決戦前夜 5
砦の東門を明け放ち、松明を回す。
この合図に気がつけば良いのだが、打ち合わせもしていないから自信はない。
しばらくすると、遠くから鎧の擦れ合う音が聞こえてきた。
その音を耳にすると、騎士に隠密行動は無理そうだと強く思う。
私たちの前に現れたトロスト団長。
その姿を見て、一瞬、言葉を失う。
「……お前達は?」
逡巡があったのだろう、私たちに誰何することで落ち着いたようだ。
トロスト団長の後ろに控えるソルの顔が、嬉しそうであったが、見なかったことにする。
「私たちの目的は達した。後は好きにすればいい」
ここでの名乗りは控えた。
「そうか」
「ではな」
「あぁ……。」
トロスト団長を背に、私とマリアンヌは北の林へと姿を消す。
私たちの正体に感づかれている気はしているが、トロスト団長は見逃してもくれた。
まぁ、任務放棄の懲罰は免れないだろうが、それは、甘んじて受けよう。
私は私の目的を達したのだし。
それで、良しとしよう。
◆
第二騎士団は、ハイデルの前線砦から、奪取した西側諸国連盟側の砦へと居を移す。
私は、夜間襲撃の任務放棄から、第二騎士団を除され、国境砦の専属治療師として、後任が配属されるまで配置されることになった。
ソルとは別れることになったが、治療師としてマリアンヌと救護室で忙しくしているせいで、寂しく感じることもない。
戦争の方は、ハイデル王国側に侵略の意思はないため、本隊の到着後、西側諸国側との講和を始めることだろう。
西側は砦相手の攻城戦だ。
返してくれるとなれば、講和に同意せざるを得まい。
「フリーデリケ。少し診てくれ」
ブルクハルト司令が、救護室に顔を見せた。
「どうぞ、おかけください」
「トロストも向こうに行って、本隊も行っちまって、暇になったもんだな」
ブルクハルト司令の後ろに立ち、両肩に手を乗せる。
ハイデル王国の本隊は到着したかと思えば、そのまま落とした砦まで進軍していた。
エマや結城結奏には、恨めしげな視線を向けられたが、私は軍規違反を犯した大罪人で、その懲罰中の身だ。
野戦陣での寝起きとなる二人には、いささかの後ろめたさはあるが、どうしょうもない。
「寂しいですか?」
ブルクハルト司令に、そう声をかけた。
「そりゃあ、寂しいわよね」
「マリアンヌは違う意味だろ」
そう突っ込むと、ぺろりと舌を出すマリアンヌだったが、ブルクハルト司令も溜息をつく。
「マリアンヌの言う通り、西側のハラスメントもなくなって、若いヤツらの相手もできない。前より静かになっちまったよ」
「そうでしたね……そうだ、結城結奏とドーナ伯の息女に護衛を付けていただきまして、ありがとうございます」
「こっちが、国境じゃなくなったからな。マクシミリアンなら問題なかろう」
そう、結城結奏とエマには、マクシミリアン兄様の小隊が、その護衛に当たるかこととなったのだ。
軍規から、配属先を離れるわけには行かないので、苦肉の策として、マクシミリアン兄様を付けてもらうことにした。
敵地に最も接近するわけだから、それでも心配は残る。
「なぁ、フリーデリケ。お前さん、何で白狼なんてやってる?」
ブルクハルト司令が溜息混じりに、聞いてきた。
「ブルクハルト司令。どこで、それを」
「トロストが嘆いていたぞ」
「白狼……お父様にも許されてはいるのですがね」
どんな風に嘆いたのかは知らないが、その姿は想像できる。
フィッツを付けたから、多少の慰めにはなっているかな?
「国のためか?そうではなかろう」
「敵いませんな」
「まぁ、何にせよ。後悔だけはするなよ」
「分かりました…っと。悪くなってるところはありませんよ。司令」
パンと肩を叩く。
意外にコレが好評だったりするのだ。
「しばらく会っていない孫娘を思い出す。どうか、この老いぼれを泣かせてくれるなよ」
そう言われてしまうと弱いな。
「分かってるよ。おじいちゃん」
ブルクハルト司令の背中を、そっと抱きしめた。
「こりゃ、ワシの負けだ。ハッハッハッハ」
「フィニッシュホールド……リケ先生。やるわね」
◆
西側諸国との講和が成立し、不戦の戦は終わった。
本隊は王都と、国境を往復しただけとなる形だ。
騎士や兵の損耗もなく、ただ、食料と金だけ消費した。
それでも、自領の騎士を連れた貴族はそれなりの負担になったことだろう。
結城結奏やエマ、それにロアと言った仲間たちには、散々な言われようだった。
ハイデル王国軍が西側諸国の砦を放棄して、国境砦に引き上げてくる。
戦闘は無かったものの、解けた緊張から体調不良を訴えるものが多く、マリアンヌと野戦テント巡りをすることとなった。
どこから調達したのか、マリアンヌは白衣の天使姿で付いて回っているのだ。
ちょいちょい、向こうの世界感を出してくるが、意外とマリアンヌも転生者なのかもしれないな。
「リケっ!」
パーペン家のテントに近づくと、聞き覚えのある声。
「ロア。どうした?腹でも壊したか?」
言われそうなことは分かっていたので、すっとぼけるという選択をした。
「俺は大丈夫だよ!それより……。」
「マリアンヌ。お前と同じ双剣使いだ。よろしくしてやってくれ」
「んまぁ〜。珍しいわね、後で修練場集合ね」
よし、マリアンヌにロックされたな。
「体調が思わしくない者は言ってくれ」
テントに入り声をかける。
「おぉっ!フリーデリケ。君だったか」
黒の金属鎧を纏った、精悍な男性から歓待の声が上がる。
「はい。砦の治療師をしております」
「いつもうちの倅が世話になって」
ロアの父君だ。
ポータルの練習で伺った際に、挨拶だけはしていた。
「こちらが振り回してしまって、迷惑ばかりかけていますよ」
「そう言ってくれると助かるよ」
「いえいえ。それに、父もハイデル王も、国境際の対応に頭が下がると申しております」
「そうか。苦労も報われるというものだよ」
「おい。リケっ!こいつを何とかしてくれ」
「いやいや。マリアンヌの腕前はスゴいぞ」
「どっちのだよ!」
「あら、まぁ〜。夜の方もスゴいのよ。あ・た・し」
「マリアンヌ。はしたないぞ」
「あら!こちらも素敵な紳士が、いらっしゃるじゃ……パーペン男爵!?」
「久しいな。エーミール」
パーペン男爵の前に膝をつくマリアンヌ。
「今はマリアンヌと名乗ってございます」
「健勝ならば、それで良い」
「マリアンヌとはお知り合いで?」
「え、エーミールなのか?!」
「スペロア坊っちゃんは、分からなかったみたいですね」
「マリアンヌか……。マリアンヌはしばらく、我が家で面倒を見ていたことがあってね」
「そうでしたか」
「アレが双剣を使うのも、その影響だよ」
「きゃ〜。坊っちゃん。本当?!」
「そ、そんなわけあるかよ……。」
ロアは照れて、そっぽを向いてしまった。
「ぬふふ……なら、しっかり見てあげなくちゃ」
「そうだな。マリアンヌとした砦攻略は、踊るようだったな」
「ふふふ…嬉しいわね。でも、リケ先生とは、スゴく踊りやすかったわよ」
「なぁっ!?」
ロアがマリアンヌとのやり取りに、声を上げる。
「そういうことか、ロアの隙はマリアンヌの位置か……なるほどな」
入学試験以来、感じていたロアの隙。それは、マリアンヌのカバーする場所なのだろう。
「それより、砦落としだよ」
のらりくらりと躱して……否、マリアンヌに任せた遅滞攻撃で、乗り切ってはしまえなかったか。
「すまんな。マリアンヌとなら、落とせる自信があったものでな」
「本隊到着直前で、気が抜けてたものね」
「こちらもだがな……だが、それで確信を持てたよ」
「そうかよ」
ロアは、またしても声が掛からず、そのことに拗ねているようだ。
「いや。引き留めてしまったな」
流石、パーペン男爵。絶好のタイミング。
「いえいえ。古傷でも直しますので、遠慮なくお声掛けください。男爵」
「後で伺うよ」
「お待ちしております」
そう言ってパーペン家の野戦テントを辞した。
◆
北の山々が雪で白くなる頃に、交代の治療師がやってきた。
あまりも後任が決まらなかったので、枢機卿に言って教会の人間を送らせることにしたのだ。
砦の救護室は教会も兼務するようになる。
「フリーデリケ。長いこと済まなかったね」
ブルクハルト司令が救護室に現れ、帰り支度をしている私たちに声をかけてくれた。
「いえ。自分のしでかしたことですから」
「最大の功績だったがね。評価するわけにはいかんからな……寂しくなるよ」
「ほんとに……ほんとに……うぅ」
マリアンヌが泣きそうだ。
「マリアンヌにも世話になったな。おかげで、若手の技量が上がったよ」
「司令っ!」
堪らず抱きついて、その肩で泣いていた。
「全く。大きな孫が、二人もいっぺんに、できたようじゃわい」
「それでは、私たちも帰還致します。ほら、マリアンヌ。最後はしっかり」
そう声をかけると、涙を拭いながら、司令の肩から離れる。
「フリーデリケ、マリアンヌの両名は、これより帰還致します。お世話になりました。敬礼っ!」
踵を鳴らし直立すると、胸の前で拳を握る。
それに、返礼をしたブルクハルト司令。
気負いなく美しい所作。
マリアンヌの涙腺は、しばらく閉じることはないだろう。
ブルクハルト司令が腕を降ろし、私たちも降ろす。
そして、ブルクハルト司令が救護室を後にした。
それを合図に、私もポータルの魔法を展開。
つないだ先は治療院だ。
また、王都での日常が戻ってくる。




