アルベドの足跡 3
ネズミとの邂逅を得て、街を後にした。
店を出た辺りで尾行がついたが、街を出る前に始末しておいてある。
店に踏み込んで来なかったことを考えると、あの店は一種の非戦エリアのようなものなのだろう。
始末したヤツらの首元を確認すれば、あの印章付きのネックレス。予想通りアルベドの人間だ。
ネズミが漏らしたかとも考えたが、素性を知っておくに越したことはないからな。
それならそれでだ。
もし違ったとしても、あいつなら上手くやるだろう。
念のため遠回りをして領事館に戻り、狐の装束を脱ぐ。
「ハンネ。洗濯をしておいてくれ」
隣の控室にいるはずのメイドに向けて、声をかけた。
少しすれば、ノックをして入室してくるハンナだったが、口を押さえ、しかめ面となっている。
「お嬢様。ずいぶんとヒドい匂いでございますね」
「北の移民街に行っていたからな」
「すぐにお風呂も準備いたします」
匂いのキツい服を持って、部屋を出ていくハンネ。
そんなに臭うのか?
自分の身体をクンクンと嗅いでみたが、髪についた匂いに、自分についたものながら、吐き気を覚えた。
「お嬢様!すぐに浴場へ」
その後、ハンネに徹底的に洗われ、石鹸の泡を流す度にクンクンと匂いを嗅がれるという辱めを受けることになる。
「いくぶんか、マシにはなったか?」
乾かした髪にブラシをかけられながら、ハンネに聞いた。
「匂いは取れたのですが……難民街とはそんなにもヒドいところだったのですか?」
「王都の城壁区画なんてものではなかったな」
「なぜ、そのように放置されているのでしょうか?」
「さあな……キレイ好きな国でも、人でもないのであろう」
実際、ハイデルの城壁区画には、貧しい者たちが集まってはいる。しかし、匂いを放つようなゴミが、積まれて放置されていることはなかった。
それは、城壁の保守作業の邪魔にならないよう、定期的に処分されていることもあるが、どこか街の雰囲気のようなものが違うように感じる。
「悪い癖だな……今はアルベドが気に入らないんだ」
「なんですか?」
「エンヴィが言ってたではないか、私はゆらゆらしていると」
「エンヴィ様ですが、今夜はヴェーダ様の部屋でお休みになられるそうです」
「そうか」
少し寂しく感じる。
「臭いのと一緒にいたくないそうですよ」
「後何回、臭くなるだろうな」
「お風呂と着替えを済ませてから、お戻りになれば良いではないですか」
「それもそうか」
尾行に気を取られ、すっかりと忘れてしまっていたよ。
次からは、外の浴場の世話になるとしよう。
◆
ネズミとの出会いから数日。
領事館の庭で木を削っている私。
何を隠そう。
例のライフルを、ハンドガン化する作業をしているのだ。
グリップを含むアンダーボディは、木を削り出すことにした。
次弾装填が必要ないので、魔力の鉄棒と放たれる魔力を誘導するバレルがあれば良い。
アッパーボディやらトリガーやらは、金属加工となるのでカニアのオルグに頼んでいた。
◆
ポータルの魔法で、カニアのアスカニア家本邸に飛ぶと、庭師たちの集まる作業小屋に向かう。
「これはこれは子爵様」
ドワーフのオルグが、大仰に両手を広げて私を迎えた。
背は低いが、体つきは筋肉質……いや、筋肉ダルマと言って良いかもしれない。
少しずんぐりむっくりとした見た目ではあるが、その手先は器用で、見た目の太い指から想像もできないような、繊細で美しい彫金細工も作る。
「やめてくれ。どこまで行こうとも、私はフリーデリケだ」
「そうかい」
「今日は頼みがあってな……コレを作って欲しい」
手に持っていた大判の紙を巻いて筒にしたものを、オルグに渡す。
受け取ったオルグは、直ぐに紙を広げて書かれた内容を確かめていた。
「こりゃ、なんだ。お嬢」
「魔力の弾を撃ち出す魔道具の部品なのだがね……実物はコレだ」
右手に持っていたライフルを差し出す。
差し出す前から、そちらに目をやっていたのは分かっている。
興味津々なのだろう。
「こいつはどうやって使うんだ?」
「聞かせるよりも、見せた方が早い。弓の修練場に行こう」
親方と二人。連れ立って、アスカニア家騎士団の修練場に向かう。
「これはお嬢様!」
本邸騎士隊の隊長であるゲオルグだ。
オルグとは対象的に背は高い。
体つきは筋肉質ときているので、その点は似ているかもしれない。
「ゲオルグ隊長。少し修練場を借りたいが、構わないか?」
「ご自身の家なのですから、遠慮なさることはありませんよ」
「今の私の家はトリーアだよ」
「はっはっは。そうでしたなトリーア卿」
「バカ話しはいいから、さっさと見せてくれ」
「そうだった」
弓の撃ち出し位置に立つと、的に正対して左足を少し前に出す。
右肩と胸の間辺りにあるポケットに、ストックエンドをしっかり当てて、照門を覗き照準を的に合わせる。
そして、右手からレシーバー内部の魔導器に魔力を送り込み、トリガーを絞った。
バレルに誘導された魔力の塊が弾となり、その先から真っ直ぐに飛び出していく。
射出時の衝撃は何もない。
試しに、二発目、三発目と連続でトリガーを引いてみた。
問題なく、連射される。
更に、トリガーを引きっぱなしにして、魔力だけ流し続けてもみた。
すると、魔力の弾が最短間隔で撃ち出され、さなからマシンガンのようだった。
一通り撃ち終え、オルグとゲオルグの方を振り返ると、恐怖と驚嘆が入り混じった複雑な顔をしている。
「お嬢。そいつは……。」
「ライフルと言う代物だ。オルグ。やってみるか?」
ライフルをオルグに差し出す。
「おぉ……。」
それを両手で受け取ったオルグは、呻くような声を上げ、しげしげとライフルを観察していた。
「ほれ、やるぞ」
観察に忙しそうなオルグを促し、撃ち出しの位置に付かせ、指導しながらライフルを構えさせる。
「魔力を流して引き金を引けば、魔力弾が撃ち出される」
何の衝撃もなく、次々と弾を撃ち出すオルグ。
「こりゃ、すげぇな!」
おもちゃを与えられた子供のようだ。
「喜んでもらえて何よりだ」
「オルグ。私にもやらせてくれ」
ゲオルグもいつの間にか、おもちゃの順番を待たされる子供のようになっていた。
「もう少し待て」
「いやいや。十分、撃ったではないか」
まるでと言ったが、訂正させていただこう。
大きな子供が、おもちゃを取り合おうとしている。
こういう時は、母の出番か?
「オルグ!ゲオルグにも撃たせてやれ」
「分かったよ……母ちゃんみてぇに怒んな」
渋々と言った様子で、ライフルをゲオルグに渡す。
拗ねてるんだな。
「どうだ。オルグ」
射撃の感想を聞いてみる。
「反動も何もないからな、あんな大げさな形じゃなくてもいいだろうに」
技術者らしい感想だ。
実際に、私もそう考えたから、オルグに改修の依頼をしに来たのだ。
「あの形の方が、気分が乗るんじゃないのか?」
「それはあるかもな……クロスボウを撃つ感覚に似てる」
ゲオルグの撃つ姿を見て、ライフルを構える素振りを見せるオルグ。
「先に渡した図面通りにできるか?」
私の問いに、懐から先に渡していた設計図もどきを取り出して確認する。
「できるぞ……ただ、魔鉱を使うより、ミスリル銀の方が威力は上がるな」
図面のコア部分を指さして、オルグがそう言った。
「同じ魔力量でもか?」
「魔鉱も申し分ないが、ミスリルの方が魔力の持ちが良い」
「貯めた魔力が、失われないってことか?」
「そうだ……バラしてないが、核となるところにルーンが刻まれとるんじゃろ?」
魔法陣だと思っていたのだが、ルーン文字であったか……ミスリルにルーン。ファンタジー要素が続けざまに出てくるな。
「ルーン?」
ファンタジーの知識としてはあるのだが、実際にはあまり知らないのて、聞き返してしまった。
「そういや、人族には失われて久しいな。ワシらは今でも使っとるがの」
ドワーフはルーンを、今でも使っているということなのだな。
「新しく、その魔導器のコアを作れるってことか?」
「もうちっと、小さく作れるぞ……アレをくれたらな」
さらなる改善が可能だという。
「分かった。あれは譲ろう。だけど、ゲオルグと仲良く使うんだぞ!」
「分かっとるわい!全く、母ちゃんみたいになってからに……。」
母親のような注意をしてしまったな。
しかし、ルーンが気になる。
「親方。ルートはどういったものなんだ?」
設計図面を見ていた親方が、ライフルのコアから書き写したモノを指さした。
「コレがそうなんじゃが、簡単にいうと《貯める》、《形を作る》、《飛ばす》の三つの文字が書かれておるんじゃ」
親方の解説を聞いても、その図がそんな意味を持っているとは思えない私。
「配置や崩し方で、同じ文字の集まりでも結果は変わる」
「デリケートなんだな」
「そうさの……鍛冶よりも彫金の繊細さに近いかもしれん」
「それを、親方はどんなところに使っているんだ?」
「ハンマーやハサミなんかに、《保護》だったり《衝撃》なんてルーンを書いておるわい。道具が壊れにくくなったり、切れ味が長持ちしたり、鉄を強く打てたりするからの」
「なるほどな。ドワーフにとっては、生活に溶け込んでる魔法技術なんだな」
「いちいち、力ある言葉を使うのが面倒じゃからな。ルーンなら魔力を流すだけで済む」
「理に適ってるな」
「そうじゃろ?」




