優しさは枯渇する その3
常に優しい人は、特別にそうしているわけではない。
そうあるのが当たり前で、その当たり前を喜んでもらえることで、自身の心の栄養としている。
しかし、人間とは慣れる生き物。
また、与え続けると、与えられることが当たり前だと思う生き物でもある。
そうした者に与え続けると、喜びも何もなくなっていくだけではなく、何を勘違いしたのか要求することが始まり、それはエスカレートしていくものだ。
そして、与え続ける側は静かに疲弊していき、いつしかそのものが持つ優しさは枯渇する。
◆
「言い出しっぺが分かったぜ」
あちこちに傷を作り、同じように汚れているエギーユが、治療室に駆け込んできた。
あの夕食から一週間が過ぎており、探索団の方にも動きがあったようだ。
「エギ坊。なんて格好だい?」
いつも通りに茶飲み話しをしに来ているラミ婆さん。
「先に、井戸だな」
「そうだねぇ。ガラハウの嬢ちゃんに、洗ってもらいなさいよ。ヒヒヒ」
エギーユをからかうラミ婆さんは、いつでも楽しそうだ。
だが、その淡く甘酸っぱい恋の行方は、もう少しゆっくりと育み、その過程をモヤモヤしながらニヤニヤしたいのだ。
「婆さんの足と腰も治しちまうぞ!」
そんな想いを持つ私からの、ささやかすぎる意地悪。
「チビセンセイは意地悪だねぇ」
加齢から来る関節痛だ。
本来ならば、軟骨や骨を修復してやれば済む話なのだが、それだとここに来る口実がなくなって、寂しいんだと言っていた。
なのでいつも、茶飲み話と軟膏を渡して終わる。
まぁ、患者が来ればロビーでラトーラやガラハウ、私の付き添いで来ている騎士団の誰かと喋ってたりもする。
「ふぅ〜。さっぱりしたぜ」
井戸端で身体を流してさっぱりしているエギーユが、タオル片手に戻って来た。
「それで、誰だったんだい」
「ラミ婆さん。それは私のセリフだ」
「ラミ婆は雰囲気あるもんな」
言われてみれば、年の割にはスタイルもいい。
腰だのヒザだのが痛いと言っている割には、腰は曲がらず、足もO脚になったはいない。
髪も白髪が多いが艶もある。
よく見れば、悪の組織の女幹部が似合いそうだ。
「続けろ」
「悪ぃ。でだ、言い出しっぺは、領主区画の治療院だって話だよ」
「ハイレンデス・リヒト(癒しの光)」
顔と言わず腕と言わず、小さいが傷が目立つので、エギーユに癒しの魔法を使う。
「ありがと」
「領主区画の治療師と言えば、あやつだな。ユリウス・ベルツ」
領主区画の治療院と聞いて思い浮かんだ顔。
「なんだ。知ってたのか?」
どうやら、当たっていたようだ。
「暫く前まで……いや。私が聖属性と分かるまで、アスカニア家のお抱えだった」
「なんだ、そりゃ。僻みかよ」
「全く、いい大人が子供にねぇ……。」
ラミ婆さんの言うことはもっともだ。
アスカニア家の内部としては、というよりも執事のハンスを中心に、随分と前からベルツを排除したかったと聞いている。
「与えられ続けた者が、堕落した成れの果てだ」
「子供だってのに、深いねぇ。チビセンセイ」
「今日は終わりにして、散歩でもしてくるかね」
椅子から立ち上がり、伸びをする。
◆
まだ、日の落ちきらない夕暮れ時。
領主区画。
アスカニア家の邸宅周辺を指す場所で、カニアの街の中心部からは外れるが、高級住宅や商店が並ぶ一区画だ。
お付きの騎士は先に帰し、オットーと共に歩いていた。
「新しい装備も悪くなさそうだな」
いつものアスカニア家令嬢の衣服では目立ちすぎるので、冒険者に見えるような衣服と、軽く柔らかな革鎧を着けていた。
「動きやすくて良い」
パルクールや格闘の動きにも邪魔にならない。
「ここだな。どうするんだ?」
治療院と言う割には豪奢な門構えとなっており、どこかの貴族の別邸と言われても信じてしまうだろう。
それだけ、アスカニア家から金を引っ張っていったのだから、当然と言えば当然。
気配察知スキルを展開し、辺りを探る。
如何に大きな邸宅と言っても市民だ。邸宅を警備をする人間などは雇っていないようだ。
私の気配察知スキルもこの一年で成長し、人か狭いエリアに複数いても、きちんと個別に認識できるようになっていた。
「二階のテラス付きの部屋に二人」
「いかにもな場所だな。俺は外か?」
「いや。付いてきてもらうよ。ゼーゲンス・リヒト(祝福の光)」
身体的なステータスを向上させる魔法。所謂、身体強化というやつだ。
「よし。調子は大丈夫だ」
その場で二、三回跳ねて調子をみたオットーから、過剰に上昇していないことを報告される。
ゲームではステータスの上昇は固定値であったが、こうして自分が使うことになると、使用する魔力量が一定にならず、ステータスを上昇させすぎてしまうこともあった。
「このくらいの柵ならいけそうだな」
門の脇から続く屋敷を囲む鉄製の柵。
高さはオットーより少し高く、二メートルに届かないくらいだろう。
「先に行くぜ」
柵から離れたと思ったら、軽く助走をつけて跳んだ。
上手く柵の頂点を片手で掴み、身体をロールさせて飛び越していった。
そして、私も続く。
柵を飛び越えた私たちだったが、先の気配察知で掴んでいる無警戒ぶりもあり、何事もなくテラスに取り付く。
華美な装飾のある支柱だったので、登るのも容易い。
テラスには館の内とを区切る扉の代わりに、ガラスの嵌め込まれた大きな扉窓があり、カーテンも開かれていた。
部屋の中には二人の男。
気配察知通りの人数だ。
オットーに目配せをして、窓の両脇に身を潜ませて中の様子を伺った。
◆
「それでは、私たちの勝利に」
「何、戦う前から勝っているのだ」
「代官様のご尽力のたわものです」
「この法を施行すれば、あいつらに奪われた富も再び……ふっはっはっは」
「えぇ、思いのままですな」
◆
ラトーラに調合してもらった眠りの香に火を付ける。
僅かな煙が立ち上り始めたのを見て、それを扉窓の隙間から流し込む。
未来の富豪を夢見て、醜く笑う男たちが楽しむ勝利の美酒と共に、心地のよい眠りも送ってやろう。
テラスの物陰から、二人が向かい合う応接セットで眠りに落ちるのを確認すると、香の火を消した。そして、部屋に漂っているだろうそれを吸わないように、マスクで鼻と口を覆うと中へと踏み込んだ。
オットーと目配せとハンドサインで、どちらがどちらを運ぶかを決め、各々担当する方の頭に麻袋を被せて、手足を縛り上げる。
帰りは重労働。
男を担いでの柵越を考えていたが、こんな警備も置かない屋敷だ、正面から出ていっても問題あるまい。
しかし、このまま街を駆け抜けるわけにもいかないだろう。
荷車でも用意しておけば良かったと、後悔するところであったが、暫く走ったところでこちらに手を振る荷馬車の御者台に座る男。
「いいタイミングだ」
「オットーが手配したのか?」
私の問に頷くオットー。
「エギーユに言っておいたんですよ」
「抜かりないな」
「傭兵だったからな。負け戦から生き延びる方法も、準備しとくもんさ」
◆
目覚めた二人の男。
裸に剥かれて、両手と両足を椅子に縛り付けられ、その事実に取り乱し、暴れ出す。
暴れたところで椅子ごと倒れ、無様なことになるだけなのだが、その未来さえ見えないから、こうなってしまうのだろう。
「おはよう!諸君」
「フリーデリケ様っ!」
私に気がつく代官。
「ここはどこなんだ。私たちをどうする気だ」
ベルツ治療師は礼儀がなっていないな。
少し、躾けるか?
いや、やめておこう。
「うるさいな」
ベルツ治療師の問いを一蹴する。
「なっ」
驚きで、表情が固まっているが、教えてもらえると思ったのだろうか?
首を捻りながら、代官の方へと向く。
「代官。お前はチリショーテの件で、目溢ししてもらったことも分からないのか?」
「う、嘘だっ!やつらとのつながりなんて……。」
分かるはずがないと続くところだろうが、こちらには手札がちゃんとあるのだ。
「チリショーテの頭は元傭兵団の団長だった男だ。口約束と言えども、しっかりと書留めておく慎重さと、狡猾さを持つ者だったようでな。お前と取り交わした契約も、書面にして全て取ってあったぞ」
代官の目の前に、チリショーテのアジトから押収した麻紐で綴ってある紙束を投げる。
「ぐぅっ」
「お前。アスカニアの土地で、好き勝手やりすぎたな」
「ですがっ!それは公爵様から……。」
「ある程度の裁量は認めてはいるが、法整備に関しては如何に自治領と言えど、執政官や陛下の承認が必要だとされているのは理解していたか?」
「あ、あれは……。」
「これは?」
代官の執務室から押収したものだ。
この二人を荷馬車に放り込んだ後、街の役場を改めさせてもらった。
まぁ、顔さえ見せれば誰も咎められないから、やりたい放題できたがな。
「もうさ……。私おろか、この報告をお聞きになるお父様にも、お前に与える優しさなんて、とうに無いのだよ」
冷ややかな視線を送る。
「いや……何を」
体を強張らせ、この先の不安に声を震わせた代官。
「さて、次だ。ベルツ」
身体をベルツ治療師の方へと向ける。
「な、な、な、なんだ」
「お母様をあのようにしただけでは、満足できないか?」
アスカニアの本邸があるこの土地に、公爵夫人はいない。
私が物心つく前に、健康のためだとか、美容のためだとかとベルツ治療師の勧める薬を買い、それを飲んでいた。しかし、飲み続けた薬によって身体を壊してしまい、今は王都の別邸で療養している。
私の魔法を駆使することで、症状を回復できそうな見込みも出てきてはいるが、それでも許せるものではない。
「あ、あれは、私のせいでは」
自責の念に駆られているならば救いもあったかもしれないのに、この場にいても他人のせいか。
「お前も目溢しされていたのも分からず、また、アスカニアに楯突こうとはな」
「うぅ……。」
「せめてもの慈悲だ、楽に逝かせてやる。椅子を立たせろ」
「応っ!」
オットーが倒れた二人の椅子を立ち上がらせた。
腰に帯びていたブロードソードを抜き放つと、口の中で呪文を呟き、自身に身体強化の魔法を使う。
そして、気負いなく踏み込み、ブロードソードを一閃。
何か言いかけたように、口が開いたままの代官の首が宙に舞う。
そして返す剣でもう一つ。
ベルツ治療師の首も同様に舞った。
「フリーデリケ。これで良かったのか?」
オットーが首のない二人を眺めて言った。
お母様のことを話したから、もう少し痛めつけてからでも良かったのではと言っているようだ。
「そちらは気遣い無用だ。これは復讐ではないからな」
「じゃあ、なんだったんだ?」
「私の我儘だ。アスカニアの土地は、アスカニアの手で……そう言うことだ」
「そうかい。なら、そうしておく」
「後は任せても?」
「仰せのままに」
大仰な礼をするオットー。
◆
組合の資金や運営とその内容……全てダメなのだが、組合を作るという考え方は良かった。
資金の調達法や、加入資格、加入方法は検討の余地はある。
しかし、組合の本部をこれまで口伝でのみ伝わっている症状から診断を確定する方法や、薬草の処方などの体系化を進める学府としてそれを機能させる。そして、加入している組合員や治療師を目指す者が、それを学ぶ場所として提供できないだろうかと考えている。
侯爵家令嬢である私がやれと言えばやることになるのだが、それでは意味がない。なので、組合は一度置いておき、若手の治療師を集め、勉強会と言う名の意見交換会から開催することにした。
ラトーラの主催としてではあるが、会の主催は交代制にすれば偏りもなくなるだろう。
「はぁっ……。」
「あぁ〜。悪の首領になるはずが、また、善行を積んじゃったよ。そんなため息でございましたね」
「ハンネにはお見通しか」
「左様でございます」
この優しさを枯渇させてしまわないよう、私も引き締めないといけないな。




