開かれる戦端 4
邸に帰り、すぐに結城結奏の部屋へ向かう。
コンコンコン。
「……どうぞ」
今日の話しで、少し気落ちしているようだ。
「気落ちしているみたいだな」
「戦争だなんて聞かされて、いつも通りになんてできないわよ」
「私は開戦前に、お前を元の世界に帰すつもりでいる」
「そんな……私だけ逃げるなんて……。」
私の言葉は結城結奏を、更に動揺させてしまったようだ。
「結城結奏。これは逃げるのではない。お前はお前の世界で待つ人がいるのだ。こちらの都合に、巻き込まれる必要はないのだ」
「そうは言うけど、エマだって、ソルくんだって、それにリケだって戦場に行くのよ。私だけ行かないなんて……。」
「そうだな。だが、私たちは、私たちの世界の情勢に、巻き込まれてるだけなんだ。だが、結城結奏。あなたは違う」
私の言葉に顔を上げ、私の顔をじっと見る結城結奏。
「あなたは、国のパワーゲームの都合で呼び出されて、まともなフォローもされず放り出された」
私の言葉に頷く。
「そして、今、国同士のパワーゲームに巻き込まれようとしている。友や知人に対して申し訳なく思うのかもしれないが、あなたはもっと怒っていいのだよ」
前にも言った言葉だ。
「自分の意思とは、なんら関係のなく巻き込まれているのだ。今、元の世界に戻ったとして、誰も責めない」
だが、結城結奏自身が、己を許せなくなるのだろう。
友が戦地に行っているのに、自分は平和を謳歌しているそのことに。
「分かるよ。分かるんだけどさ……理屈じゃないところで、皆と一緒に居たいって思っちゃうの」
やはりそうなのだな。
「ふふ。言っても聞かないよな……分かった」
「えっ!?」
「そう、驚くな。開戦まで時間はある。ポータルの魔法だけは解読と習得をしてしまおう」
「間に合うかな?」
「間に合わせてみせるさ……これが使えれば、戦争は一瞬で終わる」
「そう……なの?」
「そりゃ、大将の首があればよいからな。無駄に消耗することはないだろ?」
「そうか。私たちの世界の戦争とは違うのよね」
それから私たちは、昼夜を問わず、魔法書の解読を進めた。
◆
結城結奏との魔法書解読作業の合間に、既に私のものとなって久しい教会の本部へと足を運んでいた。
大聖堂を抜け、教会の関係者しか入れない区域に脚を進めると、馴染みの顔が近づいてくる。
「フリーデリケ様。お待ちしておりました」
「枢機卿。久しいな」
「はい」
「枢機卿。お前も同席しろ。共に司教の話しを聞こうではないか」
「はっ。御心のままに」
枢機卿はあの一件以来、清廉潔白が服を着て歩いているような、清々しく慈愛に満ち、アーラス様の教えを体現する聖人のように生まれ変わっていた。
たまに、おイタをしてはムチをねだるのだが、それは聞かなかったことにしてもらいたい。
枢機卿の案内で、司教の執務室に到着する。
コンコン。
ドアをノックすると、内から人の動く気配を感じ、咄嗟に気配察知を展開する。
部屋には気配が二つ。
一つは動きはなく、もう一つは執務室に付いているテラスの方へと移動していた。
「枢機卿!」
私の声に反応し、ドアの前を開ける。
私はドアノブをねじ切り、ドアを押し開けると、手元から魔力の針を移動している人物に放った。
狙いは両脚。
その人物は両脚に魔力の針を喰らうと、もんどりうって床に倒れ込んだ。
「さて、司教。説明をしてもらおうか」
応接セットのソファに座り、私たちを呆然と見ている男に言いながら、私は司教の向かいの席に腰を降ろした。
倒れている男は枢機卿が、自身のローブの留め紐を使って縛り上げている。
本当に、私の思いを先読みして、動いてくれるようになったものだ。
◆
前日の夜。
結城結奏との魔法書解読に区切りをつけて、ベッドに倒れ込むと、部屋の窓を叩く音がした。
のっそりとベッドから起き上がり、たたき続けられる窓辺へと近付く。
カーテンを開けると、窓辺には鳩のような見た目ではあるが、明らかに生物ではない何かだった。
窓を開けて招き入れる。
鳩のような何かは、部屋をぐるりと一周周ると、私の上げた手にとまった。
その首に括り付けられた一通の手紙。
「枢機卿か、久しいな」
枢機卿はこのやり方で数回、教会内の不穏な動きを報せてきている。
今回もそういったものだろう。
鳩の首から手紙を外すと、キラキラと光の粒となり、鳩の姿は無くなってしまった。
手に残るのは、手紙だけ。
《明日の昼頃に、お越しください》
手紙には簡潔に、それだけ書かれていた。
◆
枢機卿からの呼び出しで来てみれば、司教は誰かと会っており、その誰かは私の来訪と同時に逃げようとした。
状況から見ても、真っ黒だ。
「司教。私も暇ではないのだ。誰かのせいで、出征せねばならん。なぁ、枢機卿」
「全く、如何ともし難いことで御座いますな」
「本当に……でだ、司教。今回の首謀者は誰なんだ?」
王国議会にあった教会の議席は、私の手に落ちた今もそのままにしてあるので、当然、司教も出席していたはずなのだ。
あの、戦場特別招集などという、ふざけた議案が出た日も。
しかも、それを可決してしまえるほどの影響力を持つ者が、裏で糸を引いているはずなのだ。
「……。」
俯いたまま黙り込む。
「枢機卿。そっちはしゃべりそうか?」
「既に、こと切れております」
口の中に、毒でも仕込んでいたか。
やられたな。
「全く。厄介なものを持ち込んでくれたもんだよ。司教」
ガタガタと震えるだけの人間と化した司教を、睨みつけるが、こちらを見ていないので効果はないだろう。
「いい加減にしろっ!」
司教の顎をつかみ、顔をこちらに向かせる。
「お前がやったことは、学院生数百名。否、未来ある国の若者を死地に送る大罪だぞ!!」
寝不足もあり、いつになく感情的になってしまった。
「脅されていたんだよっ!家族を殺すとなっ!!……仕方……ないだろう」
司教も感情的に言い返してきたが、最後は項垂れるように力なく言った。
「脅されていた?私の名前を出さなかったのか?」
「アイツには効かなかったよ」
公爵家の人間の名前を出しても、効果がなかったことが引っかかる。
王国内内部の勢力争いではないのか、それとも私が小娘と侮られているのか、どちらなのか判別がつかない。
「兎に角、お前の家族を守るぞ。案内しろ」
有無を言わせず、司教を背中におぶると、即座に駆け出した。
「しっかり捕まっていろよ」
司教の指さす方へと、走り続ける。
教会のある王都の東側から、貴族街を抜けて少し行ったところにある閑静な住宅街。
貴族の邸宅にも劣らない、立派な門構えの邸であった。
「よし。降ろすぞ」
「こっちへ」
駆け出す司教に続いて駆け出したが、僅かに光が反射される軌跡が見えた。
身体が反応し、前を駆ける司教を後ろからタックルする形で、地面に押し倒す。
光る礫は、立っていれば胸の辺りを貫いていただろう。
「ハイリゲ・シルデ(聖なる盾たち)」
倒れていては、格好の的だ。
すぐさま盾の魔法を展開し、防御に努めた。
「大丈夫か?」
「妻が、娘が」
「エントランスまで走れるか?」
答えが返ってくる前に、司教の手を引き玄関前のエントランスへと駆け出す。
二射目、三射目と放たれたが、魔力の盾により全て弾いていた。シールドは残り三枚。
「二人は任せろ」
そう言うと、司教を残し玄関ロビーへと入る。
待ち伏せを予想していたが、魔力の盾に防御を任せて突入した。
そして予想通りに、ロビー階段からボウガンを撃つ影。
魔力を全身に流し、身体強化のスキルを展開して、次弾を装填している影に肉薄した。
私は、勢いそのままにクロスアームで体当たりをかます。
体重と勢いに押され、僅かに壁に埋まったターゲットは、魔力の盾に潰され、ほんのりと平らになっていた。
「次っ!」
ロビー階段をそのまま駆け上がり、正面の部屋のドアをぶち破る。
その光景に呆然としている二人の賊と、二人の女性。
「チャンスは逃さず」
口の中で呟き、女性二人に近い方目掛けて突進。
「ヒィッ……。」
インパクトがあるのは分かる。
一瞬で距離を詰められるのだから。しかし、その化け物を見たような引き方は、私も傷つく。
「せいっ!」
そんな、鬱憤を晴らすかのような、鮮やかな回し蹴りが、僕の側頭部に決まる。
チィン。
背後からボウガンを撃たれたようだが、魔力の盾が防いでくれた。
残り一枚。
「アンプラレン(衝突)」
残りの一枚を、背後の賊に向けて射出すれば、くぐもったうめき声と共に、床に何かが崩れ落ちる音が聞こえた。
振り返り、確認。イメージした通りに、賊は倒れている。
これで、全員か?
「もう、大丈夫だ。賊は、これで全てか?」
身を寄せ合っていた女性二人に声をかけるが、二人は首を振るばかり。
突然、押し込まれて、訳も分からないままに、軟禁状態となってしまったのだろう。
取り敢えず部屋の二人の賊を拘束し、他の部屋も見て回ってみたが、階段で息絶えている者も含めて、三人で押し入ってきたようだ。
玄関で待つ司教を迎えに行くと、別れたときそのままの場所で蹲っていた。
「司教。終わったよ。二人も無事だ」
私の声に顔を上げる。
「上の部屋にいるから、会ってくるといい」
そう促すと、立ち上がって階段を登っていった。
途中、壁に埋まる賊にぎょっとしていたが、何も見なかったかのように、二人のもとへと駆けていく。
「さて、吐いてくれるかな……暗黒の魔女に頼むか……フィッツに悪いかなぁ」
後ろ頭を掻いて、この後の始末に頭を悩ませた。
◆
司教の自宅が、貴族街から近いこともあり、アスカニア家の詰め所で暇を持て余していた数名を連れて、司教の自宅警備に宛てた。
騎士の一人と私で、気を失っている賊を担ぎ、司教を連れて邸まで帰る。
賊を拘束したまま地下牢に押し込め、付いてきた騎士に、司教の自宅周辺も巡回するよう、申し付け、取り敢えず一息つく。
司教を通していた応接室に入り、ソファに座る。
「お嬢様。こちらを」
執事のマッテオから、濡れたタオルを渡される。
恐らく、顔に賊の血でも付いているのだろう。
「ありがとう。マッテオ」
「では、下がらせていただきます」
マッテオはそう言うと、応接室を後にした。
「司教。自宅はアスカニア家の騎士で固めた、地区全体の巡回も強化してあるから、そうそう近づけんよ」
「御心遣い。ありがとうございます」
「少しは話せるか?」
「はい……。」
司教が語る内容はありきたりのもので、議会へと赴いた際に、控室で妻と娘を盾にされ、戦時特別招集の可決を迫られたそうだ。
「どんな細かなことでもよい。気がついたことはなかったか?」
「そう言えば、言葉に訛りがあったような……。そう、西から来る行商人の様な訛りでした」
「何が狙いなんだ?……分からんな。司教、ありがとう」
「いえ、私は己の身の安全と引き換えに、若者を死地に送る後押しをしてしまったのてすから……。」
私に言われたことが、相当に堪えているようだ。
「誰かに送らせる。しばらくは家族とゆっくり過ごせ。代理は枢機卿にやらせておく」
「ご配慮。ありがとうございます」
司教に騎士を一人つけて、自宅まで送らせた。
教会に戻ってきたとしても、一人の聖職者として、地方の教会で余生を送りたいとか言いそうだな。
そんな背中に見えた。




