きっと悪になる
入学から一月が過ぎ、秋の気配もより深まってきていた。
「お嬢様。入学されて、毎日楽しそうでございますね」
朝の身支度中にハンネに言われた。
「なんだかんだと、新鮮でいいな」
「悪になるだのと、言っておられた頃が、懐かしく思われますね」
ハンネの言葉にハッとさせられる。
そうだ、私は破滅の道を回避するために、悪の道を貫くと決めたではないか。
それなのに……学院の生活が楽し過ぎた。
しかし、思い返してみれば、やってきたことと言えば、街のチンピラ集団を壊滅させたり、汚職で汚れきった代官と治療師を行方不明にしたり、教会に入り込んだ魔族を排除してみたり……。
結果を見たら、慈善活動ばかりよ!
思わず、頭を抱えたくなるが、視点を変えれば恐怖の象徴にも見えなくはない。
もう少し、裏での名声が上がればだけど。
「悪ってのは、難しいもんだな」
「何を言っておられるのですか?」
呆れられているのが、ここまではっきりと分かるとはね。
◆
「よう」
「おはよう」
机に突っ伏していると声がかけられた。
ロアだ。
「なんだよ。落ち込んでんのか?」
「詳しくは……後で」
顔を上げてロアに答えるが、詳細はここでは話せない。
「お前。いつも一人で抱えてっけど、周りを頼れよな」
「悪の組織ってのは、どうやって作るのだろうか?」
頬杖をついて、ぼそりと呟いた。
「バカなこと言ってんなよ」
「おはよう」
ソルが眠そうな目を、こすりこすりやってきた。
「眠そうだな」
「集団歩調で勉強の方が遅れてるからね。余裕ができてきたから、少しやってるんだよ」
集団歩調も皆の成長著しく、午前いっぱいやることはなく、午前の方にも座学が入るようにもなっていた。
「なるほどな」
「頑張れよ。オレたちは高みの見物かね」
「そうなるかもな」
余裕を見せつけるロア。
私も座学、実技共に、遅れは取っていない自覚があるが、高みの見物ができるほどの余裕はない。
「二人に絶対追いつく!」
「待たないぜ?」
「ボクだって追い越すつもりだから!」
「いい関係だな……。」
二人の切磋琢磨していく関係が眩しく映るり、他人事のように呟いた。
「お前だって、ターゲットになってるだろうに」
「勇者ソルに挑まれる魔王か……。」
「リケ。お前は魔王なのか?」
ロアの怪訝で心配そうな顔。
「ふはははは……。」
感情のこもらない棒読み過ぎる笑いを上げた。
「うん?魔王……そうか!魔王っ!!」
そうだ。悪と言えば魔王。
「いきなり元気になりやがって」
「魔王フリーデリケ!国の平和のため、ボクが倒す!」
乗ってきたソル。
私も席から立ち上がって、勇者ソルを迎える。
「勇者ソルよ。よくぞたどり着いたな。だが、お前の命運もここまでだ!私の胸で眠れっ!!」
「ばかなことやってないで、授業始めるぞ!」
いつの間にかやってきていたトロスト先生に、呆れ声で諌められた。
クラスメイトたちにも、うっすらと笑われている。
◆
ソルとのやりとりで、私の目指す悪が見えてきたような気がした。
魔王。
別に他国を侵略したいとかではなく、裏の世界の征服を目指すことに変わりはないが、そこへ至るためのルート作りが重要だ。
きちんと信の置ける手を集め、配下を増やし、規律を作り、他の気に入らない組織を征服していく。
やっと道筋が見えてきた。
カニアの街でもやったことだが、やはり、まずは仲間を集めることからだ。
しかし、躊躇ってしまうのも事実である。
ロアにソル、エマと将来の王国にとっての有望株を、私の魔王計画に巻き込んでもよいものかと。
特に、ロアはパーペン家の嫡男だ。
実に悩ましい。
それに、私のやったことは、結局のところ慈善事業なのではないかと……。
悪ってなんだ?
ドワーフのオルグ親方と、意見を交わしたあの時の決意が 揺らぐ。
◆
集団歩調明けの昼休み。
成長したとはいえ、クラスの面々は食が喉を通らず、飲み物だけで済ましてしまうものもいる。
ソルはと言えば、軽食くらいなら食べられるくらいには余裕はあるみたいだ。
「そう言えば、リケさんよ。後でって言ってた話は何だったんだ?」
「あれか……私が失敗した話しだ」
「こそこそやってて、失敗してりゃ、世話ねぇな」
ロアは口ではそう言ったが、顔は悔しそうに見える。
誘わないことへの憤りも混ざっているのだろう。
「私も覚悟を決めんとな」
「なんのだよ?」
「ロアやソル、それにエマの未来を背負う覚悟だ」
「お前に心配さ……そういうことなのか?」
聡いなロアは。
「私の我儘に付き合ってもらう」
「面白そう」
サンドイッチを、やっと飲み込んだソルが顔を上げる。
「思ってるほど、面白くはないだろうよ」
「冒険者になった方が、自由で楽しいだろうな」
ロアと私の波状攻撃。
しかし、ソルには効果がなかった。
「それで、何をやるんだい?」
「そこなんだ。今のところ、慈善事業になってしまっていて、それが本当にやりたかったことなのかと、悩んでいてね」
「ちなみに、どんなことしたの?」
「街のチンピラ集団を壊滅したり、汚職代官に癒着治療師を消したりだな」
「何を目指してるんだ?」
「悪の権化だな」
「悪いことするの?」
「リケの言ってる悪ってのは、盗みとかそういうんじゃないんじゃないのか?」
「裏の王国を牛耳る存在だな」
「そうだとしたら、何も悩むことはねぇだろ」
「ロア。どういうことだ?」
「表の世界にとって良いことでも、裏の世界じゃ恐怖の象徴ってこともあるんじゃないのか?」
「そういうものなのだろうか?」
そう言えば、三十路のサラリーマンだった頃。指定暴力団が地域住民に向けて、餅をついて配ったりなんて話しを聞いたことがある。
「とは言え、表の奴らに舐められるのも違うけどな」
「魔王かな?」
ソルの疑問。
「「魔王!」」
ロアと声が被る。
「良く分かったな。裏の世界で!私は魔王と呼ばれたいんだよ!」
「はいはい。どっちにしろ、慈善事業じゃねぇか」
「なんでそうなる」
「お前が牛耳ったところで、元から金はもってるから賄賂は効かない、賭博の八百長も嫌いだろうから、クリーンなギャンブル。暴利を貪るでもなく、早い、安い、必ず治るの三拍子そろった治療院」
「聞けば聞くほど、慈善事業だね」
「あぁっ!私に悪の道は無理なのか」
ロアの言に頭を抱えて落ち込む。
「見ようによっちゃ、それも悪なんだろうよ」
「ドワーフの親方にも言われたぞ」
「お前が裏の世界を牛耳るようになったとき、王様も執政閣下も違うやつになってるだろ?」
「そのくらいの時間はかかるな」
「そいつ等から見たら、裏の世界の方がまともだなんて、恐怖しかねぇよ」
「王子様。かわいそう」
「それに、裏の連中だってよ。中途半端なことはできねぇ。お前を倒す覚悟でやらないとだからな」
「魔王でしかないね」
「私は、このままでもいいのか?」
「お前の我儘を貫けよ。曲がったら、オレが蹴飛ばしてでも戻してやる」
「ロア」
◆
ロアの力強い言葉を胸に、私は魔法課程の教室棟へと向かっていた。
お目当てはエマ、それに結城結奏。
二人ともクラスはAだったはずなので、一度で用は済ませられる。
さて、ドアを潜り魔法課程の教室へと入る。
注目を集めてしまった。
見覚えのない学院生が入室してきたのだ、さもあらん。
「フリーデリケ!」
初めに声をかけてきたのは結城結奏だった。
予想はしていたが、クラスに馴染めていないようだ。
あの王子様たちは、何をしているのかと疑問に思うのだが、もしかしたら、雁首揃えて待っているだけなのかもしれない。
「結城結奏。丁度よかった。あなたの力を借りたい」
「分かった」
答えは事情を話してからと思っていたが、ふたつ返事どころか、食い気味に答えが飛んできた。
「良いのか?」
「だって、帰還の魔法を一緒に探してくれるんでしょ?」
「そうだ。だが、力を借りたいのは私の我儘だ」
「帰還の魔法だって、私の我儘よ」
「そうだな」
こうして話しをしてみると、星メモのシナリオに囚われすぎていたのかもしれないなと思う。
「フリーデリケ様」
私の入室を見て、近づいてきていたのは分かっていたエマ。
「エマ。様は要らんよ」
「一応、教室なのよ」
「他の子女に向けてか」
他の子女からも、そう呼ばれるのは確かに厄介だ。
「なんだか面白そうな話をしてたじゃない?」
「エマにも力を借りに来た」
「政略結婚のコマになるより、魅力的なお誘いよね」
「詳しくは放課後、うちの屋敷で」
「フリーデリケは通いだったのね」
私が寮生てはないことに、心底驚いていたようだ。
「近いからな。兄様は寮だったが、私は色々とあってね」
「それも説明してくれるのよね」
意味深な微笑みを浮かべるエマ。
この娘には、この先頭が上がらなくなるのだろうなと、そんな予感かした。
◆
王都のアスカニア家別邸。
私用の執務室に椅子を運び込み、皆を迎えていた。
ロア、ソル、エマ、結城結奏、それにフィッツの5名が、顔を揃えていた。
「集まってもらったのは他でもない。あなたたちの将来を私に預けて欲しい」
頭は下げない。
「やっと言ったな」
ロアがぼそりと言う。
その隣で、うんうんと何度も頷くソル。
「将来なんて大げさじゃない」
これから話すことはエマの予想を超えているだろう。
「私は今をもって魔王を称し、王国の裏を制圧する」
「お嬢……なんの冗談で」
フィッツがあからさまに取り乱す。
そりゃそうだ。アスカニア家の騎士なのに、守るべき対象のお嬢様が、魔王となると言ったのだ。
「フィッツ。申し訳ないが、これはお父様にも話すことは許さん」
「お嬢……分かりました。この身はフリーデリケ・アスカニアに」
珍しいどころか、初めて見るフィッツの最敬礼。
「フィッツ……。」
言葉を失い、感動で涙が溢れそうになるが、それではいけない。
私は結城結奏の方に向き直る。
「そして、結城結奏。あなたは学院の寮ではなく、ここに住んで、こちらの世界に慣れたらどうか?」
「えっ!?」
「帰るまでは、こちらで暮らすのだ。それなら、少しはこちらの常識を覚えておけ」
「でも、教会が……。」
「それは、私がやっておくよ。なにせ、枢機卿とはただならぬ仲なのでな」
彼の尋問を思い出し、ニヤけてしまいそうになる。
「それで、俺たちはこれからどうするんだ?」
「街の掃除だな」
「掃除?」
「それはこっちで話す。王都にはな、大きい組織から、ほんとにチンピラの集まりみたいなのが、いくつもあって、年中どこかで縄張り争いをしてる」
フィッツが私の言葉を引き継いでくれた。
街の事情ならば、エマよりもフィッツの方が持っている。
エマの方は学院、と言うよりも貴族や商家を中心となるので、二人の情報網が王都全域を網羅できることとなる。
「底辺から殲滅していく。私は国ではないからな、悪事の証拠なんて必要としないのだ。行動の指針はただ一つ」
皆を見回す。
ロアやソルの様な前衛組は、腕が試せる場が増えることに期待が膨らんでいるのだろう。
エマとフィッツはヤレヤレといった感じが出ている。
結城結奏だけが、不安に揺れる瞳をしていた。
それはそうだろう。
現代日本から召喚された思春期の女性だ、荒事など画面の向こう側にしかない。そんなところから来たのだから。
しかし、私は言葉を続けなければならない。
「私が気に食わなければ潰す。私が人の道を外れたなら、皆の手で、私を誅してくれ。頼む」
己が目指すものの為に。
「指針が人の道を外れている気がするんだよな」
「フリーデリケなら、大丈夫でしよ」
エマも付き合いが短いどころか、パーティのときに話しただけだったが、そこまで信を得られているとは思わなかった。




