横槍 5
「顔。薄っすらだけど、ギズ跡が残ってるわね」
翌日。学院に行くと、朝一番にエマが教室に駆けつけてくれていた。
そして、私の顔だの右腕だの、胸だのをまさぐり、言った言葉がそれだった。
「新しく作った部分と、元からあった部分が馴染んでないのだろうな。何日かすれば、気にならなくなるさ」
「だといいけど……」
そうは言うものの、エマは心配そうに、私の顔をあちこちから見ている。
昨夜も、結城結奏の話しを聞いたハンネと、お父様が同じことをしていたので、延べ三回目の確認作業を受けているわけだ。
「それよりも、あの後はどうだった?」
「トロスト先生が怒っちゃって、大変だったわよ」
ようやく顔から手を離してくれた。
「あいつらが、ダンジョンから出てきたところを捕まえたと思ったら、全員直立不動を言いつけられて、2時間近く説教されてたわ。その後は学院長に呼び出されてたみたいだけど、そこは分からないわね」
あいつらもだいぶ絞られて、勘違いが正されると良いのだが……しかし。
「売られた喧嘩だが、ちょっとみくびっていたな……。」
「エドガー?」
「あぁ。そうだ」
「エドガーはダメね。リケに一撃入れたあとは、放心しちゃって……なんか、廃人みたくなっちゃってたわ」
「なんだ。期待外れか」
あそこまでやれるヤツは、そういないから、少し期待していたのだけど、単なるイキリボーイだったか。
大きな溜息を吐いた。
屋敷に引きこもって、しばらくは……もしかしたら、これは使えるかもしれない。
「エマ。例の件は、どのくらい進んでいる?」
「騒ぎが起きちゃって、それどころじゃなかったわよ」
「エドガーをマークしてみてくれ。もしかしてら、向こうからやってくるかもしれん」
「なるほどね……分かったわ。それと、少しの間、ロアを借りるわよ」
何か思案する素振りを見せる。
「任せるさ。あと、結城結奏も気にかけてやってくれ」
エマが了解とでもいうのか、手をひらひらとさせ騎士課程の教室から去っていった。
◆
「エドガー……。」
アヒレスはドアの前で項垂れていた。
そのドアは寮内のエドガーの部屋のドアだ。
ノックをしても、声をかけても、中から聞こえてくるのは、罵声。
フリーデリケに対して火球を放ってから、ずっと心配する者たちへも罵声を浴びせ続け、終いには自室から出てこなくなってしまった。
あの事件から一週間経っている。
当のフリーデリケは、癒しの魔法と言うにはおかしすぎる力で、顔の傷はもちろん。失った腕さえも再生させ、以前と変わらない姿で、学院に通い続けていた。
「エドガー……。」
アヒレスは再び呟くように言って、ドア前から立ち去った。
部屋の中では、ベッドの上で掛け布団を頭から被り、指の爪を噛んでいる。
既に、何日もまともに眠れていないのであろう。
目の下のクマも酷く、ほほもやつれてしまっていた。
「オレのせいじゃない……あいつがいけないんだ……。」
そんなことを、繰り返し呟いている。
死なせてしまったわけではないが、相手を再起不能となるような姿にしてしまったことに対して、その罪悪感があるものの、自身の責任から逃げたいが逃げられない者の逃避行動。
パタン。
ドアが静かに閉じられた音に反応して、エドガーは布団の中からそちらに視線を送る。
ドアに鍵をかけていないところを見るに、ずいぶんと構ってちゃんなのだろう。
「エドガー様。おいたわしい……。」
足元までの黒いローブを着て、そのフードを深く被っていて、その人物が誰なのか判別はつかない。
しかし、声は女のものだった。
「公爵令嬢なんかのために、その御心を痛めてなさっているご様子……。」
「だ、誰なんだ」
布団の中から、その人物に言葉を投げるエドガー。
「私たちは、エドガー様のような有能であるのに、報われない方々をお救い差し上げることを目的とした組織。今は、それでご勘弁ください」
「なっ、お、オレが報われない?」
「王子よりも勇敢で、あの公爵令嬢にも、勘違いを正そうと、その御心を犠牲にしてまで放った一撃」
「うぅっ……。」
そこには罪悪感があるエドガーだ。布団の中で頭を抱える。
「やり過ぎた感はありますが、あちらもやり過ぎているのです。エドガー様が苛まれることなどありますでしょうか?」
「そ、そうなのか?」
「あなたの行いは、褒められることはあっても、それを否定などできめせん」
「そうだ……よな」
「えぇ、あなたは間違ってなどいません」
「そうだよなっ!オレは間違ってない!!」
布団をはね退けて、ベッドの上に立ち上がったエドガー。
「あなたのようなお人が、不遇な扱いを受けるなんて間違っています。ですのて、こうして私たちは、正当な評価を受けられる場所へお迎えするべく、参じたのです」
「正当な評価……。」
もともとエドガーは、粗暴で、貴族のならいを無視する非礼な者として、家のなかでも厄介者として扱われていた。
しかも、周囲からは兄のコルネリウスと、常に比較され、家督が継承される頃には、追放になるだろうと、まことしやかに囁かれていた。
常に優秀な兄が重用され、エドガーは二の次。
そんな扱いに、自身の行いを鑑みることなく、ただ、不満を露わにしてやまない。
「さぁ、参りましょう。あなたこそ、次代を作るその人となるために」
「ははっ!やっと、来たか!!」
エドガーはベッドから降りると、ローブの人間について部屋どころか、学院をも後にしたのだった。
◆
学院の昼休み。
久しぶりにロアが顔を出した。
ロアはエマの調査目的で、しばらくエドガーを張っていた。
寮生ということもあり、エドガーを監視するにはちょうどよく、トロスト先生には病欠という表向きの言い訳と、貴族の子女による、反政権的な活動の存在を、ほのめかしておいた。
『ある』という確証も、その活動による王国への被害もないため、騎士団としては動けない。
ニコラウス伯父様やお父様の持つ情報網であれば、既に掴んでいそうではあるが、それならばヴィルヘイム兄様の件で動きがありそうなものだ。
「久しぶりの学院たぜ。ノート。ありがとうな」
そう言うと、テーブルに座学で書き取った私のノートを置く。
「こちらの都合で、休ませてしまったからな」
ロアの置いたノートを受け取り、傍らに置き直した。
「しっぽは掴んだんで、ネグラの方はエギーユに任せたぜ」
従者として連れ歩いていたかいがあったというものだ。
それに、エギーユが手柄を立てる絶好の機会でもある。成功させて、自信につなげてほしいものだ。
「それでいい。で、人物の方は?」
「ローブでしっかり隠してやがったが、背丈や声からすると、女ってところまでだな」
悔しそうではあったが、状況的に、それ以上は難しいだろう。
「上出来だよ……女の勧誘員か、ありきたりだが効果が高い。特に心が沈んでいる時はな」
「そういうもんかね」
頭の後ろで手を組んで、背もたれに上体を預けるロア。
「なんだったら、今度、やってやろうか?」
いたずらっぽく、テーブルに両肘をついて上体を乗り出して、首を傾げてみせる。
「遠慮させていただきます。公爵令嬢様」
やたらと丁寧な口調で、お断りになるロア。
「あら?先に来てたのね」
食堂のテーブルについていたロアを見て、ランチセットのトレイを持ったエマが言った。
「エドガーの方は聞いたのね」
「今、話したところだぜ」
ロアが答える。
「組織の方なのだけど……。ファーターランツリーべ(祖国愛)って名前なのよね」
ランチトレイをテーブルに置き、椅子に腰掛けるエマ。
「祖国愛……ね」
「首謀者はアルトマイアー。数年前の汚職事件で、爵位を剥奪されたヴァルト家の嫡男だったわ」
「ヴァルト家……お父様の政敵だな。しかも、教会派か」
「そうね。それで、爵位の剥奪は不当だと騒ぎ立ててたけれど、全然、相手にされないもんで、活動の規模を大きくすればってことで、人を増やし始めたみたい」
「それで、あわよくば有力貴族の子女が加われば……。そういうことか」
下手な鉄砲なんとやらだ……この世界には無かったな。
「だいたい、そんな感じみたい」
ランチの付け合わせをフォークでつつきながら、そう言ったエマ。
「よくも、この短時間で掴んだものだ」
素直に感嘆の声を上げる。
「そうね……。でも、実は私も誘われてたのよね」
と、言うことは、学院の内部にも手のものがいるのか。
しかし、目の付け所は良いな。
「エマをか、なかなか見どころがあるな」
ヤツらの目の良さに舌を巻いた。
「ボクも誘われたよ」
ランチを黙々と食べていたソルが、唐突に声を上げた。
「ソルを?手当たり次第だな」
ヤツらへの印象が変わった。
戦闘面では信頼できるが、組織の運営となると……否、荒んだ会議などでは、その明るさが重宝されるのかもしれない。
「なんか、勧誘した人数に応じて、組織での立場が上がるらしいわ」
宗教か、マルチのようなシステムだなと思った。
「それでか」
思わずため息をついてしまう。
「狙い目は、女子とか次男、三男ってところみたい。学院にも結構な人数が、その組織に名を連ねてるわよ」
「少々、躾が必要みたいだな」
そういうと、私は窓の外へ視線を向けた。
別に何を見ているわけではない。
ただ、どこまでやるかを考えていた。




