過去とこれから 1
車窓から見えるいつものビル街。
車両が揺れる度に、毎日変わる知らない隣人の肩と、私の肩が当たる。
季節は冬も終わろうかという時期だけど、外の気温はまだ寒さを感じさせるほどだ。
そのおかげで厚着しているから、他人の体温を感じることかないのはありがたい。
車両がホームに滑り込み減速すれば、中身は大きく揺れる。
今度は違う人の肩どころか、体重まで乗ってくる。
減速でゆれるのだから、予め踏ん張っておけよ。
そう思うが、石板に夢中な人間に、周囲の変化を感じ取れと言うのは、きっと酷なことなのだろう。
ドアが開き、降りていく人の波に合わせて、私も車両から出てコンクリートでできたホームに降りる。
また、資料作りの時間が始まる。
研究職で採用されて幾年。
始めのうちこそ、新素材やらの研究をしていたけれど、会社が傾き始め、経営に外資が入り始めてから、研究よりも予算取りの資料作りのばっかり。
世界情勢の変化もあって、原材料の取得も困難になれば、研究グループの予算取りは熾烈を極め、負ければグループ解散。そして、畑違いの部署へ異動するか、退職するかの道しかない。
能力があって、人脈を持っているような研究者は、別の企業へハントされたりしているが、論文よりもプレゼン資料を書いている時間の方が長い私のような者には、お声は掛からないもの。
その上、下らない男に寄生までされて、追い出しても、追い出しても戻ってきやがる。
引っ越したいが、資料作りに追われて数年。
正直、それどころではない。
あぁっ。ゲームの中の麗しきフリーデリケ嬢を、一日中、愛でていたい。
攻略キャラどころか、主人公の妨害をする悪役令嬢だけれども、見目麗しいあのお姿に、絶対零度の視線。それに、キャスティングされている声優さんの声がマッチしていすぎて、私の脳内は、もぅっ……。
◆
「自分の資料くらい、自分で作れやっ!」
そんな言葉を叫びながら、目を覚ました。
大きな天蓋付きのベッド。
王都にあるアスカニア家の別邸の、私の寝室だ。
私はフリーデリケ・アスカニア。
プレゼン資料作りマシーンだった、三十路のサラリーマンではないのだ。
窓の外は、わずかに明るい。
ベッドを降りて窓に近づき、カーテンを開ける。
僅かに白んだ空。
ニューイヤーフェスティバルの時に、結城結奏とハンネと一緒に見た日の出の瞬間だ。
「全てが新しくなる瞬間……美しいな」
ぽそりと独り呟いた。
「だろう?」
突然隣に気配が現れ、私の独り言に返事までしてくれる。
金色の腰まで届く髪を持ち、白い薄手のローブを纏う優男。
この世界の神の一柱であらせられる、アーラス様だ。
「先触れを出しては、くださらないのだな」
「女性はサプライズが好きだと、聞きましてね」
「それは、デートの時の花束や、レストランや夜景を見ながらの指輪。そういったものですよ」
「そ、そうなの?」
「あなたは神だ。現し世のならいに、合わせる事などないでしょうに」
「いやいや。人の生は儚い。それだけに、皆、色々と工夫をしたり、変化を求めたりと一生懸命じゃないか」
「確かに」
「悠久の時を渡る私には、それが羨ましくてね。つい、真似をしてみたくなるのだよ」
「そういうものですか」
「そういうものさ。特に愛する我が眷属に会うときは、素敵な時間を共にしたい。そう思うものだよ」
「眷属?!」
「あれ?言ってなかった。フリーデリケ……いや、プレゼン資料職人。結城結奏さん」
三十路サラリーマンだった頃の名前を呼ばれてしまう。
そう。私の転生前の名前は、結城結奏。
星屑メモリーズの主人公と同じ名前で、漢字まで一緒だった。
だからこそ、主人公は嫌いだったのだ。
異世界へと召喚された混乱の中でも、己の心に従い困難を乗り越えるその姿に、それを後押ししてくれる攻略キャラたちの存在に、私は嫉妬した。
たが、救いはあった。
それが、フリーデリケ・アスカニアだ。
ゲームシナリオ中、セバスティアン王子の婚約者と言う立場でありながら、結城結奏の登場によって、ぞんざいに扱われ始め、結城結奏に嫉妬を募らせ、あの手この手と妨害の手段を講じ、最終的には破滅の道を辿る。
その姿に、プレゼン資料職人だった三十路サラリーマンの私は、自身の姿を重ね。
フリーデリケの行動を予測し、当たれば喜び、外れれば上手をいかれたと悔しがる。そんなゲームの楽しみ方をしていたのだ。
「そう。結城結奏。お前は、私の眷属として、この世界に転生させたのだよ」
「強大すぎる能力値には気づいていましたが、その理由はイモータルだったからか……。」
人間離れした能力値なのは、幼少期には気がついていた。
まぁ、ステータスウィンドウを開けば、確認できるわけだが、その数値は、ゲームシナリオ中の主人公や攻略対象の王子たちのそれを、遥かに上回る値であったのだ。
「イモータルではないね。ちゃんと、定命の命となっているよ。今からでも、不死にできるけど……望まないだろ?」
「使いこなせないのは、そういう理由か」
「どういうこと?」
「今の私は、この能力値の六割を引き出すのが、精一杯だ。思考は別だが、せいぜい八割といったところだね」
「そうなのかい?」
「人の身とは、神の力を使うにはあまりにも脆すぎる。六割の力であっても、剣の一振りで、全身がズタズタになるし、思考や感覚は現し世の向こう側が見えてしまい、精神が持たない」
「それは……すまない。考えが及ばなかったよ」
「まぁ、人より丈夫なのは助かっているがね」
「この間のダンジョンでのことだね」
「右腕一本ですんだからな。それに、エドガーも無傷でいけた」
「そうか。なら、もう少し……。」
「いや、これで良い。これ以上は、もらい過ぎというものだよ」
「欲がないね」
「それよりも。私は眷属として、その……ちゃんとできているのかな?」
弱気な元の結城結奏の性格が出てくる。
自己肯定感はそれなりにあるが、やはり、周囲の評価が気になってしまう。
フリーデリケとして、毅然と振る舞うことはしているが、どこか評価が欲しい自分も、常に付きまとっている。
「ふふ。心配はいらない。君は君ができなかった事を、しっかりとやっているよ。目的はともかくとしてね」
「そうか……そうなんだ。ふふふ。はははははっ」
◆
「さて、本題なんだけども」
改まって、私を見るアーラス様。
「なんだ。気まぐれに顕れた訳じゃないのか」
「そんなに暇じゃないよっ!」
「お菓子はツマミに来たくせに」
「ううっ……ともかく、物語が動きそうなんだ」
「物語……あぁ、これからの世界ってことなのか?」
「そう。ただ、私もまだ、ハッキリとは見えていないんだ」
「ならば、心に留めておこう。私は予定通り、王都の裏社会を制圧するが、そちらも気にかけておこう」
「こちらも、何か兆候が見えたら伝えるようにするよ」
「その時は、先触れをお忘れなく」
「ふふふ。覚えておこう」
そういうと、アーラス様の姿は霞のように消えていった。
朝から、神との邂逅。
なんと素晴らしい、一日の始まりなんだ!
そんな皮肉が思い浮かぶ。




