悪いって?
意気込んではみたものの、悪のイメージができていない。
悪ってなんなのかと考え始めると、悪についての哲学的な考察が始まってしまう。
モデルを決めて、それをなぞるのが楽なのではあるが、乙女ゲームばかりやって来た三十路に、悪のイメージに合うようなモデルは無い。
「はぁっ………。」
一つ溜息。
「いかがなさいましたか?お嬢様」
私が溜息をつくなんて珍しかったのであろう。
ハンネが心配そうに、私の顔をのぞきこむ。
「ハンネ。悪とはなんだろうか?」
私の問いかけに気を取り直し、先ほどまでの世話の続きに戻るハンネ。
「悪でございますか…。」
漠然とした問いに、少し困ったような顔になる。
「法に従うことなく、己を貫き通す」
世の中で悪とされるであろうことを言ってみた。
「アウトローではありますが、人と関わらなければ無害ではありませんか?」
ハンネの鋭い分析。
このメイドと話をしていると、ドキリとさせられるような返しがたまにあり、本当は大卒くらいの転生者なのではないかと、疑いたくなるものだ。
「やはり、人との関わりが重要なのか?」
「難しいテーマではございますが、悪は誰かに悪いと思われてからではないのでしょうか」
「誰かに悪と思われる…か」
確かに、そう観測する側に認識されなければ、何をしたとしても、それは単なる行動に伴う結果でしかない。
悪とは難しいものだ。
「さて、何から始めたら良いのであろうな」
根を詰めすぎるのもよろしくないと思い、話題を変える。
「お嬢様。考えすぎるのも悪しきことでございます。ティータイムにしてはいかがでしょう?」
更によい案が提示された。
ハンネにはお見通しというわけだ。敵わないな。
「煮詰まったな。その提案を受け入れよう」
「では、ご準備を」
「たまには、庭園の方で皆とやろうか」
ふと思いつき、より気分転換になりそうな提案をしてみた。
「それならば、軽食もでございますね」
「うん。手間を掛けるな」
「そのための私たちです。お持ちいたしますので、先に」
「分かった」
椅子から立ち上り、久々に顔を合わせる面々に、僅かながら心が弾む。
◆
我が屋敷には、正門から正面玄関までの間をつなぐ、なかなかの広さの庭園があり、庭師たちの手によって、維持と管理がなされている。
屋敷裏の外壁近くの一角に、手入れを任せている庭師たちが使う小屋が建てられていた。
「お嬢。体はもういいのかね」
気さくに声をかけてきたのは、顔に豊かなヒゲを蓄えているドワーフ族のオルグ。
星メモのファンタジー要素の一つである、異種族というやつだ。
他には、エルフや獣人もいたはずだ。
「親方。私なら大丈夫だ。それよりも、一緒にお茶なんてどうかな?」
小屋に近づきながら、先程の問いに答えた。
「全く、いつも通りの子供らしくない言動。大丈夫そうだな」
小屋にはオルグの他に、庭師のパウルと小間使いのベンが道具の手入れをしていた。
「お嬢様。ここに来るのは奥様が、良い顔をなさいませんよ」
パウルは長身で黒髪の青年。オルグの元で庭師としての修行を続けている。
「私はしたいことをしている。母上がどんな顔をされようとな」
今のはなんか悪っぽいような気がした。
「そんなこと言ってると、夕飯抜きにされちゃうぜ?」
ベンは鎌の手入れをしていた。
齢の頃は、十四、五といったところで、明るい茶色のくるくる天パの可愛らしい顔の少年だ。
「そうなったらオルグの奥方に泣きつくさ」
実際、オルグの奥さんの料理の腕はピカイチで、うちの料理人ともいい勝負になるだろう。
「お嬢様。お持ちいたしました」
ハンネがピクニック用のバスケットを持ってやってきた。
「よし、準備しよう」
丸太に板を乗せただけのテーブルと、丸太を切っただけの椅子を人数分。
テーブルに軽食のセットと、焼き菓子にティーカップがセットされ、ポットから抽出の終わった紅茶が入れられた。
「親方は、こちらの方がよろしかったですね」
ハンネは別のポットを取り出して、そちらから親方のカップに別のものを注いだ。
「さすがに酒とは言えんからな。うん。今日のも良い香りじゃ」
コーヒーだ。
乙女ゲームならではのご都合アイテムとは言え、十七世紀のオーストリアでは既に楽しまれていたようなので、あながち間違いとも言えないのか。
「ここに来たってことは、何か相談事があるんだろ?」
こちらもお見通しのようだ。
「親方にはお見通しか…そうだ。話が早くて助かる」
「今回はなんなんだい?新しい野菜か、それとも道具の方か?」
いつもの相談とか、ちょっとした実験とは違う。
「今回は悪についてだ」
漠然としたテーマ。
「お嬢様。それはどういうことでしょう?」
パウルは何が何だか分からないなりに、少し慌ててもいるようだ。
また、壮大なイタズラを仕掛けるのではと、ハラハラしているに違いない。
「イタズラしてたら、また、執事のハンスに怒られるぜ」
ベンは少し楽しそうだ。
「いや、そういうものではなくてな。悪の存在感とでも言うのであろうか」
「象徴としての悪ってことかい?」
親方の知性を感じさせる問い。
ドワーフには珍しいとされる、読書や植物の育成に力を入れるオルグてある。
そんな理屈くさいこともあり、他のドワーフたちとの折り合いも良くないようで、里から出て、うちの庭師をしているのだ。
「そうなるのかな?私も分かってはいなくてな」
「その齢で分かってたら、学者センセイは要らなくなっちまうよ」
確かにそうだろう。
「難しそうな話しだなぁ。オイラはクッキーがどうして美味しいのかのほうが気になるよ」
両手を頭の後ろで組んで、既に興味ないモードのベン。
「ははははっ!それは私も気になるな。しかも、シェフとハンネの作る物の味がちがうのもな」
「だよね!」
ここで、話に乗ってくる。
「ベン。お嬢様になんて」
「パウル。よいよい、お茶の席だ」
生真面目なパウルに、そう目くじらをたてなくともよいとたしなめる。
「今のベンの話しも悪なんだろうな」
親方が難しいことを言う。
今のながれのどこに悪の要素があったのだろうかと、考えてみて、ハッとさせられた。
先ほどハンネとの会話のなかにも出てきたことだ。
「やはり、人との関係なのか」
私の答えに、ニヤリとする親方。
「それに気づいてたのか…実際、善悪ってのは属する集団によって違ってくるもんだ」
「属する集団」
「街の方だと話題になってるんだが、最近でき始めたマフィアなんてのは、西方諸国の紛争から逃げてきた、移民たちの作った互助組織だ。だから、ハイデルの法を知らずに西方の常識で暮らす」
近年、国境付近の街に多く流れ込んで来ているという話だ。
「そうなのか?」
「誰も教えんのだ、そうなるじゃろ?」
教育の場がないと言いたいのだろう。
生まれてからハイデルで育った私たちは、親や周囲の大人から教えられてきている。その実感がないだけに、忘れがちではあるのだがね。
親方は続ける。
「でだ。移民たちの常識では当たり前のことが、ハイデルでは悪いことになるものもある」
「なるほど、それが属する集団の違いということか!」
冒頭の属する集団につながつるというわけだ。
「まぁな。その逆も必ずある。その隔たりをうまく丸めるってのが、議会だったりするもんよ」
「全く。親方はどこからそんな知識を入れてくるのだよ」
「だてに長く生きちゃいない。それに人の書いた書物ってのは、知識としての経験値を飛躍的に向上させてくれるってもんだ」
そう言って、一口コーヒーを啜る親方。
「スキルとして?」
そう、この世界にはスキルやレベルという概念もある。
その他にも、先天的に与えられる加護もあり、それらを使いこなして生きている世界だ。
「読書ってスキルもあるが、知識はまた別もんだろう」
「そうか」
「話しが逸れたな。まぁ、悪ってのは立場によって違うが、立場も関係なく悪いこともあるな」
「他人への危害を加える行為だな」
「そういうものだな。盗みもそうだが、周辺国でそれらを罰していない国はないな」
「確かに」
「戦争はどうなんだい?」
ベンの言うとおりだ。
戦争は殺しもあれば、盗みもあるが、その善悪は勝敗によって決まる。
「戦争はやらせる奴が悪いんじゃ」
「そうなのか?」
「そう思わんとやっとられんよ」
「親方はヤルダバオト戦役に出征なさったのでは?」
「百年は前じゃん?」
ハイデル王国が最後に参戦した大戦のことだ。
西側諸国との国境付近での小競り合いは、今でもあるのだが、国王率いる王国軍が動いたのは、ヤルダバオト戦役を最後に起こっていない。
「わしゃ、ドワーフだがらな。ゆうに三百年は生きとる」
異種族のエルフとドワーフは長命というのは、この星メモの世界でも同じだ。
「親方は、私のお父様から数えても、五代前の当主の頃からいるのだ」
「そんなにいるのか!ご主人様よりこの館のヌシじゃんかよ」
ベンの言葉にハッとなった。
そうか、国王よりもこの国の主たらんとすれば、それは悪なのではないだろうか?
反逆をしたい訳では無い。
国王や神殿の司祭よりも影響力を強くし、国の要職でさえ顎で使うようになれれば…それだ!
「ベン。たまにはいいアイデアを出すな。ハンネ、後でベンに焼き菓子を届けてやってくれ」
「はい。お嬢様」
「おいら、なんか言ったかい?」
「それが、お嬢の答えだったとはなぁ…何かあったら、大人も頼れよ」
察しの良すぎる親方だけど、三十路の記憶が戻る前にも、こうして問題解決の足がかりを作ってくれていた。
「困り事がなくなられたようで…。親方、そろそろ戻りませんと」
真面目なパウルは、仕事に戻ろうと提案している。
「そんな時間だったか、お嬢。お茶をご馳走さん」
「私も良い助けが得られた。こちらからも礼を」
ハンネの片付けが終わるのを待ち、屋敷の自室に戻った。
◆
「力だな」
何から取り掛かろうと思ったが、そこはやはりありきたりではあるが、力を持つに限る。
「力でございますか?」
「幸いと言わざるを得ないが、家名という上げ底はありがたいな。だが、私自身の力だ」
「体の使い方や、勉強が今のところできることでしょうか?」
「なんとか、魔法の才も開眼させられないものだろうか?」
「そればかりは」
「どこかの書物にかいてあるかもしれん。地道に探すさ」
翌日。お父様に願い出て、体の使い方を教えてくれる先生を付けてもらえることになった。
ゆくゆくは、公爵家騎士団に剣や槍を習うことにもなるだろう。
そして、魔法。
コレを伸ばせることが、自力を伸ばす最短ルートになるだろう。
◆
お父様にお頼みした、体の使い方を教えてくれる先生との初対面の日。
執事のハンスに連れられて来たのは、短い頭髪を後に撫でつけ、薄ら笑いを顔に貼り付けている男だった。
服装は動きやすそうで、何かに引っ掛かったりしないよう、体にある程度沿うような感じだ。
「へへっ。こちらが、そのお嬢様かい?」
「フリーデリケ・アスカニアだ。よろしくお願いする」
出自は平民らしいが、教えを請う立場でそれを気にしていてもしょうがない。
私は先生となるその男に礼をする。
「おっと!こんなオレっちに、そこまでしなくてもいいんだぜ」
礼を受けたことに慌て出す男。
「あなたが何者であろうかは関係ない。私を教える立場なのだから、相応に」
私の答えに、すっと落ち着きを取り戻す。
さっきの慌てたのも演技なのかな?
「ふーん…。オレはトーマスってんだ。街で軽業師ってのをしてたら誘われてな。で、なんて呼んだらいい?リケでいいか?」
「リケ!良いな。愛称ってやつだな先生」
周りが使用人ばかりだったので、生まれて初めてつけられた愛称に、嬉しくて取り乱しそうだ。
「おっと、先生はやめてくれよ。オレっちはそのまま呼んでくれって」
「と、トーマス」
「それでいい。オレっちとリケは、しばらくの間は相棒だ。だから、オレの技を教えるし、守ってもやる」
「相棒」
なんとも甘美に聞こえる言葉だろうか、三十路の時ですら相棒と呼べるような存在はいなかったし、できる前にこちらへと来てしまったのだから、当たり前ではあるな。
◆
トーマスに体の動かし方を習い始めて、三ヶ月が経とうとしていた。
教えてもらったことは、走る、跳ぶ、止まる。
この三つだけだったが、三十路時代でも運動経験のない私には、難易度も易く、楽しく続けられていた。
成長も日々感じられるので、自主的にも練習しているほどだ。
社交デビューに向けたダンスのレッスンも、トーマスの教えを繰り返していくうちに、ステップと言わず、ターンと言わず、格段に上達していると実感できた。
まぁ、まだまだなんですけどね。
あと、ヴィルヘイム兄様の冷やかしと野次も受けるが、それよりも成長が楽しく気にもならない。
「三ヶ月。本当に体を動かす基礎をやり込んだわけだけど……思ったよりできてんだよなぁ」
「どういうことた。トーマス」
口調には慣れてもらった。
しかし、トーマスの予想を越えた成長と言うのは、どういうことだろうか。
「オレっち、鑑定持ちじゃないから分からんのたけど、もしかしたら、リケはなんか特別なギフトを持ってるかもな」
ギフト。所謂、加護と呼ばれるものだ。
そう言えば、白い部屋の男に、何か言われていたような気がするが、思い出せない。
「それは、ありがたいな」
「今日からは屋敷の裏の特設会場でやるよ」
「分かった」
トーマスに続いて屋敷の裏側にある菜園の一角に、三十路の人生で一度だけ行ったことのある、フィールドアスレチック。しかも、それの安全帯無し版が出来上がっていた。
「トーマス。こんなもんでどうだ?」
親方が自信満々で腕組みをしていた。
「最高だぜ!親方ぁ」
今日からのトレーニングはこちらを使うというわけだ。
「先ずはオレっちが回るから、見ててくれ」
言うが早いか、トーマスはアスレチックへと駆け出す。
兎に角、その動きは最小限で右に左に翻り、アスレチックを一つ、また、一つとまたたく間にクリアしていった。
「なんじゃ、あやつは」
「軽業師って聞いてるが?」
「ありゃ、伝説のアサシンって言われても、信じてしまうな」
「アサシン…か」
私の今後に必要となる人材だ。
理屈が通じず、話し合いが進まない場合の最終手段ではあるが。
「ほれ。リケもやってみろ」
いつの間にか戻って来ていたトーマスが、私にアスレチックをやるよう促してきた。
どれだけ自分が動けるようになっているのか試したくて、トーマスがやっているのを見ていて、少し楽しみだったのだ。
しかし、結果は散々。
全種クリアまでに、小一時間もかかってしまっていた。
「初めてにしちゃ、上出来よ。オレっち、しばらく来れないから、コレをやっててくれよな」
「なんだ?冒険か?」
「そんなもんだね。昔の仲間に頼まれちまってね」
「みやげ話を楽しみにしとくよ」
「おうっ!」
◆
それが、トーマスとの最期の別れだった。
とはならず、半年後には元気に戻ってきて、私のアスレチックを見て、投擲とナイフコンバット、組打ちなんてのも教えるようになる。
そのころから三十路の私の記憶は、段々と、自分が忍者になっているような気がしてきていた。
アニメやマンガで見ていた、体術メインの軽戦士とでもいうのであろうか?
ならば、それに合わせた道具も、親方と作ろう。
トーマスが来ない時期があったので、勉強の方の教師もつけてもらっており、歴史に算術、法務といった、官僚として必要な知識を教えてもらっていた。
算術は三十路の私の記憶があるので、微分や積分までもできるのから、本当は必要なかったのだが、できる先生なので教えてもらっている。
後は魔法だ。
こればかりは、未だに発現の方法が掴めない。
ベッドに横たわり、寝入るまでの時間で、どうしたものかと考えていたところで、意識が白い世界へと旅立つ。
◆
「久しぶりだね」
「呼び出しは、事前に先触れがほしいな」
「辛辣!」
「今回は死んだ訳では無いから、何かあるのか?」
「魔法をお求めかい?」
「そうだ」
「君は発現しているんだけどなぁ」
「いやいや…そうか、発現させるのは」
「属性はスキルポイントガチャでランダム。魔法はポイント取得だってこと、思い出した?」
「あぁ…そうだった。しかも、レベルアップ毎のボーナスポイントも忘れてた」
「もう、大丈夫かい?」
「アドバイスありがとう」
意識が寝室へと戻ってきた。
目を開くと見慣れた天蓋が見える。
「ステータス」
目の前に緑の枠に囲まれ、幾つもの文字と数値が表示されたステータスウィンドウが開く。
うん。そうだね。
星メモは乙女ゲームには珍しく、自身のステータスや魔法属性で攻略キャラの難易度が変わると言うゲームだった。
だから、初期キャラメイクは目指す攻略キャラによっては、リセマラするはめになることもしばしば。
基本ステータスは………。
脅威の三桁到達。レベルは四十だってのに、これ、人間辞めてる数値じゃん。
スキルも色々とあるが、既に上位スキルに変化しているものもあった。
恐らく、白い部屋の男がやっていてくれたのだろう。
そして、ボーナススキルポイントは余りに余っていた。
そりゃそうだ。なにせ、使っていないのだから。
今後に必要そうなスキルを取り、可能ならば上位スキルへと昇華させていく。
今夜のメインイベント。
魔法属性取得だ!
この世界の属性は、聖、闇、火、土、水、風の六属性。
狙いは精神支配系の魔法が多い闇だ。
念を込めて、属性ガチャをスタートされた。




