アルベドの手 2
今夜もケヤキ亭は盛況だ。
テーブルにはいつもの面々に加えて、トロストにダレン、エンヴィが席についていた。
『何よこれっ!?美味しいっ。美味しいの』
エンヴィには私と繋がる不思議な指輪を通じて、私の魔力で姿を見せられるようになっている。
そして、食べやすいように切り分けると、両手で持ってかぶりついているので、服も手も顔もベタベタになっていた。
「さて、集まってもらったのは……。」
「尻尾の件か?」
トーマスが少し荒れている。
ここまで結果に結びつかないことに、苛立っているのだろう。
「トロストには話したが、ハイデル王国としては手を引くことにしたよ」
「すまねぇ……オレっちが調べきれなかった」
自分の不甲斐なさを悔いているようだが、トーマスでダメなら、他の者なら尻尾すら掴めなかったことだろう。
「トーマス。本当は調べたい場所に、手が出なかったのではないか?」
「匂うところの当たりはあったがな……あそこは無理だ」
頬杖をついて、あらぬ方に視線を泳がせるトーマス。
「魔族領にいたアタシたちには、話しが見えないんだけど?」
マリアンヌの言う通りだ。
ダレンにヴェーダもよく分かっていないようだが、エンヴィの食事に付き合ってくれている。
「マリアンヌも事の始まりは、分かっているだろ?」
「そりや、アタシも参加してたからね」
「その後は、トロストとトーマスで調査を続けていたが、見つけたのはトカゲの尻尾ばかり」
「なるほど。徒労ばかりじゃ、割に合わないってことね」
「まぁ、それもあるが、王国付きだと動きにくいだろ?」
流石に大使として動いてしまえば、カメリアとの国家間の問題になりかねん。
例え、カメリア側に非があったとしてもだ。
「全く、やってくれるよ」
トロストはその先も分かっているだけに、私に恨みがましく言った。
「妖狐か動き出す」
「それでも、あそこまでは無理だろ?」
トーマスは不貞腐れたようで、ジョッキを煽り中身を飲み干す。
「トーマス。妖狐の一番のパトロンは誰だったかな?」
「まさか!?」
私の問いに目を剥いた。
「正当な理由を付けて、正規のパスが手に入るようになるな」
「いつ?」
進まなかった調査を打開できる手段が手に入るのだ。
気も逸るというものだな。
「気が早い。明日、私の執務室でな」
「分かった。女将さんおかわりだ」
「で、結局のところ?」
マリアンヌは合点がいかないようだ。
「ハイデルに次いで、カメリアでも暴れられるってことだよ。マリアンヌ」
「仮面は皆さんの分も用意いたします」
ハンネが皆に告げる。
「オレもか?」
既に当事者であるのに、トロストはどこか他人事のよう。
「トロスト。ここまで関わった事件が、蚊帳の外で終わってもいいのかい?私としては、ダレンにも妖狐に力を貸してほしいのだがな」
「はぁっ……負けたよ」
「私もですか?!」
エンヴィの世話を焼いていたダレンが、顔を上げて驚きの声。
一時期は辟易していたのに、カメリアに戻ってきてからは、エンヴィに甲斐甲斐しく尽くしている。
魅了されてる……わけじゃないよな。
そんな心配が頭を過ぎるが、例の魔法を使うこともないだろう。
「新たな出発に、乾杯でもしたいところだな」
「なら、ワインあけましょうよ」
大人しく……ヴェーダとハンネの三人で姦しく話しをしていたマリアンヌが、すかさず提案した。
今夜はそういう気分なのだろう。
「女将。ワインを五本持ってきてくれ」
「はいよ。ツマミにチーズもどうだい?」
「上手いね。なら、それももらおう」
カニアから王都に移った当初は、人手を頼らずやって失敗した。
カメリアでは、それは許されない。
元より、ハンネにマリアンヌ、トーマスと揃えていたが、トロストやダレンを徴収し、それに、成り行きで加わったヴェーダにエンヴィ。
何ともタレント揃いのチームになった。
アルベド。
絶対に殲滅してやる!
◆
「では、始めさせてもらう」
領事館会議室に、妖狐のメンバーが集まっていた。
会議室にはいつも通り聖域の結界を張り、隔離している。
「まずはコレを」
トロスト、ダレン、トーマスの三人に、バズに手配してもらったパスを渡した。
「コレは?」
トロストが、そのカードを見ての質問。
「この街の南方にある。カメリア国軍演習駐屯基地への入場パスだ」
「ひゅ〜♪最高のプレゼントだぜ!リケ」
トーマスがノドから手が出るほどに、欲しいと思っていたものだ。
これて、核心に近づけるはずなのだ。
ここまで、カメリアについて語らなかったが、流石に語らねばならんだろう。
カメリアは専制君主制でありながら、貴族制も採っている。向こうの世界で言うところのイギリスに近いだろう。
王室にもそれなりの力はあるが、国政は議会での動議の決定となる。
ハイデルも同じような議会制ではあるが、王室の力が強く、王室の一声で決まることの方が多い。
カメリアでは王室の声であっても、必ず議会で検討された上で票決となるので、廃案になることもあるそうだ。
そして、一番の違いは、貴族が武力を持っていない。
カメリアの戦力はカメリア国軍に集約され、議会のもとで運用されている。
警察はあくまでも、治安維持のために設置された組織であるので、対外的には戦力ではない。
「さて、カメリア国軍をおさらいしよう」
皆の顔を見渡す。
「カメリア国軍。うちの騎士団みたいなものなのですよね」
ダレン。
「間違ってはいないが、少し違うんだ」
トロスト。さすが教鞭を執っていただけに、きちんと理解しているようだ。
「騎士団は王室の命を受けて動くのだが、カメリア国軍は、カメリア国議会の決定に従うんだ」
「どう違うんですか?」
「国王一人で決めるわけじゃなくて、議会の投票によって決まるんだ」
「時間がかかりそうですね」
「それを、特例的に事後承諾という形で、軍を動かせる存在もいる」
ダレンの疑問に、トロストが答える。
「国王、国議会議長。それに、軍務大臣の三人だな」
トーマスが後を受け取った。
「じゃあ、今回のターゲットは軍務大臣てこと?」
マリアンヌがトーマスの獲物を言い当てた。
「トーマス?」
私がトーマスに答えを促した。
「軍務大臣はこっちにも執務室を持ってるが、ほとんどは基地の方に詰めてるって話だからな」
「そっか、首都だと目も多いけど……。」
マリアンヌが何か思いあったようだ。
「ダス・シュティムト(その通り)」
トーマスがマリアンヌを指差して、ウィンクしてみせる。
「明後日。ハイデル王国の武官として、カメリア国軍の演習視察をねじ込んだ」
「オレはトーマスの引率なんだな」
「引率だなんて言ってないで、軍の運用について勉強して来い」
トロストのボヤキにも似た答えに、檄を飛ばす。
「カメリアの運用は小規模戦力で、結果をもたらすものだ。これを取り入れれば、騎士団の即応力も高くなるとは思わんか?」
「確かに」
「あの……リケさん。私はどうすれば」
「ダレンはその好奇心で、カメリアの兵器を丸裸にして来い」
「なるほど。小規模戦力ですから、特殊な兵器を持っていると考えた方が理にかなってますね」
「トーマスは大臣が持つ情報とアルベドの痕跡を、トロストは運用の戦略性と戦術を、ダレンは技術を」
「「「はっ!」」」
三人が席を立ち上がり、ハイデル式の敬礼をした。
「掛かってくれ」
私の声と同時に部屋を出ようとするが、部屋の結界に触れてビリっとしていた。
「かっこつかないな」
私はそう言って、結界を解く。




