噂 3
フィッツに調査を頼んで、自分が何もしないわけにもいかない。
カニアの街でなら、色々と手もあるのだが、王都ではまだまだ手が足りていないかりだ。
授業のある日中は動けないが、放課後ならば自由が利く。
再び、ロアやトロスト先生からの誘いを断って、学院内を探索し始めた。
とは言え、広い学院敷地を隈なく探すことなど、出来はしないので、ある程度の当たりはつける、
大っぴらにはできないモノのやりとりは、大抵人気のない場所と決まっているが、そういった場所も多くあるのが学院だ。
取り敢えず気配察知のスキルを展開しておこう。
これならば、人の気配をあてに、探すことができる。
大講堂から闘技場を回ってみようと、教室棟を出て、学院を巡る並木道を歩く。
放課後ということもあり、人影はまばらだ。
気配察知の方にも同様にまばらではあるが、移動している気配をいくつか捉えているた。
しかし、私の背後から歩きにしては早い速度で、近づいてくる影があった。
程良いところで、足を止め振り返ると、結城結奏が走っている。
このまま、私を通り過ぎて欲しいと、強く願うが、それは叶わなかった。
「あの…姿を見かけたから……。」
私の前で足を止めると、膝に手をついて乱れた息もそのままに、私に話しかけている。
「時間はある。少し落ち着いてからで大丈夫だ」
手持ちに水筒でもあれば、一杯渡したいところなのだが、残念ながら持っていなかった。
「ありがとう。私、結城結奏です」
「入学試験のおりに聞いているな」
「憶えててくれたんだ。あの、入学式の日は、ぶつかったのに、謝りもしないでごめんなさい」
「そうだったな。だが、転んだのはあなただ。私に謝る必要があったのか?」
「そうだけど……」
「なら、良いじゃないか。私は用があるのでね、失礼するよ」
いち早く、結城結奏から離れたくもあったし、探索の続きにも戻りたくて、そう言うと背を向け歩きだそうとした。
「待って」
これを無視できるほどに、私は鬼ではなかった。
再び足を止め、振り返る。
「どうした?少し共に歩くか?」
「いいの?」
「私も用事があるし、あなたも話したいことがある。ならば、歩きながら話せば互いに都合がよいのでは?」
「ありがとう」
「どういたしまして」
闘技場の方へと向き直ると、となりに結城結奏が並んだ。
ちょっと毛嫌いしすぎたかとも思ったが、接触を控えた方がトラブルは起こりにくいたろう。
「あの……あなたは、何故、騎士課程の方に入ったの」
判断に迷う質問だ。
星メモのシナリオを知っていての質問ともとれるし、ただ単に、それを選択した理由を聞いているだけともとれる。
「見ての通りのこの体だ。それに、剣や槍を幼少よりやっているのでな」
当たり障りない答えをしておく。
「そうなんだ。騎士課程は楽しいの?」
「はははっ。まさか。集団歩調を体験してみたいかい?」
「あれか……遠慮しておくわ」
「騎士への通過儀礼だよ。あれが終わったとしても、更に過酷な実技が待っているだろう」
「なんだか、辛いだけに聞こえるわね。そこまでしても、騎士になりたいものなの?」
「貴族の務めだ。私たちが民草の盾とならずに、誰がなるのだ?」
「あなたのやりたいことはないの?」
ここまで結城結奏の質問を聞いて、確信ができた。
私がフリーデリケ・アスカニアになる前の、三十路のしがないサラリーマンとして暮らしていた、その世界の価値観を持っているプレイヤーだと。
「あるぞ」
「なら、それをがんばるとかさ、もっと楽しく生きてみようって……。」
自身の表情が険しくなっていくのが分かったのて、足を止めて大きく数回深呼吸をした。
それを不思議そうに見ている結城結奏。
来て間もなく、この国の置かれている状況や、歴史や文化、習慣や世俗も分かっていないのたろう。
それに、貴族の責務についても。
アスカニア公爵家は、王室と血縁があるので、最後の最後まで民と国の盾となり、剣であらねばならない。
その価値観が分からないのであろう。
「あなたが、召喚の聖女だと言うことは知っている。その身の上については同情するしかない」
「……。」
「だが、ここはあなたが生きてきた世界でも、社会でもないのだ」
「……。」
「私の行く末は、私だけのものだ」
「それじゃぁ……私は」
俯いていたと思ったら、その目に力ある光を湛え、私を真っ直ぐに見る。
「私はどうすればいいのよっ!いきなり呼び出されて、知りもしない世界で、聖女ですって?何なのよっ!!」
感情の爆発は止まることを知らなかった。
私に向けられたものではないのだが、召喚されてから、ずっと溜まっていたのかもしれないな。
聖女だと祀り上げられてはいるが、意見は通らず、楽しみや娯楽もない。
ましてや、友と呼べるものもいないのかもしれない。
涙を流すその瞳には、憤りの炎が映っている。
◆
小一時間も罵倒を浴びただろうか。
さすがに自分のしたことではないものを、これ以上受け続けるいわれはない。
「結城結奏!」
「はっ……はい」
「あなたの憤りは分かった。だが、あなたのしたいことが分からない。王室の金で遊び呆けたいのか?それとも、元の世界に帰りたいのか?」
星メモのシナリオでは、攻略したキャラと結婚して、生涯を全うするようなエンディングだったと思うが、シナリオ途中で元の世界へ帰りたいと、こぼすシーンも確かにあった。
「……帰りたい」
「分かった」
「えっ!?」
何を言われたのか分からなかったようだ。
「お前。もし、元の世界に帰るためにその手を汚すことになってでも、その帰りたいという想いを貫く覚悟はあるか?」
凍てつくような視線になっていただろう。
しかし、彼女、結城結奏の瞳の焔が消えることなく、私を真っ直ぐに見据え、力強く頷いた。
「あなたが元の世界に帰れるよう、手を貸そう」
「いいの?」
「あぁ、結城結奏。お前はこちらの都合で呼び出されたのだ、今度はお前の都合を、ヤツらに押し付けるがいい」
「ありがとう。例え叶わなくても、恨んだりしないわ」
「まずは、ヒントを探そう。お誂え向きに、ここは魔法研究の最先端だ。世界を渡る魔法そのものはなくとも、足掛かりになるものくらいは転がっていよう」
「だと、いいけど」
「諦めは判断が濁るぞ。あると信じ、できると信じよ」
始めから諦めるなら、欲望を口にしてはならない。
「わ、分かったわ」
「さて、今日は私の用事に付き合ってもらおう」




