開戦前夜 4
集合場所には行かなかった。
私とマリアンヌは日暮れの後の闇に紛れ、トロスト団長の示した平原北側の林を駆けている。
二人ともに全身に魔力を流し、身体強化スキルを展開。
夜襲の為、気配察知と暗視スキルも展開している。
「簡単に片付きそうね」
「油断は禁物。丁寧に、そして優雅に」
「ふふふ。まるでダンスみたい」
「最後まで踊りきろうじゃないか」
林を抜け砦までは多少の距離はあるが、二人の装備と速さなら見つかることはないだろう。
大胆に駆け抜ける。
壁に取り付き腰のポーチから楔を取り出し、石の継ぎ目に差し込みながら登っていく。
六メートルほどの高さだが、問題はない。
城壁の最上部はたいてい見張り兼、防衛用の通路だ。
見張りをやり過ごし、静かにその通路に降り立つと、やり過ごした敵兵を背後から沈めた。
マリアンヌとはアイコンタクトと、ハンドサインだけで意思疎通が成立し、北側城壁上の見張りを素早く片付け、東側へも二つの疾風が駆け抜ける。
城壁の上が片付いても、砦の本体が動いている様子はない。
開戦まで数日。
今更、攻めて来ることはないと、たかを括っているのかもしれない。
城壁を降り、砦本体に忍び込む。
内部の見回りはなさそうだが、寝るには少し早い時間。
通路を移動している者や、宿舎の部屋で休む者、詰め所で仲間と騒ぐ者と様々だ。
砦内部で一番騒がしいところから片付ける。
そう。兵士の詰め所だ。
扉の前でマリアンヌと目を合わせ、頷きあう。
「ハイリゲ・シルデ(聖なる盾たち)」
私の魔法の展開と同時に、マリアンヌがドアを開け放つ。
部屋の中に突っ込み魔法の盾の全てを、全面に射出し、安テーブルやベンチごと兵士をなぎ倒す。
後から突入してきたマリアンヌの双剣が、盾の突進を免れた兵士を次々と切り捨て、動きの速さと合わせて血しぶきが霧のように舞う。
残酷なシーンであるはずだが、それを美しいと感じてしまう自分がいた。
「白狼っ!」
マリアンヌの怒号。
後ろから襲われそうなのだと、思うよりも速く身体が反応し、私を羽交い締めにしようとした者の胸にダガーを埋め、蹴り飛ばす。
「すまないな」
「やだ。見惚れちゃった?」
マリアンヌが茶目っ気たっぷりのポーズで、こちらを見ていた。
ずいぶんと余裕が感じられる。
「あぁ、そうだ」
恥ずかしげもなく、そう返した。
「やっだぁ〜」
存外、嬉しそうだ。
「上を目指す」
「じゃんじゃんバリバリって感じねぇ〜」
何だそりゃ?
私たちは士官を探す。
詰め所の騒ぎで、既に気付かれていることだろう。
砦の階段で、数回、いく手を阻まれるが、ロアとのコンビネーションよりもスムーズに立ち回りを入れ替え、その障害を打ち破っていった。
砦最上部まで駆け上がった私たちは、指揮所に入る。
「待っていたよ。ハイデルの騎士」
太った男が、屈強そうな部下二人を従え、尊大な態度で椅子にふんぞり返っていた。
「残念だな。私は白狼。ハイデルの騎士ではないな」
「おや?では、何だというのだね」
「ハイデルの裏社会を牛耳る魔王だ。私の街で、だいぶやってくれたじゃないか」
「賊か……つまらん。やってしまえ」
つまらなそうに、肘掛けについた腕で頬杖をつくと、空いたもう片方の手を、埃を払うように振る。
「「はい」」
二人の男が前に出た。
「やだ。ちょっとタイプだわ」
「ゆっくりダンスを楽しむといい。私はあっちだな」
二人の男の動きは隙がない。
大きい身体に、長いリーチ。脚の長さもある。
西側特有の曲刀も、刀身はダガーの比ではない。
付け入る隙などありはしなかった……ダガーだけならな。
睨み合い互いに呼吸を盗み合う。
しかし、飛び込むための決定打がなく、魔力の針を打ち出す隙すらない。
「ふぅっ……考えすぎだ」
口の中で吐き捨て、飛び込んだ。
ダガーを突き出すが、肘は伸ばしきらない。
距離を詰め、ダガーを引くと同時に身体を回転させ、後ろ回し蹴り。
これは、腕でブロックされた。
左腕のフックが飛んでくる。
ブロックされた蹴り脚を支点に、相手を引きつけるように脚を引きつけた。
相手も軸がブレ、左フックが空を切る。
体が入れ替わり、すかさず互いに振り返った。
私は前蹴りを繰り出すが、相手は曲刀を薙ぎ払ったので、慌てて脚を引き戻す。
曲刀を力任せに振り返し、さらなる追撃だが、その軌跡はぶれている。
人生初のバク転。成功してよかったと、喜びを噛みしめる暇はない。
着地と同時にタックルで、脚を狙う。
力任せに振った勢いで、前に出ていた右足が取れた。
「ふんっがっ!」
こちらも力任せに持ち上げる。
「まっ!?はしたない」
マリアンヌが私の漏らした声に茶々を入れた。
「ずいぶんと余裕だな」
「こっちは終わったわよぉ〜」
語尾にハートでもついていそうな声で、マリアンヌが言った。
「ではこちらも」
タックルで倒した相手の胸に、素早くダガーを埋める。
士官の護衛をするだけはあり、その実力は確かなものだった。
拓けた戦場だったら、そう思うと背筋が寒くなる。
「でだ。豚には少し話しを聞きたいんだがな」
倒れた男に敬意を払い、僅かに黙祷を捧げると、士官の男に振り返る。
「なっ……なっ……出あえっ!出あえっ!!」
「無駄だよ。だいたい片付けた」
静かに近づきながら、タガーをしまい腰のポーチをまさぐる。
「……。」
呆然と口をパクパクとしているだけで、何も言えない司令……だろうな。
「お前。ハイデルの貴族を買収しているな。それとも、脅迫か?」
「知らない。私は知らない」
「お前じゃない誰かは知ってるんだな」
壁上りで使った楔を、太い脚に突き立てた。
「うぅっ。あぁぁぁ……。」
「誰だっ!」
追加でもう一本プレゼントしてあげた。
悲鳴を上げる士官の男だったが、ワナワナと震え始めると、何か言いたそうに口を開いては、それを躊躇する。
「命は助けてやらんでもないぞ?」
「ほ、本当か?」
男の目に希望の光が差す。
「嘘はつかんよ」
「ば、バウチャー」
バウチャー。
その名前に聞き覚えがあった。
西側を起源とする子爵家で、今は教会派に名を連ねているはずの男だ。
枢機卿からの寄付金報告の中に、名前があり、珍しい家名だったので、聞いたのだ。
「バウチャーだな」
そう、私が繰り返すと、数回頷いた。
「それに、グランジ共和国の諜報部隊が、動いているのも聞いている」
「そうか。貴重な情報をありがとう」
仮面の下で、ニッコリと微笑みを浮かべる。
「約束は守ろう。命は助けてやる……ハイデルの捕虜としてな。漆黒姫、縛っておいてくれ」
「分かったわん」
マリアンヌは手早く豚を縛り上げた。
「よし。トロスト団長を引き入れよう」




