アルベドの足跡 1
アルベドを追いかけていたと思っていたら、その影はカメリアの中枢から伸びていた。
既に魔族領との関係回復は見込めるものではないが、世界を巻き込んだ大戦。そして、邪神復活への流れを何としてでも止めなくてはならない。
などと、世界の正義とでも言うのだろうか、そんな考えが浮かんでは消える。
私は魔王だ。いや、私が魔王。
正義の刃は私に向くべきなのだよ。
「お嬢様。朝から、独り言の声が大きいですね」
「!?」
「私が魔王だ。口に出されていましたよ」
『何?………魔王がくるの?』
エンヴィが寝ぼけ眼をこすり擦り、ハンネの作った専用ベッドから飛んできた。
「エンヴィ様。お嬢様の独り言ですよ……こちらでお支度しましょうね」
これまた、エンヴィ専用の入浴セットをトレイにセットして、バスタブがわりのスープボウルにお湯を張る。
「エンヴィは大人気だな」
甲斐甲斐しく世話をするハンネを見て、そんな感想が口を出た。
『そんなことより、魔王って何よ』
スープボウルの浴槽に浸かり、私の独り言を蒸し返す。
「私はな、悪を統べる王になりたいのだよ」
『ぷぷっ。どう見ても正義の味方じゃないのよ』
「そうなんだよな。己の欲望に忠実ではあるのだがな……やっぱり素質がないのかね」
『ふふふ。人族は複雑ね』
「妖精には、善悪というものがあるのでしょうか?」
小さなエンヴィの髪を洗いながら、ハンネが質問をした。
『私は人族とか、魔族とかと付き合いもあるから、あるのは知ってるけどね。妖精にそんなのは無いわよ』
やっぱりか。
妖精たちは流れや、己の思うままに生(?)を謳歌し、その結果を見た者が善悪のタグ付けをしているに過ぎない。
「悪を統べるか……。」
「最近は、難しく考え過ぎではございませんか?」
コンコンコン。
私室のドアがノックされる。
「誰か?」
「アタシよ。アタシ。」
「マリアンヌか、入ってくれ」
「まぁっ!エンヴィちゃんの入浴セットね。上手くできてるわね」
ハンネの手元を見て、小さな手桶やスープボウルの浴槽を見て、感嘆の声を上げる。
『そうであろう。私のお風呂だもん』
「ハンネが用意したものだろ?」
『いいじゃないの。良いものは良いって、自慢したいじゃない』
何ともストレートな感情。
……。
ストレート?
「なんか、難しいこと考えてるでしょ。リケちゃんは」
『マリアンヌ。言って上げなさいよ』
「国だとか、子供のためとか、どうでもよかったんじゃないの?………気に入らないから潰す。それでいいじゃないの」
「そうだな……そうたった」
「リケちゃんは、たまに自分を見失うわよね」
「エンヴィ様。仕上げはご自身で」
『はーい』
エンヴィが風を纏い、自身に残る水滴を飛ばす。
少し、私にも水滴が飛んできたが、気にするほどのものではないな。
『フリーデリケはゆらゆらしてんのよ。マリアンヌやハンネくらいピシッとしないとね』
「ゆらゆら?」
「あら?リケちゃんは陽炎なのかしらね」
「ふふふ。揺れておられますね」
◆
散々に言われた朝から、数日。
執務室で考えてしまう。
気に入らないからから、行動を起こしたい。
国の要職であろうが、鉄槌を下せるようになりたかったのに、カメリアでは尻込みしてしまうのはなぜだろう?
らしくないな。
そう思うと椅子から立ち上がる。
「ヴェーダ。しばらく散歩してくる」
「急ぎのものはないから、大丈夫よ。いさとなったら、トロストさんもいるし……行方知れずになっても、領事館は回るわ」
「恩に着る」
執務室にヴェーダの机も置いて、移動の手間を省いたのだが、気持ちの方も話しが省けるようだ。
執務室を出て自室に戻り、狐の装束を纏った。
濃紺のパンツスタイル。
マントは白狼の時にも使っていたものだ。
マントの下はレザーメイルを着け、腰には四本のダガーにポーチを着けた。
そして、狐の面をつければ完成する。
この仮面をつけて行動したのは一度だけ……私は、あるべき姿に戻ったように、内から忘れかけていた想いが溢れてくる。
同時に、ハイデル王国に置いてきた面々の顔が思い出され、今の不甲斐なさを叱咤されているようだ。
「何をしていたのだろうな……私は」
ケンカを売るのはアルベドで、気に食わないから潰すだけだ。
そこに、カメリアの要職がいたとしても、それは運が悪かったなということだ。
カメリアが難癖つけてくるなら、潰すまでだ。
私は魔王なのだから……。
「まずは、ネックレス狩りでもやるか」




