開戦前夜 2
「うぅ……」
救護室のベッドと言うには、粗末な台の上で身体を起こした。
連れてこられて眠ってしまっていたようだ。
「ラトーラがいればな……。」
そう呟くが、いないものはしょうがない。
台から立ち上がると、立ちくらみに襲われたが、堪えられないものではなかった。
「物資に魔力ポーションがないか、聞いてみるか……取りに行けばいいのか?」
その考えに至る。
今のところ、私と結城結奏の二人しか使えないポータルの魔法だが、兵站線が無視できてしまうという、強力な魔法だと思い至った。
「根っからの戦闘狂だな……。」
そう呟いて、自嘲気味に笑った。
ゲートを開き、王都の治療院へとつなぐ。
多少回復しているとはいえ、残量の少ない魔力で開くと、流石に堪える。
開いたゲートを通り、すぐに閉じて消費を抑えた。
「リケ?どうしたのさ……あぁ〜、魔力切れね。ラトーラ。ラトーラ」
治療室にいたガラハウは、何の説明もしていないのに、私の状態と必要な物が分かったようだ。
「ガラハウ。どうしたの?」
「リケが、この有様なのよ。魔力ポーションを持ってきてくれないかい」
「フリーデリケ様。すぐにお持ちします」
ラトーラが慌てた様子で、治療室を出て行った。
「さてさて、ほら、立てる?」
私の脇に腕を入れて、立ち上がらせてくれた。
やはり、立ちくらみがひどい。
ゆっくりと、ガラハウの座っていた椅子に近づき、そのまま腰を下ろす。
「また、無茶なことをやったんだろ?」
「ポータルで騎士団一つ、移動させたよ」
「懲りないねぇ。ラトーラの魔力ポーションも、いくつか持っていきなよ」
「そうさせてもらうよ」
パタパタと廊下を走ってくる足音。
治療室のドアが開き、ポーションの瓶を抱えたラトーラが入ってきた。
「フリーデリケ様。こちらを」
差し出された瓶を受け取り、口を開けて飲み干した。
やはり、ラトーラの魔力ポーションは効く。
枯渇していたはずの魔力が、足されると同時に、内から泉の如く湧き出す魔力も感じられる。
「やはり、コレだな。いくつかもらっていくが、構わないな」
「えぇ。在庫はありますから、ケースでお持ちいただいても大丈夫です」
なんとも頼もしい答えだ。
「ケースで頼む」
素直に頼んだ。
作戦中に、魔力切れは目も当てられない。
それに、ほかの団員にも配れるからな。
「分かりました。まずは、こちらをお持ちください」
抱えていたいくつかの瓶を渡され、ラトーラは再び治療室を出て行った。
◆
魔力ポーションを土産に、前線の守備砦に戻ってきた。
ポータルの魔法は本当に便利だが、ちょっとしたお使いでは、使いたくない魔法だ。
消耗が激しすぎる。
治療師のいない救護室から、団員の集まる詰め所に移動した。
配備されていた騎士たちと、第二騎士団の面々が、久しぶりの再会に沸いていた。
入り口辺りでソルを探していると、後ろから肩を叩かれる。
「フリーデリケ。久しいな」
振り返ると、マクシミリアン兄様だった。
「ニューイヤーフェスティバル以来だな」
「そんなになるか……そうだ。フリーデリケ、ここでしばらく治療師をやらんか?」
先ほどまで居た救護室。
待てども治療師は現れなかったのは、そもそもいなかったからか。
「王都からは?」
「前任が退役して帰ってからは、新しい人材は来ていないな」
「トロスト団長に話しておくから、負傷者は救護室に来てくれるように言っておいてくれ」
「助かる」
詰め所から士官の詰める指揮所に向かう。
着任早々、大変そうだ。
砦最上部の平原を見晴らせる指揮所。
ここから相手側の陣形などを観察しながら、軍勢への指示を出したりもするが、いかんせん通信機などは無いので、鐘やフラッグでの通知になる。
魔法で通信機と同等の効果が、得られないものだろうか。
さて、用があるのはトロスト団長だ。
「トロスト団長」
「おう。フリーデリケ。もう、いいのか?」
「王都から魔力ポーションを持ってきましたから、大丈夫です」
「そうか……。」
「おい。トロスト」
白髪に白い髭、細身の身体ではあるが、衣服の下はスゴいのだろう。
そんな、紳士中の紳士と呼べる人が、トロスト団長に声をかけた。
私を紹介しろと、促しているのだろう。
「司令。こちらはアスカニア公爵家のフリーデリケです」
「アスカニア?ということは……。」
「はい。マクシミリアンは、私の兄でございます。司令」
「そうかそうか。私はこの砦を預かるバルツァー伯爵家のブルクハルトだ。辺境伯なんて呼ばれてるがね」
「ブルクハルト司令。よろしくお願いします」
「それで、フリーデリケは用事があったのではないのか?」
「そうだった。この砦には治療師が不在とのことで、しばらく治療師として、救護室に詰めようかと思いまして」
「それはありがたい……が、治療師としての経験は?」
ブルクハルト司令の疑問ももっともだ。
「はい。司令。私は王都でも治療院を開き、治療師としても活動しております。属性も聖属性ですので、死んでない限りは、何とかします」
「それは心強い。私からもお願いするよ」
「ありがとうございます。では、早速ですが、救護室へ詰めさせてもらいます」
「フリーデリケ。少し、私も診てもらえないか?」
「かまいませんが……そちらの椅子におかけください」
「あぁ……こうでよいかね」
「はい。そのまま」
ブルクハルト司令の両肩に手を置き、微量の魔力を流す。
魔法抵抗が高いのか、始めこそ引っ掛かりのようなものを感じたが、次第に受け入れられ、全身のスキャンが終わる。
内臓は過去の傷だろうか、肺に変形が見られたが特に問題はなさそうだ。
ただ、骨格や筋肉に損傷が見られ、そこを庇っているのだろう、身体の反対側にダメージが見受けられた。
「さて、少し痛みます」
そう断ってから、再生の魔法を流した。
骨格や軟骨を復元すると、それらが元の位置に戻ろうとし、司令の体中からボキボキと音が聞こえる。
多少、顔をしかめるくらいで、声も挙げない。
流石と言えば良いのか、歴戦の勇士は違う。
「もう、大丈夫です」
「なかなかの荒療治だったな」
「古い傷が多くありました。少し動いてみてください」
司令はその場で、膝の屈伸をしたり、軽くはねてみたり、トロスト団長に組み討ちをしてみたりと、体を動かす度に、表情が明るく変わる。
「ご満足いただけようですね」
「スゴいな。これなら、トロスト。お前にも引けはとらんぞ」
「やめてくださいよブルクハルト司令。最前線に出るのはダメです」
「少しくらいよかろう」
「私は救護室に」
「フリーデリケ。ありがとう」
嬉しくてしょうがないだろう。
威厳に満ちた老紳士から、そこらの力自慢の小僧の顔になっている。
「詰め所に若いのが溜まってます。指導されてはいかがでしょうか?」
「それは名案だ!トロスト、ここは頼むぞ」
意気揚々と指揮所から出て行った。
「老兵を焚き付けるな」
「はいはい。それでは救護室に行きますね。患者が多くなりそうですし」
「違いない……夜間の深部襲撃。通りそうだが、司令もついてきそうだな」
「それはいい」
話が続きそうだったが、愚痴っぽくなりそうでもあったので、救護室に向かう。




