西側の影 2
「アヒム。久しいな」
そう言って、溢れる泉の支配人室に入る。
「白狼様!」
アルツナイ壊滅で、三店舗の娼館を取り仕切るようになった男だ。
次々と問題の起こるこの街で、良くやっていると思う。
月に一度、健診しているキャストや、たまに来るスタッフからの信頼も厚く、店舗運営や人心掌握に長けていることもよく分かっている。
「少し話しがしたくてな」
「そうでしたか。では、飲み物でも」
「頼むよ」
手元の呼び鈴を鳴らすと、外から屈強な男が顔を出す。
「御用で?」
「白狼様と私に、何か飲み物を……酒はダメだぞ」
「分かりました」
男は下がり、少しすると盆を片手に戻ってきた。
「リンゴの搾り汁です」
中身を説明して、グラスを置いた。
ちょっとしたレストラン並みの接客に、少し驚いた。
「何かあったら、お声掛けを」
なんだか、スゴいな。
前身は食い詰めの冒険者か、日雇いの人足だろうに、教育が行き届いているものだ。
「うちは、御貴族様もいらっしゃいますのでね。言葉遣いなんなかは、しっかりやらせてます」
私の考えが読まれたようで、アヒムはそう付け加えた。
「私も見習わなければな」
「そうですか?エギーユはずいぶんと、しっかりしたように感じますよ」
「まだ、修行中でね……しかし、耳が早いな」
「エギーユはよく顔を出しますからね」
「自分の金で遊ぶ分には、何も言うまい」
「あぁ、そうではなく。この街での情報収集の足がかりに、私を使っているのですよ」
「考えるようになったな」
素直に、エギーユの成長が嬉しかった。
何か褒美も考えておこう。
「それで、白狼様は?」
「アスマン男爵」
「彼ですか……払いは良いのですが、その出先が、ちょっと」
「ヴーヘラーの金なんだな」
「ご存じでしたか」
「支払いは、その場でなのか?」
「後日、ヴーヘラーの若いのが、ツケの控えと一緒に持ってきます」
「なるほどな……それほどに影響力を持っているのだな」
「あまり来て欲しくはないのですがね」
「と言うと?」
「キャストに対する執着がヒドいのと、すぐにヴーヘラーの名前を出すので、キャストもスタッフも辟易していますね」
「次に来るタイミングは分かるか?」
「帰り際に、次に来る日をおっしゃいますのて、フロントに聞けば分かるかと」
「良し。その日は目当てのキャストに、私が入ろう」
「よろしいので?」
「ヤツが来たら、そのまま通してくれ」
「分かりました。予定は後でフロントに問い合わせます」
「頼んだ。アルツナイがなくなってからは、この辺りも変わったか?」
アヒムとの世間話に花を咲かせる。
こう言った、下らない話しにも、しっかりとした受け答えができるのは、どこかの執事か、家令でもやっていたのかもしれないな。
◆
数日後。
授業も終わった学院から、屋敷へは帰らずに治療院へと向かう。
従士として連れているエギーユは屋敷に帰していた。
別れ際に、ぶつくさと文句を言っていたが、まだ、任せるわけにはいかない。
治療院で白狼となると、溢れる泉へと向かった。
今日はヤツが来ると言っていた日だ。
溢れる泉につくと、フロント係のスタッフがすぐに通してくれる。
店の通路には案内係がおり、目的の部屋まで案内してくれた。
「いらっしゃい。あなたが白狼様ね。アヒムから聞いているわ」
少し歳はいっているのかもしれないが、落ち着いた物腰の女性だ。
キャミソールに下着のみという格好で、薄っすらと、細すぎず、かといって太くもないボディラインが透けて見える。
胸は大きいな。
「話しが早くて助かる。荒事にはならないから、安心してほしい」
「そうなのね。何か飲まれる?」
「お茶をもらおうか」
「分かったわ、リケ先生」
「?!」
「分かるわよ。声に話し方、それにその手つき。意外とその人らしさって、出てるものよ」
「よく見ているのだな」
「ふふふ」
部屋の魔法具で湯を沸かし、お茶を淹れてくれた。
それを頂きながら、人の観察の仕方のコツだったりを聞いたり、私の治療院での話しをしたりと、世間話に花を咲かせていた。
しばらくするとドアをノックされ、部屋に一人の男が通される。
アスマン男爵。その人だ。
「だ……。」
声を上げられる前に、顎への一撃を入れて意識を飛ばす。
見るからに鍛えてなさそうな、だらしない体は、私の動きに反応すらできなかったようだ。
廊下で待機していた案内係に手伝わせ、店の地下へとやつを運び込む。
そして、着ていたものを全て剥ぎ取り、背もたれ付きの椅子に座らせ、動けないようにローブで縛り付けた。
「済まないな。手伝わせてしまって」
案内係の男に銀貨を渡す。
男は笑みを浮かべて受け取ると、それを上着のポケットにしまった。
「お気になさらず。ここは白狼様の店なのですから」
「後は私一人でやる」
「何かございましたら、そちらの紐をお引きください」
「分かった」
案内係の男は、そう言い残して地上階へと戻っていった。
本当によく教育されている。
さて、私も椅子を一つ手繰り寄せ、男の前に座り、男の頬を軽く叩いてみた、
「う……。うん?……な、なんだこれはっ!」
気がついたら裸で椅子に縛り付けられているのだから、その反応になるな。
「初めましてだな。アスマン男爵」
「お前はっ!誰だっ!!」
大声を張り上げるが、ここの音は外には漏れない。
もともとが、そういう目的で作られた部屋だからだ。
「そう大きな声を出さずとも聞こえている。私は白狼。この溢れる泉を含めて、三店舗の娼館のオーナーだ」
「オーナー?アヒムじゃないのか」
「アヒムは私の代理。お前、ずいぶんと勝手をしてくれてるようじゃないか」
「ふん。ヴーヘラーが黙ってないぞ」
本当に、すぐにその名前を出すのだなと、感心してしまった。
「私には関係ないのだよ。ヴーヘラーなどは」
「はぁっ?!この街にいられなくなるぞ」
「ずいぶんと威勢がいいな」
「ふん。ヴーヘラーには、教会派の後ろ盾がある。お前なぞ、簡単に捻り潰せる」
力を持つものは、それをひけらかしたくなる。
真理であったことが、確認できた。
「おいおい。賄賂だらけの教会派は、今や落ち目だぞ?それに、教会だってキレイになったじゃないか」
教会も私の手の内にあり、贈収賄の巣窟だったことが、すでに過去のものとなっている。
今では、皆、朝、夕の祈りに、休日の礼拝、粗食に努める神職らしさを取り戻しつつあった。
「うぅっ……。」
この反応を見るに、やはり、教会派の有力者を抱き込んでいたと見える。
だが、政治の盤面は、既に王室派が盤石の体制となっており、教会本体の政治介入への意思を挫いたことで、その後ろ盾をなくした教会派は、今や断崖の縁へと追いやられていた。
「明るみに出れば、爵位剥奪の上で斬首だと分かっていただろうに」
「へっ?!そ、そんなっ……。」
驚きの声を上げる。
「今の教会派に、お前を庇えるだけの力はないぞ」
実際に、派閥の力は日に日に弱体化していっていた。
なにせ、本体である教会側が、教会派の提案を、ことごとく却下し、アーラス様の教えに沿えるよう、そう心がけるようになったからだ。
甘い汁が吸えなくなった者は、既に中立へと足場を戻したり、王室派へと寝返ってみたりと、王国内の政治は動き始めている。
「私は……どうすれば……。」
「ヴーヘラーもそのうち気づくかもな、お前に利用価値がないってことに」
「そうなったら……。」
「消されるぞ」
「き、貴族だぞ?」
「役職なしの男爵位。消えたとしても問題なかろう」
「そんな……わけ」
「しかも、お前は未婚で子供もおらんし、後継者指名もしとらんそうじゃないか」
「どこまで知ってるんだ」
「このくらいの情報なら、簡単に手に入るのだよ。なんなら、お前の領地の惨状も教えてやろうか?」
アスマン男爵の所領は、貧困に喘ぐ民で溢れている。
それも、内政を顧みず、王都で豪遊ばかりしているせいだ。
「まぁ、ヴーヘラーではなく、私に消されるのだがな」
「へっ?!」
驚愕に満ちた顔で私を見る。
私の手には、既にダガーが握られていた。
「最期に言うことは?」
「あ……。」
だが、その先が続くことはなかった。




