生まれました
ベッドの上で目覚めると、ふわふわとした何かに包まれているような感覚、それにに加えて頭もどこかスッキリしない。
日々、大勢の人に囲まれて過ごし、様々な体験に勉強などもして来ていたように思えるのだけれども、記憶もはっきりしなかった。
ただ、新しく経験したものの思い出は、はっきりと思い出せ、新しく知り得たことも憶えている。
新しく?
何を言っているのか。
毎朝の目覚めの儀式のようなものを終わらせて、ベットの上で身体を起こした。
“コンコンコン”
「お嬢様。入ります」
ノックの後、間を空けずに断りの言葉。
私のお付きのメイドであるハンネの声だ。
ハンネの入室に合わせてベッドを出て、サイドテーブルとセットの椅子に腰掛ける。
サイドテーブルに水桶が置かれ、そこで濡らしたタオルでハンネご私の顔を拭っていく。
次はパジャマ脱がせ、首筋から拭き上げてくれる。
これも毎朝の儀式。
ハンネに全てを委ねることで、私が出来上がっていく。
「本日はこちらていかがでしょう?」
ハンネが私の前に姿見を運び、私に自身の全身が見えるよう調節する。
白味の強いストレートの金髪に碧眼。
肌は白く、肉付きは平均的。
表情は愛想というものを、どこかで無くしたのかと自分でも思ってしまう程に乏しい。
これで、八歳というのだから、周囲の大人たちはガッカリしていることだろう。
「ハンネの選択だ。間違いない」
そして、この物言い。
自分のことながら可愛げがない。
年齢にたいして、大人びいている。
否。どこか達観しすぎている言動。
これまで、何人もお付きのメイドが変わったが、この可愛げのなさが気持ち悪いようで、ハンネになる前までは、同じメイドが三ヶ月同じ人だったことはなかった。
「本日の朝食は食堂でございます。公爵様も同席されると聞いております」
「そうか。父上と会うのも久しいな……行こう」
ハンネを従え寝室を出て廊下を進む。
大人たちが子供である私に、礼を尽くす姿にも慣れてきたが、やはりどこかむず痒い……慣れた?
自信に生まれた疑念に動揺してしまった。
「お嬢様っ!」
運が悪かった。
動揺を覚えた場所が、階段を降りる直前であったなんて。
下の段へ踏み出した足が空を切り、身体の軸が崩れる。
手すりを掴もうと腕を伸ばすが、常に通路の真ん中を歩くクセのせいで、その距離に絶望し、ハンネの腕も間に合うことはないだろうと諦めた。
階段を転げ落ちる。
体のあちこちが何かにぶつかり、ぶつかればそこは痛む。
そして、頭もぶつけ、意識が遠のいていった。
◆
気がつくと、椅子に座らされていた。
背中にも座面にもビロードの布が貼られ、中には柔らかな綿も詰められ、脚や肘掛けには装飾も施されている。
「目覚めたようだね」
優しく柔らかな男性の声音。
声の方へと顔を巡らす必要もなく、声の主は私の正面に姿を顕した。
夢であるのかは分からないが、その男性の超常的な力を目にして、これが自身の最期なのだと悟る。
「随分と諦めが良いんだね」
考えを読まれたようで、気持ちが悪い。
「いやいや。まさか、封印を解除する前に、また、死んじゃうなんてさ、前代未聞だよ」
とは言っているが、想定外の出来事が面白かったのだろう。顔がにやけている。
「さすがに、それだと、こちらが困ったことになるんだよね」
何が困るというのだろう。
それに、封印?
「だからさ、また、戻してあげるから。最後まで抗って見せてくれたまえ」
男性の両手から私に向かって光が放たれた。
「ちょっとだけ、力を付け足したから……死ぬんじゃないよ」
薄れる意識の中で聞いた、最後の男性の言葉。
◆
目が覚める。
部屋の中に日が差し込んでいるのに気が付き、血の気が引いて行く。
ヤバい。寝坊した。
慌ててベッドを出ようとしたが、自分の想定していた大きさと違って、やたらと広い。
シングル……これ、キングサイズだよ!
それに、パジャマも……て、いうか手も小さいし、どうなってんのよ!
部屋の片隅に姿見を見つけ、ベッドを降りてそちらへ向かうのだが、何があったのか体のあちこちが痛む。
なんとか姿見の前にたどり着き、その前に立つと、現れたのは金髪碧眼の美少女。
三十路を越そうっていう女の姿ではなかった。
三十路?
そう疑念を感じると、頭の中がかき回されるように、記憶の奔流に意識が持っていかれる。
立っていられないほどに痛む頭に、膝から崩れ落ちる。
「お嬢様っ!」
ドアが荒々しく開かれ、メイド服の美人さんが駆け込んできた。
倒れる前に彼女の腕に抱きとめられ、転倒を免れるのだが、次々に思い出される記憶の奔流に意識を失った。
◆
目が覚める。
再びのベッド。
さて、だいたい状況は飲み込めた。
八年間の記憶と、封印されていた三十年の記憶が混ざり合って一つになったのだ。
今の私は、フリーデリケ・アスカニア。アスカニア公爵家の第三子で、年齢は八歳を迎えた少女である。
愛想は無く、大人びた話し方。
外で遊んだり、絵を描いたりと年頃の子供が好むことよりも、本を読んだり、畑仕事をしたり、道具を作ってみたりすることの方が楽しいようだ。
三十路の方の私も、そんなことが好きだったから、記憶が無くても何となく好きだったのだろう。
さて、三十路だった方の私だが、何の変哲もないメーカー系のサラリーマン。
無理がたたって、週末を迎えるはずの睡眠が、終末になってしまったという落ちになってしまったようだ。
ベッドの上に体を起こす。
“コンコンコン”
「お嬢様。入ります」
いつものハンネの声。
「お嬢様っ!目が覚めたのですね」
「ハンネ。おはよう」
私ほどではないが、愛想の薄いハンネの顔に驚きと、喜びとが入り混じった複雑な表情をしている。
「身支度を始めよう」
いつも通りの朝。
身支度を終えて食堂へと顔を出す。
「おはようございます」
先に席に着いていた家族に、朝の挨拶をした。
「もう良いのか?食事も部屋に運ばせるぞ」
アダルガー・フォン・アスカニア。
ハイデル王国の執政であり、アスカニア公爵家の現当主である父上だ。
「ご心配くださいまして、ありがとうございます」
華麗にカーテシーを決めてみせる。
多少、痛むところもあるけれど、動けなくはないというアピールだった。
「畑なんかやってると、体も強くなるんかね?」
鼻にかかる嫌味な言い方は、ヴィルヘイム兄様だ。
小心者であるが、弱者には強いという目も当てられない人間性が特徴である。
「身体は使えば強くなる。自明の理ではないか」
アスカニア家の長子であるマクシミリアン兄様は、シンプルかつ理に適った現実主義で堅実。
学業に武術に、治世にと、常に研鑽を積んでおられる尊敬する兄だ。
ここまで来たことで、私の記憶と一致し、私の立場が確定した。
これ、『星屑メモリーズ』の世界だわ!
星屑メモリーズ。
異世界召喚された『星屑の乙女』と呼ばれる少女が、ハイデル王立学院で、この世界のことを学びつつ研鑽を積み、攻略対象となる男性との思い出を重ね、卒業式で想い人とゴールインするという王道のストーリー。
もちろん、ヒロインを邪魔をするキャラクターも設定されていて、その一人が私だ。
しかも、最大の脅威となり、その最期も悲惨なものが多い。
入学まで、残すところ八年。
なんとか最悪のルートを回避しなければならない。
朝食を取りつつ、今後迎えるであろう、私のエンディングを思い出すが、どれもこれもまともなものではない。
ゲームでのフリーデリケは、悪役と言えば悪役なのであるが、どこか抜けていて簡単にボロを出す。
取り巻きの勇み足も、己の指示だと言い張るような責任感を持ち合わせている。
仲間に入れないツンデレちゃん的で、応援したくなってしまうような女の子であった。
私のエンディングに共通していることは、学院に通うことである。
ならば、学院に通わないルートを作るのが良いだろう。
さっさと有力貴族に嫁いでしまうか……そうだ、王子との婚約もあったんだ。
私の人生。もう詰んでない?
◆
朝食を終えると、自室に下がり、今後の身の振り方について考えていた。
色々と思いつくことはあれど、どれも決定打には掛けるし、星メモのストーリーとして破綻しているように思えてしまう。
例えば、星屑の乙女との接触を、一切せず、学院でも大人しく過ごす。
公爵家令嬢という立場もあるので、取り巻きができるのは必定で、私の思惑の外側で動きができてしまうと、接触しないと言うほうが難しい。
それに、婚約も学院の入学前に執り行われる。
婚約者を紹介なんてイベントがあれば……王子のルートで初日にあった。なので、非接触ルートは不可能だ。
やはり、学院に入学しないという、ルート構築をするべきなのだろう。
入学はするが、学年をずらすのはどうか?
規定の年齢よりも前にてしまい、星メモのストーリーが始まる前に卒業してしまうのだ。
これは、前例さえあればいけそうな気がするけれど、何らかの強制力が働いて、別の人に悪役令嬢の役割が割り当たってしまったりなんてのは……ありそう。
「そうだ!ならば、徹底的に悪の道を進めば良いのよ!」
そもそも、王子の婚約者である私を差し置いてという、小さな嫉妬から、小さな嫌がらせに始まり、次第にエスカレートはするものの、星屑の乙女を打倒するようなことはなく、立場から蹴落とすことしかやってこなかった。
蹴落とすにしても、星屑の乙女の身分が平民であることをネチネチと突っつくくらいしかしていない。
「最凶、最悪になってやろうじゃないの!」
王国を裏から動かせるくらいには、なりたいものよね。
しかし、一般人くらいしかしてこなかった私に、できるのだろうか…やるしかないのよ!
悪役なんだから、徹底的にやってやるわ!
そう心に決めた。
今日が、本当に私が生まれた日だ。




