アルベドの足跡 2
カメリア首都の北側は、西側諸国でも紛争の多い地域からの難民が多く、治安も悪い。
木を隠すには森の中。
紛れるならば、こっちだろう。
街はゴミがそこかしこに捨てられたままにされ、景観のみならず匂いもひどい。
この街に住むものの多くは、カメリアの市民権を得るために日夜働く者だが、その道を諦め、ならず者に身をやつす者も少なくないだろう。
「へんてこなマスクを着けてるやつがいるぜ」
ほら、来た。阿呆が四人。
言葉を交わす気はない。
私を指差しながら、後ろにいる仲間のほうに目を向ける阿呆の顔面に、拳を叩き込む。
阿呆は地面に一度バウンドし、ピクリとも動かなくなった。
「てめぇ、何しやがる」
仲間の一人が、馴染み深いセリフを吐いてナイフを抜いたが、遅い。
ナイフを抜いた阿呆に向けて飛び込んだ。
私の行動が想いの外であったのだろう、一瞬、阿呆が怯む。
その隙は見逃さない。
後ろの二人もナイフを抜いたのを目の端で捕らえるが、私に当てられなければ、意味はないのだよ。
最初にナイフを抜いた阿呆の鳩尾に、飛び込んだ勢いも乗せて、拳を撃ち込む。
阿呆の一人は派手に吹き飛ぶと、後ろの二人も巻き込んで地面に倒れた。
巻き込まれ、地面でもがく二人を順に踏みつければ、阿呆四人の無力化が終わる。
「さて、ネックレスはっと………ハズレか」
最初にナイフを抜いた阿呆の胸元を、力ずくで剥いでみたが、ネックレスをしてはいたものの、アルベドのものではなかった。
「次だ。次」
そう自分に言い聞かせ、再び街を歩く。
あれから五組ほどの、阿呆の寝かしつけをしてきたのだが、一人もアルベドのネックレスはしていなかった。
見込み違いだったか?
街歩きにも飽きてきた頃。一人の小男が、私に近づいてきた。
「狐の旦那。何かお探しで?」
手をモミモミ。近づいてくるその顔は浅黒く日に焼け、どこかハイデルで娼館を任せているアヒムを思い起こさせる。
男の顔には、ニヤケた表情が張り付いていおり、どこか信用ならなかった。
そして、ガニ股に猫背という、あからさま過ぎる小男の姿だったが、そんな姿勢と足取りなのに軸のブレはない。
相当に体幹が鍛えられているものの動きが見て取れる。
当たりか?
「卿はどちらの?」
わざとらしく小男を卿と呼んでみせた。
小男は慌てて両手を前に出して、首と共に振ってみせる。
「卿だなんて、とんでもねぇです。あっしはつまらねぇ盗人でさぁ」
そう言って、手で頭の後ろを軽く叩いてみせた。
「まぁ、良い。私は狐だ。そこもとは何と呼べば?」
「お狐様で……。あっしのことはネズミとでも」
「狐とネズミか……面白くなりそうだな」
「それで……ここでは目立ちすぎていけねぇ。あっしの行きつけの店で、どうでやすか?」
もしかしたら、何かの罠かもしれないが、乗ってみるのも一興だ。
「分かった」
それだけ答えると、ネズミが先を歩き出す。
ネズミの案内でキツネが街を歩く。
大きな通りを避けているのか、やたらと路地を曲がったりしている。
気配察知を展開しているので、道を見失うことはないが、ネズミは尾行を相当に警戒しているようだ。
「こちらです」
ネズミが地下へと続く階段の前で立ち止まり、その階段を指し示す。
頷いて階段を降りていくと、ネズミは後ろで、歩いてきた通りを確認してから階段を降りて、私の背中についた。
階段を降りた先には木製だが、分厚そうな両開きのドアがあった。
ノブに手をかけ押し開く。
店の中は薄暗かったが、客はそこそこいるようで、そいつらの視線が私に集まった。
だが、ネズミが店に入ると、その視線も散っていく。
「マスター。奥を使うぜ」
カウンター奥の男に声をかけると、ネズミは店の奥へと歩いていってしまう。
それについていく私。
表にいたときと雰囲気もそうだが、歩き方も変わっている。
意識して変えているのか、それとも気づいていないのかは、聞いてみなければ分からんな。
「さて、こちらの席で」
「あぁ」
ネズミの勧めに従い、ドアはないものの仕切りのついた席に着く。
「何かお飲みに?」
「エールでいい。ピルスナーがあれば、それを」
「ずいぶん歩かせてしまいまして」
「気にするな。その前から歩いていたからな」
「マスター。エールを二つ」
カウンターの男は黙って頷くと、ジョッキ二つにエールを注ぎ、私達の座る席に持ってきた。
「あいよ。こっちは適当につまんでくれ」
エールのジョッキと、炒り豆の入った皿を置いて、カウンターの奥へと戻って行く。
「プロージット」
ジョッキを持ち、ネズミのジョッキに打ち合わせ、エールを喉に流し込む。
「プロージット?ハイデルの出で?」
「あぁ、そうだ」
「カメリアには、どうしてお越しに?」
「なんだ。お前が話をしてくれるのではないのか?」
「失礼しやした。どうも、気になっちまうと、知りたくなるたちでして……。」
自分の行動に苦笑い。
あながち嘘でもないのだろう。
「何を聞かせてくれるのだ?その首元のネックレスのこととか?」
仮面の下だが、不敵に笑ってみせる。
その気配を感じ取ったのか、ネズミは自分の首に下げていたものを、ゆっくりと襟元から引き上げ、その印章を私に見せた。
アルベドの印章だ。
「ほう……。それを私に見せて、ただで済むとでも?」
左腕のひじをテーブルに付き、上体を少し乗り出す。
「いやいや。お狐様をどうこうしようなんて、そんな大それたこと考えちゃいやせん」
ネズミは慌てると、両手を振るようだ。
「それで?」
椅子に掛け直し、話しを促す。
「見ての通り、あっしはアルベドの人間でさぁ……。ただ、アルベドってのは、確かにバカなことはやってやしたが……。」
ネズミが語ったのは、アルベドの成り立ちから、今のようになってしまった組織の変遷だった。
元は、移民たちの互助組織で、移民出身の者たちが酷い扱いを受けないよう、暴力での後ろ盾となっていたようだ。
まぁ、褒められたことではないが、権力もなければ、金もない。
ならば、使えるのは暴力しかないわけだ。
それでも、子供を攫ったり、ましてやそれを売るなんてことはなかった。
「今じゃ、クスリもやり始め……ここらの人間の取り締まりもキツくなっちまって……まともな働き口に就くなんて、夢のまた夢ですわ」
「互助組織が、なんでギャングみたいなことに?」
「それが、もう五年も前になりますか。妙にモノを知ってるやつらが入ってきましてね」
遠い目をして話を続けるネズミであったが、どこか憤りを感じているようだった。
「事情通なのは、悪くはないだろ?」
「街の事情なら、そりゃ歓迎ですよ……なんて言ったらいいんでしょうね」
「政治や他国のことか?」
「そいつでさぁ。あっしらには遠い世界の話で……そんなものより、どこの仕事が稼げるって話しの方が、よっぽど良い」
その日暮らしがほとんどなのだろうが、少しでも多く稼げれば、明日につながる。
そう言った情報交換が、移民の間では盛んなのだろう。
ネズミの言葉に嘘はなさそうだ。
「カメリアの軍から脱落したヤツラだな」
本当は外務関連の諜報員なのだが、それは黙っておく。
「ご存知だったので?」
「私も調べていたのでね」
「そうでしたか」
「それだけじゃないのであろ?」
本題は、そいつらへの愚痴ではないことは、承知しているのだが!ハッキリとその意思を聞いておきたい。
「ここまで来たら、戻るなんてできやせん。せめて、人想いに、今のアルベドに、引導を渡しちゃもらえませんか?」
ネズミも、元のアルベドの中では、そこそこの地位にいたのだろう。
そう言ってしまうほどに、事態は切迫しているのか……。
「分かった」
二つ返事で応じてしまう。
元より潰すつもりだったからな、特段、手間が増えるわけではない。
「良いんですかい?」
色良い答えに、驚愕の表情を見せるネズミ。
「そんなに驚くことか?」
「そりゃ、驚くってもんでしょう」
「お前に頼まれなくてもな、ヤツらには消えてもらう予定だったんだ」
エールのジョッキを軽く振る。
「マスター。エールをもう二つだ」
「そういうところだぞ……。」
ネズミのはっきりしない態度に、エンヴィの言うゆらゆらしてるという言葉が思い浮かぶ。
端から見たら、私もこうなのだろうな。




