大掃除 2
エギーユからの報告を受けた翌日。
私はエマを連れて、教職員室に足を運んでいた。
「トロスト先生」
書類に目を通していたトロスト先生が、私の方に顔を上げると、硬かった表情が、何かを期待するように和らいでいく。
「おっ、手合わせか?」
そう来ると思ったよ。
「まだ、右腕が本調子でないのでね。それは、今度にしてもらいたい」
「そうか。しかし、ほんとに生えてるな」
そう言うと私に断りもなく、私の右腕を取って感触やら、関節の曲げ伸ばし等を確かめていた。
「まぁ、腕の方はそのうち戻る」
「おっと。何か用だったんだよな」
やっと離してくれた。
「実は先生の力を借りたい」
あえて先生と言ってみた。
「オレの?」
トロスト先生は、不思議そうな顔をする。
「こちらを見てください」
控えていたエマが、脇から何枚かの紙を先生に差し出した。
「なんだ?名前のリストだな……。」
リストだと認識した先生の表情は、再び固くなる。
「ファーターランツリーべに加担している、学院関係者のリストになる」
リストの要約を、私が伝える。
「全ては調べきれていませんが、七割程度は把握していると思います」
私の言葉をエマが補足する。
リストは私も確認していたが、生徒だけではなく、教官の中にも加担している者がいた。
「それで、オレは何をすれば良いんだ?」
「人数が多いのと、教官の名前もある。そこで、大人の組織力を借りたいのだ」
「組織力?」
「トロスト第二騎士団団長のね」
そう言って、意味ありげに笑みを浮かべてみせる。
「捕物が大規模になるから、騎士団に協力して欲しいってことか」
合点がいったようだ。
「そうだ」
「だかなぁ……国の組織だぞ?」
だからこそ、先生を強調したのだが……。
「学院関係者からの申し出なら、お父様は目を瞑るそうだ」
「執政閣下が?!……言質は取ってあるんだよな」
「ハグ付きで陥落させたよ」
「ヒュー。やるねぇ。分かった学院内の捕縛は、学院長の許可も必要だ。そっちはオレが手配しておこう」
本当に口笛でも吹いてしまいそうな勢いだったが、流石、分別をわきまえていらっしゃる。
「ありがたい」
「そういう時だ、遠慮なく頼ってくれよ」
「それで、捕縛した後のことはお任せしたいのですが、生徒に関しては……。」
エマが遠慮がちに口を出す。
「麻疹みたいなもんだろ。灸を据えて、帰すくらいだな」
トロスト先生も考えていたようだ。
家に通達するとか、形式張ったことはせず、その場だけで済ますつもりだったようなのが分かって、こちらも安心した。
「良かった。そうしてもらえると助かる」
トロスト先生の言葉に、私も一応の安堵の言葉を口にした。
ヴィルヘイムとエドガーは、そうならないと思うがね。
「オレも通った道だからな……そいつらの気持ちが、分からんでもないのよ」
エリアス・トロスト。
トロスト伯爵家の二男として生を受け、エドガー同様に、良くできる兄の影で育った。
魔法も使えるが剣の方に興味があり、そちらの道を進み、途中、偉大な師との出会いを経て、現在がある。
当代限りの騎士爵ではあるが、功績もあり、実力も折り紙付き。
もしかすると、領地無しではあるが、爵位が与えられるかもしれないとも、噂されている。
「学院の方は任せておけ。ほどほどに暴れてこい」
「分かったよ」
◆
さて、フリーデリケ・アスカニアの前では、軽くやって見せそうなことを言ってはみたが、ここからは、なかなか大変だった。
なにせ、教官にも協力者がいるもので、騎士団による一斉検挙も秘密裏に進める必要があったからだ。
学院長から許可を取り付けはするが、それは、誰にも口外できないし、させない。
そして、第二騎士団の調整。
騎士団内での訓練スケジュールや、騎士団長……全ての軍団をまとめる、オレの上司……にも出動の許可を取りと、とにかく奔走させられた。
「フリーデリケ。少し良いか?」
学院の廊下を歩く、女子生徒に声をかける。
「トロスト先生」
今回のミッションの首謀者。フリーデリケ・アスカニアだ。
「明日。学院内での一斉検挙を行う」
「そうか。大変な役目を押し付けてしまって、申し訳ない」
いつもの尊大な態度とは変わって、やけにしおらしい。
自身の手の外のことになると、遠慮がちになり、必要以上に申し訳なさそうになる。
本当に貴族なのかと疑いたくもなるのだが、こんなヤツだから目をかけたくなるのも心情だな。
「まぁ、俺が請け負った事だ。気にするな」
「こちらは今夜、動きます」
この会話が聞かれている前提なのだと、気が付く。
「それなら、あんまり反抗もされなさそうだ」
麻疹の集団感染も、感染源が無くなれば、熱が冷めたように静まるだろう。
「騎士団には被害は出させんよ……だけと、生きてれば、何とかなる」
フリーデリケのその言葉は、実際に無くなっていた腕が生えていることを確認しているだけに、心強いが、どこまで信じていいやらと、半信半疑になる。
「腕が生えてくるくらいだもんな……そうならんよう、部下には言っておくよ」
「頼もしいな」
「それが、大人ってもんだ。では、当日」
そう言って、教職員室へと去ろうとしたのだが……。
「先生。次は修練場だぞ」
「カッコつかないな。全く」
フリーデリケの指摘に、頭を掻くくらいしかできなかったよ。




