紅き後悔と二振りの剣
Cランクへの特例昇格を果たしてから数日。
カズマとレオンの二人は、ギルドから正式にCランク依頼を受注し、街から遠く離れた破棄された小さな町工場へと足を運んでいた。
依頼内容は「町工場跡地に棲み着いた装甲種の撃破」。魔力を持たない純粋な機械兵器の暴走体の処理だ。
「Cランクの肌感を感じるために、わざわざこんな何もねぇ所に来たけどよ……俺ら、よく考えたらCランクとか余裕でしょ」
カズマは両腕を頭の後ろで組みながら、余裕たっぷりに笑った。
その楽観的な態度に、隣を歩くレオンが呆れたように赤い長髪を揺らす。
「頼りがいがあるのやらないのやら……。いつもそうやって慢心して、イレギュラーが起こるんだろ。そろそろ学んだらどうだ?」
「へへっ。誰が来ようと、俺たち『最強コンビ』に負けなんてないさ!」
「誰がコンビだ、馬鹿がうつるだろ!」
レオンが冷たく言い放つが、その口調には出会った頃のような刺々しさはなく、死線を共に越えた相棒への確かな信頼が滲んでいた。
「いつになく熱いのな、あはははっ!」
軽口を叩き合いながら、二人は目的の町工場の敷地内へと足を踏み入れた。
錆びた鉄骨と油の匂いが漂う薄暗い工場内。カズマが拳を鳴らして前へ出る。
「ここか。とりあえず今回は因縁の予感がするし、レオンが前衛だな。俺は周りの雑魚を潰して、お前が戦いやすくしてやるよ」
「フッ、今回もすぐ終わるさ。よし、突入するぞ」
だが、二人が工場の奥へと進んだ時、そこには異様な光景が広がっていた。
「なんだ……?」
ターゲットであったはずの巨大な装甲種が、まるで紙屑のように細切れにされ、無惨な鉄屑となって散乱していたのだ。
何者かの圧倒的な『剣撃』によって、分厚い装甲ごとバラバラに解体されている。
その時、レオンの研ぎ澄まされた感覚が、暗がりに潜む「異質な気配」を捉えた。
「そこにいるのはわかっている。お前は誰だ!」
レオンが腰の長剣の柄に手をかけ、鋭い声を飛ばす。
「――フッフッフッ、よくわかりましたね」
鉄骨の影から、ゆっくりと一人の男が姿を現した。
黒いコートを羽織り、底知れぬ禍々しい魔力を纏うその男は、レオンの顔を見て愉悦に満ちた笑みを浮かべた。
「よくわかりましたね、"先輩"」
「お前……まさか、アレス」
レオンの瞳が、驚愕と、そして抑えきれない怒りに見開かれる。
「アレス? 誰だこいつは!」
カズマの問いに、レオンは剣から手を離さぬまま、絞り出すように答えた。
「……昔の、後輩さ。俺はこいつを見つけるために、冒険者となったんだ」
「そんなに、大切な奴なのか?」
「ああ……」
その短い返答の裏で、レオンの脳内に、血を吐くようなアレスとの日々がこだましていた。
――俺は生まれつき、魔道の才に恵まれていた。
周囲からは将来有望な魔道師として期待され、大切に育てられた。だが、俺は「後衛で安全な場所から守られながら戦う」ということに、酷くプライドを傷つけられたのだ。
前衛で、命のやり取りがしたい。自分の力で斬り拓きたい。
その衝動を抑えきれず、俺は魔道を捨てて剣の道場『聖天流』へと入門した。血のにじむような鍛錬の末、俺はメキメキと力をつけ、道場で負け無しの存在となっていた。
そんなある日、アレスが入門してきた。
彼は「強い者を善、弱き者を悪」とする危うい思想の持ち主で、ただ純粋に「強さ」だけを求めていた。厄介なことに、アレスは剣の才能に溢れ、負かした相手を平気で痛めつけるような男だった。
道場の空気が荒れるのを見かねた俺は、アレスに一つの賭けを持ちかけた。
『俺が負けたら、道場を辞める。俺が勝ったら、いじめをやめろ』
アレスはすぐに合意し、俺たちは木刀を交えた。結果は、俺の圧勝。
約束通り、アレスはいじめをやめた。道場に平和が訪れたかのように見えた。
だが、アレスは毎日俺に勝負を挑んでくるようになった。いじめられなくなった腹いせではない。彼は純粋に「強くなるという欲」に貪欲で、俺との鍛錬や勝負を心の底から楽しんでいたのだ。
俺もまた、そんな危うくも真っ直ぐな後輩を、どこか憎からず思っていた。
だが、悲劇は突然訪れた。
ある日、アレスの前に『謎の男』が現れた。「そんなんじゃレオンを倒せないよ」と嗤う男に、アレスは勝負を挑み――攻撃を見切ることすらできず、一瞬で地に這わされた。
『この薬を1週間飲み続けろ。そうすれば、とてつもないパワーを得るだろう』
男の囁きに、強さに飢えていたアレスは手を出してしまった。
薬を摂取し始めて7日目。アレスは道場に姿を見せなくなった。心配した俺は、彼がよく自主トレをしていた河原へと向かった。
「やあ、レオン先輩。お久しぶりです」
「アレス、心配したぞ。お前らしくもない」
「ねぇ、勝負のこと覚えてる? ここで最後の勝負しようよ。どうせ、俺が勝つし」
「何を言っている? それに……お前、禁忌に触れたな。わかるぜ、その禍々しいオーラ」
「あちゃー、バレちゃった。でも、勝負に乗らないなら、道場のみんな……どうしようかな〜」
アレスの脅迫に、俺は木刀を構えるしかなかった。
だが、アレスの剣筋は、もはや人間のものではなく『化け物の領域』に達していた。
神速の太刀に成す術もなく叩き伏せられ、俺は敗北した。
『じゃあね、先輩。また会う日まで』
俺は約束通り道場を辞めた。
そして、彼を止めるために「剣一筋」のプライドを捨て、忌み嫌っていた「魔法」をも取り入れた。
屈辱を飲み込み、血を吐くような試行錯誤の末に生み出したのが、今の『魔法剣士』としての姿だった。
過去の記憶を振り払い、レオンは魔法剣の切っ先をアレスへと突きつけた。
「あの時の続きだ。かかってこい、アレス!」
「いいぜ、やろうぜ」
アレスが不敵に笑い、腰に帯びた長刀を抜き放つ。
カズマが声を張り上げた。
「おいレオン、構えろ! 来るぞ!」
「まずは挨拶代わりの……『壱の型・天穿』!」
アレスの姿がブレたかと思うと、踏み込みの予備動作を完全に消した神速の突きがレオンの眉間へと迫る。薬の膂力で限界を超えて強化された、回避不能の凶刃。
「『弐の型・雲鏡』! やらせるわけにはいかないな!」
レオンは魔法剣ではなく、かつて自ら封印したはずの『聖天流』の型で応じた。
アレスの切っ先を刀身で滑らせるように受け流し、体勢が崩れた瞬間に、炎を纏った反撃の斬撃を放つ。
ガギィィィッ!!
激しい金属音と火花が、薄暗い工場を真っ昼間のように照らし出す。
二人の剣鬼の攻防は、瞬きする間も惜しいほどの超高速で繰り広げられた。
「二人の剣、やべぇな……! 入る隙がねぇ!」
周囲の雑魚を警戒していたカズマでさえ、その異常な剣戟の次元に息を呑んだ。
だが、戦況に少しずつ動きが見え始めた。
純粋な剣技に『魔法』という変則的な推進力と破壊力を織り交ぜるレオンが、徐々にアレスを押し始めたのだ。
「あれ? 先輩、前より強くなりましたね。よもや、自分が押されるなんて」
余裕の笑みを崩さないアレスに対し、レオンは剣にさらなる魔力を循環させながら吠えた。
「ああ! お前を倒すために、俺はいくらでも強くなるさ!」
「……それじゃあ、勝てないね」
アレスの瞳が、昏い光を帯びた。
直後、アレスの剣の重さが異常に跳ね上がり、凄まじい膂力でレオンが後方へと弾き飛ばされる。
「くそっ、俺の剣じゃ届かないのか……!」
歯噛みするレオンの横に、黄金の雷を纏ったカズマが並び立った。
「俺も入るから、持ちこたえろ!」
「ああ、いつでも来てくれ!」
(俺の雷鳴拳は、あと5分くらいしか持たない。……がいける! 俺たちは最強のコンビなんだから!)
「――雷鳴拳っ!!」
二人の剣鬼のプレッシャーの中に、一人の拳士が割って入る。異様な光景だった。
だが、レオンが剣でいなし、カズマが雷を纏った拳で死角を打つ。その完璧なコンビネーションプレイは、確実にアレスを追い詰めていった。
「オラァッ!」
カズマの拳がアレスの頬を掠め、レオンの炎刃がアレスの黒いコートを焼き切る。
勝てる――。二人がそう確信した瞬間だった。
「フッフッフッ……」
追い詰められているはずのアレスが、喉の奥で不気味に笑った。
「これじゃ、やられちゃうね。……本気だすよ。『起動』」
「何が起きやがる?」
カズマが警戒して身を沈める。
「油断するな、カズマ! このまま一気に攻めるぞ!」
レオンが再び踏み込もうとした、その時。
「もう、そうはさせない」
メチャッ、と嫌な音が響いた。
アレスの背中の肉が、内側から無惨に引き裂かれたのだ。
飛び散る鮮血の中から現れたのは、青黒い金属光沢を放つ『二本の巨大な機械の腕』だった。さらに、彼の首から下の肉体が無数の装甲パーツで覆われ、強固なマジックバリアが展開される。
それは禁忌の薬の力だけではない。暗躍する組織によって肉体を極限まで改造された、おぞましい異形の機械神。
「『魔道機神』アレス。これが、本当の力だ」
四本の腕にそれぞれ凶刃を握り、禍々しいオーラを放つかつての後輩。
その姿を見た瞬間、レオンの手からガラン、と長剣が滑り落ちた。
「お前……嘘、だろ……」
強くなるためとはいえ、人間としての尊厳すら捨て去り、変わり果ててしまった後輩の姿。
(……あの時、自分が無理やりにでも止めていれば。俺が、こいつをこんな化け物にしてしまったのか……!)
激しい後悔と自責の念がレオンの心を粉々に砕き、彼は完全に戦意を喪失してその場に崩れ落ちた。
「レオン! おい、しっかりしろ!!」
カズマの叫びも、虚ろな目をした今のレオンの耳には届かない。
(マズい……レオンの心が折れちまった。それに、俺の雷鳴拳も残り3分……!)
圧倒的な絶望を前に、カズマは強く拳を握り直した。
(何とかするしかねぇ……! 俺一人で、何とかするしかねぇ!!)
雷鳴轟く町工場で、カズマの命を削る最後の死闘が幕を開けた。




