過去とこれから 2
アーラス様との邂逅から一月。
変わったことは、何も……いや、休みの度に、治療院へソルが通っては、力仕事をこなしてくれるようになっていた。
しかも、意外に器用で、簡単な大工仕事までこなしてくれている。
治療室のベッドの補強や、ドアの建て付け、ちょっとガタついていた食堂の椅子の修理等まで、してくれていた。
「うちは、爵位こそもってるけど、そんなに裕福じゃなかったからね。こうやって、使用人たちと直して使ってたんだ」
卑下するわけでもなく、それを当たり前だと言わんばかりに、屈託ない笑顔で話すソルを見て、何かしてやれることはないかという思いが生まれたが、それは、私の傲慢というものだ。
必要な時に、必要な助けをしてやれば良い。
さて、季節も冬の終わりが見え始め、昼間はコートが要らないくらいの陽気となっていた。
「リケ先生。今日は背中が痛いんだよ」
治療室での患者さんとのやりとり。
「婆ちゃん。背中をこっちに向けて」
「あいよ」
丸椅子の上で、向きを変えて背中を見せてくれる。
痩せた背に手を当てて、僅かに魔力を流して、痛みの元を走査していくのだが、婆ちゃんは腎臓がだいぶ弱っているのだ。
それは、初めて治療院に来た時から、分かっていた。
弱った腎臓に魔力を通し、血流を改善してから、強化魔法をそこに入れてあげる。
単なる延命的な対処だとは分かっているが、痛みに苦しむことなく、安らかな最期を迎えられるようにしてあげたい。
そう思っての対処だ。
「うん。後は、ラトーラの薬をちゃんと飲むんだぞ」
「リケ先生に診てもらうと、痛くなくなるんだよ。ほんとにありがとうね」
「我慢しないで、すぐに来るんだぞ」
「分かってますよ」
そう言って、婆ちゃんは安らかな笑顔で、治療室を出て行った。
裏社会の切った貼ったより、こういった日常が続くと良いなと、その背中を見ながら思ってしまう。
アーラス様との邂逅から、少し弱気な考えが出るようになってしまった自分がいる。
トーマスやフィッツからの報告を聞いていても、ヴーヘラーへのアプローチも思いつかず、ズルズルと引き伸ばしてしまっており、エギーユからせっつかれてしまっていた。
「はぁ……どうするか」
治療室の椅子にもたれ掛かり、溜息をつく。
「そんな時は、占いなんてどうだい?」
治療室に次の患者さんが入ってきていた事に、気がついていなかった。
姿勢を正し、患者さんの方見ると、暗黒の魔女こと東町の調薬師、ミアがいた。
「ミアか……こちらから、礼にも行かず申し訳ない」
アルツナイ騒動の時に助けた娘の件で、世話になっていたのだが、報酬を渡すだけで、礼もしていなかったのだ。
「いいのよ〜。フィッツくんが、小まめに来てくれるようになったのだもの」
「まぁ、掛けてくれ。相談したいこともあるんだ」
「相談?私に?」
「先に診てしまおう。今日はどんな」
「呪いって、解けたりする?」
「できなくはないが……理由ありか?」
「そういうのじゃないの。単に、連れ合いと共に生きたくなっただけよ」
「その姿は呪いでなのか?」
「自分でかけた呪いなのよ。魔法の研究をし続けたくて、死んでられない、そう思ってね」
「そうなのか……ただ、解呪した先は分からんぞ?」
「分からないって?」
「といた途端に、お婆ちゃんになるとか……。」
「そういことね」
「まずは診させてくれ。それから対策を考えよう」
椅子から立ち上がり、丸椅子に腰掛けるミアの両肩に手を乗せる。
「魔力を流すが、防御的な魔法具なんかはしてないよな」
「大丈夫。そういう心配も、百年前に無くなったわ」
「そうか……なら」
僅かに魔力を流し、ミアの中の異変を探していく。
こうして分かったが、ミアの身体は、見えている範囲と、その内側とでは別の空間にあるようだった。
流した先に、人として構成されるはずの筋肉や骨、内臓に至るまで、何一つ感じられなかったからだ。
「いや、こんな魔法、私の手に負えるか?」
正直に言った。
解呪というよりも、世界を一つに戻すような、それこそ神の御業と言ってしまえるほどのものだ。
「それで、どうかしら?」
「診た感じだと、身体の内側は、別の時間軸で進んでいる空間に閉じ込めてあるな」
「正解!こちらと、流れが違うのよ」
「こちらの一日が、向こうでは数秒といったところか?」
「一年よ」
「と、いうことは、数百年経過していようと、向こうでは一時間と少しくらいか?」
「そうなるわね」
「空間をつないだ時にどうなるのかは、だいたい予想ができる。中身を戻したとしても、理屈ではこちらの時間に合わせて進むだけだろうから、あと、数十年は生きることになるだろう」
「それで?」
「すぐにやるか?」
「できることが分かれば、それで良いわ。相手のこともあるし」
色恋に関しては、暗黒の魔女もどこか自信なさげだ。
さっさとケリをつけて、フィッツを解放してやらなくてはな。
そういう理由ができれば、少しは動く気にもなれる。
「そうか」
「それで、私に相談があるのよね」
顔を上げて、私の目を見る。
「召喚の聖女に関する魔法だ。ポータルを異世界に展開する方法を知りたいのだよ」
召喚の聖女である結城結奏を帰してやりたくて、調べてはいるが、なかなかクリティカルな内容に当たらない。
「聖女召喚の儀式のやつよね」
「そうだな」
「最近だと、召喚魔法は廃れたものね」
召喚魔法。
星屑メモリーズのシナリオ中にも、使い魔の召喚のような、他の乙女ゲームでありそうなイベントやシーンの描写はなかった。
「廃れた……のか?」
過去にはあったが、現在は無い。
ゲームの設定資料やハイデル王国の歴史に、そんな記載はなかったように思う。
「それこそ、教会の手でね」
ミアの返事で、合点がいった。
「聖女召喚を独占すべく、その専門家たちを粛清して回ったとか?」
「その通りよ。私は難を逃れた一人だけどね」
ミアの語る。召喚士粛清の話しは、なんとも胸糞悪いものだった。
当時の王侯貴族は魔族領との戦争に手一杯で、国の内政が疎かになってしまっていた時期でもある。
そこにチャンスとばかりに手を広げだしたのが、現在の教会であり、戦争で疲弊していく国民の心を、アーラス様への祈りで慰め、一時の安らぎを与える。
その活動自体は、褒められこそすれ、何ら問題はない。
しかし、戦火が長引いてくると、教会への求心力もなくなっていき、それを食い止めるべく、偽の魔除けの護符や祈祷の販売に、教会での祈りの代金などと、あの手この手で金を集め、それで得た金を使い、聖女召喚の魔法を召喚士たちに開発させたのだ。
そして、それが完成すると、聖女召喚を独占したいがために、開発に携わった者を粛清し、新たに開発されないよう、他の召喚士も次々と葬り去っていった。
名目は、アーラス様に仇なす異教徒として……。
その生き残りが、ミアであるらしい。
「聖女召喚のポータルは、偶発的に開くものではないわ」
「狙って開いていると?」
「そう」
全く想像がつかない。
魔力の針を、視界の外に展開することはわけが違う。
「そう、と言われても、その手段が分からないな」
「ヒントは教会ね」
右手の人さし指を立て、ウィンクまでしてみせるミア。
「教会?」
だが、私の頭の中で、ポータルの魔法と教会が結びつかない。
聖女召喚ということならば、知りたいことの原点に戻ってしまう。
「察しが悪いわね。アーラス様よ」
溜息混じりに、その名を言うミア。
「アーラス様の観ている先かっ!」
つながった!
先日の邂逅の時にも、私が三十路サラリーマンとして生活していたことを知っていたのは、向こうの世界を観ているからだ。
「それを少しお借りして、ポータルを開いているのよ」
「だから、狙った人物を召喚できるというわけか」
聖女召喚は、アーラス様が向こうの世界で観ている、これぞという女性を紹介してもらい。
その先にピンポイントで、ポータルを展開する儀式なのだと分かった。
恐らく、アーラス様に、その目的を伝えずにやっているのだろう。
そして、それを不憫に思ったアーラス様は、私という眷属を転生させ、現し世に干渉できるようになり、結城結奏の帰還を手伝わせている。
そういうことか。
色々とつながったが、ミアの解説は続く。
「偶発的なら、姿形が私たちに全く似ていない生物が、こちらに呼び出されて、国が大混乱に陥るなんてこともあるわよね」
「そうはならなかった」
「実際は、何度かあったようだけど、その場で対応できたみたい」
「完成するまでには、何度か試しているだろうからな」
成果の確認のために、実験することは当たり前だしな。
「そうね。これで、理解できたかしら?」
「理屈は分かった。ただ、ポータルの魔法についても、資料がないんだ。心当たりはないか?」
「ポータルね。少し、時間をもらえるかしら?」
「あぁ、大丈夫だ」
「久々に、書庫を整理しなくっちゃ」
長く生きているだけに、書物の数も大変な数になっていそうだ。
◆
思わぬ朗報を手に、屋敷に帰ると、結城結奏の部屋へと直接向かった。
早く報せたくてしょうがないのだ。
コンコンコン。
「どうぞ」
「結城結奏。帰れるぞ!」
「帰れる?……。帰れるっ!私、帰れるの!?」
始めこそ合点のいかない表情であったが、私の言葉を反芻する内に、驚きから、喜びへと変わっていった。
「もう少しだ。やはり、暗黒の魔女は、その知識を持っていたのだよ」
「ウソ……。ウソ……ほんとに……。帰れる」
結城結奏の瞳から、大粒の涙がとめどなく溢れる。
「ぐすっ……帰れるのね」
傍らに立った私に抱きつき、顔をお腹辺りに埋める。
私は結城結奏の頭に、そっと手を置き、髪を優しく撫でた。
「もう少しだ。待たせてしまったな」
「うぅん…リケはいっぱい助けてくれたよ」
同じ名前を持つ彼女。
私は笑って送り出す事が出来るのだろうか?




