アルベドの足跡 5
ネズミがいるかと思って訪ねたバー。
そこに求める姿はなかった。
軽めの溜息をつき、カウンターの席に座る。
「何にする?」
マスターの低い声。
「エールを頼む」
「はいよ」
返事をすればそれだけだ。
ジョッキにエールを注いで、ツマミと一緒に突き出される。
「それと、こいつも」
紙片をカウンターに滑らせて差し出された。
「ありがとう」
受け取った紙片を懐にしまい、ジョッキに手を伸ばす。
ツマミは塩の効いた炒り豆だ。
決して高いものではないが、エールと良く合うツマミだと思う。
ポリポリと食べ始めると、止まらない。
塩気が過ぎたところでエールを流すと、その苦味で、また豆が欲しくなる。
ジョッキが空いて、もう一杯といきたいところだが、別の用事もあるので、銀貨を二枚置いて席を立つ。
マスターに「ごちそうさま」と声をかけようと、その顔を見れば、裏の方へと目配せされる。
頷いて、黙って足を運んだ。
ネズミと来た時に座った席の先にドアが見える。
そこから出ろと言うことだろう。
懐から紙片を取り出し広げると、十字と点。
《一階サル。二階アルベド》
それだけ書いてあった。
紙片を閉じて、「行くか……。」とでも呟ければ格好良いのだが、あいにくコレだけでは分からない。
まずは、サルを探すところからだな。
ドアを開けて外に出る。
表の階段とは違い、折り返しのある狭い階段が地上に続いていた。
気配察知のスキルを展開し、周囲の様子を探ると入り口側に二つの影。
呑んでいた僅かな時間の出入りで、誰かがマスターに伝えてくれたのだろう。
階段を登り、地上へと出る。
「とりあえず、近くから当たってみるか……。」
呟いてゴミと異臭の街を彷徨う。
◆
探し始めてしばらくすると、尾行がついたようだ。
先日のネックレスを狩った連中の仲間なら、こんな回りくどいことはせず、仲間を呼んで囲むことだろう。
そうなると、慎重に動く組織だ。
アルベドである可能性が高いな。
知らぬフリをして街の探索を続けていくと、ぞろぞろと人が集まりだす気配を感じた。
こちらは街の輩共だろう。アルベドの尾行とは違い、ヤツらにしては慎重ではあるようだが、やはりバレバレだ。
そちらの方がシンプルで分かりやすいので、助かるのだがね。
ならば、歩く速度を微妙に落とし、街中での遭遇戦と洒落込もう。
「おい」
肩を無造作に掴まれる。
振り返ると同時に拳を叩き込むところだが、少しばかりお相手をしてやろう。
「何か?」
「面。貸せよ」
「いいだろう」
付いてこいとでも言うように、手で合図する。
私の周りを四人が取り囲み、まるで移送されているかのようだ。
囲まれながらも街の様子を伺うと、辻に差し掛かる。
角の一つに店舗らしき建物があり、店先に何かがつながれているのが見えた。
「サル……か」
サルがつながれているようだ。
ネズミはそこを知らせたかったのだろう。
「誰が、サルじゃ!」
私を囲む男がの一人が、顔を真っ赤にして私の方に振り返り、怒声を上げる。
ちょうど良い。
ここで始めるか。
「サルとは良く言ったものだ。顔まで赤くして、そっくりだな」
「んだとぅっ!」
予想した通り、胸ぐらを掴んでくれた。
マントの合わせを掴んでくれたおかげで、体を崩さずに済む。
「お言葉に甘えて……。」
猿顔の男の腹に拳を叩き込む。
「お前っ!」
背後から怒声と共に、人の動く気配。
合わせて、数人の男がこちらに視線を合わせるためか、頭が動く。
背後の男へは、緩んだとはいえ胸ぐらを掴み続けつつ、白目を剥き倒れそうな男を振り回す予定だ。
猿顔の男のベルトを掴むと、己の膂力にモノを謂わせ、男をハルバートにみたてるならば、それで周囲を薙ぐかのように、その場で回転。
振り回した男の身体が、背後に迫った男にぶつかり、体を崩している。
そのまま、たたらを踏む男に、猿顔の男を投げつけた。
「野郎っ!」
「なめやがって!」
お次は二人同時かと振り返れば、ダガーを抜いており、一人は私に斬りかかろうと迫っていた。
バックステップよりも前に出る。
服が汚れるが、足を狙ってスライディング。
振り抜いた腕、泳ぐ身体。
堪らず前のめりに倒れる男。
さて、最後の男は、ダガーを突き込んでくるが、刃渡りが短い武器での高低差は致命的だぞ。
左足を蹴り出し、その勢いで身体を回転させて、突きを躱すが、私は立ち上がらない。
そのまま、相手の足をカニバサミで挟み込み、転倒させた。
相手よりも先に立ち上がり、ダガーを持ったままの右手の手首を踏みつける。
「ぐぅっ」
痛みで呻く男。
「まだ、やるかい?」
先に倒しておいたヤツラをの方に目をやるが、続きをやる気はなさそうだ。
「なら、失礼させていただくよ」
それだけ言って、猿が店先に繋がれている建物の方へと足を進め、ネズミのメモに書かれているとおり、建物の二階へ。
階段の入り口には、見張りも何もない。
ここまであからさまだと、もぬけの殻であっても驚きはしないな。
階段を登りきり、通路を進む。
私の気配探知には、最奥の部屋に一つと、その手前に数人の影。
奥の部屋に向かってゆっくりと、ゆっくりと足を進めた。
ドアノブに手をかけ、捩じ切る。
鍵は開いていたのだが、どうやら怒り心頭となっているようだ。
魔力を全身に巡らせ、ステータスアップの魔法もかけ、ドアを押し開けば、予想した顔がそこにあった。
「ようっ。案内を付けてみたんだが、迷わなかったようでなによりだ」
「とんだエスコートサービスだったよ」
「そりゃ、申し訳ない」
ずいぶんと態度が違うネズミ。
こちらを袋のネズミにしようと、企んでいるようだが、続き部屋に人がいることは気配察知で把握済みだ。
「シュトルム(暴風)」
ハイデルでは、風属性を持つ者しか扱えないとされている風の高威力魔法。
吹き荒れる嵐をイメージして、魔力を部屋の壁に解き放つ。
「なっ!?」
驚きの声を上げるネズミ。
「余裕を見せすぎだ。だから、企みがバレる」
部屋の壁と共に、続き部屋で待機していた男も吹き飛ばされていたようで、床に転がり呻いていた。
「調子にのるなよっ!」
凄んでみせてくるネズミだったが、その言葉は、そっくりそのまま返してやりたい。
「フェッセルン(縛る)」
魔力のロープで、宙空にネズミを吊り上げる。
エンヴィのアドバイスを実践してみたわけだが、暴風の魔法といい、思ったよりも上手くいっていった。
「モニャモニャってのは、こうするわけね……。」
結局、魔力をどう具現化するかは、本人のイメージ次第ということだ。
星屑メモリーズのゲームシステムという、一人に属性は一つとい固定観念に囚われすぎていたな。
だが、設定資料には、必ずしも一人に属性が一つだけとは明記されてはいなかったな。
マルチ属性持ちについてもだがね。
「降ろしてくれ。オレが悪かった」
しおらしい言葉をのたまってはいるが、足をバタつかせ、なんとかできないものかと足掻いているネズミ。
そういうところが、信用されないのだよ。
部屋に入る前の怒りも、部屋の壁と共に吹き飛んではいたが、もう少し吊るしておいたままで、話しをしようと思う。
「さて、ネズミよ。お前はネズミというよりも、どうやらコウモリのようだな」
「い、いや。あっしは……。」
言葉を濁す。
「アルベドを潰したいのか、それともカメリアに取り入りたいのか……どっち付かずじゃ、私はやれんよ」
「あっしが、カメリアに取り入るだなんて」
「スラムのような移民街じゃなく、華やかな首都の街に居を構え、女を侍らせ酒を呑む。ケツ持ちがカメリアなら、気も大きくなるってもんだ」
「……。」
「一つ教えておくぞ、今のアルベドの中枢は、確かにカメリアとのつながりは強いが、政府の中では主流派ではないぞ」
「でも、いつかは取れるって言ってやしたぜ」
「ほらみろ。おこぼれの甘い蜜にたかりたいんじゃないか」
「そりや、そうでしょ」
「いくら政府の要職を抱えていたって、急進派が主流になることはない」
「やってみなけりゃ、分からんでしょ」
「クーデターでもやるつもりなのか?それならそれで、手っ取り早くて助かるがな」
「軍だって、あの方の手の内だ。負けるはずがないってもんでしょ」
「結局のところ、お前はアルベドをどうしたい」
「どうもこうもねぇでしょ。もう、あっしの手にゃ負えないですぜ」
混乱からか、口調が混ざってしまっている。
「最初に会ったときの話の通り、アルベドを殲滅する……まぁ、私は初めからそのつもりだったがな」
「へ、へぇ……人想いにズバッとやっちまってくだせぇ」
「手始めに、お前からだな」
「はぁっ?!あっしですかい」
「冗談だ。ほれ」
戒めを解き、床に落ちたネズミ。
転げるかと思ったが、しっかりと着地していた。
身体能力は高いのだろうな。
「おい。ネズミ。早速だが、ヤツらが溜まる場所を潰すぞ……派手にな」
「そいつは見もの…と、言いたいところですが、どうやるんで?」
「魔法でバーンだ」
「魔法で、バーン?」
ピンときていない顔のネズミ。
「面倒だから、建物ごとな」
「百聞は一見に如かず……ですかねぇ」
「ほれ。行くぞ」
ネズミを置いて足を進めた。
「姐さん。場所知らねぇで、よく先に立てますわ」
後から小走りに私を追い抜かしていく。
こいつはこいつで、必死なのだろうな。
このスラムと言える移民街から脱するために。




