ニューイヤーフェスティバル 5
元の場所に戻ると、誘いを受けている二人が見えた。
見目麗しい二人を放っておくような男はいないだろう。
「一曲くらい、行ってきたらどうだ?」
二人に近づき声をかけた。
「私は踊れないもの」
結城結奏は申し訳なさそうに、男からの誘いも断っていた。
「私は踊りたくないの」
エマは違う理由のようだ。
私の姿を見ると、男たちは二人から離れていく。
私は虫除けなのかな?
「結城結奏はまだしも、エマは一曲くらい魅せてくればよかろうに」
「嫌よ。陛下とのダンスの後で出ていくなんて」
「フリーデリケ!」
声をかけられた。
振り返ると、そこには国境沿いを転戦しているはずの兄がいた。
「マックス兄様っ!国境近くの紛争を叩いていたのでは?」
「だいぶ落ち着いてきたのでな。ところで、そちらは?」
マクシミリアン・アスカニア。
私の二人いる兄のうちの、嫡男としてお父様の跡を継ぐ人である。
質実剛健で口数も少なかったはずだが、生き残ってきたという自負と自信からか、余裕のようなものを感じた。
それに、どこか物腰も柔らかい。
「こちらは、ドーマ伯爵家のエマだ。そして、こちらはうちで預かっている結城結奏だ」
「相変わらずの口調だな」
「マックス兄様は、どこか柔らかくなったな」
「私はマクシミリアン・アスカニアだ。普段は国境近くにいるから、なかなかお会いすることはないが、妹共々、よろしく頼むよ」
二人に対する所作も、どこか優雅に見える。
「いえいえ。こちらこそ」
「よろしくお願いします」
なんだろ?
マックスに見惚れている二人に、驚きが隠せない。
「フリーデリケ。少しいいか?」
「大丈夫……二人とも、少し外すよ」
コクコクと頷く二人を背に、マックス兄様とテラスへと出た。
マックス兄様が、テラスの手すりに肘をつくと、表情が暗くなる。
「ヴィルヘイムが消えた」
ヴィルヘイム兄様。
私の三つ上の兄であるが、カニアの別邸に籠りきっていた人で、人付き合いが下手、口が悪い皮肉屋、魔法に対して相当なコンプレックスを持っていという、三重苦。
「お父様はご存知で?」
「伝えてはある」
「しかし、面倒だな」
「あぁ、あいつが本気で何かをしでかしたら、大変だぞ」
多くな溜息をつくマックス兄様。
それもそうだ。
口が悪くて皮肉屋なのも、頭が良すぎて、人の心に寄り添えない。
人が考えていることの、先の先まで見えてしまっているので、他人がそこに辿り着けないことに、イライラを隠せないのだ。
しかし、自身がそこに誘導できるようなことはないので、ただ、人から嫌われていくのだ。
「頭がきれて、あの魔力」
ヴィルヘイムの魔力量は、私には及ばないものの、並みの宮廷魔術師を軽く凌駕するほどだ。
「なんだ、分かってたのか」
マックス兄様が、手すりから起き上がり私を驚きの顔でみたか。
マックス兄様は、口数が少ないものの、ヴィルヘイムのそういった部分を認め、自信よりも上だと尊敬すらしていたが、ヴィルヘイムの方は、それを正直に受け止められず、常にマックス兄様を僻んでいたものだ。
「あぁ、私には及ばないがね。それよりも、行き先に心当たりは?」
「私は最近帰ってきたのだ。知る由もない」
「そうだった。そちらの方は私が調べよう」
「任せるよ。お前の活躍も、ニコラウス伯父さんやら、フィッツやらから聞いてるからな……ほどほどにしろよ」
「兄様の出世の邪魔はせんよ」
「そうしてくれ……さて、私は戻るが?」
「不器用だな。一曲、付き合うよ」
「見知った女性がいないもんでね」
「それなら妹よりも、エマを誘ってみたらどうか?」
「おいおい。妹の友達だぞ」
「ダメなら、私が付き合う。ほれ、玉砕してこい」
「嫌味な妹だぜ」
そう言いながらも、ホールに戻るとすぐ、エマに声をかけていた。
しかも、その手をエスコートしている。
アスカニア家は安泰だな。
「リケ。エマがお兄さんと踊るみたいよ」
手持ち無沙汰になった結城結奏か、テラスにやってきた。
「どれ、二人でうっとりしようじゃないか」
「なによ、それ」
「友人の第一歩だ。それを見届けてやらんとな」
「そうなの?」
「エマも兄様も、満更ではなさそうだったろ?」
「そういうのは、ちょっと疎くて……あはは」
そう言った結城結奏。
今は同い年だったから忘れていたが、十代の女の子だ。
恋愛もこれからだっただろうに……帰還呪文の探索も早く済ませてやろう。
「ここは、寒い。そろそろ戻ろう」
二人。エマが踊るホールへと戻った。
◆
日が変わるとパーティから戻り、ドレスから部屋着に着替える。
パーティの方は日が昇るまで続くことだろう。
街の方では、新たな年を迎えお祭り騒ぎが始まっていた。
日が変わってだいぶ経つが、未だ打ち上げ花火が方方で上がっているのが見える。
取り敢えず風呂だ。
朝日を迎える前に、身綺麗にはしておきたい。
「お嬢様。準備はできております」
「ハンネか。寝ずに用意してくれて、ありがとう」
「まずはお風呂ですか?」
脱いだドレスをまとめながら、ハンネが聞いてきた。
「あぁ、頼むよ」
「陛下と踊られたのですか?」
「お父様から聞いたか」
「スゴく悔しそうに仰っておられましたよ」
お父様の顔真似をしたハンネ。
珍しいことを目にして、思わず笑ってしまった。
「やっと、表情が緩みましたね」
マックス兄様からヴィルヘイムのことを聞いてから、この先のプランに影響が出てしまいそうで、それが顔に出ていたのか。
私もまだまだだな。
「良い気分転換になった。良し、風呂だ」
「良かった……。」
ハンネは少し恥ずかしそうに、もじもじしていた。
風呂から上がってくると、サイドテーブルにお菓子とお茶の準備がされており、結城結奏も席についていた。
「お風呂上がりは、そんな感じなのね」
濡れた髪を、タオルでまとめただけの姿。
それを見せるのは初めてだったかもしれない。
「寒くはないか?」
「うん。大丈夫。でも、不思議なくらい暖かいよね」
キョロキョロと部屋を見渡す結城結奏。
暖房の類がなく、部屋が暖かい。
それを不思議に思うのは、自然なことだ。
「魔法の賜物だよ」
「そっか。火の魔法と風の魔法を組み合わせれば、エアコンみたいになるわね」
向こうの世界の空調設備。
リモコン一つで動かせるのは、今でも便利に思う。
「エアコン?」
ハンネが当然の疑問を口にした。
「あぁ〜……電気で動いて、冷たい風とか、暖かい風を出す機会のことよ」
拙い知識で、必死に説明する姿が可愛らしい。
こういう女性はモテるのだろうな。
ハンネに髪を乾かされながら、そう思った。
「ねぇ、リケ。一つ聞きたいことがあるんだけど」
結城結奏が遠慮勝ちに聞いてきた。
「なんだ?何でも答えるぞ」
「あなた。本当は日本人でしょ?」
しまったな。そこを突いてきたか……。
ハンネの髪をとかす手も止まる。
だか、答えないわけにはいかない。
「日本人という答えには、違うとしか言えない。私は正真正銘、お父様とお母様から生まれた子供だ」
「そう……だよね」
「どうした?」
「何でもないの」
俯いて首を振る結城結奏。
そんな彼女を見て、彼女が帰る時に、私の中身のことを話すかもしれないな。
そんな風に思った。
「どうしたかったのかは分からないが、こうやって日の出を待つのは初めてなんだ。楽しもうじゃないか」
なんか、結城結奏を元気付けるためとは言え、らしくないことをしてしまった。
こういう小さな違和感を、積み重ねた結果なのかもしれない。
こんごは、言動にも気をつけよう。
「お茶をお淹れしますね」
ハンネが気を利かせる。
「私も手伝う」
結城結奏も席を立ち、ハンネを手伝うようだった。
しかし、私の髪はどうするのだろうか?
◆
三人。ティーカップを手に、窓辺で肩を寄せ合う。
空が地上に近いところから白み始め、濃紺だった空が明るい青に変わっていく。
白い帯が徐々に広がって、空一面が明るい青になった頃、太陽が顔を出し、一際眩しく目に映る。
「アーラス様のお出ましだ」
「雪が降っていましたから、心配でしたが、晴れて良かったですね」
「初日の出ね……そうか、私も加護を貰ってるんだった」
なんとも聖女らしからぬ言葉だが、こちらの宗教に馴染みがなければ当然……ではないな。日本人の宗教感によるものが大きいだろう。
三十路のサラリーマンだった頃は、こんなに楽しく、感動を覚えて迎えた新年など、あったのだろうか?
「今年も良い年になりそうだ」
「そうね」
私の言葉に結城結奏が笑う。
「アーラス様へのお供えも終わりましたし……お嬢様?摘み食いはいけませんね」
「ほんとだ。少し減ってる」
「私ではないぞ!」
「では、どなたが食べられたのでしょう?」
『私だよ』
「「!?」」
軽い感じの男の声。
その場の全員に聞こえたようだ。
アーラス様も茶目っ気があるようで……。




