久々の親子の時間
カニアの街の掌握は終わりを迎えた。
新たな代官任命の前に、執事のハンスを代理として据え、無断で施行された法の確認や税に関する取り決めを、アスカニア家で決めたものに戻している。
その手伝いとして、ハンネやラトーラも駆り出されていた。
そして、ハンネという目付役がいないので、暫くはお父様の目の届く、王都の別宅へと軟禁されることとなった。
そういうわけで、治療院も暫くはお休みになる。
「お母様。お加減はよろしいのですか?」
「あら、フリーデリケも大きくなったわね。今日は少し良いみたい」
「後で、少し様子を見させてくださいね」
「うふふ。お願いするわね」
「任せてください。これでも、カニアの街で人気の治療師なんですよ」
胸を張ってみせる。
「頼りにしてるわ」
私の姿を見て優しく微笑むお母様。
らしくない、子どものように振る舞ってしまう自分に、赤面してしまいそうになるのだが、母親とはそうさせてしまう何かがあるのだろうか?
王都の別邸にお母様がお移りになって、数年。
寂しくなかったと言えば嘘になるのだが、それでも執事のハンスやハンネ、親方にパウル、ベンと多くの人に囲まれた生活を送れたのだ。
エギーユやガラハウ、アナベル達を見てしまうと、私は恵まれている。
ベットサイドに椅子を運び、カニアの本邸での話しを、お母様に聞かせる。
最近の荒事については、そういう事があった程度に留めて、私がやったということを濁した。
「こほっ…こほっ…。少し疲れちゃったみたいだわ」
小さな咳。
肺なのか、気管支なのか?
「少し横になりましょう」
お母様の背中から枕を一つ抜いて、眠りやすいよう調節し、身体を横にさせ布団を肩まで引き上げると、右腕を手に取った。
細い。
身体を動かしていないせいだ。
手首に指を当て脈を取ろうとするが、弱々しく測りにくい。
血圧も低い。
心臓も弱っているのだろう。
さて、始めよう。
「お母様。眠られてしまって、大丈夫ですからね」
「ふふふ。そうさせてもらうわ。お休み、フリーデリケ」
「お休みなさい。お母様」
手を握っていると、ほんのわずかな時間で寝息をたてはじめていた。
それだけ体力もないのだろう。
本来であれば、尿等も取れれば良いのだが、取ったとしても現代のような検査キットもないので、色と匂いで判断するしかないが、私にはその知識がない。
口元に鼻を近づけ、匂いを嗅ぐ。
腎臓をやられているのだろうか、わずかにアンモニアの匂いを感じた。
取り敢えず、弱った血管や臓器の再生からだ。
お母様の手の内側を通る血管に沿って、前身に極微量の魔力を流していく。
流していくと、幾つもの滞る場所があるので、見つける度に堰き止めるものを破壊し、再生させる。
地味な作業にはなるが、今のお母様と私の知識と技術では、この方法しかない。
始めてから三時間もたったのだろうか?
傾き始めた日の光が、部屋の奥まで差し込むようになっていた。
だいたい、全身を巡れただろう。
後は浄化と癒しをかけて、今日は終わりだ。
お母様の腕を布団に入れ、ベッドを離れる。
部屋を出る前に、もう一度、お母様の寝顔を見た。
話をしている時よりも、顔色は良くなったように思えるが、それは、そうなって欲しいという、希望もあるからかもしれない。
◆
別邸は本邸と違ってやることがない。
カニアとは違うので、お付きをつけても自由には出してはもらえないのだ。
お母様の寝室に入り浸るわけもいかず、お父様の執務室へと足を運んだ。
「暇だ」
お父様の執務室で愚痴をこぼす。
「こっちの騎士連中と、修練でもやっていればよかろう」
顔も上げずにそう言った。
「お父様。娘が強くなりすぎても良いのですか?」
「街で暴れ回られるよりは良かろ?」
「……確かに」
痛いところを突かれる。
しかも、土地勘も情報もない現状で、街に出ても大人しくしているしかないというのに。
少し頬を膨らませ、不満であることをアピールするのだが、やはりお母様と会ったせいか、子供じみている。
「カニアでは相当やったんじゃないのか?」
ギクリとさせられる話だが、やはり領地の事だ。
何らかの情報網を持っていて、様々な情報が入ってくるように手配しているのだろう。
「やはり、持っておられるのですね」
「別邸に詰めることが多いからな」
軽業師とか言っていたが、トーマス辺りがそうなのかもしれない。
「ならば…いえ、愚問でした」
何か手を打てたのではないかと、言いかけたが止めた。
表立って動けるはずもなく、かと言って秘密裏に始末してしまえるほどの手勢がいないのだろう。
「手も足りんのだよ。信のおけるものとなると更にな」
「それで、私はお目こぼしいただいてるのですね」
なるほど、知ってはいたが、代わりにやってくれたと思われているのかもしれない。
「娘だからな、判断が難しいのだよ」
「私は…。」
「家のためではなく、先ずはお前だ。結果、家に利があれば良い。治療院に、治療師勉強会か」
書簡から顔を上げて、初めて私の顔を見る。
「やり過ぎましたか?」
「私が長く放置してしまったものだ。ありがたいよ」
ふっと息を吐いたように見えた。
本当はご自身の手でやりたかったのかもしれない。
「あと、五年もすれば学院です。それまでに形になるか」
ラトーラは元々の素養があったので、後は研鑽を積むだけだが、エギーユたちは知識を詰める段階だ。
それが、学院入学までに間に合わせなければならない。
「一人でやろうとするな」
「エギーユたちもおりますが?」
「いるなら、育てろ。次の人材としてな。それに、オルグやトーマスも上手く使うんだ」
やはり、そうなるのだな。
「はい」
これは、お父様の公認を得たと思って、良いのかもしれないな。
◆
お父様の執務を邪魔するという暇つぶしをやめて、騎士たちの詰所に来ていた。
別段、やることはない。
だが、話し相手くらいにはなって欲しいが、何故か皆、緊張しているように見えるた。
「終わり終わりっ!」
金属鎧をガチャガチャと鳴らし、詰所に戻ってくる騎士たち。
「おつかれーっす。うわっ…お嬢がいる」
「いてはいけないかね?フィッツ」
先頭で詰所に入ってきたのは、元はカニアの本邸に配置されていたのだが、お母様が別邸へと移るとなった時に、こちらへ配置換えとなったアスカニア家の騎士だ。
名前はフィッシャー。
物怖じしない性格で、女好きで、カニアでも良く問題を起こしていたものだ。
「いやいや。そんなことは………修練ですか?」
げんなりとした顔になるフィッシャーだが、私もそこまで騎士の修練には熱心ではないのだ。
「回り番明けの者に頼むほど、鬼ではないよ」
「だったら、飯行きません?飯!」
なかなか魅力的な提案だったが、今の私は軟禁中の身。
「お父様から、きつく言われていてな」
「また、やらかしたんですか?」
「やらかした?」
「庭師のオルグと、屋敷の塀を吹っ飛ばしてたじゃないですか」
数年前に据え置き型の弓を強力にしたいと思い立ち、色々やった挙句、風魔法を詰めた魔道具で飛ばすことにいきついたのだ。
そして、いざ試射をしたのだが、試射用の的を軽々と粉砕し、屋敷の壁も吹っ飛ばしたのだ。
「あったな…。だが、今回は違うぞ!」
「やっぱ、やらかしてんじゃん」
「ぐぅっ!?」
フィッシャーの巧みな誘導にのってしまった。
「で、どんな話しなんです?」
詰め所の簡素な長椅子に腰を降ろし、金属鎧を外しながら、好奇心に満ちあふれた少年のような眼差しが向けられる。
「ギャングをちょっとな…。」
色々と言えないこともあるので、末尾はゴニョゴニョと濁す。
「チリショーテ?!えっ、えっ、壊滅ですかい?」
さすがに、目を見開き、驚きを隠せないようだ。
「やっぱり知っていたのだな」
「奥様付きでこちらに移る頃から、噂にはなってましたね」
「そうだったのか」
「で、どうやったんです?」
「普通に乗り込んでだな…。っと、これ以上は、お父様の許可がいるんだ」
「もったいぶらずに教えてくださいよぅ」
「うぅん。フィッツとの仲だものな」
話すか話すまいか悩ましい。
「一緒に川でサボった…いてて」
いつの間にかフィッシャーの後ろに、別邸の騎士たちを預かるゲラン隊長が立って、フィッシャーのこめかみ辺りを拳でグリグリとしていた。
「フィッシャー。お嬢様相手に元気そうだな」
「痛っ!いったぁ〜い!!」
「お嬢様も、そろそろ夕飯ですから、食堂の方に行かれては?」
「そんな時間だったか」
ゲランの指摘に外を見れば、日はとっぷりと暮れていた。
回り番の騎士たちが戻ってくるのだから、相応な時間になっていて当然だ。
「侯爵様もお待ちでしょう」
「そうだな。行くとするよ」
◆
詰め所を出て、その足で食堂へ向かう。
ハンネがいたら、せめて顔くらいは拭いてからと言われただろうが、そんなお目付け役はいないのだ。
だけど、少しだけお母様の様子を見てこよう。
「遅くなりました」
食堂に入り、遅れを詫びた。
「フリーデリケも来たな。夕飯にしよう」
メイドたちが動き出す。
私とお父様の二人だけではあるが、メイドたちは甲斐甲斐しい。
「どこで油を売っていたんだ?」
「騎士たちの詰所です」
「フィッシャーがいたか」
お父様にまで、フィッシャーとの仲を知られていたとは思わなんだ。
「またやらかしたのかと、からかわれましたよ」
「そうか」
「あと、ここへ来る前にお母様の様子を見てきましたが、何回かの治療で良くなると思います」
ガタっ。
お父様が珍しく、食事中に立ち上がった。
「そ、それは本当かっ!?」
「えぇ、本当です。カニアで開発していた魔法が、治療に役立ちました」
ドサっ。
安堵したのか、背もたれに身体を預け天井を仰いでいる。
それはそうか。
もう、回復の見込みはないと言われていたのだから、諦めで蓋をしていたはずの感情が溢れ出し、何をすれば、何を言ったら良いのかも分からなくなっているのかもしれない。
「さすがに筋力は戻せませんので、運動能力の回復は、お父様にお任せしますよ」
「あ…。あぁ」
表情が止まったままのお父様が、呻くように声を出して答えた。
その後は、お父様の食事の手は進まず、私が一人で食べているという、なんともな構図になっていたが、別邸のメイドたちも思うことがあるのだろう、給仕が滞ることが何度もあった。
そんな食事の最後の皿も平らげ、ナイフにフォーク、ナプキンを戻す。
「では、ごちそうさまでした」
食後の挨拶をしたが、未だ呆けているようなお父様は、空返事をするばかりだったので、そのまま残し、食堂を後にした。
ハンネもいないので、話し相手はいない。
また、暇な時間に戻ってしまう。
◆
数日が経ち、治療のかいあってか、お母様の容体がみるみる良くなってきていた。
あまり食事も取れない状態であったのが嘘のように、今では私よりも食べるようになっている。
そうなればお父様も甲斐甲斐しく、庭への散歩に付き合ったり、軽めの運動に付き合ったりと、執務そっちのけでお母様と共にいた。
「ご夫婦。仲がおよろしいようで」
庭の東屋でお茶を飲んでいた二人に声をかけた。
「もう。フリーデリケったら」
「大人を茶化すのはよしなさい」
新婚の夫婦というものを見たことはないが、きっとこうなのだろうなと思える睦まじさだ。
私が声をかけるまで、手を重ね合わせて、互いに言葉なく見つめ合っていたのだから。
「お父様。ご相談が」
「カニアに帰りたいのであろう?」
図星を突かれる。
「もう帰っちゃうの?」
久々の親子の時間だったが、別れは少し寂しいとも思う。
「仲睦まじいお二人の間を、邪魔はしたくないもので」
お二人の姿を見ていると、ニヤニヤが止まらないとは言えないだろ?
「よく言う。暇だと言っては、詰所に入り浸っているそうではないか」
「フィッシャーとの修練もなかなかのものです」
「その歳で、うちの騎士と渡り合うのだものな…明日。出立しなさい」
「はい」
決断は早い。
何か思うことがあるのかもしれないな。
「戻ったらハンスの手伝いだ」
「治療院の再開もあるますからね」
「そうだな。暫くカニアは任せるぞ」
「はい。お父様」
力強く返事をした。
◆
あれから五年。
再び別邸にいた。
背も伸びて、今ではハンネよりも視線が高くなってしまっている。
体つきも、服を着ていれば女性的ではあるが、その下は引き締まった身体に筋肉が浮き出るほどで、エギーユたちからはメスゴリラと恐れられていた。
「お嬢様。準備は済んでます」
「分かった。ハンネ」
遂に来てしまった。
学院への入学イベント。
「早くしませんと、試験に間に合いませんよ」
試験に落ちればよいのだが、それでは侯爵家の息女としてどうなのかと、ハンネやラトーラにたしなめられてしまった。
入学したくない理由は、はっきりとは伝えていない。
まさか、学院での起こり得る未来を回避したいだなんて、とても言えないよね。
「行くかね」
しぶしぶと椅子から立ち上がり、ハンネに腕を引かれて部屋を出た。
向かうは学院。
入学試験のイベントなんて、憶えてないわ。
どうしよ。




