込ませた。
奥側にいた二人目が、異常をしらせようと口を開きそうだったが、そのアゴ下へ同僚から引き抜いた刃を突き込んだ。
二人が崩れ落ちる時に音が出てしまったが、それで一階の人間に動く様子は見られない。
ならば、地下も気付いていないだろうと、楽観的な思いが浮かぶ。
そして、地下への階段を降りて行った。




