絆と影
冒険者ギルドの規定にはこうある。
『上位ランクへの昇格は、自身より一つ上のランクの依頼を5件達成することとする。ただし、格上の脅威を討伐した際は、その依頼を上位ランク相当と認定する』
初陣での装甲蟹(機甲種)討伐がDランク依頼として認定されてから数週間。
カズマとレオンのコンビは、お互いの弱点を完璧に補い合う連携で順調に実績を重ねていた。魔法の通じない強固な物理装甲はカズマの拳が砕き、近づけない遠距離の敵や群れはレオンの魔法剣が薙ぎ払う。
気がつけば、二人はDランク昇格まで残り「1件」に迫っていた。
「これが最後だ。気は抜くなよ、カズマ」
「分かってるって! 採取と偵察だけの簡単な任務だろ? さっさと終わらせて、ギルドで美味い肉でも食おうぜ!」
二人が足を踏み入れたのは、街の郊外に広がる『旧地下軍事施設』の第4区画。
かつての大戦で放棄された巨大な兵器工場が、そのままダンジョン化した危険地帯だ。今回のDランク依頼は「深層に自生する特殊な薬草の採取」と「未踏破エリアの地形データ収集」。戦闘目的ではなく、あくまで隠密と探索がメインの任務だった。
「よし、薬草の群生地はここだ。データも粗方取れたな」
レオンが赤い長髪を揺らしながら、手元の魔道端末を操作する。カズマもホッと息をつき、周囲の警戒を解きかけた。
その時だった。
『――警告。侵入者ヲ検知。防衛システム、最終フェーズヘ移行シマス』
「嘘だろ……。なんでこんな深層の隔壁が誤作動で開くんだ!」
レオンの顔から血の気が引いた。
開かれた隔壁の奥から濛々たる土煙を上げて姿を現したのは、戦車を三つ繋ぎ合わせたような巨体を誇る旧時代のバケモノだった。
全身を分厚い超合金の装甲で覆い、無数のガトリング砲とミサイルポッドをハリネズミのように搭載した巨大防衛兵器。さらに厄介なことに、大戦後に地下の魔力溜まりを長年吸い続けた結果、その機体は青黒い禍々しい魔力のオーラを纏っていた。
「魔道機甲種……しかも、重装要塞型だと!?」
それは、Aランクパーティが重武装で束になってようやく討伐できるレベルの、文字通りの「親玉」だった。
「キュィィィィン……!」
重装要塞型の周囲に、半透明の多面体バリアが展開される。魔法を完全に無効化し、吸収してしまう『魔法障壁』だ。
「レオン、あいつヤバいぞ!」
「……逃げるぞ、カズマ! あれは俺たちがどうにかできる相手じゃない!」
レオンは即座に剣を抜き、牽制のために最大出力の『炎閃』を放った。だが、紅蓮の炎は魔法障壁に触れた瞬間、波紋すら立てずに虚しく霧散してしまった。
「くそっ! 魔法障壁か……なら、逃げる隙を作るしかない!」
「雷鳴拳!神鳴り(かみなり)!」
雷鳴りは拳から雷を飛ばす雷鳴拳の中距離技だ。
バチンッ
少し鋼の体に焦げあとがついた。
「くそっ!ダメか」
ガチャリ、と無数の銃口が二人をロックオンする。
赤いレーザーサイトが暗闇の中で交差する中、レオンはカズマの胸に採取した薬草とデータ端末を強引に押し付けた。
「カズマ、俺が囮になる。お前はこれを持って、全速力で地上へ走れ!」
「はぁ!? お前、一人で残る気か!」
「俺の剣じゃあの障壁は破れない。だが、時間を稼ぐことくらいはできる! いいから行け!」
普段はクールで合理主義を気取る男が、自らの命を捨てる前提の作戦を口にした。
それが、彼の中に秘められた義理堅さと、不器用な相棒への「情」だった。
だが――カズマは逃げなかった。
「ふざけんな!」
カズマはデータ端末をレオンの胸にドンッと押し返し、右腕に巻かれた『雷知のフードの切れ端』を強く握り締めた。
「仲間を置いて逃げるくらいなら、一生Eランクの底辺で泥啜ってやるよ!」
「カズマ、確かにお前の雷鳴拳なら分厚い装甲をぶち破れるかもしれない…
だけど!もし破れなかったら…」
「安心しろ!お前の魔法が効かねぇなら、俺の雷鳴拳で障壁ごとぶっ壊す!」
カズマの瞳に、極限の熱と怒りが宿る。
「レオン、1秒でいい。あいつの銃口と意識を俺から逸らせ! 俺の『動』で、あいつの脳天をカチ割る!」
無謀すぎる作戦。だが、レオンはその真っ直ぐで力強い瞳に、己の命を預けることを決めた。
「……死ぬなよ、大馬鹿野郎」
レオンは残存する全ての魔力を、剣の刃ではなく『己の脚力』へと循環させた。
「オォォォォォッ!!」
レオンが赤い流星となって駆け出す。重装要塞型のセンサーが、一瞬だけ高速移動するレオンを『最大の脅威』と誤認し、全ての銃口が彼へと向けられた。
ガトリング砲が火を噴く。レオンは魔力による超反応で銃弾の雨を掻き潜りながら、敵の死角へと回り込んだ。
「今だ、カズマァッ!!」
レオンが稼いだ、たった1秒の空白。
カズマは深く腰を沈め、全身の気力、体力、そして「絶対に仲間を死なせない」という精神力を、右腕一点へと限界まで引き絞った。
ただ漫然と雷を纏うだけではない。師匠から死ぬほど叩き込まれた『動』の極致。筋肉の極限硬化と、雷のエネルギーの爆発的な加速を、拳の先端で完全に同期させる。
不器用な男が、命の危機の中で初めて掴んだ「己だけの型」だった。
「――雷鳴拳ッ!!」
ドンッ! と地下空間の空気が激震した。
カズマは黄金の雷の矢となり、重装要塞型の懐へと飛び込む。
魔法を無効化する障壁が立ち塞がるが、魔力を持たないカズマの『純粋な物理的破壊力』と『高周波の雷による分子破壊』の前に、アンチ・マジック・フィールドはガラスのようにパリンと砕け散った。
カズマの右腕が、限界を超えた負荷でミシミシと悲鳴を上げる。だが、止まらない。
「喰らえぇぇぇッ!!」
カズマは、超合金の装甲のど真ん中へ、己の全てを乗せた一撃を叩き込んだ。
「雷鳴拳――『轟破』ッ!!!」
一瞬の静寂。
直後、カズマの拳から放たれた極限の雷鳴エネルギーが機体の内部で連鎖爆発を起こした。Aランクのバケモノの巨体が、文字通り轟音と共に内側から完全に粉砕され、火の粉となって地下空間に散った。
もうもうと立ち込める黒煙の中、火花を散らす残骸の上にカズマが立っていた。
右腕は酷く焼け焦げ、息も絶え絶えだったが、その口元には不敵な笑みが浮かんでいる。
「……はぁ、はぁ。どうだ、レオン。俺たち、結構やれるだろ?」
瓦礫の陰から姿を現したレオンは、信じられないものを見る目で残骸を見上げ、やがて呆れたように赤い長髪を揺らして笑った。
「……お前という奴は。本当に、規格外の馬鹿だな」
その日の夜。ギルドの酒場はかつてないほどの静寂に包まれていた。
提出された偵察映像のデータを見たギルドの受付嬢は顔面を蒼白にし、奥から筋骨隆々のギルドマスターが慌てて飛び出してきたほどだ。
「お、お前ら……旧地下軍事施設の『魔道機甲種・重装要塞型』を討伐しただと!? あれは逃げるだけでも奇跡のバケモノだぞ!」
ギルドマスターの怒鳴り声に近い驚愕に、酒場の冒険者たちも息を呑む。
「逃げた?」
レオンが冷たく鼻を鳴らし、隣で山盛りの肉に噛み付いているカズマの肩を叩いた。
「冗談を言うな。あんなデカブツ、こいつが正面から拳一つでぶっ壊したに決まってるだろ」
ギルド中の冒険者たちの顎が外れる音がした。
ギルドマスターは信じられないものを見る目でカズマを見つめ、やがて大きなため息をついて自身の額を押さえた。
「……本来、Dランクへの昇格は規定回数のクリアが必要だ。だが、ギルド法第12条『規定ランクを3つ以上超える脅威を単独または少数で討伐した場合、特例昇格を認める』。……特例中の特例だ。お前ら二人は今日から、中堅ベテラン層である『Cランク冒険者』への飛び級昇格とする!!」
「「……は?」」
カズマとレオンの声が綺麗にハモった。
魔力が「5」しかない落ちこぼれの拳士と、冷徹な赤髪の天才魔法剣士。
決して交わるはずのなかった二人の異端児が一気に中堅冒険者へと駆け上がり、この街にその名を轟かせた瞬間だった。
冒険者ギルドが祝杯の喧騒に包まれていた頃。
街から遠く離れた、雲を突くような黒い摩天楼の最上階。薄暗い一室に、無数の魔道モニターが青白い光を放っていた。
「……素晴らしい」
革張りの椅子に深く腰掛けた男が、ワイングラスを揺らしながら低く嗤った。
モニターに映し出されているのは、旧地下軍事施設の第4区画。カズマがAランクの重装要塞の障壁を粉砕し、『轟破』を叩き込んだ瞬間の隠しカメラの映像だった。
男の背後に控えていた、黒いコートに身を包む長身の幹部が静かに口を開く。
「信じられません。Aランクの重装要塞を素手で……。魔力反応は極小。最新の魔道装甲技術でも使っているのでしょうか?」
「いや、違うな」
ボスと呼ばれた男は、モニターに映るカズマの黄金の雷光を愛おしそうに見つめた。
「魔力を持たぬが故に、己の命そのものを燃料とする純粋なる破壊の雷。……間違いない。あれは『雷鳴拳』だ」
「雷鳴拳……? かつて、我々の兵器工場の半数をたった一人で壊滅させたという、あの……!」
幹部の声に僅かな戦慄が混じる。
「そうだ。だが、まさかあの女が『継承者』を作っていたとはな。しかも、こんな魔力を持たない無名のガキに」
男はワイングラスをテーブルに置き、愉悦に満ちた瞳を細めた。
「……雷知よ。お前がどこで何をしているかは知らんが、ご丁寧にも我々に極上の『鍵』を育ててくれたらしい」
男が指を鳴らすと、モニターの映像が、雷鳴拳を放つカズマの顔で静止した。
「雷鳴拳の莫大なエネルギーと、あの特異な高周波……。あれさえあれば、地下深くに眠る例の装置を起動できるだろう。これで、我らの悲願も叶ったも同然だ」
「……では、私が回収に向かいますか」
幹部が恭しく頭を下げる。
「ああ、頼むぞ。殺すなよ? あのガキの右腕は、我々の計画の最後のピースだ」
「御意に」
黒いコートの幹部は、音もなく闇に溶けるように姿を消した。
一方その頃、ギルドで泥酔した冒険者たちに囲まれていたカズマは、突如として背筋に悪寒を感じて身震いをした。
「どうした、カズマ。悪酔いでもしたか?」
隣で静かに水を飲んでいたレオンが、呆れたように赤い長髪を揺らす。
「いや……なんか急に、とんでもねぇ悪寒がしたっていうか……。気のせいか!」
カズマはジョッキを掲げてカラカラと笑った。
だが、二人はまだ知らない。
Cランクという称号を得たことで、彼らの名が、この世界の裏側で暗躍する巨大な悪意の目に留まってしまったことを。




