アルベドの手 1
皇龍による突然の娶り宣言から二日。
私はカメリアのハイデル王国領事館。その執務室に座して、溜まった書類仕事を片付けていた。
「お嬢様。新しいお茶をお持ちしました」
久しぶりのハンネが淹れたお茶だったが、一杯目は冷めきってしまっている。
それを、グイッと一息に飲み干しカップを空けた。
「旅路も大変でしたようで」
往復と軽い魔族領の視察で、二週間ほどを予定していたのだが、カメリアでの襲撃に、エルフの郷の襲撃と魔族領の首都訪問とあり、伸びに伸びた。
「全くだ。最後には私を嫁に娶るとか抜かした、ロリゴンがおったがな」
執務机に頬杖をついて、不愉快な男を思い出してしまった。
「ロリゴン……とは、どのような」
ハンネは興味があるのかないのか、よく分からない顔で聞いてくる。
「年齢は推定だが、軽く四百歳超えのドラゴンだよ。ロリコンのドラゴン」
「あぁっ。それでロリゴン」
合点がいったように、手を叩く。
「長命の者たちの倫理観は、良く分からんな」
「それで、どうなさったのですか?」
続きを促してくるが、さほど、興味はなさそうだ。
「一発。ぶん殴ってやったわ」
「ふふふ。お嬢様らしく解決されたのですね」
珍しく笑ってみせるハンネ。
「嫁取り宣言は撤回されて、めでたしめでたし」
「めでたいところ悪いが、追加だ」
トロストが紙束を持ってきていた。
珍しいものが見れた余韻もなく、現実を突きつけてくる。
「私がいない間の報告書も目を通したが、アルベドは厄介そうだな」
トロストから紙束を受け取り、ぺらぺらと目を通すと、アルベド関連の追加の報告書だ。
いない間に、数件どころか十数件の捕物に、協力していたようで、そちらも頭を抱えたくなる。
いくら友好化を進める段階とはいっても、前回の小競り合いは、ハイデル側の勝利での講和だったのだ……ちょっと、バズに苦情をいれるかな。
「こんなに出動していたとはな……バズには苦情を」
「いや、こちらも躍起になってしまってな。潰すと新しく芽が出る。イタチごっこになってたもんでな」
トロストは頭を掻き、どうしたものかという顔になる。
「魔族領でも、精神支配の影響化にあった者が、暴徒化した事件に巻き込まれた」
「それを考慮に入れれば、次々に現れる尻尾どもにも納得がいくな」
トカゲの尻尾切りのように、組織の使い捨てにされた者をそう例えたようだ。
「どうにか胴体につなげたいな……トーマスは何と言っていた」
アルベドの調査に専従しているトーマスは、一時的にトロストに預けてあった。
「どうもこうもないな。あいつも掴めなくて難儀してるみたいなんだよ」
「トーマスほどでもか?!」
「そこでな、一つの仮説なんだが……。」
「ハンネ。ドアを閉めてくれ」
出入りが多くなったので、例のごとく開け放しにしていた執務室のドアをハンネに閉めてもらうと、私は聖域を展開して執務室を隔離した。
「さすがに、他に聞かれたくはないんでね」
「聞かせてくれ」
「俺の仮説なんだが、カメリアのどこかが関わってるんじゃないかと思っている」
執務机に両手をついて、私にだけ聞こえるよう小声で話すトロスト。
「確かに聞かれたくはない話しだな。それで、その仮説に至った何かがあるのだよな」
「あぁ。外務大臣の依頼もあって、俺たちも取締に協力するのだが……軍の動きがな」
まぁ、国内のことで警察に手に余るようなら、軍にも協力を依頼するのだろう。
ハイデルの武官チームの手すら借りようと言うのだから。
「遅いとは言わんが、違和感を覚えるほどには鈍い」
言いたいことはなんとなくだが、わかった気がした。
軍部による遅滞行動が、アルベドの胴体を遠ざけてしまっているように感じるのだろう。
「その通りだ。そもそも、他国の俺たちが出張る必要はないからな」
「そりゃそうだ……しかし、軍となると面倒だな」
執務机に頬杖をつき、思わずも溜息が出た。
「国としては、手を引きたいところだな」
「良し。ハイデル王国は、この件から手を引こう」
さすがに、これ以上の介入は、ニコラウス王の判断も仰がねばならん。
「良いのか?」
「バズには私から話しておこう。それに……カメリア内部のパワーゲームの駒になんぞ成り下がれるか」
本音は、それだ。
国内の椅子取りゲームは、国内でやってくれればよい。
ただ、アルベドは私の琴線に触れてしまったから、個人的に潰しはするのだがな。
「分かった……で、今度は狐だったか?」
「根断ちして、カメリアとロリゴンに恩を売っときたいな」
トロストも分かっているようだ。
ここからは、狐として動くことを。
「ロリゴンとは?」
「四百歳超えのドラゴン。皇龍のことだよ」
「魔族領の……俺も会ってみたかった」
どこまで本気なのだろう。
◆
「そうか……さすがに、引き伸ばしすぎたな」
バズが窓から街を見下ろし、寂しそうに言った。
「ハイデル王国としては、これ以上の協力はカメリアへの内省干渉と考えている」
「なんとかならんかね」
振り返った顔は、政界を生き抜いた古狸のそれではなく、孫に叱られたおじいちゃんを連想される。
「狐を雇わんか?」
その言葉に、パッと表情が明るくなった。
まるで、乙女だ。
「手駒は五つ。戦力としては少ないが、手練れと妖精だ」
「ありがたい」
私の手を両手で抱え、涙ぐみそうだ。
「バズ。今のカメリア政府の内情を教えてくれ」
「何を聞きたい。話せぬこともあるぞ」
「政府機関の力関係と、トップの人物像を」
「アルベドが政府内部に?」
「精神支配を使うからな。それに、報告書を読んだが、立ち入りが全て尻尾だったそうだな」
「取締りの情報が漏れているってことか」
「まだ、確証はないが、違和感を覚える程度には、結果が重なっているだろう?」
「見落としていたわ」
「掴んだ尻尾が、切られてたなんて知ったら、頭に血ものぼるさ」
「躍起になっておったな……反省じゃよ」
「政界の大物でもそうなるのだ。他の者も同じであろうな」




