大掃除 4
私はイーボと共に廃宿の屋根に潜んでいた。
突入はエギーユ達のドアノックが、合図となる。
ズドン。
「なんだ?」
「おい。あれっ!」
下の方が騒がしくなった。
私はイーボと目を合わせると、二階の木戸を叩き割る。
イーボはロアのように、スルスルと、私の脇から先行して二階に突入していった。
なかなかやる。
私も後を追って二階に突入し、手近な部屋のドアを開け中に入る。
「きゃぁ〜」
「な、なんだよっ……あっ、痛ぅ」
最中だったようだが、男の方が抜けなくなってしまったようだ。
同情の念もわいたが、手早く、優しめの衝撃波を首筋に当て、二人の意識を飛ばす。
次の部屋へ行こうと通路に出ると、イーボと鉢合わせた。
「二階は他にいないみたい」
「分かった。そこの部屋の二人を縛っておいてくれ。私は下にいく」
「かしこまりぃ〜」
なんとも軽い。
イーボを背に通路を走り、踊り場の手すりに取り付く。
下の様子をそこから伺ったが、男が一人床にへたり込んでいるだけだった。
それを見て、なんとも嘆かわしく感じる。
出し惜しみしおって。
どうせ、この後、エドガーとヴィルヘイムの二人が、ドヤ顔を貼り付けて現れることだろう。
ここからの奇襲も良いが、エギーユの見せ場を奪うのも悪い。
大人しく階段を降りることにする。
「ずいぶんと派手にやってくれたもんだな」
一階のホール奥から、エドガーが姿を現すとそう言った。
「白狼に比べりゃ、大人しいもんだ」
エギーユめ。
「上は片付いたぞ」
エギーユに向けて、ニヤリと笑ってみせる。
陰で見えなかったが、エドガーの後ろにヴィルヘイムもいた。
こちらを侮っているうちに、片付けてしまいたいものだ。
さて、三対三ではあるが、一人は戦意なぞ、とうに枯れているから、実質、三対二の状況。
さて、どうするのか?
そう思った時、ヴィルヘイムがエギーユに向けて走り出した。
右手に光る物が見える。
「避けろっ!」
私が言うよりも早く、エギーユはヴィルヘイムの突進を躱したが、その勢いは止まらず、正面の破壊された扉から出ていってしまった。
やられた。
そうだ、そこまでする覚悟なんて、決まっているはずがなかったのだ
「ヤツは私が」
「任せた」
エギーユはエドガーと対峙しながら、私を送り出す。
さて、気配察知を展開し、移動する陰を追う。
引きこもっていたヤツだ、そんなに長くはもつまいとも思ったが、どうせなら少し広いところで追いついてやろう。
ヴィルヘイムの実力は、その属性、風属性を最も効果的に使える場所が必要となる。
体術はガラッきしなので、魔力に物を言わせた、大魔法で対抗するしかないからだ。
「そろそろ良いか」
外壁補修用の資材が貯めてある、雑多とした外壁区画でもかなり拓けた場所。
「ヴィルヘイム。そこまでだ」
先に回り込み、いく手を塞ぐ。
私の手前で立ち止まると、肩で息をしていながらも、短剣を手に構えていた。
殊勝なこと。
「な、なんで、ボクの名前をっ!」
「ヴィルヘイム・アスカニア……。」
オオカミの仮面をゆっくりと外し、私は素顔を晒した。
「だ、誰だっ!お前っ!!」
流石に、まともに顔を合わせていなかったとは言え、実の妹の顔を忘れるものなのだろうか?
少し悲しい。
「フリーデリケ・アスカニア。お前は妹の顔すら忘れたというのか?」
「ふんっ。聖属性しか使えないヤツが、ボクの前に立ち塞がるなんてな」
「では、見せてもらうとしようか」
魔力の針を、わざと私の前方に展開して見せ、そこから飛ばす。
「デア・ヴィントシュッツ(風の守り)」
ヴィルヘイムの周囲を、淡く緑色に光る風がまとわりつく。
飛び道具相手に有効な風属性の魔法だ。
魔力の針にも有効なようて、その風によってかき消されてしまった。
実線の経験などなさそうなのに、なかなか反応は良い。
「ヴィントクリンゲ(風の刃)」
力ある言葉と共に、正面から幾筋かの回転する光が飛んでくる。
風の防壁を展開したままというのに、攻撃までできるとは……。
「魔法のセンスは、凄まじいな」
横っ飛びにそれを避けてみたが、避けたその先に魔力が収束していく感覚。
「ハイリゲ・シルデ(聖なる盾たち)」
咄嗟に、魔力の盾を展開した。
「ランツェ・デア・シュピラーレ(螺旋のランス)」
直後、螺旋に渦巻く風のランスが、盾にぶつかり消え去る。
しかし、こちらの魔力の盾も一枚喪失した。
「へぇ。今のを防がれるか」
風の防壁を纏ったまま、ヴィルヘイムが歩み寄ってくる。
その顔には、悦びとも余裕とも見て取れる表情が、浮かんでいたが、私はお構いなしに、ヴィルヘイムとの距離を詰める。
余裕ぶった表情が、固く緊張した。
そりゃそうであろう。
兄弟喧嘩すら、口喧嘩以上のことはやったことのない男だ。
魔法だけで、どうにかなる局面ではないことが、分からなかったのであろう。
ヴィルヘイムが私の跳躍とも思える、疾走に対して僅かに後退るが、それよりも速くヤツの懐へと入り込む。
「兄様。ここは後ろに跳躍でしたよ」
言い捨て、勢いそのままに、顔面へ拳を叩き込んだ。
風の防壁に阻まれるものと思ったが、近接攻撃に対しては、そこまで威力を削げるものでもないようだ。
「何、生きてさえいれば治してやるから、安心しろ」
後ろ向きに吹き飛び、背中を強打しているヴィルヘイム。
「ぐはぉっ……。」
ヨロヨロと起き上がろうとするが、起き上がることはないだろう。
既に、目の焦点が合っていないのだ。
◆
資材置き場からロープと荷車を拝借し、元の廃宿へと戻ると、荷馬車の荷台に捕らえられた野盗よろしく、ロープで繋がれたファーターランツリーべのメンバーが、乗り込まされているところだった。
廃宿は、入り口付近が焦げていたが、倒壊するには至らなかったようだ。
「白狼」
私に気がついたエギーユが、荷車を引く私に駆け寄ってくる。
「手際がいいな」
素直に感嘆の声をあげる。
「この辺のやつらは、だいたい友達だからな。それより、聞いておいてよかったぜ。エドガーのヤツ。本当にぶっ放しやがったよ」
「みたいだな。それで、エドガーは?」
「なんか……魔法ばっかりだったから、殴って終わらせたよ」
何とも簡単そうに話すエギーユ。
あいつも、ヴィルヘイムと同じ頭だったみたいだな。
そう思うと、
「それが、お兄さんか……そっちは、家に連れて行くんだろ?」
「そうさせてもらう」
「あっちは、トロストさんの所に連れて行くよ」
「遅くに済まんとだけ、伝えておいてくれ」
「分かった」
エギーユと別れ、夜の王都を荷車を引いて歩く。
こんな公爵令嬢なぞ、おらんだろうな。
◆
「フリーデリケ」
別邸のエントランスに、お父様が現れた。
流石に、ヴィルヘイムをおぶって入る気力はなかったので、玄関ホールにいたメイドに声をかけて、お父様を呼んできてもらったのだ。
「ヴィルヘイム兄様だ」
顔面は多少……否。すごく腫れ上がってはいるが、ヴィルヘイムだと分かるはずだ。
「これだけ痛い目を見れば、性根も治るかもしれんな」
腫れ上がった顔の息子を見下ろしながら、どこか物寂しそうな顔をするお父様。
「だと、良いがな」
腐った性根は焼き払う。
その信条の私には、ヴィルヘイムの改心など、微塵も期待していない。
「こいつは頭が切れすぎるんだ。バカなことを考えている暇がないくらい、こき使っていた方が良いかもしれんな」
お父様は分かっていたのだな。兄様の頭の回転の速さに。
「処遇は任せるよ」
「甘いか?」
自分でもそう思ったのだろう。
「今回、大人以外は、皆が甘い裁定となる。ヴィルヘイム一人が甘かったところで、家が何か言われることはない」
お父様を安心させるために、トロスト先生と話した、皆への処遇のことを伝えた。
「そうか」
「それに。あのフリーデリケが監視してると言えば、皆、黙るだろうよ」
「はっはっはっ。それも、そうか」
豪快に笑われた。
「お父様。そこは否定してくださいませんと」
「おぉ〜。我が愛娘よ」
両手で私の顔を挟み、撫でくりまわす。
納得いかん!
「うぅっ……こ、こは?」
荷車に載せられたままのヴィルヘイムが、目を覚ましたようだ。
「痛てて……なんだよコレっ!」
「記憶は大丈夫なんだよな?フリーデリケ」
「全力で殴ったからな……」
お父様と二人。
ヴィルヘイムのその様子を見て、顔を見合わせてしまった。
◆
翌日の学院は大騒ぎだ。
なんの予告もなく、トロスト先生指揮する第二騎士団が、学院の生徒を次々と捕縛し、教官の一部も、騎士団の面々に連れて行かれてしまったのだから。
学院の運営には、あまり影響はなく、ファーターランツリーべに関係のない生徒たちは、一日自習という扱いであった。
「今回も外されたなぁ」
ロアが机に突っ伏し、恨めしそうな目で私を見た。
「生徒は少しの説教で、放免だ。顔が割れてたら、後がやり難いぞ」
「それもそうだがな……。」
それでも、ロアは何か言いたげだった。
「次は、心したほうが良いかもな」
本当に予定していた方のことを口にした。
「ヴーヘラー……か」
「狙われてると分かれば、手荒な手段も厭わないヤツらだ」
「治療院が心配だな」
ロアの心配の声に、ソルがピクリと反応してみせた。
「ラトーラさん……。」
おやおや?
「ちょっと、リケさん」
ロアがニヤけ顔で、私に言った。
「そういうこともあるだろうな……ソル。休みの日は治療院で、力仕事をやってるだろう?」
「あっ、うん。ダメだった?」
「私も治療室にいるんだ、声くらいかけてくれ。それに、お前の賃金も渡さないとだしな……デートに使えるだろ?」
「んぅ〜っ!そ、そ、そ、そんなんじゃ……。」
デートという言葉に、過剰に反応するソルだったが……。
「なくはないだろ?」
ロアが続きを代弁すると、恥ずかしそうに俯いてしまった。
ファーターランツリーべ壊滅の回り道を挟んだが、次は王都最大の裏組織。
無事に終えられるよう願いながらも、ヤツらへのアプローチを考えていた。




