入学試験 3
「随分と派手にやったじゃねぇの?」
観客席で私を出迎えたロア。
その顔は、どこか楽しげに見えた。
「加減を間違えた」
「はぁ?あれで加減したってのか……どんだけゴリラなん……。」
「今、何と言ったのかな?ロア」
顔面を鷲掴みにし、ロアの身体ごと持ち上げる。
エギーユたちにもよくやってあげたものだ。
「いってぇ!お、おろせ。謝る。な、謝るから」
こうして構ってあげると、皆、大人しく言うことを聞いてくれるようになる。
ご希望の通り、地面に下ろしてあげた。
「見目麗しい令嬢に言う言葉ではないな」
「全く、とんだ……。」
「とんだ?」
「お嬢様ですね」
笑顔ではあったが、口元のヒクつきは見逃してあげた。
「私の試験はどうだったかな?」
板を渡しただけの簡素な席に座り、ロアに感想を求めた。
「どうもも、クソもあるかよ。一発で終わらせやがって……。しかも、得意武器じゃないだろ?」
ロアの慧眼に驚きを隠せなかった。
私の得意武器はダガーやショートソードと言った、幼少の頃より慣れ親しんだ短めの武器だ。
「驚いたよ。何で分かった」
「その格好なら、長くてブロードソードだろうよ」
なるほど、確かに私の装備は、軽量でよく動くタイプの前衛に好まれるものだ。
それでもよく観察している。
「装備か」
「それだけじゃねぇけど、後は勘だ」
勘と言えるだけの経験があるということだろう。
「実践を経験してるな。それも、対人戦を」
「なんだよ。誰かに聞いたか?」
図星だったようだ。
「身のこなし、それに、勘働きがあるってのは、経験があるからできるものだ」
「自慢できることじゃないが、うちの領内は野盗が多くてな」
「それでか」
「まぁ……。それより他のも見ようぜ」
照れくさそうに闘技場の方に目を向けるロア。
初対面の時の、ヤンキーな高校生というイメージは、すっかりと払拭された。
試験は進むのだが、これと言った見所はない。
まぁ、入学時点では、基本技術を持っていれば問題ないだろう。
それ以上はここで学ぶのだから。
だが、あいつは違った。
ロアとの対戦となった大剣使いの優男。
ロアはイメージ通りのショートソードであったが、双剣であったとは予想できなかった。
対戦序盤はスピードのあるロアが、手数の多さで大剣使いを防戦一方にしており優勢かと思われた。
しかし、手数は多かったが、攻撃のパターンが読まれ始めると、ロアの方が防戦一方になり、最後は追い込まれたところでタイムアップのドロー。
なかなか見応えはあったが、互いに課題が多く見つかった対戦だったことだろう。
観戦席に戻ってきたロアの憮然とした顔。
今の対戦に納得も出来ず、かといってあの場で、他に何が出来たのかも分からないといったところだろうか。
本当に今後が楽しみなヤツ。
「お疲れさん」
「押し切れなかったぜ」
軽口を叩いてはいるが、内心は悔しくてたまらないのだろう。
「集団戦だったな」
ロアの動きを見た所感を述べる。
「あぁん?」
私の言葉の意図が掴めず、怪訝な顔をするロア。
「援護なのか、バディのもう一手なのかは分からんが、誰かの影を感じたな」
「やっぱ、そこか」
本人も無意識に、集団戦のときのクセが出てしまっていたようだ。
何度か、そのタイミングを狙われてもいたからな。
「いたいた。さっきはどうも」
ロアと対戦していた優男が、観戦席の通路から手を振りながら近づいて来ていた。
「ボクはソル。ヴェッティン子爵家の三男だよ」
「三男か、それは大変だな」
素直な感想を述べてみた。
家督も継げる可能性もなく、性別も男であるので政略結婚の手駒としても使えない。
騎士になるか、王国の研究所や役所に入れれば、万々歳だが、そうでないなら無駄飯喰らいのレッテルを貼られる。
それが、貴族家の三男という立場だ。
「ははは…。」
「オレはスベロア。パーペン男爵家だ」
素直に名乗ったということは、優男のことを認めたのか。
「私はアスカニア公爵家のフリーデリケだ」
見所のある者を二人もみつけられるなんて、聖女との出会いのマイナス分を補って余りあるものだ。
「公爵様かぁ…。」
ロアもそうだったが、何故かゲンナリした様子で私を見る。
「そうなるよな」
上の爵位というか、王家の次の序列になるから、その礼を尽くさねばならんと思っているようだ。
「よいよい。同窓となれば、上も下もなくなるからな」
「それなら……よろしく」
ソルはどこか切り替えが上手くないようで、少し首を捻り応えていた。
「フリーデリケとの対戦も楽しかったんだろうな」
と、思えばこんな発言。
スイッチのきりかえなのか、元々、誰に対してもこのような感じなのかは分からない。
「どうかな?私の本当の獲物はこっちだからな」
ローブをめくり、腰の物を見せた。
「ダガー!?」
「そうなるよな」
ロアは同じ言葉を繰り返す人形にでも、なってしまったのだろうか?
「いやいや。ハルバードで、あの横薙ぎだよ?」
大剣使いのプライドでも砕いてしまったのだろうか?
ソルはガックリと肩を落としてみせた。
「修練で何度か振ってはいたからな」
「何度か……ね」
ソルに表情がさらに暗くなる。
傷口に塩を塗り込んでしまったようだ。
「騎士課程は、受験者もほぼ全員が合格なんだろうな」
話題を変える。
「少ないもんね」
ソルは少し残念そうだ。
昔は騎士といったら、花形と言っても良いものだったのに、魔法技術の向上もあり、そちらの人気が高くなっているようだ。
「ここまで人気がないとはな」
「小競り合いも続いてるし、前線にでるよりは後方やら研究やらの方が、安全ではあるからなら」
ロアの言ももっともだ。
危険なことよりも、安全な後方という思考なのだろうな。
「ちなみに、君たち魔法は?」
ソルは意外と、遠慮のないヤツなのかもしれないな。
「おいおい。言いだしっぺからだぜ」
ロアの警戒を忘れない言動は舌を巻く。
やはり、良い腹心になりそうだなと、そう思った。
「分かったよ。ボクの属性は火だよ」
「見た目より熱い中身なのか?オレは風だ。使えたら、もう少しバリエーションが増えるんだけどな」
「攻撃の?」
「そうだよ。で、リケは?」
「聖属性だな」
あまり言いたくはなかったが、致し方ない。
星屑スキルだけは隠しておく、魔法課程の方で騒ぎになっていることであろうからな。
「教会とは違うんだよね……ダガー使ってるし」
教会にも専属の戦士団があるが、彼らは刃を好まず、打撃武器を主に使っている。
「教会とは関係ないが、治療師をやっていた」
「おぉっ!慈愛の精神だね」
ソルが目を輝かせて言った。
博愛に向ける情熱が高いのかもしれないな、それで火属性なのかもしれない。
まぁ、ガチャだから、そんなことは考慮されないはずだけどね。
「いや、単なる金儲けだ」
「ぶふぉっ……真面目なんだか分かんねぇヤツだな。リケはよっ!」
ロアが盛大に吹き出した。
飲み物を飲んでなくて良かったと思う。
「面白いね」
観客席の通路を走る受験生。
近くの知り合いでもいたのだろうか?
「おい。聞いたか?魔法課程に聖女だってよ」
そんな声が耳に届いた。
やはり、騒ぎになったか。
「聖女って……何?」
大真面目な顔で、首をかしげるソル。
見た目とは裏腹に、意外と抜けているのかもしれないな。
「勇者の物語に出てくる。封印の聖女のことだろうが」
ハイデルに生まれた者ならば、たいていは知っている勇者の物語。
数百年前の邪神封印に関連した内容を、子供向けの物語にしたもので、夜寝る前の読み聞かせとして、子供がねだる上位のお話であろう。
結城結奏は、その伝説とも言える物語に出てくる、聖女の再来だと言われるようになるのだ。
だが、性格的にどうなのかと、疑問になる。
「邪神か……」
「何か気になるのか?」
私の呟きに反応するロア。
「聖女が再来したってことは、邪神復活が近いのかと思ってな」
「そういう考えもあるね」
「勇者ソルに、伝説のアサシンのスベロアが登場する物語。そんなのができあがると良いな」
星メモのシナリオに、邪神復活のようなシナリオはなかったはずだ。
なのに何故、聖女召喚など行われたのだろうか。
設定資料にあった気もするのだが、いかんせん八年以上も前の記憶で、なかなか思いだせない。
「なんで、オレがアサシンなんだよ!」
「あれ?フリーデリケは出ないの?」
「私は後ろでふんぞり返ってる方が好きなんだ」
「おい。ゴリ女……。」
ここは見逃そう。
にっこりとロアに向かって笑いかけた。
「スベロア。こんな可憐な女性にゴリラはないだろ」
「あのハルバードの横薙ぎを忘れたのか?相手の腕まで砕いたんだぞ」
「ロアは肩が凝っていそうだな。どれ、私が揉んでやろう」
「い、い、否。遠慮するぜ……公爵令嬢様ぁぁぁっ!」
むんずと両の肩を掴み、揉み解す。
うんうん。あまりの気持ちよさに声も出ないようだ。
「終わったね」
「オレの肩のことか?」
私の肩揉みから解放されたロアが、己の肩を撫でながら、ソルの言葉に皮肉を言う。
「試験だよ」
面白くなかったようで、ソルは眉をひそめる。
「結果は後日だったな」
「正門のところに張り出されるんだったかな?」
「また来なきゃならんのか」
本当に辟易する。
「さて、私は行く。どうせ、学友となるのだ。今後もよろしく頼むよ」
「違いねぇ」
「ほんと、そうだね。こちらこそよろしく」
二人と別れ従者控え室に足を運ぶ。
暇を持て余していそうなハンネは、何をしているのだろうか?
そんなことを考えていると、正面から数人連れだって歩いてくる者たち。
通路いっばいに広がり、すれ違うことは難しそうだが、こちらが端に寄るいわれもない。
距離が近くなり、互いに顔も分かる距離になる。
先頭を歩くは、セバスティアン・ハイデル王太子殿下であらせられた。
どこか人を馬鹿にしたような目つきと言動が鼻につく、よくいる嫌なヤツなのだが、何故か私の婚約者なんだよな。
その婚約者が、聖女を隣に連れて、楽しげに談笑などしている。
王子の取り巻き達も、聖女を取り囲むように歩き、その談笑に混ざっているのか、割り込もうとしているのかは、分からないが、アピールがスゴい。
そんな中、王子が私に気付く。
「フリーデリケ・アスカニアではないか?」
セバスティアンは手にした扇子で私を指し、フルネームを演技がかった声音で呼んだが、私にはその隣を歩く女の姿に目を細めた。
結城結奏。
星メモのメインヒロインであり、プレイヤーキャラクターで、この入学試験イベントで頭角を現し、攻略対象と入学後に出会っていくはずなのだが……。
「セバスティアン殿下。ごきげんよう」
一応、笑顔で声をかける。
「お前は魔法の方にはいなかったな」
笑顔を崩さず王子の前に進み出て、その顔に腕を伸ばす。
端正な顔を鷲づかんで、持ち上げる。
「殿下。お前とは誰のことでしょうか?」
「痛っ!は、離して。離してくたさいっ!!」
私の腕を掴んで引き離そうともがく王子。
「やめなよ!仮にも王子様なのよ」
結城結奏が割って入る。
「さて、王子だからなんなのだ。それに、婚約者を一人前の男に育てるのも私の役目だが?」
事情を知らない聖女は、婚約者という言葉に動揺したようだ。
戯れはここまでにして、王子を降ろす。
ちょっと、良い考えが浮かんだ。
「そちらの女性は新しい想い人ですか?」
結城結奏を真正面に捉えて、王子に言った。
「いや。違うんだフリーデリケ」
慌てて否定する王子だが、それを本人の前で言ってしまってはダメだろう。
「このようなことがあった場合の取り決めを、覚えておいでですよね」
「あのねぇ、どんな決め事があったとしても、失礼なんじゃないの?」
言った言葉はたいそうな内容だが、私から目を逸らして言うことではないだろう。
なので、無視する。
王子の方に向き直る。
「婚約は破棄ということで、よろしかったですね」
心の底から喜びが溢れてくる。
元々、お父様への足かせとしての婚約だ。
破棄できるものならば、破棄してしまいものだった。
「あ……いや」
「いえいえ、ご遠慮ならさず。新しい恋に生きてください。陛下と父には、私からお話をさせていただきますから、ご心配なく。それでは、先を急ぎますので」
軽く会釈をして、殿下とその取り巻き共を横目に先を急いだ。
これはラッキーかもしれない。
いけ好かない王子と聖女をくっつけちゃえばいいのだ。
どうせ、卒業パーティーであることないこと言われて、婚約破棄を言いわたされるのだから、先にこちらから破棄してしまっても問題はないだろう。
「ハンネ。急ぎ戻るぞ!」
従者控え室のドアを開け、ハンネに告げる。
「何かございましたか?」
「うむ。婚約を破棄するぞ!戻ったら、お父様と話して陛下へ先触れを出してもらおう」
「遂に、念願の」
「「婚約破棄!」」
あまりの嬉しさに、二人の声が揃う。
ハンネも、あの王子を良く思っていなかったので、相当に嬉しいようだ。
◆
「そうか……よくやった!」
別邸へ帰り着き、試験の格好そのままで、お父様の執務室に飛び込み、帰り際の王子と聖女の様子と、救国の聖女を嫁にした方が、対外的にも良いアピールになる等の言いくるめ材料をお父様に伝えると、お父様の口からそんな言葉が出てきた。
やはりこの婚約は、お父様に対する足かせを付ける事が目的であったようだ。
「ハンネ。済まないがマッテオを呼んできてくれ」
「はい。旦那様」
「やったな。フリーデリケ」
お父様の顔にも喜びが広がっていた。
「えぇ、入学試験に、こんな好機が転がっているとは」
「これで、ニコラウスも諦めるだろう。何が悲しくて、あんな男にフリーデリケをやらにゃならんのだ!」
ニコラウスとはお父様の幼馴染みであり、現国王その人だ。
「ははは」
「明日は忙しくなるぞう」
なんとも清々しい顔をなさる。
こうして入学試験の終わりと共に、私の婚約も何の障害もなく解消となった。
むしろ、私の作った言いくるめプランに、王陛下もノリノリであり、王子の方は何も言えずアワアワするだけだった。




