ニューイヤーフェスティバル 3
朝起きてみると、ハンネが部屋に来ていない。
珍しいこともあるものだ。
まぁ、一人でできないわけではないが、やはり、髪だけはハンネにやってもらいたい。
私の中の唯一と言っていいのが、自慢の長い髪だ。
ハンネの努力の賜物でもあった。
クローゼットから、パンツスタイルのセットアップを選び、着替える。
そして、髪は簡単にまとめて部屋を出た。
下に降りると、何やら調理場から賑やかで、楽しそうな声が聞こえてくる。
ハンネに結城結奏。それに、料理長だ。
朝から何をやっているのだろうか?
気にはなるが、今年最後の日は治療院も忙しくなることだろう。
食事を済ませて、治療院に行きたい。
調理場へは顔を出さず、食堂に行き席につくと、給仕係のメイドがテーブルセットをセットして、下がっていった。
しばらくして朝食が運ばれてくる。
今朝は根菜のスープに、マリネされたトマトのサラダに、厚切りハムのステーキ、それにパンがつく。
星メモの世界は魔法を使った農業も盛んで、貴族や高所得層となる商家ならば、温室栽培の野菜も手に入る。
王都は雪が少ないとは言え、それなりの寒さになる地域だ。
夏野菜であるトマトが、この時期に手に入るのは、そのおかげである。
食事を終え、私は屋敷を出ようとしていたが、ハンネに声をかけられた。
「お嬢様。コートも着ないで行かれるのですか?」
私のコートを持つハンネが立っていた。
「調理場の方はいいのかい?」
ハンネが広げてくれたコートに袖を通す。
「夕方までには仕上げておきます。それと、迎賓館でのパーティもございますので、お忘れなきよう」
「あぁ、分かった。では、行ってくるよ」
ハンネに挨拶をして、屋敷を出た。
◆
今日の治療院は、朝から大盛況だった。
明日からのニューイヤーフェスティバル。
その前に治療を受けようと、皆がこぞってやってきたようだ。
新年を調子良く迎えたい。
その気持は分かるので、私とガラハウの治療師二人体制でのフル稼働だった。
治療院を閉める夕方になるころには、私もガラハウも魔力回復ポーションを数本飲みきっていた状況である。
美容マッサージのディアナ等は、自分がマッサージを受けたいと言う程に、腕や背中がパンパンに張ってしまっているようだった。
ガラハウと二人で、軽くもみほぐしてやったものだ。
治療院を出ると、顔に冷たいものが当たる。
空からだ。
そう思い、見上げてみると白いものが、チラチラと降ってきているのが見える。
「雪……か」
パーティへは屋敷の馬車で行くから問題はないが、帰りまでに積もってしまったら、身動きが取れなくなってしまいそうだ。
だが、小さな粒のような雪。そうそう積もるものでもないかな。
屋敷までの帰り道。
薄っすらと白くなっていく街を楽しんでいたが、雪は次第に強くなっているように思え、脚を早める。
屋敷に着く頃には、コートにも白く積もる雪があった。
玄関前のエントランスでコートを脱ぎ、雪を叩く。
おつきの従士やメイドがいたのならば、自分でやる必要もないのだが、近頃は一人で行動することが多くなり、こういったことも自分でやるようになっていた。
玄関ドアからホールに入ると、執事見習い中のエギーユがいた。
「お嬢様。おかえりなさいませ」
この様に、しっかりと躾けられている。
「エギーユ。だいぶ板についてきたな」
「ありがとうございます」
「ニューイヤーフェスティバルは、ガラハウたちと過ごすのか?」
「えっ!?帰ってもいいのか?」
「従士のなんたるかは、まだ、先だろうが、新年くらい帰ってもよいぞ……それに、ソルを呼んだのはお前だろ?」
「そうだった」
「どうする?すぐ、戻るか?」
「そうするよ……お屋敷の飯に惹かれるけどな」
「なら、これを着て行け」
「コート?」
「外は雪だ」
「寒いの苦手なんだよなぁ……ありがとう。借りていくぜ」
「足元に気をつけろよ」
雪降る場所から帰るものと、出ていくもの。
エギーユの新しい年も良きものであるように、駆けゆく背中を見送り、そう願った。
寝室に戻り、私はパーティ出席の準備だ。
「朝は申し訳ございません」
ハンネがそう言って頭を下げる。
「具合が悪いのかと、心配したぞ」
「結奏様と、今夜のお菓子作りをしておりまして……つい、熱が入ってしまいました」
「ハンネが珍しいな。まぁ、たまの楽しみくらい、良いではないか」
「ありがとうございます」
「どんなものを作っていたのだ?」
「パーティからお帰りになったら、ご披露いたします」
「そうか。それでは、パーティで食べ過ぎないようにせんとだな」
「お菓子はアーラス様に捧げてからですよ」
「少しくらいよかろう。お茶と共に日の出を待とうではないか」
「少しで済めばよいのですが」
「違いない」
そんな会話をしつつも、ハンネは手早く髪を手入れしていく。
やはり、ハンネにやってもらうのが良いな。
今回のドレスは濃紺の地に、金糸で派手すぎない小さな鳥の集まる刺繍がされている。
ノースリーブではあるが、ショールと別にアームスリーブを着けるスタイルだ。
「素敵ですっ!」
「ありがとう」
「パンツスタイルの男装の麗人も良かったのですが、やはりお嬢様の髪を活かすには、こちらでしたね」
「ハンネが丁寧にケアしてくれているからな。私の自慢の一つだよ」
「では、そろそろ馬車に乗りませんと」
「結城結奏の方は?」
「既に」
「そうか。では、参ろう」
自室を出て玄関ホールへと降りる。
「リケ!」
先に降りていた結城結奏の声だ。
「結城結奏。似合っているな」
結城結奏は聖女をイメージしたドレスだ。
白の地に、青のライン等で装飾されているシンプルなワンピースドレス。
スカートもロングで大人っぽく、聖女のイメージにぴったりだ。
さすが、ハンネ。
「そういうこと、すんなり言えちゃうよね。リケは」
私の褒め言葉に、照れているようだ。
「エスコートくらいはさせてくれるんだろ?」
結城結奏に右手を差し出す。
「はい……お願いします」
私の手に、自信の手を乗せてそう言う結城結奏は、年相応の少女のように見えた。
普段の大人びたイメージは、この世界に馴染もうと、帰還の呪文へ到達しようとする必死さがそう見せているのだろう。




