横槍 4
ダンジョンに入って一時間ほど。
数回の遭遇戦を経験していた私たちは、再び遭遇戦になりそうだった。
「ソル。前方警戒!三十歩に気配」
隊列の後ろから、前にいるソルに声をかける。
私たちののパーティは、先頭にソルを配置し、罠探索をしながら進むロア。マッピングをする結城結奏に、右手を警戒するエマ。そして、最後方に私という布陣となる。
私の声で相手も気づいたようだが、動きが速い。
獣系の魔物だろう。
「エマ!ライトを天井に」
ダンジョンの内部は天然窟のようではあったが、道幅、天井までの高さと、共にソルが大剣を振り回したとしても、十分に余裕がある。
「リヒト(灯り)」
エマの魔法が天井に展開し、周囲が明るくなる。
「ハウンドだっ!数は三」
「前に出る。結城結奏、エマを頼む」
「任せて」
三体のハウンドは、様子見することなくソルを目掛けて飛び込んでくる。
一匹目を大剣で切り払い、二匹目は剣を立てて受け止めた。そこに、飛び込んでくる三匹目。
それをカイトシールドで、私が叩き落とすと、すかさず回り込んでいたロアがとどめを刺した。
二匹目はソルの剣を足場にして、私とロアを飛び越し、距離を取ろうとしていたが、着地を狙った結城結奏の魔力の針が、その頭を貫通していく。
大したものだ。
魔力の針をロアの背中の向かうから、打ち出すなんて。
「こんなもんだろ」
軽く聞こえるが、言ったロアのその目は、次の行動への警戒が始まっている。
「罠が無いようなら、先に進むぞ」
後方に戻りながら、ロアに声をかけた。
「ナイスタイミングだ」
結城結奏の肩を軽く叩き、労をねぎらう。
「トーマスさんと練習したもの」
「私はまだ参加しなくていいのよね」
「この隊列だと、的が小さすぎてな」
エマは、私や結城結奏とは違い、視界の外で魔法を展開する技量はなかった。
そうは言っても、学院の中では指折りの実力者だ。
コツを掴めば、すぐにできるようになるだろう。
「確かに。ロアが氷漬けになるわね」
困ったポーズで、冗談を言うエマ。
「なんで、オレ限定なんだよっ!」
「ソルにもリケにも当てられないもの」
エマの言葉に緊張が緩みそうになったが、後方から人の気配を察知。
すぐにハンドサインで、ロアに伝えた。
再前衛は私。
剣はぬかないが、シールドを上げる。
ロアが私の左後方に位置取り、いつでも飛び出せるように準備を整えた。
リヒト(灯り)が点いた杖を持つ者を先頭にした隊列が近づいてくる
「魔法使いが先頭?」
小さい声でロアが言った。
こういうバカなことをするのは、王子組だろう。
「先に行かせよう」
戦闘の直後だ、小休止を取っていても不思議ではない。
私は警戒を解いて皆の方に振り返ると、小声で言った。
「王子たちをやり過ごす。私たちはここで小休止だ」
全員が頷き、通路の左側に寄って、座ってみたり、水筒から水を飲んでみたりと、わざとらしくない休憩の姿となった。
「げぇっ……フリーデリケの班か」
予想通り、セバスティアンの班だった。
魔法専門のアヒレスを先頭に、隊列も何もあったものではなく、ブラブラと歩いてきている。
こんなヤツらに結城結奏を渡さなくて、心底ホッとしている自分がいた。
「女性の顔を見て、その反応は如何なものか?」
「お前に対してなんて、コレでも上等だろ?」
セバスティアンではなく、エドガーがかわりに答えたが、なんだコイツ。
そして、そのエドガーの物言いに、顔を青褪めさせるだけのセバスティアン王子。
「お前の出る幕ではないと思うのだがな」
静かに、冷たく言い放つ。
「なんだ。怒ったのか?」
舐めた口を聞く。
セバスティアンは、エドガーの言葉にアワアワするだけだ。
ポンコツがっ!
「ふん。少しできるからって、調子に乗んな……。」
その先は言わせなかった。
左手で、エドガーの喉輪をつかみ、持ち上げる。
「セバスティアンっ!躾のなってない猿みたいだが、どういうつもりだ?」
「離せっ!離せよっ!!」
私から逃れようと、ジタバタと暴れるが、その程度で離せるわけもなく。
そして、傍らでアワアワと何もできない、セバスティアンを睨みつける。
「貴族のならいも、相手の実力も、何も分かっていないではないかっ!セバスティアンっ!!」
セバスティアン王子は、身体を強張らせ俯いてしまう。
「離せって、言ってんだよ!ファイア・クーゲル(火の玉)」
エドガーが苦し紛れに火球の魔法を放つ。
至近での直撃だ。
油断した。
火球の爆発をもろにくらい、胸部の装甲が吹き飛び、その破片と爆風と熱で、顔がズタズタにされる。
熱いが、痛みはない……相当やばいな。
「痴れ者がぁっ!!」
怒りに任せて、エドガーを壁に叩きつける。
「リケっ!すぐ、回復するわ。ハイレンデス・リヒト(癒しの光)」
熱かった顔が、優しい結城結奏の気遣いのように、暖かく柔らかな泡に包まれるような感触。
「どうだ?」
「血は止まったよ……。」
静かにそう言った結城結奏が、私に抱きついた。
「こりゃ、ダメだな」
ロアが近寄ってきて、抱きつかれている私の様子を見て言った。
「無理はできないものね」
エマも同意見のようだ。
「帰りは、ボクが荷物を持つよ」
ソルも近寄ってきて、私の背中から背嚢を外す。
しかし、そこに違和感があった。
左腕を抜いた感触はあったが、右腕は?
結城結奏を押しやろうとしたが、上がったのは左腕だけ、右腕は肩から先がなくなっている。
結城結奏の癒しで止血はされているものの、欠損した箇所を復元するには、私自身でやるしかない。
「戻ろう。トロスト先生に事情を話して、治療院だな……はは」
無くなった右の肩口を見て、静かに力なくそういった。
「そうね」
エマの同意に、皆が頷く。
そして、表情暗く、私たちは来た道を戻った。
◆
ダンジョンを出ると、仲間の騎士たちと談笑していたトロスト先生が、私の姿を見ると表情が一変した。
それはそうか、金属鎧の胸部がなくなり、右腕を失っている教え子を見たのだ。
慌てるなというほうが難しい。
「お前たち……何があった?」
ダメージを受けているのが、パーティで私だけなことに気が付き、事情を知りたいのだろう。
「結奏。私たちで話しておくから、リケをお願いね」
エマの言葉に頷いてみせる結城結奏。
癒しを受けているとは言え、多少の痛みは残っているし、それに、色々と足りない。
意識だけは失うまいと、結城結奏の肩を借りて歩きながら、目眩や立ちくらみに抗う。
治療院に着くと、すぐに治療室へと連れていかれる。
ガラハウが患者さんを見ていたが、構わずベッドに寝かされた。
ガラハウが結城結奏に食って掛かっているようだが、失血しすぎているようで、聞こえてこない。
そして、慌てたようにラトーラも、治療室へと入ってきた。
「ら……と……ら。まりょ…く……。」
上手く声が出せない。
「フリーデリケ様。すぐにお持ちします」
「レぇ……ゲ、ネラ……ツぃおーン(リジェネレーション)」
どうにか力ある言葉を言うことができた。
ダメージは口の中や、喉にも残っているようだ。
魔力がごっそりと失われ、それを基に失われた身体を作り変え、復元していく。
神経系の復元なのか、凄まじい痛みが、電撃のように身体に走り、意識がとびそうになる。
しかし、ここで意識を失うわけにはいかない。
「フリーデリケ様。口を開けて!」
ラトーラがベッド脇で瓶を開け、その瓶を私の口に突っ込む。
中の液体が流し込まれると、体の内側に魔力が湧き上がるが、端から魔法に使い尽くされる感覚があった。
二本目、三本目と立て続けに流し込まれ、途中、溺れそうになるが、身体の再生が落ち着いていくのを感じ取れた。
「もう、大丈夫だ」
失ったはずの右腕を上げれば、きちんとそこにあった。
「良かった……。」
結城結奏が安心からか、その場に崩れ落ちる。
「結奏っ!」
ガラハウがすぐに様子を見たが、問題ないようで、肩を貸して部屋を出て行った。
「フリーデリケ様。何があったのですか?」
状況に対応していただけで、何も事情が分からなかったラトーラも、ようやくその質問ができたようだ。
「ダンジョン探索中に、至近で火球の魔法を食らってしまってな」
簡単に説明をする。
「そのような危険な魔獣が?」
「ある意味、魔獣だな……エドガー、どうしてやるかな」
私はどこか仄暗い、エドガーに対する復讐心のようなものが、自分の内に芽吹いてしまったことに、気づいていなかった。




