探索団その3
決行は日が暮れの後。
時間があったので、私とトーマス、それに、人足の一人で元傭兵のオットー、三人の装備を都合した。
私とトーマスはダガーと軽量の革鎧にフード付きのローブ。
私は念のために錫杖を持たされ、トーマスは顔が知れている可能性も考えて、フードとマスクを着けてもらう。
オットーには見栄え重視の金属製のセパレート鎧と、盾にロングソード、それにマントという装備だ。
端から見れば、前衛2人とヒーラーの冒険者パーティに見えるだろう。
公爵家の資金力は、子供の私でさえ、選ばなければこのくらいは準備できるほどだ。
実際は小屋の修繕費から、親方にかりたのだがね。
さて、作戦としては、金に困ったオットーが、昔なじみのチリショーテに仕事を紹介して欲しいと言い、アジトの中へと三人で入る。
入ってからは臨機応変と言えば聞こえはいいが、行き当たりばったりのドタバタ劇。
さてさて、どんな落ちになることやら。
光の集いのある路地をオットーを先頭に入る。
夜ということもあり、路地は暗く表の光も届かない。
ボロを纏ってドアの前に座り込む男に向かって、オットーが銅貨を一枚落とす。
すると、男は顔も上げずにそれを懐に入れると、ドアを変なリズムで数回叩いた。
「ん?オットーかよ!今、開けるから待っとけ」
小窓を開けた男は、幸運なことにオットーを見知っていた。
ドアが開き男が周囲を確認すると、後に控える私たちの姿を見つけ訝しむ。
「おい。そいつらは?」
「今は冒険者でな」
首から下げたプレートを見せるオットー。
オットーは本当に冒険者として、ギルドに登録している。
「今の仲間ってことか…ま、入んな」
オットーに続いて建物へ入ると、後ろでドアが閉められた。
施錠も数カ所。
「ボスに用なんだろ?付いてきな」
建物の中も薄暗く、ところどころオイルランプが置いてあるだけだ。
これならば、闇に紛れて探索もできるだろう。
「マチューも元気か?」
オットーが私に目配せをした。
気遣いに感謝だ。
「羽振りもよくって、昔より元気だよ」
「戦地から戦地の暮らしからは考えられないな」
「少し太ったが、触れてやるなよ」
「分かってるって」
オットーが会話で気を逸らしてくれている間に、隠遁のスキルを発動させて闇に紛れる。
取り敢えず、監禁されていると仮定すると、場所は地下だろうか?
まずは、下れる階段を探すことにする。
◆
「ここだぜ」
そう言うと男はドアをノックする。
「あぁ〜。入れよ」
いかにもな声にうんざりするが、リケがいない事と言うよりも、いた事にすら気がついていなさそうだ。
助かるぜ。
「ボス」
「オットーじゃねぇか!どうした?」
「マチューも元気そうだな。それでな、金になる仕事はないか?」
オットーが打ち合わせ通りに話を振った。
どれだけ時間を稼ぐかは、俺たち次第。
やってみせろよ。リケ。
◆
さて、作ってくれた時間を無駄にしないため、暗視に感覚強化、気配察知のスキルも使っておこう。
視界が明るくなり、昼間同様に見渡せるようになったと同時に人の気配も強く感じられるようになったが、屋内だと色々と感じ過ぎる。
使っていないスキルだからだろうか?
視界が明るくなったことで、廊下の奥に階段が見えたが、上りの階段だった。
だが、他に手がかりもないので、廊下を奥まで進む。
階段の下は収納なのか、ドアがついていた。
ちょっとまて、それは三十路の私の知識からの先入観で、不遇な魔法使いの少年や白いフクロウは居ないはずだ。
ドアに手をかけると僅かな軋み音をたてて開く。
階段の下側と石の壁、それに下へ続く階段。
何箇所も探し回るハメにならずに済んで胸をなで下ろすが、この先に人の気配を幾つか感じたが、一つ一つの反応が大き過ぎて、正確な場所が分からない。
とりあえず、降りなければ始まらないことは分る。
音を立てないよう気をつけながら階段を降りるが、階段を降りきったところに一人いるのが見えた。
さて、どうしよう。
眠りの魔法なんかは闇属性、麻痺や精神操作もそっちだ、どうにか騒ぎを起こさずにクリアできないだろうか?
そんなものはない
グダグタと考えるのはよそう。
時間の無駄。
肉体強化の魔法を使い一気に間合いを詰め、階段下で座っている男に頭に衝撃波をぶち込むことにして、行動を開始。
「シュトースヴェレ」
「う…あ…。」
ドサリと男が倒れる。
しばらく…。そう、しばらく男は目を覚まさないと思う。
周囲を見回すが、先に掴んでいた数の人影は見えなかった。
チリショーテの人間はコイツだけだったようだ。
と、なれば、残りはおのずと目的の者たちだろう。
地下は雑多に物が散らかっていた。
元は商品を保管する倉庫として使われていたのだろうが、今は単なる空き部屋か、敵対組織の人間を監禁しておく場所として使っているのだろう。
物音を立てないよう慎重に移動し、探索を進めるとグッタリと横たわる少年が二人と、大人の女性が一人。
予想外の荷物がある。
「おい。エギーユ」
エギーユを揺すって声をかける。
見たところ、数発殴られているのと、手足を縛られていることくらいで済んでいるようだ。
「リケ…リ!んぐむ」
気がつけば大声を出そうとしたので、慌てて口を抑えた。
「小声でな」
エギーユの手足の縄をダガーで切り、ロニと女性のものもそうしておく。
「話しは後だ、このままここを潰す。こちらの女性は?」
「分かんねぇけど、俺たちをスゴク庇ってくれたんだ」
「恩人ってわけだな」
助けないわけにはいかなくなった。
「これから上で騒動を起こすが、静まるまで待っていろ」
「俺もっ」
「お前に何ができる?」
目を細め、わずかに微笑んでエギーユを見た。
残酷なようだが、今のエギーユは単なる足手まとい。
ここで、大人しく迎えを待ってくれていた方が、私たちとしてもありがたい。
何も言い返せないエギーユは俯き、床を一つ叩いた。
それを背に聞き、階段を駆け登る。
階段を登りきったところで、チリショーテの人間に見つかった。
「お前っ!どこから」
修羅場に慣れているのか、すぐにダガーを引き抜く男。
その男の声で部屋のドアが開かれ、外を覗く顔がいくつか見えた。
その中に案内してくれた男の顔も見つけ、目的地も把握するが、そこまでに障害がいくつもある。
まずは一つ目。
ダガーは引き抜いてはいるが、立ち尽くしている男。
自身に掛けている魔法の効果はまだ切れていない。
素早く相手の左脇へと回り込み、脇腹めがけて衝撃波を叩き込む。
この魔法。
本当に非殺傷なんだよな……。
打ち込んだ男は確認できない。
なにせ、前方に残敵複数を確認しているからだ。
各部屋のドアから出てきた男が四人。広くはない廊下に並んで立っているが、ダガーやショートソードを持つ手が見えた。
一撃確殺で行くしかない。
トーマスやゲオルグとの修練の日々で培った、大きな男と戦う術を全て出す。
先頭の男がこちらに向かって来る。
身体も大きく、膂力もありそうだ。
片手で持つショートソードを、何のためらいもなく振り被るが、隙は大きい。
相手も一撃で仕留めようと、しているのだろう。
強く振り出すには、大きく振り被る。
そうなると、半身を捻る事になり、ウィークサイドがガラ空きとなってしまう。
背後に駆け抜け、持っていた錫杖の先を首と頭の境に突き込んだ。
尖った装飾が頭蓋の内側へと飲み込まれると、男の身体がダラリと力なく崩れ落ちる。
引き抜いた錫杖を薙ぐように身体を回転させると、それを避けようとバックステップした直後の男と目が合う。
錫杖を諦め手を離す。
上手く体重が乗った左足を踏み込み、バックステップした男を追うように、低く強く跳んだ。
手にはダガー。
相手より先に着地し、男の着地と同時に足を払い転ばせた。
人間。転ぶと受け身を取るもので、前方の防御を忘れて、中心線がガラ空きになる。
その胸にダガーを埋めた。
後二人。
そう思った刹那。
トーマスが部屋から出て、無警戒だった二人を背後から、どうやったのか見えなかったが無力化していた。
一陣の風が吹き抜けたようだ。
「大丈夫か?」
「うん。何人か殺したな」
「悪ぃな。少し手間取った」
「目標は見つけたから、案ずるな」
オットーとトーマスが案内された部屋に入ると、案内をしてくれた男の他に三名の見知らぬ男が倒れていた。
その男らをオットーが縛り上げている。
逃走防止と言うわけだな。
「目標は見つけたが、残党を残すのも心許ないので、無力化する」
「人使いが荒いこって」
トーマスは大きな溜息をついた。
「オットーも頼む」
「こりゃ、追加が欲しいぜ」
オットーは下に残って警戒と、一階を担当。
私とトーマスで上の階の残党探しと無力化を受け持った。
なかなか活きのいい抵抗もあったが、私とトーマスの敵ではない。
「トーマス。エギーユたちと一緒に、大人の女もいたんだ」
「そりゃ、オレっちの出番だが…ほんとに大丈夫か?リケ」
しきりに私を心配するトーマス。
ケガもしていないし、疲れるほどの運動量でもない。
何なのだろう?
「大丈夫だ。それより、エギーユたちを迎えに行こう」
屋内の残党で生きているものは、オットーに縛り上げて転がして置くよう頼んだ。
地下への階段をトーマスと降りる。
そう言えば、階段下の奴を拘束していなかったことを思い出す。
「トーマス。階段下に一人いたんだ」
「分かった。気をつけておく」
階段下が見える位置まで来たが、倒れているはずの男が見えない。
慎重に階段から地下室に入ると、昏倒させた男は縛られ、床に転がされていた。
「お前がエギーユか?」
エギーユを見たことのないトーマスは、ロニの頭に手を置いていた。
「エギーユは俺だよ。おじさん」
「ぐぉ……」
胸を押さえて呻き声を上げるトーマス。
三十路の私もその経験があったので、気持ちは痛いほどわかってしまう。
トーマスの背中をボンボンと叩き、軽く慰める。
部屋を見渡すと、女性はまだ目覚めていないようだった。
衣服のせいで確認はできないが、顔などをみる限り痣や軽い出血の跡が見られる。
「ハイレンデス・リヒト(癒しの光)」
これで回復して目覚めてくれればとも思ったが、そうはならなかった。
「オレっちが運ぶぜ?」
「こんなところよりも、もっとマシな場所に移したほうがいいな」
女性はトーマスに任せ、エギーユたちを見るが、こちらは放っておいても大丈夫そうだ。
「無茶をしたな。でも、よく生きていてくれたよ」
「うん」
バツが悪いのだろう。
エギーユは目を逸らして、小さく呟いたたけだった。
全員で地上階にあがる。
「そういえば、チリショーテの幹部らしいのは、全員いたのか?」
「昼間に聞いた特徴のヤツラはだいたいいたな」
「そうか」
これで、ほぼ、組織は壊滅に至ったようだ。
トーマスたちが始めに通された部屋まで戻ると、オットーも部屋に戻って来ていた。
トーマスは女性をソファに横たえ、肩を回す。
さて、今夜のメインだ。
縛り上げたマチューに癒しを与える。
「ハイレンデス・リヒト(癒しの光)」
「うっ…あ…。オットー、てめぇ」
傷が回復していくと、混濁した意識も戻ってきたようで、昔なじみのオットーを睨みつけた。
「悪ぃな」
悪びれもせずに言うオットー。
「用事があるのは私だ」
「けっ…。こんなガキにやられたってのか」
「まぁ、そうだ」
「ヤキが回ったな」
オットーがかつての盟友を嘲笑う。
「でだ、この地はお前のものではないのは、分かっているな」
「へっ。この街は俺のもんだぜ?」
不敵に笑うマチュー。
窮地でこの余裕とは。
考えられるとすれば、街の代官配下の警邏隊に引き渡されるとでも思っているのだろう。
「ふむ。代官、あやつも背信者か」
「だったらどうする?ひひひ」
「まとめて処断するだけだ」
「は?ガ、ガキにそんなことが…。」
「できる。私がアスカニアだからな」
「なぁっ!?」
「嘘だっ!そんなわけ」
私のことを、ただのガキだと思いこんでいた男の顔が、驚愕に歪む。
「それがホントなんだよね。諦めな、マチュー。お前はやりすぎたんだよ」
トーマスが呆れてはいるが、憐憫の溜息を大きく吐いた。
「先に逝っておれ」
腰から引き抜いたダガーを、無精髭の残る顎下から突き刺し、刃を捻じる。
マチューの目から光が失われた。
「おっ…。おい、リケ!」
トーマスが慌てて、私の手からダガーを引き離した。
「お前が手を汚すなんて…。」
「トーマス。これは私がやらなくてはならないんだ」
何故だかはしらないが、私の胸の内にある使命感のようなものが、そう突き動かしたのだ。
「お前みたいな子供がっ……。」
トーマスは私の前に膝をつき、私を抱きしめた。
泣いているのだろうか?
時折、嗚咽と震えが感じられた。
しかし、不思議なほどに、躊躇なく自分の手を汚せたことに驚いてもいる。
それに、頬を伝う冷たいもの。
私の意思とは関係なく、何かが、そう動かしたのだろうか?
◆
チリショーテ壊滅の噂は瞬く間に広がった。
あからさまに喜ぶ者、何かに追われているのかビクビクと背後を恐れている者、何も変わらずいつも通りの日常を過ごす者と様々だが、そんな噂も暫くすれば忘れ去られるのだろう。
新たな組織が立ち上がるからな。
「良し。これで完成じゃな」
親方が建物の入り口脇に一枚板の看板を取り付けて、こちらを振り返った。
「治療院ができたな!」
なんと、王都で執務中たったお父様も駆けつけて、治療院の完成に立ち会ってくださっている。
となれば、周囲は領民でいっぱいだ。
「お父様。これで、身分に関わらず、治療を受けることができますね」
「お前の第一歩か……。なんだか、一足飛びに大人になってしまったようで、寂しいぞ!」
「わわっ」
お父様が私を抱き上げた。
普段はクールに努めていたようだけど、こんなにも子煩悩だったとはね。
「リケ。ここが新しい家なのか?」
「ん。フリーデリケ。この子たちは?」
「この治療院を手伝ってくれる子たちですよ。お父様」
「もう、そんなことまで…。」
「それと、私の代わりにこの治療院に住み込んで、維持と管理を任せる者です」
エギーユたちの後ろに立つ女性。
チリショーテのアジトの地下で倒れていた人だ。
肩までの黒髪に黒い瞳。肌は白く、優しさと子供を守る強い意思を持つラトーラ。
「お初にお目にかかります。ラトーラと申します」
領主であるお父様への挨拶も上々だ。
◆
「うぅん……。」
ベッドに横たわる女性が目を覚ました。
「ここは?」
自身の状況を瞬時に理解したようだ。
何か特殊な職業にでも就いていたような、そんな経験があるのだろうか?
「カニアの街の宿だ。確か…焚火亭だったかな?」
「あなたが助けてくれたの?」
「私たちだな」
夜通し様子を見ていてくれたトーマスは、私の後ろで、椅子に座って寝こけている。
「どうだ、どこか痛むか?」
「いいえ。なんとも」
「そうか」
座る椅子もないので、ベッドに腰を掛ける。
「少し、話しを聞かせてくれ」
「あんなところに、なんでいたのかってことですか?」
「まずは名前じゃないかな?」
「あっ!?」
「私はフリーデリケ・アスカニア。アスカニア家の息女になる」
「このままでは…。」
「よいよい」
「では、失礼しまして……。私はラトーラと申します。あいつらに食い物にされたチャプラ家のものです」
チャプラ家。
少し前まで噂になっていた商家のことだ。
「なるほど。なんかしらの仕返しってところか」
「はい」
「色々と物騒なものもあったが、それは?」
「叔父が冒険者だったもので、物心つく頃には剣を振らされていました」
それで、隠し持てる武器などを持っていたってわけか。
だが、これからのことに丁度良い。
「ラトーラ。お前、私の治療院で、住み込みの護衛を頼まれてくれないか?」
「住み込みの?」
「頼みたい」
「分かりました。助けられたこの身です」
そう言って胸に手を当て、私を真っ直ぐに見つめていた。
◆
こうして必要な人員の手配を済ませていることが、そんなにも感動することなのだろうか?
「なんと…なんと…。」
目を潤ませ、感動を露わにしているお父様。
「旦那。子供の成長に感動してるところ悪いんじゃかの」
「おぉ。悪い」
お父様は私を降ろして、親方と修繕を手伝ってくれた人足たちの方へと向かっていった。
「エギーユ」
「リケはお嬢様だったのかよ」
会うときはいつも農家の少年に偽装していたから、ドレス姿で髪型もしっかりとセットしている私に驚いていた。
「あの小汚いのがねぇ…でも、こっちもいいね」
「ガラハウにも服を用意してある」
「新しいお家!」
アナベルは治療院に目を輝かせている。
早く入りたくて仕方ないのであろう。
「では、我らがアジトに入ろうじゃないか」
なんというか、悪の組織っぽさはまるでないが、この四人にトーマスやオットーの力も借りて、私の第一歩が始まったのだ。




