噂 2
翌日。
ロアやトロスト先生の誘いを断って、屋敷へ帰投した私は、自室にフィッツを呼び出した。
「お嬢。用ってのはなんだい?」
「まぁ、座ってくれ」
寝室とは別に与えられている私の勉強部屋。
そのティーテーブルの席をフィッツに勧めた。
「改まって、なにかあったのか?」
「ちょっと厄介なことが起きそうだ」
「厄介ね。お嬢の頼みは大抵厄介なんだが?」
「フィッツ。冒険者でも何でもいいんだが、能力値を底上げしてくれるポーションなんてものが流行ってないか?」
「能力値を底上げ?ポーション?聞いたことはないな」
「最近、学院内でな、そう謳ったものが出回り始めてる」
「学院内で……分かった。街の方は心当たりがあるんで、あたってみるわ」
「頼む。費用は足りてるか?」
「金貨は、そうそう使い切れるもんじゃないさ」
そう言ってウィンクしてみせる。
◆
騎士としての勤務は明けたが、お嬢からの頼まれ事だ。
なるべく早く情報を集めておきたい。
そう思って、日暮れの街へと繰り出した。
薬関係については、心当たりがある。
貴族街から離れ、外壁区画まではいかないものの、肉体労働者が多く住む辺りに、ひっそりと薬を売る店があった。
木造の一軒家が所狭しと並ぶ区画。
そのうちの一つが、お目当ての薬屋だ。
通りに面したテラスの奥に、店への扉がある。
元は小さな飯屋だったらしいが、オーナー兼料理人だった爺さんが亡くなった際に、薬屋が譲り受けたそうだ、
なので、店内もテーブル席は一組を残しているだけだが、そのときの雰囲気は残っている。
「ミア。いるか?」
店の奥でバタバタと音がし始めると、金属製の何かが床に落ちる音や、水がぶちまけられる音だったりと、様々な音が段々と近づいてくると、ところどころ濡れたり、汚れたりしている浅葱色のローブを来た女性が現れた。
「フィッシャーさんっ!」
年の頃は、お嬢よりも少し上くらいで、背丈は小さく、店のカウンター越しだと、胸元がやっと出るくらいで、お客とのやりとりも難儀しているみたいだ。
髪は明るい赤毛なのだが、クセがあるようで、後ろで二つの三つ編みにしている。
それと、顔立ちは幼さを残してはいるが、お嬢に比べれば可愛げがあり、妹や娘、お孫ちゃんを感じさせる雰囲気があった。
「ミア。いてくれたか、少し教えてほしいことがあるんだ」
「なんですか?なんですか?フィッシャーさんの頼みなら、何でも聞いちゃいます!」
そして、俺はすごく懐かれている。
「それよりも、奥は大丈夫なのか?」
「あははっ。少しこぼしただけなので、大丈夫です!」
あれが、少しなのか……。
「おっと、先に渡しておこう。これでもつまみながら、ゆっくり話そう」
ここへ来る途中で、店仕舞い間際のパン屋で買ったパンとお茶のポット、それに屋台の串焼きを一組たけ残っているテーブルに広げた。
実験だ何だと没頭し始めると、三日も飲まず食わずでいることもあったり、寝不足で床に倒れていたりと、色々と心配なやつなのだ。
「カップを持ってきますね」
「カウンターのそれで大丈夫だ」
届かないだろうと思い、カウンターの上にぶら下がっている小さなジョッキを取る。
「また、何も食べてないんじゃないか?」
「へへへ……昨日、少しだけ」
「食わなきゃ、もたんぞ。好きなだけ食べてくれよ」
「ありがとうございます!」
目の前に広げたパンに串焼きが、次々とミアの腹の中へと消えていく。
こんな見た目でも、飯の量は人並み以上だ。
食事が一段落して、温んだお茶を楽しむ頃に、ようやく本題に入る。
「それでな、教えてほしいんだが、人の能力値を上げる薬ってのは作れるのか?」
「能力値ですか?筋力を上げたり?」
「そうそう、そんなやつ」
「それは無理ですよ」
「そうなのか?」
「フィッシャーさんの筋肉だって、昨日今日で付いたわけじゃないですよね?」
「そうだな」
「使うから、体が必要だって判断して増える。その繰り返しなんです」
「言われてみれば、そうだよな。使わないと鈍る」
「筋力を増やすために、その助けになる薬は作れますが、飲むだけで増えるなんてものは、夢物語ですね」
「じゃあ、能力が上がったように見える物なんてのは?」
「あぁ……うぅん」
「何だ、言えないのか?」
「フィッシャーさん。どういった目的で、この話を?」
「少し込み入った話しになるんだが……」
ミアなら問題ないと思い、お嬢から聞いて話しを聞かせた。
「学院で……ですか。まぁ、あそこなら、そんな薬に飛びつく者も、少なくはないでしょうね」
「学院って、そんなところなのか?」
「完全な実力主義ですから、卒業したときのクラスで、その先の人生が決まると言っても、間違いじゃないんです」
「知らなかったぜ」
「だから、実力の足りない者。特に貴族の子息が、クラスダウンしたくなくてそんな薬に手を出す。あり得ますね」
「で、作れるのかい?」
「作れはしますが、使うのはお勧めしません」
「何かあるんだな」
「一度使ってしまえば、その薬が手放せなくなって、体はボロボロになり、やがては正気をも失ってしまいます」
「おいおい。やべぇな」
「ヤバいです!」
ここまで知っているならば、出どころも知っていたりするのだろうか?
「なぁ、ミア。そんなヤバいモノを扱ってるのってのは?」
「程度によりますけど、効果の弱いものなら、昔からどこの薬屋でも手に入ります」
「そうじゃないのもあるのか?」
「より強く効果がでるものとなりますと、しっかりとした錬金術の知識があって、それなりの設備が揃えられるお金を持った人になりますね」
「ちなみにミラは?」
「うちの設備じゃ、無理ですね。作ろうとも思いませんが」
はにかむように笑って言ったミラの答えに、ほっと胸をなでおろす。
実験に没頭するきらいはあるけれど、道を踏み外しはしないのだと、安心したのだ。
「となると、中層区画か貴族街……か」
「この辺りや外壁区画だと、品質が保てません」
「どうして?」
「薬って、すごく繊細なんです。雑多な場所で作ると、狙った効果が、出なくなったりしちゃうんです」
「そういうもんなんだな。ありがとう」
「いえいえ。フィッシャーさんの力に慣れたなら……。」
俺からの礼の言葉に、照れたようにもじもじとするミラ。
お嬢に一つ土産ができたな。




