開戦前夜 1
八月。
第に騎士団に合流し、トロスト団長や先任の諸先輩方、先に合流していた学院生達との連動訓練に参加する。
装備は支給されるプレートメイル。
兜もフルフェイス型のもので、視界が悪い。
騎乗してのチャージや、馬上での武器の使い方等を軽く手ほどきを受けるが、カニアにいる頃に教練は済ませていたので、忘れていないかの確認程度だ。
ソルはやはり器用なもので、馬の扱いは、私よりも上手にこなしていたし、馬上での剣の振りも目を見張るものがある。
「良し。今日はこのくらいにしておこう。各自、馬を厩舎につないだら解散だ」
副団長の号令で、馬を厩舎に戻す。
私の乗る芦毛の馬は、負けず嫌いな性格なのか、兎に角、隊列の先頭になりたがる。
その気配を察知し素早く手綱を引くのだが、たまにフェイントだったりもして、こちらを少し馬鹿にしているのか、振り返ったりもした。
厩舎の馬房につなぐと、水桶を鼻でつついてみせた。
水をご所望のようだ。
「グリュック。待っててくれ、すぐに持ってくる」
水桶を外し井戸に向かう。
従騎士のフィッツにやらせてもよいのだが、戦場を共にする馬だ、しばらくは自分の手で世話をしたい。
厩舎近くの井戸で水を汲み、グリュックのもとへと戻る。
馬房に水桶をセットすると、すぐに鼻先を突っ込み、吸い込むように飲んでいた。
「なんだ、飲みたかったのか……良し、お代わりも持ってくるぞ」
「リケも馬に話しかけるんだね」
隣の馬房から、ソルの声がした。
「聞かれていたか。ソルは何をしているんだ?」
「足元を見てるんだよ。蹄鉄は落ちてないか、蹄は割れてないかとかかな」
「もしかして、削蹄なんかもできたりするのか?」
「そうだね。蹄鉄の付け替えもやってたから、できるよ」
驚いた。
ここまで、できるとは思っていなかったからだ。
「良し。私も自分で見てみるかな」
柵を潜って馬房に入ると、グリュックが私の後ろで束ねた髪を鼻先で弄んでいる。
「ほんとにこの髪が好きなんだな」
多少、尊大な態度ではあるが、兜を脱ぐと機嫌が良くなるのだ。
もしかしたら、騎乗中は兜を脱げと言っているのかもしれないな。
左の前足を軽く叩くと、上機嫌だからかすんなりと上げてくれる。
蹄鉄は落ちてはいなかったが、すり減りと、蹄にゴミが溜まっていた。このままでは、蹄が割れたり、病気になったりしてしまうな。
グリュックの四本の脚をチェックしたが、やはり、蹄鉄の打ち替えと、削蹄が必要そうだった。
「うむ。どうしたものか」
「どうしたの?」
「グリュックの蹄鉄が、だいぶ減っていてな」
「練習場は良いけど、外は怖いね……ブリッツは大丈夫だから、僕が見てあげようか?」
「道具は私が取ってこよう」
そう言って、柵の中から出ようとすると、グリュックに引っ張られる。
こやつ。存外、小心者だな。
「大丈夫だ。すぐ戻ってくるから、ソルと仲良くな」
そう言って首筋を掻いてやる。
不服そうに鼻を鳴らしたが、柵から出てソルと交代した。
蹄の道具を取って戻ると、ソルが難しい顔をしてグリュックの隣に立っていた。
「どうした?ケガでも見つかったか?」
声をかけると、こちらを見て肩をすくめてみせる。
「グリュックは、リケじゃないと嫌みたいなんだよね。全然、脚を上げてくれないよ」
「グリュック、お前……はははっ。なんだ、ママじゃないとイヤなのか?」
つい、笑ってしまう。
「ボクが付いて教えるから、リケがやってみなよ。戦場に出るなら、自分でできないと困るんじゃない?」
ソルの言うことも確かにそうだ。
家の馬ならば、戦場でも馬番がやってくれるが、騎士団となると馬番もそう多くはいない。
「いい機会だ。ソル。教えてくれないか?」
「そうこなくっちゃね」
ソルの指導の元で、グリュックの蹄鉄交換をやってみた。
蹄鉄の釘を抜き、蹄から外す。
そうしたら蹄の掃除をして、ついでに傷や病気を確認する。
蹄の当たりを確認しながら、削蹄して整える。
左右で高さに差が出ないようにしてあげないと、馬の走りに違和感が出たりするらしい。
ここからが大変で、蹄鉄を馬の蹄に合わせて調整する。
蹄に合わせては、どこが大きいのかを把握して、金床で叩いて蹄鉄の形を調整するのだ。
調整が終わったら、釘打ちし、蹄の表側に飛び出たところを切って、ヤスリでならしたら交換は終わりだ。
「初めてだと、時間がかかるな」
馬房のランタンが灯されていた。
外はすっかり日も暮れて、しまっているのだろう。
「お疲れ様。なんか、グリュックも満足そうだよ」
グリュックは、ソルにブラシをかけられながら、カチャカチャと脚を踏み鳴らして、新しい蹄鉄の感触を楽しんでいるようだった。
「全く、私がいないときは、どうしていてのだ?」
「よっぽど、馬があったんじゃない?馬だけに」
「ふふふ。ソルも言うようになったな」
「ご飯に行こうよ」
「先に鎧を脱ぎたいな……あと、風呂」
「確かに……男の方は、もう少ししてからだなぁ」
一時的に騎士団の宿舎に身を寄せているので、風呂も食堂も共同だ。
騎士団はその性質上男が多いので、風呂は時間をずらさないと大変らしい。
「どちらにしても、鎧だけは脱がせてくれ」
◆
騎士団に合流して三週間。
騎士団宿舎に身を寄せていても、解読したポータルの魔法の練習をしていた。
今では、ゲートの大きさに継続時間も伸びている。
ゲートの通過実験も済んで、ゲートを開く先に関しても人間の近くの外であったとしても、記憶を元に開くことが可能であることも確認した。
支給された鎧がガタついていたので、カニアの本邸でオルグに直してもらうついでに、ポータルを使ってみたのだ。
「お嬢っ!今、どっから現れた?!」
ポータルのゲートから現れた私を見たオルグは、顎が外れそうなほどに驚いていた。
「ポータルの魔法を習得したんだ。それより……。」
「ポータル?ポータルといったか?」
「親方。何を興奮しておる」
「お前!ポータルの魔法なぞ、数百年は前に失われた魔法じゃぞ」
「確かに、暗黒の魔女も、そう言っていたな」
「暗黒の魔女となっ!?……驚きすぎて疲れたわい」
「親方。どこ行くんだ、鎧を見てほしい」
「そうかそうか。そこに脱いで置いとけ。わしゃ、一杯やって寝るっ!」
そんなやり取りがあったり。
更には……。
「アーラス様。ロアのところに行きたいのだが」
「ロアって、いつも一緒にいる男の子かい?」
「そうだ」
「馬でいったら?」
「ポータルの魔法の練習なんだ」
「懐かしいね。まだ、そんな魔法が残ってたなんてね」
「結城結奏を連れて来たときは、ポータルの魔法じゃないのか?」
「あぁ、聖女召喚ね……あれも似たようなものか」
「それで、ロアのところは?」
「分かった分かった。ちょっと待って」
そう言われると、私の頭にロアの姿が見えた。
自領の修練場で剣を振るう、その姿が。
ゲートを開きイメージの先にトンネルをつなぐ。
「行けそうだな……アーラス様。ありがとう」
「何。また、焼き菓子を供えておいてよ」
「分かった。ハンネに頼んでおく」
そう言って、開いたゲートに脚を進める。
出た先は、ロアが無心で素振りをしている修練場。
うん。私の記憶ではなくても、行き先のゲートが開ける事も分かった。
「ふぅっ……こんなもんか」
最後の一閃は、早さもあり、剣の軌道もキレイだった。
「ふふっ。良い一振りだったな」
「はぁっ?!リケ、どうやってここに?」
疑問だらけの顔が面白い。
「魔法の練習でね」
「空でも翔んで来たってのか?」
「空間を渡ってきたよ」
「空間?なんじゃそりゃ?!……まぁ、来たなら茶の一杯でも飲んでいけよな」
驚きと、照れ隠しがごちゃ混ぜだ。
「お言葉に甘えよう」
突然の訪問だったが、ロアのご両親も良くしてくれ、夕飯までご馳走になってしまった。
まぁ、騎士団の演習をサボったので、トロスト団長には絞られたがね。
そんな八月を経て、出征となる九月。
グリュックに跨り、第二騎士団の隊列に並ぶ。
トロスト団長付きということもあり、旗手の先任の直後にソルと轡を並べることになっている。
「トロスト団長。本当にいいのですね」
「総督に許可は取ってある。第二騎士団はお前の魔法で先行する」
「分かりました」
確かに、第二騎士団だけ、他の部隊から少し離れた場所に 集合していたのだが、それが理由だったとはね。
ハイデル王陛下の演説に沸き上がる歓声。
それに伴い、私たちの緊張感も増していく。
総督からの出立の号令で、他の部隊が動き始めると、トロスト団長は振り返り私に合図する。
イメージをしっかりと作り、力ある言葉を口にした。
「トゥーア(ゲート)」
トロスト団長の前にゲートが現れる。
ゲートの先は、主戦場となる国境平野部の守備砦。
「第二騎士団は、先行して砦に入る。臆せず続くように」
「「はっ!」」
トロスト団長の短すぎる説明だったが、団員一同疑問は挟まない。
命令に従い、粛々と脚を進める。
国境の守備砦には、ロアの案内で一度足を運んでいた。
マクシミリアン兄様もここに詰めているので、入場も簡単で、砦の内部やその周辺をしっかりと見ることができ、ポータルの魔法での騎士団移動の準備はできていたのだ。
ゲートをくぐり、出た先は、馬でも二週間はかかる国境砦の東門の前。
第二騎士団の騎士たちも、その光景に驚きを隠せていない。
先頭を行くトロスト団長でさえ、キツネに抓まれたような顔をしているのだ。それはしょうがないことであろう。
最後の荷馬車がゲート抜け、後続がないことを確認して、それを閉じた。
結構な魔力を消費して、馬上ではあったが少しふらついてしまう。
グリュックがそれを感じたのか、傾いた方へ動いてくれ、落馬は免れたが、やはり、強い脱力感はどうしょうもない。
グリュックの背を降り、手綱を引いてトロスト団長の元まで移動した。
「フリーデリケ。スゴいなこれは」
「これがあれば本隊到着前に、西側の砦も落とせますよ」
「しかし、砦の内部は無理だろう?」
「そう思いますか?」
「できるのか?」
「壁の向こう側くらいは、記憶になくても大丈夫です」
これは、騎士団の宿舎の壁や、城壁を使ってやってみて、きちんと壁の向こう側にゲートが開くことは確認していた。
「……ちょっと、やってみるか」
「しかし、砦に入っている戦力が分からなければ、袋のネズミですよ?」
「そこは、調査が必要だな……魔力切れか?」
私の顔色を見て、トロスト団長が言った。
その言葉に、私は僅かに頷く。
「馬を厩舎に預けて、砦の救護室で休んでいろ……ソル!」
手近にいたソルが、馬を器用に操り寄せてきた。
「団長」
「フリーデリケを、救護室まで連れて行ってやってくれ」
「分かりました」
「この戦争の要だ。頼んだぞ」
「はい」
そう言い残して、ほかの団員の方へと馬を進めていった。
「グリュックはボクがあずけてくるから、少し座っててよ」
「そうさせてもらうよ。グリュック。ソルの言う事を聞くんだぞ」
頭のいい馬だ、私の不調が分かっているので、大人しく手綱を引くソルについていった。




