優しさは枯渇する2
目が覚める。
見慣れた天蓋。
そうか、あの後に気を失ったのか。
「お目覚めですね。お嬢様」
少しくぐもったハンネの声に、頭を巡らせれば、マスクを着けた姿が見えた。
「ラトーラ様から、起きたら飲ませるようにと、薬をいただいております」
熱とくれば、あの苦いやつだろう。
「ふふふ。そんな顔ができるのでしたら、すぐによくなりますね」
薬の味を思い出して、顔をしかめでもしたのだろう。
「お薬はこちらに置いておきますね」
ベッドから這い出て、サイドテーブルに向かう。
軽い倦怠感はあるが、動けないほどではない。
椅子に腰掛け、自身の額に手を当てた。
熱もそれほど感じられないが、念のために飲んでおこう。
「うぇ……。」
舌の上に薬の粉末を乗せたときに、強烈な苦味を感じたせいで、思わずも呻いてしまった。
「そういう姿を見れますと、安心しますわ」
「言ってくれるな」
そう言えば、どうして星メモの世界には、病気を治すような魔法がないのだろうか?
もしかして、病気の根本や諸症状は、癒し系や状態正常化だったり、バフ系だったりとを個別に使ったり、組み合わせて使ったりすればいいような気がしてきた。
今回の私の症状は熱と、倦怠感。
熱の原因として可能性が高いのは、ウィルスなどの感染症なので、浄化と解毒が有効と考える。
「ライニゲン(浄化)」
とりあえず浄化から試してみよう。
「急に魔法など、いかがしましたか?」
「いや、なに…これが効くかもなと思ってな」
身体のなかで、何が起こっているのかは分からないのだが、熱が出ているとき特有の、寒気や関節の痛みが消えていくように感じた。
「おぉっ!?」
「顔の赤みが消えてますね」
「こういうことだったのか」
まぁ、星メモには病気を治すシーンや、設定にも記載はなかったものな。
これは症状毎に確かめる必要があり、その根本を見極める術を手に入れなくてはいけない。
「違うっ!私はこんなことに、かまけているわけにはいかんのだ」
「急にどうされました?」
「私は悪になる」
「なら、患者様で人体実験でもすれば良いではないですか?」
「確かに、それは悪だ…な?ハンネ。それは、治すという善行にならんか?」
「お嬢様の属性ですと、そうなるかもしれませんね」
「しかし、それは結果でございます。過程は悪そのものではないですか!」
「ものは言いようだ……はぁ、やるとするか」
大きく、あからさまな溜息をついた。
◆
ある日の治療中…という名のお茶の時間。
ビザと腰の痛みで通ってくれている、常連のラミ婆さんから、街の噂を聞きながらお茶をいただく。
「おいっ!全然、よくなんねぇじゃねぇかっ!!」
ロビーに男が怒鳴り込んで来たようだ。
「なんだい?やだねぇ」
ラミ婆さんが治療室のドアを見た。
「ここかぁっ!」
ドアが蹴破られた。
椅子から立ち上がり、ラミ婆さんを背に庇う。
「何が治らないんだい?いくら私でも頭の悪さは治せんぞ」
「ヒヒヒ。言うじゃないかチビセンセイ」
背中でラミ婆さんが笑っていた。
「うっせぇ!それよりも、この爛れだよっ!!」
腕に巻かれた包帯を外して患部を晒した。
上腕部に広くジワジワと出血し、ところどころ黄色い膿が溜まっていた。
しかし、見たことのない傷だ。
違う治療院での施術だろう。
「名前は?」
威圧してくる男を冷めた目で見つめる。
「ま、マイヤーだ」
「マイヤー。お前、どこでこの治療を受けた?」
「ここじゃないのか?」
キョトンとした顔で、私に聞いてきた。
それは、私が聞きたいよ。
「ここてはないな。まぁ、良い。そこのベッドに横になれ」
おずおずとベッドに腰をかけると、靴を履いたまま横になろうとしていた。
「お前さん。ベッドは靴を脱ぐもんだよ」
「お、おう」
改めて靴を脱いでから、ベッドに横になったマイヤー。
「ちょっと痛むかも知れんぞ」
そう断ってから患部に触れないよう、傷を観察する。
「これは何をして、ついた傷なんだ?」
「知らねぇ。朝起きたらこうなってたんだ」
「前の晩に酒は飲んでたか?」
「いいや。…こうみえて下戸なもんでな。酒はからっきしよ」
「虫に刺されたとかは?」
「あっ!何に刺されたかは分からんが、兎に角痒くて、掻いてたら血が出てたな」
よく見れば引っ掻き傷に見えるものも確認できる。
患者の証言を基に推理すれば、虫刺されが痒くて引っ掻いていたら、血が出るくらいに掻いてしまい、朝になったら爛れていたと言うことだ。
アルコール消毒とガーゼで良さそうな気もする。
たた、爛れから膿も出ているので、なんらかの感染症を疑うべきだろう。
衛生という概念すらない世界だからな。
「よし。治療してやるからな。エント・ギフテン(解毒)」
虫刺されと言うことで、浄化ではなく解毒で対応した。
掛けたところで見た目は変わらないが、効果はあったと思う。
「痒みは?」
「言われてみれば…ないな」
「よし。ハイレンデス・リヒト(癒しの光)」
引っ掻き傷が見る間に消えていく。
「おぉっ!治った。あんたスゲェな」
「お支払いは大丈夫か?なにせ、ドアの分ももあるからな」
私の言葉に、マイヤーの顔から血の気が引いていくのが見えた。
それが見れただけでも面白い。
「冗談だ。銅貨五枚置いて、仲間でも連れてくるといいさ」
「ありがてぇ!」
さっきまでとはうって変わり、血色のいい笑顔になる。
うちの治療院は、低所得向けでやらせてもらっている。
専属の聖属性使いが、開院中の半分は居て、もう半分は豊富な薬草知識を持つ者が、薬湯などを処方するという、二段構えになっている。
現代で言えば、内科と外科全般を分業していると思ってもらえばいい。
うちの治療費はどんな治療であっても銅貨五枚。
この辺りの相場としては、破格の値段だ。
他の治療師たちから恨まれそうだが、先のチリショーテ壊滅の件もあり、言うに言えないと言ったところであろうな。
それに、アスカニア家の出資でもある。
◆
「なぁ、リケ。おかしな話を聞いたんだけどよ」
皆と囲む夕飯の席で、エギーユが口を開いた。
ここに来たときは、皆と食事をして帰るようにしている。
エギーユに任せている、噂集めの収穫を聞くためでもあるが、やはり気の置けない仲間との時間は大切にしたい。
「どんな話だ?こら、アナベル。ニンジンも食べるのだ」
「やだよ。おいしくないもん」
ニンジンを皿の端によけて、他のものだけ食べているアナベル。
「続けるぞ。他の治療院の連中、組合なんて作ろうとしてるみたいだぜ」
「やっかいだな」
やはりな。
治療が必要なものは、概ねこちらの治療院を選ぶ。
しかし、服装や身なりを見て、収入か多い者には相応の治療院を紹介するが、大抵の患者は嫌がった。
かける金額と、その効果が段違いだからな。
ただ、そういう者たちからは治療費とは別に、銀貨を一枚だけ運営の助けとしていただいている。
それを取っても、他の治療院よりも安くて、治りが早いのたこら、おのずと、患者の数もも増えたというわけだ。
だが、患者を奪われた他の治療院は面白くはない。
「代官も乗り気だって話だ」
「あやつ……。」
チリショーテの件は見逃してやっていたのだが、少し灸をすえないといけないようだ。
「治療院の許可証も、組合に入ってないと貰えなくなるんじゃないかって」
「その組合ってのも、入るにも金、続けるにも金と、そんなところだろうな」
「もう少し調べるか?」
「頼む。多少の荒事なら大目に見るぞ」
「へへっ」
十二歳になったエギーユは身体も少し大きくなり、私やガラハウよりも頭半分背が高い。
それに、薬草採集や素材集めに勤しむ冒険者のオットーから、剣も習っており、その成長も著しい。
全く、頼もしい仲間になってくれた。
「フリーデリケ様。こちらもなのですが、薬草の値段が少し上がっています」
「どのくらいだ」
「今のところ、一割といったところですが」
「ギルドの買い取り額は変わってないぞ。数も今のところ減ってはいないな」
オットーが割って入る。
取りに行く側もいるのは大変ありがたい。
この世界の薬草は暑さ寒さに強く、真冬の雪の下でも枯れない生命力を持つ。
薬の基盤となる草であるため、これの値段が上がれば、おのずと全ての薬の値段が上がるといった具合だ。
ギルドがそんなことをするわけかないので、恐らく仲買いの商家と、どこかの治療師がつながっていそうだ。
うちはオットーからギルドと同じ買取価格で、直接買取をしているが、他の素材に関しては、ラトーラが仕入れている。
それを、症状に合わせて調合して、患者に持たせて帰す。
ラトーラの治療の方も、よく聞くと好評を得ている。
これは、私には手を出せないが、ラトーラをピンポイントで狙った嫌がらせであろう。
代官による法整備が済んでしまえば、大手を振ってラトーラだけを狙い撃ちにできるというものだ。
そうなる前に、打てる手は打つ。
取り敢えずは、エギーユからの追加情報待ちとしよう。




