西側の影 1
大きな組織となれば、組織の生み出す甘い汁のお零れにありつこうと、有象無象が擦り寄ってくる。
それは、欲に取り憑かれ、一度味わってしまえば後戻りはできず、もっと欲しい、もっと味わいたいと、その甘い雫に執着するようになっていくものだ。
そして、突然告げられる精算の告知。
そう。タダで甘い汁にありつけるはずもなく、全てを対価として奪われ、何一つ残らない。
甘い汁を飲んだという記憶さえも。
◆
三月も終わりが見え始め、桜に似た花が咲く。
そんな折、エマを屋敷に招待して、結城結奏と三人での茶会を開いた。
「お招きにあずかり、光栄ですわ公爵閣下」
美しいと言える所作で、お父様にカーテシーを決めた、他所行きの話し方をするエマ。
屋敷の玄関ホールでのお出迎えに出ると、結城結奏は別として、なぜかお父様やら執事のマッテオまで私の隣に並んでいた。
「ドーナ伯爵家のエマくんだね。お父様には常々、力になってもらっているよ。今日はゆっくりと寛いでいってくれ」
「寛大なご配慮、まことにありがとうございます」
「さぁ、お父様がいると堅苦しくて適わん。茶会の準備は整っている」
そう言って、エマに左手を差し出した。
これまた何気ない所作で、さも当たり前のように右手を乗せるエマ。
彼女をエスコートするように、ホール階段を登り、私の執務室へと案内した。
「ちょっと、リケ!公爵閣下まで、出迎えに出てるなんて聞いてないわよ」
「お父様が顔を出すなんて、思ってもおらんかったわ」
「なんか、少し前からソワソワと廊下にいらしたから、一緒にお出迎えしませんかって、私が声をかけちゃったの」
結城結奏だったか。
「公爵家の馬車まで来ちゃったから、何事かって、寮も騒ぎになったわよ」
「それは、お父様の提案だったな。エマのお父様のドーナ伯爵には、大恩があるとか言っててな」
「聞いたことないわよ」
「まぁ、お父様たちの関係だ。深く探ると、知らんでいいことまで出てきそうだな」
「それは言えてる」
「お嬢様方、お茶が冷めてしまいますよ」
給仕として控えていたハンネが、会話に割って入る。
「お菓子もこんなに用意してもらって、なんだか気後れしちゃうわよ」
「お菓子はな。結城結奏も作ったのがあるぞ」
「やだ、リケ。言わなくていいのに」
「はぁっ!?器用だとは思ってたけど、お菓子まで作れるの?」
「少し……ね」
「なんだか、私の知らない情報が、てんこ盛りって感じで、消化しきれそうにないわ」
「ゆっくりしていけばよい。なんなら、部屋着も貸すぞ」
「そこまではいいわ……あら、お茶も美味しいわね」
「お褒めいただきまして、ありがとうございます」
「さて、少し本題に入ろう」
「ただのお茶会じゃないとは思ってたけど」
「貴族に関する話しは、エマに聞くのが一番だからな」
「そういうことね」
ヴーヘラーへのアプローチの一つとして、つながりのある貴族を知りたかったのだ。
禁制品やら人身売買と言った、目立つ裏稼業に手を染めながらも、組織が存続できている現状は、力あるものの庇護下にあるか、それが利用できる立場にあるかのどちらかだろうと、睨んでいる。
「本業は金貸しだもの。庶民向けも細々とやっているようだけど、メインの顧客は貴族や商会みたいなところが多いみたいよ」
「やはりな」
「パーティとまではいかないまでも、サロンを開くにもお金はかかるものね」
「サロン?」
「大丈夫?あなた、貴族よね」
「有力者や、成長株の芸術家、音楽家なんかを招いた、お茶会みたいな感じよね」
結城結奏が補足してくれた。
「その通りよ。芸術家なら作品を、音楽家なら、その時の演奏料になるわね。それに、お茶会用の食事もあるから、結構な額が必要になるのよ」
「それで、借りるのか」
「派閥の中で、見栄を張りたい人なんかは、ちょっとしたパーティくらいの金額になるそうよ」
「驚きだな」
「派手で見栄っ張り。そんな貴族が狙い目よね」
「王都での役職なし」
「よく分かってるじゃない。そう、有力貴族を招いて、王都での閑職に就こうって人もいるみたいだわね」
「コネづくりってことなのかな?」
「口利きがあるのと、無いのとじゃ、役についてからの扱いが違うもの」
「そういものなのね」
「だが、エマの話を聞く限りじゃ、思っていたのと違うな」
「そのようね。でも、コネだけ作って、そのコネを効果的に使っている者がいたとしたら?」
「……そうか、そういうことか」
「少しの賄賂で、目溢ししてもらえるもの」
「役職なしの貴族だが、それなりのコネを多方面に持っていて、貸しを作り続けている貴族」
「そうね。そいつがヴーヘラーの表での顔になってるはずよ」
「目星はついているのか?」
「爵位や事業にそぐわない、派手な遊びをしているやつと言えば、アスマン男爵よね。それで、どうするの?」
「そこを抑えれば、小物が取り締まれるようになるだろ?」
「細かいところは国に任せて、本体だけ叩こうってわけ?」
「そうできればよいがな……ヴーヘラーは大きい」
◆
エマとの茶会から一週間。
エギーユにアスマン男爵を見張らせてみた。
「一日目からひっきりなしに、小役人って感じの人の出入りがあったぜ……。」
エギーユからの報告はこうだ。
アスマン男爵の王都別邸は、王都西側の貴族街とは違い、王都北部の中層階級が集まる場所にあった。
貴族街ではないから、貴族が出入りすれば目立ちはするが、それが誰かまでは分かりにくい。
それに、中層階級の者たちは、昼間は仕事に出ていることが多い世帯であり、日中の出入りは逆に目立ちにくくなっている。
そして、午後のお茶の時間辺りになると、サロンが開かれ、様々な貴族がやってきていたそうだ。
それも、エギーユの見張ってにいた一週間で、四日も開かれていたそうだから、相当に金も使っていることだろう。
そして、夜ともなれば、街の南の繁華街へ足を運び、これまた高級店と名高い店で、女をはべらせ酒を飲んでいたそうだ。
そこにも何人か訪れていたようだが、貴族ではなさそうな者もいたらしい。
その辺りに詳しいのはアヒムだ。
久しぶりに顔を見せに行ってくるかな。




