初めの一歩
十歳の私にできることなど、たかが知れている。
だが、私は一人ではなかった。
カニアの街を落とす。
手を付けたいのは、人物情報。
しかも、表側には出てこない人間たちの名前に趣向、家族構成、人間関係と、欲しいものは多い。
だが、その伝手も何もない。
アスカニア家の力を使うならば簡単ではあるが、家に要らぬ汚名を着せてしまわぬか、そういう問題もある。
「地道にやるしかないか」
背もたれに体を預け、大きく息を吐いた。
「地道でございますね」
お茶の準備の手も止めず、私の言葉を続けたようだ。
「トーマスについてもらって、街歩きからだな」
「それでしたら、格好も合わせないとですね」
確かに。
私の手持ちの衣類では上等すぎる。
「準備してくれるか?」
「お任せを」
気負いもなく、素っ気ないくらいに言って見せるハンネ。
◆
「意外と似合ってるじゃんよ」
私の格好を見て、口笛でも吹いて見せそうなトーマス。
今の私は農村の少年といった見た目。
膝が擦り切れパッチを当てがったパンツに、薄黄色に変色したシャツ、その上から茶色のベスト。
髪を隠すための帽子を被る。
「トーマス。よろしく頼む」
「リケ。ほんとに行くのか?」
まだ、信じられないようだ。
私くらいの立場と金があれば、トーマスに動いてもらったほうが早い。
「私の初めの一歩だ。何か助言でも?」
ここから、私の道が始まるのだ。
自身の手で切り開きたい。
「よし。行くか」
屋敷の正門からではなく、裏の通用口から出るのだが、こちらにも真面目な騎士団の立ち番がいる。
それをどう切り抜けるのか?
「よう」
いつものヘラヘラ顔で、片手を上げて声をかける。
自然すぎる。
「トーマスか…ん?そっちの小僧は」
「お嬢の相手に連れてきてたんだよ」
「あぁ、稽古相手か」
「そういうこと。そんじゃ」
「気をつけろよ」
トーマスは腕を上げて、背中の騎士にヒラヒラと手を振った。
そして、私に得意げな笑みを向ける。
「な。うまくいったろ?」
「納得いかん」
騎士団の怠慢とは思えないが、こうも上手くいってしまうことに腹が立った。
「入る時は厳しいんだがな、出る方となれば入る許可があったって先入観だな」
「なるほど。その隙をついたってわけか」
「そう何度も使える手じゃないけどな」
「心しておこう」
出る時ほど自然にか、どこかで使えそうだ。
「で、何がしたいんだい?買い物ってわけじゃないんだろ」
「街での目と耳が欲しい」
「情報を集める奴らか…オレっちが紹介できるけど?」
トーマスの紹介なら腕も立つだろうし、仕事も確実だろう。
しかし…。
「敵対する相手によっては、トーマスに迷惑がかかるからな。それは遠慮しとくよ」
いかにも残念といった感じに、肩をすくめてみせた。
「そうかい」
「できれば子供がいい。今の私では実績も何もないからな、大人では御しきれんだろう」
「そこまで分かってんなら、大丈夫だな」
「あぁ」
「ほんとにオレっちは、ついてかなくて良いのかい?」
「私のパルクールに追いつけるのなんて、トーマスくらいだろ?」
八歳から二年。
みっちりと仕込まれた体の動かし方。
魔法も使える今、パルクールではトーマスにも届かんとしている。
「その逃げ腰が良い。ま、頑張んな」
ここでもヒラヒラと手を振って、私とは別の路地へと入っていった。
さて、ここからが本題だ。
カニアの街は領主の屋敷の膝元であり、比較的裕福な街でもある。
だからといって、貧する者がいないわけではない。
何せ移民も入ってきているご時世だ。
より、金のある場所にと望むのは、生きる上で必要なことである。
金がある場所には、仕事があるからな。
カニアの街には城壁はない。
国境に近いわけでもないが、王都の隣と言うこともあり、王都攻略の足掛かりにされないよう、放棄しやすい形態を選んでいる。
さて、それでも街の外に近づけば、着ている服も粗末なものになったり、清潔さを感じられないような者が増えていく。
「痛ってぇな!大人だからって、子供が言う事聞くと思うなっ!!」
なかなか威勢の良い声が聞こえてきた。
丁度よく正面に大人三人が子供一人をつり上げて、ニヤニヤと何をするでもなく品定めのようなことをしている。
そんな事が起こっていても、周りの大人は仲介にも、命乞いにも現れない。
狙っていたものが二つ手に入るかもしれない。
さて、参ろう。
「何かあったか?」
いつも通り、気負いなく近づき声をかけた。
「あぁ〜ん。ガキが、すっこんでな」
汚い口調のいかにもな男だ。
「なんだぁ〜。お前も仲間に入りたいのかぁ〜」
ニヤニヤとこちらを侮る口調で、こちらに近づいてくる男が一人。
そいつの腰にはナイフが二本。
子供を釣り上げている男の腰にはショートソード。
ニヤニヤと傍観している三人目にもショートソードが下がっている。
なんとかなるだろう。
魔力を身体に流し身体能力を向上させる。
バフに使う魔法とは違い、修練次第では、魔力が少ない者でも一日中使い続けられるという話だ。
私は練習中で魔力の消費も激しく、数時間使い続けるのが限度なのだがね。
前に出てくる男の脇をすり抜け、子供を釣り上げている男の手首を狙うイメージでステップ。
風よりも早く男の脇をすり抜け、跳躍し宙で前転する。
そして、その回転力と、小さいながらも体重を乗せた踵を、男の手首に叩き込む。
ゴクっ。
嫌な音と感触が伝わってきた。
「う、うぁぁぁっ!腕がっ!!」
子供を吊り上げていた男の手首が外れ、おかしな方に向いているのが目に入る。
「お前。大丈夫か?」
落ちた子供を背中にし、声をかけた。
「おっ、おう。大丈夫」
「なら、走れ。奴らは私がやる」
言うと同時に前に出過ぎた男の首筋を、後ろから回し蹴りで捉えるが、やはり身体が軽すぎる。
ならば…。
「シュトースヴェレ」
回し蹴りの回転を活かし、再び正面を向くと同時に、掌に展開していた魔力を背中に叩き込んだ。
衝撃波を打ち込み、相手を無力化する聖属性の魔法。
叩き込まれた男は口から鼻から体液を漏らし、地に倒れた。
ヤっちゃったか?
刹那。
何かが空を切る音に無条件で反応し、振り返らず右手に跳ぶ。
空を日の光を反射する、小さな金属が飛んで行った。
二投目の前に、三人目に向かう。
一息に距離を詰め、もう一度、同じ魔法を股間に叩き込んだ。
トーマスから、「ここを叩かれれば、男は大抵降参する」と聞いていたので実践してみたが、効果は絶大。
口から泡を吹いて崩れ落ちた。
さて、腕を押さえて喚いている男に向かう。
私の近づく足音で、私の方に顔を向ける。
その顔には恐れの感情が浮かんでいた。
「お、お、お前。こんなことして、タダじゃ済まないぞ!」
まだ、元気そうだ。
あまりやりたくはなかったが、手袋もしているし諦めてやろう。
転がる男の鼻の穴に人さし指と中指を、目にも留まらぬ速さで突っ込み、少しだけ手前に引く。
これもトーマスから教わったテクニック。
「や、やめれ」
「だったら、私の質問に答えろ」
「なんれ、おれが?」
引く力を少し強める。
「わ、わ、わ、わかっは。なんれもきいれ」
「話しが早くて助かる」
鼻から指を抜き、男のシャツで拭った。
「お前。どこの者だ」
どこかに属していたら儲けものだ。
「オレはチリショーテって組にいるもんだ」
「カニアを根城にするってやつだな」
チリショーテ。
我が領を根城に、裏の世界で猛威を振るっている傭兵崩れの集団。
勢力が拡大するにつれ、こういうチンピラが混ざってきたようだ。
「そ、そうだ」
「で、頭はいるのか?」
「マチューのことか?」
「マチューっていうのか」
チリショーテの頭目の名前が、こんなにも簡単に得られてしまった。
組織が大きくなるのも考えものだな。
「居場所は分かんねぇんだ。オレみたいな下っ端にはよ。な、もう、いいだろ?」
「礼に、右手は直してやる。ハイレンデス・リヒト」
聖属性得意の癒しの魔法だ。
「お前、教会の?!」
聖属性の癒しを使えるのは教会の人間という、これも先入観と言うやつか。
「違う。お前たちの敵だ!」
語気を強めて言い放つ。
「さっさと消えるんだな」
手を払うように動かし、とっとと行くよう促したのだが、その必要はなかったな。
男は仲間二人に見向きもせず、私から遠ざかるように駆けていった。
◆
オレは何を見てるんだ?
地面に落ちて、同じ年頃のヤツに逃げろと言われてから、そいつの動きから目が離せない。
速すぎて全部は見れなかったけど、俺たちにいつも意地悪をしてくる大人を、簡単に倒してしまった。
なんて奴だよ。
◆
男が逃げていくと、背後で人の動く気配を察知した。
「あ、ありがと」
「うむ」
逃げろと言ったのに、逃げずにいたのか。
先程の子供がおずおずといった感じで、周囲をキョロキョロと警戒しながら近づいてきた。
「なぁ、お礼がしたいんだけど」
「そうだな。私も話しがある、どこか別の場所へ行こう」
「なら、ついてきて」
◆
案内されたのは、かろうじて屋根と壁がある小屋だ。
そこに、別の子供が二人。
これで、子供が三人で、男が二人と、女が一人だ。
「ここなら大丈夫」
昼間ではあるのだが、窓が開かないのか、開けていないのかは分からないが、室内は薄暗い。
「暗いな」
掌から魔力の灯りを出し、天井に向けて押し出すと、ふよふよと光は登っていき、天井付近で漂う。
「魔法!」
小さな子供が珍しそうに灯りを見ている。
「それで、話しってなんだよ」
「お前。私に雇われる気はないか?」
助けてもらった礼が先ではないのか?
などと思いながらも、私の方も本題を切り出した。
「お前、子供だろ?それに金はあるのかよ」
「子供なのはお前もだ。だが、私には金がある」
腰のポーチから金の入った袋をチラリと見せる。
トーマスには、あまり出して見せるなと言われていたのだが、相手は子供だ。
「危ないことじゃないだろうね!」
私と同じ年くらいの娘が口を挟む。
「今までどおりだ」
「今までどおり?」
娘は私の言葉を訝しげに繰り返した。
「私がやって欲しいのは、街の噂話集めだ」
「それなら、パン屋のおばさんがいいぜ」
助けた子供が腕を頭の後ろで組んで、得意そうに言った。
そちらに聞きに行けということだろう。
「人に頼むのだから、それなりの理由があるだろう?」
「そうか!自分でできないからか」
これだけでそこに辿り着くのかと、驚きを隠せない。
「賢いな」
「へへっ」
「どうだろう?集めて欲しい噂はチリショーテの噂だ」
チリショーテの名前を出したことで、怯むかと思ったが、それも杞憂に終わる。
「チリショーテのことなら、どこでも転がってるな」
そこまで組織が大きくなっていたとは、少し見誤っていたか。
「そうね。それなら危なくないし、いいかも」
しっかり者そうな娘すら、こう言ってしまうのか。
カニア掌握は簡単にはいかなさそうだ。
「ならば、頼めるのかな?」
「受ける!な、いいだろ?ガラハウ」
「エギーユ。あんまりはしゃがないでよ。それで期間は」
「期間は決めていない。なので、週に一度私がここへ足を運んたときに、話しを聞かせてくれ」
「分かった」
「私はリケだ。よろしく」
その後、三人の名前と年齢を聞いた。
年長の男児はエギーユ。両親が賊に殺され、行く所もなく、一人生きて行くことになったそうで、歳は十ニ。
その次はガラハウ。こちらは人さらいに拐かされたが、その人さらいが別の賊にやられ、混乱の隙をついて、命からがら逃げてきたそうだ。
ガラハウは私と同じく十歳。
最後は幼子のアナベル。
年齢はわからないそうだが、橋の下に捨てられていたそうだ。
特段、珍しいことではない。
うまく、カニアを掌握したら、小間使いとして屋敷に入れてもいいかもしれない。
前金で銅貨を九枚渡した。
一人三枚の報酬だ。
それが高くつくのか、それとも安くなるのかは、彼らの頑張り次第。




