教会 4
階段を下りて、教会の地下へと辿り着く。
気配察知のスキルで予め分かってはいたが、目視でもこちらに見張りは確認できなかった。
教会の関連施設ということで、襲われることはないとタカをくくっているのであろう。
地下はどこのものとも同じで、食材などを保管する倉庫として使われていたが、一つだけドアがあり、その先は部屋であることが見て取れた。
それも、ドアには大人の頭くらいの位置に、格子がはめられ、中の様子が見えるようになっている。
部屋というよりも牢獄だ……嫌な予感ほど当たってほしくはないものだな。
聞こえてくる子供の鳴き声と悲鳴。
ピシリと響く、鞭打つ音。
あぁ、胸糞悪い……。
格子から見えるだろう中の様子を予想して、舌打ちをしたくなる。
扉の前に取りつく。
ドアノブを慎重に回し、ドアが開けられるか試みる。
ノブを回しきったところで僅かに引いてみると、そのドアはすんなりとこちらへ動いてしまった。
事前の気配感知で部屋に三人いることが分かっている。
一人は子供だろうから、残るは二人を仕留めれはよいだろう。
そう考えたが、二人には後で尋問をしたいことから、話せる程度の損耗に抑えなければならない。
一つ溜息をつき、私は行動を起こす。
全身に魔力を流し身体能力の強化を施し、出たとこ勝負で部屋に押し入る。
部屋に入れば男と女と思しき二人の背中を視界に捉え、右側に立つ男から対処すると決めた。
ドアの開閉にようやく気がついたようで、首を巡らせているが、遅い。
強化済の身体で動く私を、素人が目に捉えることは難しいだろう。
既に男の右後方へ回り込んでいた私は、男の右脇腹に手を当てて一言発する。
「シュトースヴェレ(衝撃波)」
そう、肝臓めがけて衝撃波を放った。
痛みもさることながら、急激な血圧低下も引き起こすので、昏倒させることが可能なのだ。
男が崩れ落ちるのは確認しない。
まだ、ドアの方を振り向こうとしている女の、首筋めがけて腕を突き出す。
不意を突かれた女は、易々と首筋を掴まれることを許してしまい、そのまま頸動脈を締められ気を失う。
二人の人相を改めたいところだが、先に子供の方だ。
質素な四つ足の背もたれの付いた椅子に、腕と足を縛り付けられていた子供。
その衣服はいくつもの裂け目があり、その下に見える肌には血の滲む裂傷が見て取れる。
それに、顔も殴打されたようで、頬に残る赤みや唇の端に残る流血の跡。
うん。未来の私の資産を傷つけた罪は……万死に値する。
心の中で、そう決めた私は、子供の手足の拘束を解いていく。
手足が自由になると子供は、私の首筋に抱きつき泣き始めてしまった。
その背中に腕を回し抱きしめ、私は癒しの魔法を使う。
さて、泣き止むまでは待てないので、子供の体を引き剥がす。
「少しだけ、待っていてくれ」
子供の目をしっかりと見据え言葉を発しすると、しゃくり上げながらも、うんうんと健気に頷く子供。
意識のない男女二人を、部屋に合った粗末な四つ足の椅子に座らせと、その手足を縛り付け、この子がされていた恰好と同じものにした。
更に、追加で彼らの来ている衣服を裂いて、猿ぐつわとした。
そうしておかなけれぱ、目を覚ますしてうるさくなるからな。
拘束も終わったところで子供に向き直り、その体を再び抱きしめた。
「遅くなって、すまない」
その子に言える言葉は、それしかなかった。
◆
驕り高ぶるものは、自身のやることの成功しか信じていないからか、油断が多く詰めも甘い。
教会の偉いさんが絡んでいるとなれば、その護衛にもそれなりのものを連れているかと思いきや、驕りのためか、適当な付き人を連れて歩くに留めていたことがヤツらの敗因だろう。
小心者の商人が相手だったら、こんなに簡単にはいっていないだろう。
さて、椅子に拘束した二人をそのままの姿で、別邸の地下牢へとぶち込んでおいた。
運び出したのは夜中であったが、両手に縛り付けた男女二人を椅子ごと担ぎ、背中には泣きつかれて眠ってしまった子供を、紐で括り付けている姿なんて目撃されたくはない。
こんなことができるのは、私がゴリラだからではない。
魔力による肉体強化の恩恵を受けてのことだ……よ?
◆
明けて翌日。
私はアスカニア家別邸の地下牢で、拘束している二人の前にいた。
面が割れてしまわないよう考えて、白いオオカミの顔を模した、鼻から上の仮面を着けている。
二人のうち女の方は、フィッツと共に会ったシスターであった。
あの異常とも言える食堂での書き写し、その光景を微笑みを持って眺められる精神性の持ち主だ。相当に、ヤバいことをやっているんだろうなと思っていたのだが、それが案の定過ぎて反吐が出そうである。
そして、男の方は教会枢機卿のひとり、ヴァンシュタインその人だ。
この枢機卿は子供に限らず、自分に刃向かえない人間を弑逆することでしか、自分を慰められないのだろうな。
二人に尋問で話しを聞き出すために癒しの魔法を施し、そして、気つけにバケツの水を容赦なくかける。
目を覚ました二人は予想を違えることなく、猿ぐつわで何を言っているかは不明だが、何やら騒ぎ始めた。
私は手に持っていた木製のバケツを、女の顔面に投げつける。
”ゴン”
鈍く低い音が響き、バケツが床に落ちると、鼻から血を流す女の顔が現れた。
「次はない」
二人に向かって静かに言い放つと、男の方の背後に回り、猿ぐつわを外す。
口が自由になれば、やはり騒ぎ出すのだ。
「わ……私はっ!ヴァンシュタイン枢機きょ……。」
言い終わる前に、床に置いておいたバケツの水をかける。
「お前が誰かなんで関係ないんだ。次はないと言ったよな」
空になったバケツをヴァンシュタイン枢機卿の頭に被せてやると、小気味よいリズムで叩いてやった。
バケツの内側は反響につぐ反響で、わんわんと音が襲いかかっていることであろう。
「うぁあ〜っ!」
絶叫とのセッションを終えて、バケツを少し上げてやる。
「さて、私の言うことを聞く気になったかな?」
耳元で囁いてやると、うんうんと何度も頷いて見せてくれた。
「では、自己紹介から行こうか」
「は、は、はいぃっ!わ……私は、教会枢機卿のヴァンシュタインです!」
「偉い人なのに謙虚だなんて、ステキね」
耳元で、目一杯の艶っぽい声を出してあげた。
「ありがとうございますっ!」
こやつ、豚の才能があるかもしれないな。
「次は、孤児院で私の未来の資産を、嬲ってたみたいだけど、どうして?」
「はい。じょ……女王様に代わりまして、躾をしておりました」
完全に豚に堕ちたな。
「そんなこと、私。頼んだかしら?」
「女王様のお手を煩わせるわけにはいきませんので、出過ぎたまねではございましたが、代行いたしました」
「自分で考えて出来るのね。そういう子は好きよ……。」
バケツと共に準備しておいたロープを床から拾い上げると、それを束ねただけの即席のムチで、男の内腿を叩く。
「ぷきゃ〜っ!」
ほんとに豚。
「でも、やり過ぎはいけなかったわね」
「あ、ありがとうございます」
ハァハァと、男の息が荒くなってきていたので、肩口にもう一発たたき込んだ。
「ピギャ〜っ!」
豚に失礼かもしれないと、思い始めた。
「豚は、孤児院のお金で何をしてたのかしら?」
「孤児院のお金ですか?」
ムチを黙って太腿に一発入れる。
「質問は受け付けないわよ。さぁ、どうしたのかしら?」
「金で、酒と女を買いましたっ!」
「正直で良いわね!」
再び、太腿に一発。
どうりで、孤児院の建物のボロさや、人手不足が解消されないわけだ。
「私のモノを勝手に使っちゃったのね」
「め、滅相もございません。お借りしただけですっ!」
牢の鉄格子近くに置いてあったバケツ。
これにはみずがまだ入っていた。
その水に、手に持っているロープを浸して、染み込ませれば、水の重さ分の打撃力アップだ。
ロープを男の腿に叩き込む。
ずしりと重い音と共に、男の絶叫ぎ響いた。
「ひゅ〜……ひゅ〜……。」
喋る気力はなく、項垂れて、呼吸する音だけが聞こえた。
「私のものを勝手に使ったのだから、それ相応の罰が必要なのよね」
「ひゅ〜……ひゅ〜……。」
答えはない。
癒しを与え、回復してやる。
「あ……ありがとう……ございます……。」
「元気がないわね。もっと欲しいのかしら?欲張りさん」
「いえいえ。これ以上の褒美は、私めには不相応でございます」
「そう?」
「はいっ!」
脂汗したたる最高の笑顔を見せる豚。
「次の確認よ。豚は聖女を呼び出したわよね」
「ど、どこで、それをっ!」
水を含んだロープを床に投げ捨て、鉄格子近くに準備しておいた武器ラックから、六角形に削り出した木の棒を手に取る。
「二度は言いたくないのよね。質問は受け付けないわ」
言葉と共に、バトンを腿へと振り下ろす。
ぐしゃりと潰れる音と共に、男は絶叫し、白目を剥いた。
再び、癒しを与え、バケツの水を掛けて起こす。
「聖女を召喚したわね」
「はい……いたしました。教会の影響力を強めるためでございます」
「ちゃんと、言えたわね。偉いわ」
ニコリと笑顔を見せてやる。
特別なご褒美だ。
衰弱と精神的な疲弊で、暗くうつむいていた男の目に、光が戻って来た。
「王への翻意だったのかしら?」
「そのようなことはございません。金をもっともらえるようにでございます!」
清々しいほどに、金の亡者なのだ。
なんとも情けない『聖女召喚』についての真相である。
「うぁぁっ!」
静かだなと思っていた女が豹変したと言うよりも、全く別の生き物へと変貌した。
肌は青白くなり、頭の両脇には捻じくれた二本の角が現れ、目の瞳と唇は燃えるような赤に色づいている。
「ふんっ!」
力任せに拘束していたロープを引きちぎり、自身の力で自由の身となると、その手で猿ぐつわも外す。
「あわわわわわ……。」
豚が椅子の上で震えていた。
どうやら、ミラの正体は魔族だったようだが、このタイミングで正体を現しても意味はないだろう。
「さんざ……。」
バトンを手加減無せず、相手の頭に叩き込む。
ぐしゃりと頭蓋が砕け女の頭が潰れていった。
彼女からも話しを聞きたいところであったが、枢機卿を守りつつ、この場で戦うことは難しい。
残念ではあったがね。
「豚は、彼女が魔族だってことを知ってたの?」
魔族と言えど、特別に強いわけではない。
少し、魔法に強いようではあるが、魔力については、エルフ族ほどの強度と量はない。
もったいぶらずに、さっさと正体を現しておけばよかったのにと、強く思った。
「いえ。あれ?私は……ここは?」
豚が、キョロキョロとあたりを見回している。
もしかして……。
「豚よ。私は誰だい?」
「いったい、誰だね。そのようなふざけた仮面を……。」
「だまりな!」
やっと終わりそうだと思った尋問であったが、問いただすことが増えてしまった。
◆
ヴァンシュタイン枢機卿の尋問は、改めて騎士団の詰め所で、お父様との立ち会いのもと行われることになった。
聖女召喚については、既に聞き出しているので、今回は魔族と教会の癒着についてが中心となる。
まぁ、癒着しているわけではなく、教会の中枢にまで手を伸ばされており、好き勝手されているのが現状なのたろう。
「ヴァンシュタイン枢機卿。魔族による精神支配を受けたと思われる時期について答えてくれ」
お父様か最大限の敬意を持って、ヴァンシュタイン枢機卿に問いかけた。
「うぅむ……。ミラとかいう女が、孤児院に来たのが昨年の暮れぐらいだったと思う」
頭を振り、何かを頭の中から追い出したいのであろう。
「そこからの記憶は曖昧なのか?」
「そうではない。すべて記憶しているよ……ただ、判断が必要な場面になると靄がかかったように、はっきりとしなくなる」
「あの魔族の女にコントロールされていたのだな」
その様な魔法なのか薬品なのかは不明であるが、理性のタガを外し、判断を欲望に傾けると言ったところだろう。
「そのようだな」
枢機卿の様子に、お父様も同意するしかなかった。
「私は……。私は……。」
その場に泣き崩れる。
子供たちにあれだけのことをした上で、その記憶を残しているのだ。良心が残っているのなら、その呵責に耐えられないであろう。
それに、魔族の精神支配魔法とは言え、聖職者である。しかも、その最高峰である枢機卿が、その魔法に抵抗できないとは情けなさすぎる。
この事件で、教会の運営について、ついぞ口を出してこなかった王室は、それを支配下に置くことを決定した。
教会は、金と汚職にまみれた膿を吐きし、その本分を思い出すキッカケとなることであろう。




